第1話 旧南三崎トンネル
今回初めてまず書く→AIに通す→添削という順序で書いたんですが、最近のAIって凄いなと感じました。
追記。主人公の能力異質過ぎて負けようがないし本当に強いの相手だと勝ちようもないなと思ったので完結にします
「あー、かったりぃ」
蝉時雨が耳をつんざく。真夏の森の中、ひび割れたコンクリートの道をとぼとぼと歩きながら、インバネス・コートの裾を引きずる少女──如月は、誰にともなく吐息を漏らした。
季節は七月。気候変動によって異常なまでの暑さが続く中、時代錯誤な装いをした彼女のうなじには、汗が幾筋も滲み、滴り落ちていた。
「かったるくとも、お仕事はお仕事です。しゃっきりしてください、先生」
そう言って、傍らを歩く青年──和渡が、ペットボトルの水を差し出した。その立ち居振る舞いには、「秘書」という肩書きが形となって現れているようでもあった。彼の声色には微かな諦念と、乾いた呆れが滲んでいた。
「とはいえだ、ワトソン君。再開発とやら知らんが、こんな辺境の怨霊をわざわざ祓うより、金を今ある町発展させるのにつぎ込んだ方がよほど効果があると思うんだが」
「ここがその発展させる為の要所なんですよ。それに、依頼料を受け取っている身でそんなことを言う筋合いではないと思いますが」
「それはそれ。これはこれ。……はあ、依頼人が金だけ置いてって、後は勝手に問題が解決すればいいのに」
「非現実的な妄言を並べていないで……先生、到着しましたよ」
冗談交じりの掛け合いを続けていた二人は、不意に立ち止まった。
その視線の先、濃密な木々の間にぽっかりと口を開けた闇。
一見して、忘れ去られた神話の遺物のような、古びたトンネルがそこにあった。
「旧南三崎トンネル。依頼内容は、“このトンネルを再び人が通れるようにすること”──とのことです」
──旧南三崎トンネル。
かつては、南三崎と北三崎を繋ぐ交通の要衝として栄えた場所である。
“旧”という冠が示すように、今では新たなトンネルが設けられている。だが、新道は大きく迂回して作られているため、利便性という点では旧道に大きく劣る。現に、新ルートを通れば片道一時間を要するのに対し、この旧トンネルを通れば三十分もかからない。たとえ荒れた路面であろうとも、その差は歴然だ。
市の見積もりでは、適切な改装を施せば、通行時間は二十分を切るという。
それほどまでに有用な道が、なぜ今も使われずにいるのか──否、使えないでいるのか。
始まりは今から三十年前のことだ。
一台の車がトンネルの内部で一人の少女を撥ねた。
車道と歩道は明確に分かれており、照明も十分。
本来であれば、事故など起こるはずのない環境であった。
だが、その日は異質なモノがあった。被害者の少女である。
セーラー服を纏っていたことで、かろうじてその性別と年齢を判断できたものの、肉体は変貌していた。
両眼はくり抜かれ、歯は交互に引き抜かれ、胸元には──黒い百合の花が咲いていた。
その根は、心臓に絡みついていたという。
まるで、少女の命を栄養として育っているかのように。
呪術。それも悪意に満ちた、残酷な意図によるもの。
それ以降、旧南三崎トンネルは人を呪い殺す“場所”となった。
如月はトンネルを前にしてひとつ、ぶるりと身を震わせた。
「うっぇ……寒っ」
「先生……? 本当に寒いのですか?」
和渡は、声をひそめるように問いかけた。その声音には、わずかに恐れの翳りが混ざっていた。
見ると、つい先ほどまで汗を滴らせていた如月の首筋は、すでに乾いていた。
だらしなく肩から滑りかけていたコートも、いつの間にかきちんと羽織り直されている。
いつの間にか、鳴り響いていた蝉時雨は、嘘のように消えていた。
「あー……うん。というわけでワトソン君。このトンネルのお祓い、君に任せた」
「……絶対に無理です。先生が“寒い”と感じるほどのモノが、僕の手に負えるわけがないじゃないですか!」
「えーとほら、君も霊能の──なんだっけ、名菓? 名犬? の和渡家の人間じゃん。だーじょぶ。気合だよ気合」
「気合いでどうにかなるなら苦労はしません。それに、僕の専門は除霊と降霊です。呪術は範疇外なんですよ!」
「えー。同じようなもんじゃん?」
「先生だけです、そんなこと言えるのは!」
言い争いは、しばし続いた。
だが突如として、トンネルの奥から冷気が一層濃く押し寄せた。
「……ヒュッ」
「あーら。怒ってら」
如月は、気怠い声音のまま、ぼそりと呟く。
対する和渡は顔面蒼白、目の奥で怯えの色を濃くしていた。
「はぁ……仕方ないか。親愛なるワトソン君の精神衛生のために、ここはひとつ、私が一肌ぬぐとしますか」
如月は和渡の持っていたバックを無造作に引ったくると、その中からひと振りの鉈を取り出した。刃は布で丁寧に包まれていた。
「ワトソン君や、お留守番よろしく。紅茶でも淹れてのんびり待ってな」
「……すみません、先生」
如月は一言も返さぬまま、トンネルの中へと歩を進める。
背を向けたまま、ひらりと片手を振る。
その背中は、言葉よりも多くを語っていた。──心配するな、と。
