第12話:交錯する思惑
志村拓海のあの傲慢な記者会見を見て以来、最上川の心は、焦げ付くような憎悪に支配されていた。
夜ごと、愛娘・沙苗が悪夢の中に現れる。助けを求める娘に手を伸ばすが、その姿は闇に溶けて消えていく。飛び起きて、汗びっしょりのまま暗闇の中で一人、嗚咽を漏らす日々が続いていた。
高史からは、上級国民は危険だから機会をうかがって待て、と忠告されていた。頭では分かっている。だが、彼の心の中では、溢れんばかりに湧き上がる殺意の奔流を、もはや抑えることができなくなっていた。
(あいつは絶対にクロだ。真っ黒だ。俺の沙苗を殺したのは、あいつだ……!)
それが、あの不遜な会見を見た最上川の、揺るぎない確信だった。
居ても立っても居られず、彼は斎藤に対しチャットアプリでメッセージを送る。スマホを握る指は、怒りで小刻みに震えていた。
>高史という少年と会って、何か収穫はあったか?
返信は少し経ってから返ってきた。
>犯人は拓海だと彼も言っていた。ただし、上級国民に逆らうのはリスクが高いと忠告された。あなたも軽率な行動はするな、と。
(また、待てか……!)
最上川はスマホを壁に叩きつけたい衝動に駆られた。
>あいつは、上級国民に勝てると言っていたが、何か拓海のシッポを掴む方法を教えてくれたのか?
>いいや、協力は断られた。彼は何かを知っているのかもしれないが、知りすぎたがゆえに相手が怖いのかもしれない。事件の目撃者などには良くあることだ。
>結局、下級国民は泣き寝入りか。この世に正義などないのか!
>必ず俺が逮捕する。だから焦らず待て。
>また待てだ。高史にも同じ事を言われたよ。
チャットを終えた最上川の目には、もはや光はなかった。待っていても、誰も助けてはくれない。ならば、この手で裁きを下すしかない。
彼は、今はもう珍しくなったCDショップへと向かった。きらびやかなJ-POPが流れる店内を、場違いな喪服のようなスーツを着た彼が、一直線に男性アイドルコーナーへ進む。
目当ては、つい最近発売されたばかりの、拓海の限定プレミアムCD。通常のCDが1500円程度なのに比べ、限定版は12980円とかなり高い。だが、最上川は意にも介さず、それを手に取りレジへ向かった。娘の命の値段に比べれば、端金にも満たない。
店の外に出ると、彼はすぐにCDパッケージを乱暴に引き裂いた。中から出てきた拓海のブロマイドやら、特典のグッズには目もくれず、一枚の薄っぺらな紙だけを取り出すと、残りはCDを含め、道端のゴミ箱に叩き込んだ。
『限定プレミアム握手券』と書かれたその紙だけを、掌に食い込むほど強く握りしめて、最上川は雑踏の中へ消えていく。その目は、復讐に燃える鬼のそれだった。
◆
握手会の会場は、若い女性たちの熱気と甘い香水の匂いで満ちていた。
斎藤は、その異様な空間の片隅で、壁に寄りかかりながら鋭い視線をステージに向けていた。今まで握手会などしたことがない拓海が、疑惑の渦中に急に始めたこのイベント。何か裏があるに違いない。
殺人の疑惑があるにも関わらず、会場は若い女の子でごった返している。ステージの上で完璧な笑顔を振りまく拓海を見て、斎藤は吐き気を覚えた。(こんな奴の、どこがいいんだ……)
監視を続ける斎藤は、やがて、若い女の子だらけの中に一人だけ中年男性が混じり、ひどく浮いているのに気が付いた。
(……最上川さんか!)
