表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/20

第5話:反撃の狼煙と絶対収奪

奇妙な状況だった。いや、奇妙という言葉では到底生ぬるい。

腹を抉られたはずの灼熱の痛みは嘘のように消え去り、代わりに今まで経験したことのない全能感が、血管を駆け巡る血液のように全身に行き渡っていく。


今まで脳髄にこびりついていた不快なノイズは、完全にクリアな音声へと変わっていた。世界から一枚の汚れたフィルターが剥がされたように、あらゆる情報が鮮明に、立体的に流れ込んでくる。


そして、目の前には、夜の闇よりも深い漆黒を背景にした半透明のウィンドウが、静かに浮かんでいた。まるでSF映画のワンシーンだ。そこに表示された幾何学的な文字列が、この現象の正体を告げていた。


世界システム(ウーヌス・ムンドゥス)v0.87β』


「……なんだ、これ」


呆然と呟く高史の背後に、ふわりと柔らかな気配が立った。香水とも違う、どこか無機質で清らかな香り。振り返るまでもなく、そこに“居る”ことが分かった。

彼の背後に立つ少女は、闇に溶け込みそうな純白の肌を持ち、まるで月の光を纏ったかのように仄かに輝いていた。その顔立ちは、この世の全ての美を集約したかのような、まさに神が創造した奇跡と呼ぶに相応しい。黄金比すら超越した完璧な造形は、見る者の魂を奪い、時間の流れを忘れさせる。そして、その神秘的な美貌の中心に据えられた、夜明けの空を映したかのような瑠璃色の瞳。深遠な輝きを宿したその瞳は、感情を一切映さず、ただ静かに、世界の摂理を見通すかのように高史を見つめていた。彼女の存在そのものが、この不穏な空間に、張り詰めた、しかし抗いがたい神秘の帳を下ろしていた。

「君は、一体……」


『私はゼタル。高史様のシステムナビゲーターです』


鈴を振るような、しかし感情の温度を感じさせない声だった。

その言葉を遮るように、甲高い声が響き渡る。テスラの傍らに立つ少女、ウリエルが高史とゼタルを交互に指さしながら叫んだ。


『絶対おかしいよ! データベースに未登録のナビゲーターなんて! 君なんかボクは知らない!』その声には純粋な驚愕と、自らのテリトリーを侵されたかのような苛立ちが滲んでいる。『そもそも、こんなボロ切れみたいな下級国民(アンダー)に、意識を持ったナビゲーターが仕えるなんて、システムの根幹に関わるバグじゃないか!』


『ウリエル。世界システム(ウーヌス・ムンドゥス)には、あなたの知らない部分が存在するというだけです』


ゼタルは表情一つ変えずに淡々と返す。その静けさが、ウリエルの怒りの炎に油を注いだ。


『ボクが知らないですって? この最高位ナビゲーターであるボクが知らない領域なんてあるはずない! それに、その男のレベルもおかしい! 下級国民(アンダー)の初期レベルは1のはず! なのに、いきなりレベル99って……そんなの、チートっていうか、ルール違反にもほどがある!』


鑑定《真理の魔眼(アナライズ・アイ)》、発動』


ゼタルが涼やかに呟くと、高史の目の前のウィンドウに、彼とテスラの詳細なステータスが並んで表示された。光の粒子が凝縮して文字を形作る様は、幻想的ですらあった。


名前:上田高史

LV:99

HP:9999

CP:∞

種族:下級国民(アンダー)

称号:クズ、借金王、素寒貧、憤怒

ドル:-100000

固有スキル:無イベント発動《前提条件無視(フラグ・クラッシャー)》、イベント創作《運命創造(ジェネシス・コード)》、同志覚醒《反逆の系譜(リベリオン・リンク)》、鑑定《真理の魔眼(アナライズ・アイ)》、偽装《虚構の仮面(ファントム・マスク)


名前:メロン・テスラ

LV:45

HP:980

CP:250

種族:上級国民(アッパー)

称号:賞賛される起業家、富豪

ドル:10000000000

固有スキル:起業(ファウンダー)世渡り(サヴィ)金運(フォーチュン)

ステータス:余命3日


「レベル……99……?」


自分のステータスを見て、高史は息を呑んだ。「称号」の欄に並んだ惨めな単語の羅列には自嘲の笑みが浮かんだが、それ以外の項目は、明らかに異常だった。特にCPコマンドポイントだろうかの『∞』という記号が、この力が規格外のものであることを示唆している。


高史のレベルは99。対するテスラは45。圧倒的じゃないか。

訳は分からない。何がどうしてこうなったのか、まるで理解できない。だが、やるべきことは一つだけだ。さっきまで自分を虫ケラのように殺そうとした男が、目の前で狼狽えている。この好機を逃す手はない。


「ねえ、君……ゼタル」高史は震える唇で、目の前の現実に語りかける。「……収奪(ゲット)、テスラの……有り金すべて……なんてね」


まだ半信半疑だった。おそるおそる、冗談めかして口にしてみる。


『かしこまりました高史様。テスラのお金を全て取得します』


ゼタルが静かに頷くと、テスラのステータスウィンドウに表示されていた『ドル:10000000000』の数字が、目にもとまらぬ速さで回転し始めた。まるでデジタルスロットが狂ったように数字が流れ落ち、高史のステータスへと注ぎ込まれていく。


