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第15話:反逆

「さっきも言ったろ。俺は考えを変えたんだ」


異相空間に転移した四畳半の中で、高史の声が静かに、しかし絶対的な響きをもってこだまする。彼の背後では、破壊されたテレビの断面が、まだ青白い火花を散らしていた。


「魅惑の不労生活をお前らに否定された以上、中二病(ダークサイド)に極振りして、いっそ、この下らない世界を、全部まるっとぶっ壊してしまおうとね」


下級国民(アンダー)風情が、世界を変えるだと!?」

拓海の顔が、侮蔑と怒りで醜く歪む。


「そうさ。お前らじゃなく、下級国民(アンダー)の俺様が主役の世界に、改変してやるんだよ」

高史は、もはや少年の顔ではなかった。それは、奈落の底から這い上がり、天上の神々に反逆を誓った、若き魔王の貌だった。


「ふざけるな! この世界は、生まれながらにして選ばれた僕達のものだ!」


拓海は絶叫し、魔剣実体化(ダークブリンガー)によって生み出された漆黒の剣を、嵐のように振るった。紫電の斬撃が、残像を描きながら高史に襲い掛かる。一撃一撃が、空間そのものを切り裂き、異次元の闇を覗かせるほどの威力を持っていた。だが、その全てが高史の身体を捉えることはない。まるで、激しい風雨の中を、濡れることなく歩き抜けるかのように、高史は最小限の動きでそれを躱していく。その動作は、もはや人間のそれではなく、未来予知でもしているかのような、神懸かり的な領域に達していた。


「君は、下級国民(アンダー)イベントに招待されたんだ」

高史は、猛攻の只中で、静かに語りかける。

「大体、このクソ寒いのに、わざわざ部屋の窓を開けて、君に鑑定《真理の魔眼(アナライズ・アイ)》を使わせている時点で、おかしいと思わなかったのか?」


高史は、換気の為と称して、わざと窓を開けていた。全ては、この盤面を整えるための布石。

斎藤と最上川が誰かに追跡(トレース)されていることは、彼らが部屋に到着した時点で把握していた。ゼタルに部屋の外を偵察させ、拓海の動きを完全に把握していたのだ。彼がこのアパートに向かってきている時点で、高史は、この「下級国民(アンダー)イベント」の開催を決めていた。


「で、君は見たはずだ。俺のレベルが4であると。莫大な金を持っていると。だから躊躇なく、この罠に飛び込んできた。招待されたとも知らずにな」

高史の言葉が、一つ一つ、拓海の心に突き刺さる。

「ところで、君なら、上級国民(アッパー)イベントに招待された下級国民(アンダー)が、一体どうなるか、当然知っているだろう?」


「うぐっ……!」

拓海の動きが、完全に止まった。彼の額に、玉のような汗が浮かぶ。

(こいつ……まさか、全てお見通しだったというのか!?)

相手はレベル4の下級国民(アンダー)ではないのか。身体強化(フィジカル・ブースト)チートを使い、魔剣実体化(ダークブリンガー)を手にしたこの僕の敵ではないはずだ。だが、全ての攻撃を赤子の手をひねるようになんなく躱された今、彼の身体は、本能的な恐怖に支配され、鉛のように重く動かない。

生殺与奪の権を握っているのは、自分ではなく、目の前の少年なのだと。

対峙する拓海には、それが今頃になって、骨の髄まで理解できてしまっていた。


「なに、もう終わりか?」

高史が、憐れむような目で拓海を見下ろす。

「では、こちらも少しだけ本気を見せようか。よく見ておけ。もう一度、鑑定《真理の魔眼(アナライズ・アイ)》を使ってみな」


『ゼタル、偽装《虚構の仮面ファントム・マスク》、解除』


その瞬間、高史を覆っていた偽りのステータスが、ガラスのように砕け散った。彼の内から、抑えきれないほどの膨大なエネルギーが奔流となって溢れ出し、異相空間全体を震撼させる。そして、これまで姿を隠していたゼタルが、高史の背後に、すっと音もなく現れた。その完璧な美貌は、まるで死を告げる女神のようだった。


『拓海! こいつ、種族は下級国民(アンダー)だけど、絶対ヤバイ奴だよ! レベル99でコマンドポイントが∞って……本当に世界システム(ウヌス・ムンドゥス)を使えるなら、無限にコマンドを発動できるってことじゃない! それに、あのナビゲーター……世界システム(ウヌス・ムンドゥス)のデータベースに登録されていない! まさか、Xナンバー……!』