あいつ、一体なにをやっている。どう見ても浮きまくりじゃないか。自ら「私が不審者です」と宣言しているようなものだ。斎藤は舌打ちし、人混みをかき分けて最上川に近づいた。
「最上川さん、ここで何を……」
斎藤が声をかけた、その時だった。
「やぁ、きみは僕の周りをかぎまわっている刑事さん。懲りないですね。……と、もう一人は誰かな」
握手会を突然中断した拓海が、ステージから降り、まるで王が下々の者に謁見するかのように、余裕の笑みを浮かべて二人の元へやってきた。周囲のファンたちが、何事かとざわめき始める。
その傲慢な顔を見た瞬間、最上川の理性の糸が、音を立てて切れた。
「最上川沙苗の父親だ!!」
彼の絶叫が、会場の音楽を切り裂いた。
「沙苗? 誰それ。知らないな」
拓海は心底不思議そうに首を傾げる。
「お前に殺された、私の娘の名だッ!」
「知らないよ、そんな娘。それにしても、女の子のイベントにおっさんが二人とはね。バレバレなんだよ。お前らがイレギュラーか? 高額なCDを購入して、わざわざこんな所まで来るのは、僕の熱狂的なファンか、僕に特別な用事のある奴か、そのどちらかだろ」
拓海は自分と近づけるイベントを仕掛ければ、敵を誘い出せると考えていた。女の子が集まるイベントに、おっさんのように全く異質な存在がまぎれこめば、極めて怪しい。全ては拓海の描いた筋書き通りだった。
彼の瞳が、分析的な光を帯びる。鑑定《真理の魔眼》スキルで、目の前の二人をスキャンする。彼の視界には、二人のステータスウィンドウが半透明にオーバーラップして表示された。
(種族:下級国民……保有金額も低い。テスラの金は持っていないか)
「チッ……今回は、外したか」
拓海は小さく舌打ちした。だが、ステータスをさらに詳細に見た彼の眉が、わずかに動いた。
(……トレース? この二人、誰かに監視されているのか?)
どこかの上級国民が、こんな下級国民を二人とも監視している? コマンドポイントの消費も馬鹿にならないのに。
しかも、刑事と被害者家族。偶然ではあり得ない確率だ。何かがおかしい。
(もしかすると、あの“福祉局員”のメール自体が偽情報で、イレギュラーなど存在せず、俺を陥れようとする別の上級国民の罠か……? テスラを殺したのも、上級国民という線もあるな)
拓海は何か引っかかるものを感じ、二人を泳がせることにした。彼もまた、二人に《追跡》コマンドを付与し、逆に監視対象とする。
「イレギュラー? なんだそれは! 俺はお前に真実を吐かせるためにここまで来たんだ!」
「待て、最上川さん! 刑事として、被害者家族のあなたに罪を犯させるわけにはいかない!」
今にも拓海に飛び掛かりそうな最上川を、斎藤が必死に押さえつけていた。
拓海は、その光景を心底楽しそうに眺めると、芝居がかった仕草で肩をすくめた。
「刑事さん、そのオッサンをしっかり取り押さえてくれ。善良な市民に襲い掛かろうなんて、狂暴だな。早く連れて帰ってよ」
その言葉をきっかけに、周囲にいた女の子たちが、我に返ったように叫び始めた。
「帰れ!」「帰れ!」「拓海くんに近づかないで!」
帰れコールが、会場全体を揺るがす津波のようになった。彼女たちの瞳には、拓海への盲目的な崇拝と、異物である二人への剥き出しの敵意だけが燃え盛っていた。
「このバカ女ども! コイツの本性がわからないのか! いい加減目を覚ませ、いつかお前たちも殺されるぞ!」
最上川の悲痛な叫びは、熱狂の渦に掻き消された。
「今日は帰る。だがな。かならずシッポを掴んでやる」
斎藤は捨て台詞を吐くと、抵抗する最上川を強引に抱え、会場を後にした。
二人の背中に、拓海の冷たい笑い声と、ファンたちの罵声が、いつまでも突き刺さっていた。
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