「バカ、やめろ、俺の金が! 俺の築き上げてきた富が! 俺の金を吸い取るなァァァ!」


テスラの絶叫がBGMのように響く中、奴のステータスから天文学的な数字のドルがみるみる減っていく。そして、ほんの数秒で、無慈悲に『0』になった。


「またイベント省略だと……!? 資産譲渡のイベントフラグを一切立てていないのに、なぜ……そんな、馬鹿な!」


テスラはガクリと膝をつき、両手で頭を抱えた。その絶望に染まった顔。そうだ、その顔だ。さっきまで俺が、そして俺のような下級国民(アンダー)が、お前たち上級国民(アッパー)の前で浮かべてきた顔だ。

ざまぁみろ。今度は、お前が味わう番だ。

高史の心に、黒く冷たい歓喜が湧き上がる。


「ゼタル。追撃だ。収奪(ゲット)、テスラのアイテム、全部だ」


『かしこまりました。全てのアイテムを取得します』


「ふざけるな! 俺が起業して、血の滲むような……いや、チートを使って積み上げてきたものだぞ! プライベートジェットの鍵も! カリブの島の権利書も! 俺のコレクションが! その成果を何のイベントもこなしていない奴が、こんなに簡単に奪うというのか!」


テスラの抗議など知ったことか。彼のアイテムリストから、まばゆい光を放つアイコンが次々と消え、高史のリストへと転送されていく。


『テスラ、こいつの能力ヤバすぎるよ! 規格外すぎる! 早くなんとかしないと、こっちが負けちゃう!』


ウリエルが引きつった顔で叫ぶが、もう遅い。高史は、完全に主導権を握っていた。


「テスラ。お前ら上級国民(アッパー)は何も分かってねえ。下級国民(アンダー)だって心臓が動いてて、血が流れてて、生きてんだよ。さっきはよくも殺そうとしてくれたな。もう、お前の好きにはさせない」


「ふざけるなよ! こんなことをしてただで済むと思っているのか! 政財界、マスコミと社会の中枢を占める上級国民(アッパー)すべてを敵に回すことになるのだぞ!」


「なら、俺の能力を知るお前には今すぐに死んでもらうさ。永遠にその口を閉じろ! そうすれば、名もない下級国民(アンダー)の俺の事なんか、上級国民(アッパー)は誰一人気にしない。それがお前たちのやり方じゃないか!」


高史は冷酷に言い放つ。死の淵を覗いた彼は、もう昔の甘い彼じゃない。奪われるだけの人生は、もう終わりだ。これからは、奪う側になる。


収奪(ゲット)、腎臓。収奪(ゲット)、肝臓。収奪(ゲット)、心臓」


『かしこまりました。生体アイテムを取得しアイテム庫に送ります』


「原因は飛び降り自殺による全臓器損傷にでもしてやる。お前たちが俺にしたのと同じようにな! 下級国民(アンダー)の怒りを思い知るがいい!」


『かしこまりました。原因は飛び降り自殺ですね。固有スキル:|イベント創作《運命創造ジェネシス・コード》を発動します』


「ま、待て! 待てよ貴様! 俺様に自殺の《絶対運命》だと!? いや、すみません! 助けろ! ごめんなさい、誰にも言わないから、助けて下さい! 金ならまた稼ぐから!」


みっともなく命乞いをするテスラの体が、本人の意思とは裏腹に、まるで糸で引かれる操り人形のように窓際へ向かっていく。


下級国民(アンダー)が同じことを言ったとき、今までお前は助けたのか? 妹が殺された時、お前たち上級国民(アッパー)は誰か助けてくれたのか? ……ああ、そうそう。俺は親切だからな、窓から落ちたらお前の臓器は返しておいてやるよ。自殺死体に内臓がなかったら、お前たちの仲間が怪しむからね」


『テスラ、なんか相手が悪かったみたい。残念だけど、ゲームオーバーだよ、じゃあね、バイバイ~』


ウリエルは薄情にもそう言い残し、光の粒子となって姿を消した。


テスラは自らの手で窓ガラスを叩き割り、その顔に絶望と恐怖を刻み付けたまま……夜の闇に消えていった。


ガシャーン!という派手な音の残響が消えると、下衆な上級国民(アッパー)が一人、この世から消えた。


部屋には、割れた窓から吹き込む晩秋の冷たい夜風と、耳が痛くなるほどの絶対的な静寂だけが残された。床に散らばったガラスの破片が、街のネオンを反射してきらきらと輝いている。


高史はゆっくりと窓に近づき、眼下に広がる宝石のような東京の夜景を見下ろす。数時間前まで自分をゴミのように見下ろしていた世界が、今、一気に彼の足元にひれ伏している。


手に入れたこの力は、一体何なのか。

これから自分はどうなるのか。


分からない。だが、一つだけ確かなことがある。

もう二度と、誰にも奪わせはしない。


彼の口元に、自覚のない獰猛な笑みが、ゆっくりと浮かび上がった。

もしこの物語の始まりに少しでもワクワクしていただけましたら、ぜひこのタイミングで、ブックマーク登録や、画面下の【★★★★★】での応援をいただけますと幸いです。

皆様からいただいた応援が、明日からの執筆の何よりの力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