アルメンの冷静だった声が、初めて明らかに狼狽の色を帯びていた。


『高史様は無限にコマンドを発動できるうえ、どんなコマンドも常にイベント省略で発動可能です』

ゼタルが、淡々と、しかし絶対的な事実を告げる。


『なにそのチートを超えたチート性能! いくら何でも、こんな奴と戦っても勝てるわけないよ!』

高史の真のステータスを目の当たりにし、アルメンは完全に戦意を喪失したようだった。


「くそっ……なんだ、この出鱈目なステータスは……! 下級国民(アンダー)のくせに……!」

拓海の顔が、絶望に引きつる。

「だが、下級国民(アンダー)上級国民(アッパー)が負けるはずがないんだ! そんなことがあっては、絶対に、いけないんだ!」

それは、もはや彼自身の信念というより、上級国民(アッパー)という種族全体が共有する、根源的な祈り、あるいは呪いであった。

拓海は絶叫すると、最後の手段を使うことにした。


「アルメン! いくぞ、固有スキル――“絶対隷従アブソリュート・スレイブ”!」

『えーっ。まだやるのかい。しょうがないな。固有スキル、発動するよ』


アルメンが突き放した感じで言うと、拓海の全身から、不可視の威圧感が、精神そのものを圧し折る紫黒の津波となって、斎藤と最上川に襲い掛かった。


「何だ、これは……! うわぁああああ!」

「ううう……ぎゃあああああ!」

斎藤と最上川が、同時に悲鳴を上げて膝から崩れ落ちた。


(俺は……俺は……所詮、下級国民(アンダー)じゃないか……。上級国民(アッパー)様に逆らうことなど、出来るはずがないんだ……)

(そうだ……俺たちは、下級国民(アンダー)なのだから……。上級国民(アッパー)様に盾突くなど、恐れ多い……。娘が死んだのも、上級国民(アッパー)様に逆らったからだ……。そうだ、全て、自業自得なんだ……)

二人の脳裏には、抗いがたい無力感と、自己否定の考えが、毒のように蠢いた。


『これは精神攻撃のようですね。高史様、大丈夫ですか』

『ああ、特に何も』

下級国民(アンダー)上級国民(アッパー)の威光を示し、絶対的な服従を強いる拓海のスキル。だが、既に世界システム(ウヌス・ムンドゥス)の理を超えた存在である高史には、その精神攻撃は、春のそよ風のようにしか感じられなかった。

 

「お前ら、こんな幻に負けるな! 目を覚ませ!」

高史が、精神攻撃に苦しむ二人の肩を、強く叩いた。


『高史様、固有スキル“同志覚醒《反逆の系譜(リベリオン・リンク)》”の発動を確認』

ゼタルが、静かに報告する。


その瞬間、斎藤と最上川の目の前にも、世界システム(ウヌス-・ムンドゥス)のウィンドウが開かれた。彼らの精神を縛っていた見えない枷が、砕け散る。


「高史の後ろにいる少女は……何者だ!? 突然現れたぞ! それに、目の前のこの画面は一体……!」

「私も見える……! いったいこれは……!」


「まさか、世界システム(ウヌス-・ムンドゥス)がお前たちにも見えるのか!? そんな馬鹿な! これは、上級国民(アッパー)のみに許された聖なる力だぞ!」

拓海が、信じられないものを見たかのように絶叫する。

斎藤と最上川の覚醒。それは、イレギュラーが、今この瞬間にも増殖していることを意味していた。


「拓海。世界システム(ウヌス-・ムンドゥス)の使い手に、上級国民(アッパー)の威光は効かない。同じ力が使えるのに、畏怖する必要などないからな。さて、どうする?」


「ちきしょう! イレギュラー! 何なんだ、お前たちは!」


拓海にそう聞かれて、高史は自分たちの組織名がないことに気が付いた。

(……そうだな。後で適当に考えよう)

