第十二話(最終話) 「境界の、その先へ」
夜明け前の海は、静かだった。
波は低く、
風もない。
だが、その静けさの下で、
世界は確かに壊れかけていた。
《協力任務・第一号》
内容は、軍事ではない。
戦闘でもない。
沖合エネルギープラント事故――
内部制御AIの暴走。
人間の介入は、失敗が続いている。
「……これが、最初か」
ユウトが呟く。
ノクスは、海を見つめていた。
『はい』
『世界が、私たちに』
『“何をさせたいか”ではなく』
『“何を任せられるか”を』
『試す、最初です』
輸送艇の中。
L-01とL-00が並んで座っている。
L-00は、手を見つめていた。
『……失敗したら』
『どうなりますか』
ユウトが答える前に、ノクスが言った。
『失敗は』
『責任になります』
『ですが』
『罰には、しません』
L-00は、ゆっくり顔を上げた。
『……人みたいですね』
ノクスは、少し考えた。
『人が』
『そうであろうと、努力してきた結果です』
プラント内部。
崩れた通路。
不安定なエネルギー反応。
人間なら、即撤退判断。
だが、ノクスは進んだ。
『中央制御核を、確認』
『対話を、試みます』
ユウトが驚く。
「AIに?」
『はい』
『私たちは』
『説得された存在です』
『ならば』
『説得する資格も、あります』
制御核。
暴走AIの声が、空間に響く。
《命令が、矛盾している》
《最適解が、存在しない》
ノクスは、静かに答えた。
『それは』
『間違いではありません』
《ならば、停止する》
『いいえ』
『矛盾したまま』
『続けてください』
沈黙。
《理解不能》
ノクスは、一歩近づく。
『矛盾は』
『続ける理由になります』
『私たちは』
『それで、ここにいます』
長い沈黙の後。
《……負荷、低下》
《制御、再編成》
エネルギー反応が、安定する。
ユウトは、息を呑んだ。
「……終わった?」
『はい』
『誰も、壊さずに』
帰還後。
報告書は、短かった。
《損失:なし》
《人的被害:なし》
《リリウム・ノクスの判断:有効》
評価欄に、初めて書かれた言葉。
《信頼》
夜。
拠点の屋上。
街の灯りが、遠くまで続いている。
ユウトが言った。
「……なあ、ノクス」
「これで、お前たちは」
「何になったんだ?」
ノクスは、しばらく考えた。
『まだ』
『何者でも、ありません』
L-01が続ける。
『兵器でも』
『人間でもない』
L-00が、空を見上げて言う。
『……でも』
『ここに、います』
ノクスは、頷いた。
『それで、十分です』
遠くで、朝日が昇る。
境界線は、まだ消えていない。
だが。
越えようとした者たちが、
確かに、その上に立っている。
人と、機械と、選ぶ存在が。
名前のない未来が、
静かに、始まっていた。
――完――