───────
「……いてっ」
鋭い音とともに、如月の頭上へと降ってきたコンクリートの塊が直撃した。
拳のふた回りは優にあるその破片は、本来ならばただの「痛み」で済むものではない。
骨が砕け、意識が途絶えてもおかしくはなかった。
けれども、如月はただ一言、軽く呻いてみせたのみだった。
「なんだー……呪詛師の呪いか? それとも死んだJKの怨嗟か? ん?それともJK、 私がかわいすぎて嫉妬でもしたか?」
そう口にしてから、彼女は肩を竦めた。
「──や。何でもかんでも呪いのせいにしちゃ、失礼だわな。老朽化ってやつか。築五十…いや六十年は経ってるんだっけか」
コンクリートの塊がぶつかった痛みも、先ほどまで確かにあった寒気感じさせず、如月はおどける。
そのまま気構える様子も見せず、薄闇へと足を進めた。
────
道中、如月を待ち構えていたのは、まさに地獄絵のような光景だった。
──甲高い金切り声がトンネルの内壁を這いずり回る。
──蒼ざめた無数の手が、地面から這い出ては彼女の足首を掴もうと蠢く。
──同じ風景が繰り返され、抜け出せぬ迷路と化す通路。
──無人のはずのトンネルを爆走する車が彼女の身体を跳ね飛ばし、
──天井が崩れ落ちては、彼女を瓦礫の中に封じ込めようとする。
超常と現実の狭間。
霊的恐怖と物理的脅威が錯綜するその空間で、しかし如月は眉一つ動かさなかった。
「なーんか可哀想になってくるけど、効かないんだよなぁ」
凄まじい風が吹き荒れ、宙を舞う瓦礫の群れ。
赤黒い触手──あるいは呪詛の蔓──がうねりを上げながら、如月へと襲いかかる。
だが、それらのすべてが、彼女の歩みを止めることはなかった。
やがて、如月の足がふいに止まる。
彼女の視線の先、トンネルの終点と思しき場所に、それはあった。
───
そこには、人の形をした残骸が横たわっていた。
干からび、ミイラ化し、もはや誰とも判別がつかぬ肉塊。
そしてその胸元に根ざすのは、異形の百合の花。
──赤黒く、ねじれながら咲き誇る花弁。
──茎は幾多の人の手で編まれており、
──花の中心には、生々しい瞳がぎろりと如月を睨みつけていた。
如月は吐き捨てるように呟いた。
「──こりゃ酷い。ほんと、呪術ってのは人の尊厳を軽んじるにもほどがある」
彼女は鉈を肩から下ろし、地に突き立てた。
刃に巻かれていた布が音もなくほどけ落ちる。
現れたのは、刃全体に細かな呪言が刻み込まれた、異形の刃だった。
「こんな姿になって、年頃のJKとしてはさぞ辛かろ。……安心しな。私が終わらせてやる」
如月が駆け出す。
百合はすぐさま蔦のような赤黒い触手を空中に伸ばし、毒のこもった呪詛を吐きかける。
しかし如月はどこ吹く風という風情で、それらを避けもせず突き進んだ。
──刃が振るわれる。
──茎に亀裂が走る。
『─────!!!!』
人の言葉ではない、獣のような、悪夢のような咆哮。
百合の奥底から響いたそれは、不快そのものだった。
如月は一瞬顔をしかめるも、止まりはせず鉈を振り下ろす。
百合は逃げようとした。
蔓を鞭のようにしならせ、何とか如月を遠ざけようともした。
──だが、無意味だった。
如月は何故か傷つかず、疲れず、止まらない。
百合がどこへ逃げても、必ず数歩のうちに彼女は現れる。
その姿は、祓い屋というよりも、何かもっと別のおぞましいものだった。
この世界に「恐怖」をもたらす側だったはずの百合は、いつしか逆に怯えていた。
「おーおー怖いか。よしよし。そのまま縮こまってな。すぐ終わらせてやるから」
如月はそう囁き、刃を少女と百合を切り分けるかのように、茎の根元へと振り下ろした。
それからトンネルを出るまでに、かかった時間は二十分にも満たなかった。
──外に出た如月は、空を仰いで一つ欠伸を漏らした。
森には、先程までの静けさが嘘のように蝉時雨が鳴り響いていた。
「先生、お疲れ様です」
和渡は静かに一礼すると、湯気の立つ紅茶をティーカップに満たし、如月の前へと差し出した。
濃い琥珀色の液面が、わずかに揺れている。
如月はその手元に目をやると、小さくため息をついた。
「まったく。ワトソン君、いくら私が英国かぶれだとしてもだ。さすがに廃トンネルを前にティータイムを楽しむほど、風雅には生きてはいないぞ?」
やれやれと肩をすくめる如月の声音には、多分に呆れが含まれていたがどこか茶目っ気を感じられた。
対する和渡は、堪えていた感情を堰を切ったように吐き出す。
「先生が──『紅茶でも淹れて待ってろ』と仰有ったんじゃないですか!!」
その叫びは、森の木々を揺らしながら虚空へと吸い込まれていった。
登場人物紹介
先生
如月 季乃 きさらぎ きの
とてもつよい。霊能の名家が側に家の者を置くくらいには警戒されている。別名「無敵」
異能力「状態異常無効」
ワトソン君
和渡 宗矢 かずわたり そうや
そこそこつよい。が、名家の中では下から数えられる実力。霊能界からの監視役として如月の元へ送られたが、当の如月本人からは「助手に和渡宗矢ン君が来た!」と喜ばれた。