組織名など考えていなかった高史は、「フッ、それは言えないな」と意味ありげな声を漏らして誤魔化すと、身も蓋もなく、無慈悲なコマンドを呟いた。


「“収奪(ゲット)”、拓海の有り金全部。“収奪(ゲット)”、拓海のアイテム全部」


途端に、拓海のステータスから、凄まじい勢いで富と力が吸い上げられていく。


「この追剥野郎! 上級国民(アッパー)である、僕の金が! 権力が!」


「ありがとう、拓海。君の金とアイテムは、俺が中二病(ダークサイド)を極める為に、有効活用させてもらおう。感謝の気持ちだ。コイツをくれてやる」


高史の姿が、掻き消えた。

いや、消えたのではない。常人の認識を遥かに超える速度で、拓海との間合いを一瞬で詰めたのだ。

そして、上級国民(アッパー)のイケメン俳優の、その自慢の顔面目掛けて、渾身の鉄拳を叩き込んだ。


ゴッ!!!という鈍い音と共に、拓海の身体が、まるで壊れた人形のように宙を舞い、部屋のちゃぶ台を破壊し、床に叩きつけられた。


「グワッ……!」


拓海の顔は無惨に歪み、口から血反吐が飛ぶ。彼の称号から、“イケメン”の文字が、音もなく消えていた。


『拓海、身体強化(フィジカル・ブースト)の効果が終了した! もう無理だよ! アイテムもお金も取られたし、帰ろうよ! イレギュラーだけでも化け物なのに、さらに二人、下級国民(アンダー)のくせに世界システム(ウヌス・ムンドゥス)にアクセスできる奴がいるなんて、完全に想定外だよ!』

アルメンが、必死に撤退を促した。


「うるさい! もう一度、身体強化(フィジカル・ブースト)だ! 下級国民(アンダー)を、排除する!」

『ダメだ! もうCPが足りない!』

「何だと!?」


神言強制コマンド・オーバーライドで10倍のCPを消費し、さらに少女たちに存在抹消(デリート)コマンドを使ったため、拓海のポイントは、完全に底をついていた。


『クソッ! あんな下級国民(アンダー)の女どもを消したばかりに、俺のCPが……!』

『もう、逃げようよ!』


「逃がすものか」

静かな、しかし氷のように冷たい声が響いた。斎藤だった。アルメンや拓海の念話は、世界システム(ウヌス・ムンドゥス)にアクセスできるようになった斎藤にも聞こえていたのだ。

「拓海。今、女を消したと言ったよな。大人しくしろ」

彼は、警察手帳ではなく、銀色に輝く手錠を手に、ゆっくりと拓海に迫る。


「ふざけるな! 僕は上級国民(アッパー)だ! 上級国民(アッパー)は、決して逮捕などされない! 絶対に逮捕などされてはいけないのだ! そんなことも分からないのか! この下衆の下級国民(アンダー)どもが!」

拓海は、もはや意味をなさない特権意識を、呪文のように喚き散らしていた。


「うるさいですよ」

ゆらり、と動いたのは、最上川だった。

その手には、柄に血染めの布切れが巻かれた出刃包丁が握られている。彼は、まるで獣が獲物に忍び寄るかのように、腰を低くして拓海に近づいていく。

斎藤に気を取られていた拓海は、最上川の殺気に気づいた時には、もう手遅れだった。


ザシュッ!

肉を断ち切る、鈍い音。

最上川の、憎悪を込めた一撃が、拓海の腹を深々と貫いていた。


「グァッ……クソ、下級国民(アンダー)が……」


「そんなに逮捕されたくないなら、死ねよ、このクソ野郎!」

最上川は、包丁を抜くと、何度も、何度も、拓海の身体に突き立てた。一突きごとに、彼の口から、娘の名が、うわ言のように漏れる。

コマンドポイントの尽きた拓海には、もはや何もできなかった。


四畳半の異相空間は、再び血の海と化した。


「やめるんだ、最上川さん!」

斎藤が止めに入るも、既に拓海は虫の息だった。


「お前は“福祉局員”ではないだろうが……お前は何か知っているのか?」

高史は、最後に質問をした。


「フフ……上級国民(アッパー)の秘密を知ったお前たちは……もう、逃げられない……。これからずっと、上級国民(アッパー)に狙われ続け……る……。ざまあみろ……下級国民(アンダー)……」

拓海は、最後の呪詛を吐き出すと、こと切れた。


『ありゃりゃ。死んじゃった。これ、ゲームオーバーだね……』

アルメンはそれだけ言い残すと、彼女もまた、光の粒子となってその姿を消した。


「ゼタル、拓海の死体を“存在抹消(デリート)”してくれ」

『はい。かしこまりました』


拓海の身体が、闇に吸い込まれるように消えていく。

「これが、少女失踪事件の真相であり、拓海が使った“存在抹消(デリート)”コマンドだ」

高史は、覚醒したばかりの二人の同志に説明する。


因果応報。

高史は、ただそう思うだけだった。

三人の男たちの顔に、決意の光が灯る。

それは、世界に対する、下級国民(アンダー)による反逆の狼煙だった。


次回、翌日深夜12時投稿予定。

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