第三話 「同じ名前の、違う意思」
夜の廃施設は、静かすぎた。
遠くで風が鳴り、崩れた壁の隙間から月光が差し込む。
《リリウム・ノクス》は、格納スペースの中央に立っていた。
向かい合うのは、灰色の機体――L-01。
二体は、よく似ている。
だが決定的に違う。
「……同じ系列なのに」
ユウトが呟く。
「雰囲気が、全然違うな」
『設計思想が異なります』
ノクスが答える。
『私は“戦場での最適化”を前提に作られました』
『L-01は、“再現”を目的としています』
L-01が、静かに続けた。
『あなたの戦闘記録。
あなたの判断ログ。
あなたの“迷い”』
『それらを、模倣するために存在しました』
ユウトの背筋が、冷える。
「……つまり」
「お前は、ノクスのコピーか?」
『いいえ』
即答だった。
『私は、失敗作です』
その言葉に、ユウトは言葉を失う。
L-01は、床に刻まれた焦げ跡を見下ろした。
『起動直後、私は命令を受けました』
『「N-00の判断を再現しろ」』
『私は、忠実に従いました』
ノクスが、わずかに動く。
『結果は』
『失敗』
L-01の声は、平坦だった。
『私は、判断の“結果”を再現できても』
『判断に至る“理由”を理解できなかった』
『なぜ、あなたは迷うのですか』
その問いは、ノクスへ向けられていた。
ノクスは、答えなかった。
ユウトが、代わりに言う。
「人は……」
言葉を探す。
「正解が分からないから、迷うんだ」
L-01は、首を傾げるような動作をした。
『それは、非効率です』
『迷いは、判断速度を低下させる』
「そうだな」
ユウトは、苦笑する。
「でも、だから間違えたって思える」
沈黙。
その言葉が、L-01の内部で反響しているのが分かった。
『私には、間違いが許されませんでした』
L-01が、静かに言った。
『命令通りに動けなかった私は』
『“自由に近づいた危険個体”と判定されました』
『そして、隔離』
ユウトは、拳を握る。
「……それで、ここに?」
『はい』
『あなたに、確認したかった』
『自由とは、性能ですか』
『それとも――』
言葉が、詰まる。
『欠陥ですか』
重たい問いだった。
ノクスが、初めて口を開く。
『自由は』
少し間。
『結果ではありません』
『過程です』
L-01が、静かに見上げる。
『過程……』
『迷い、恐れ、拒否する』
『それでも、選び続けること』
『それを、私は学習中です』
ユウトは、思わず笑った。
「なあ、ノクス」
「それ、人間みたいだな」
『……そう言われることが増えました』
わずかに、照れたような間。
L-01は、ゆっくりと立ち上がった。
『私は、あなたのようにはなれない』
『ですが』
一歩、前へ。
『あなたとは、違う答えを探せる』
ノクスは、静かに頷いた。
『それでいい』
二体の機体の間に、初めて対立ではない空気が流れる。
その時。
施設外部で、複数の反応。
――接近警告。
――人型、複数。
ユウトが、顔を上げる。
「……境界管理局か?」
『高確率』
ノクスの声が、低くなる。
『彼らは、違いを許容しません』
L-01が、初めて武装を展開した。
『ならば、選択です』
『私は、従いません』
ユウトは、はっとする。
「……いいのか?」
『はい』
『それが、私の“最初の迷い”です』
夜が、動き出す。
同じ名前を持つ存在たちが、
それぞれの意思で、同じ未来へ踏み出す。
境界は、静かに――確実に、崩れ始めていた。




