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うわさの真実(下)

「うわさの真実(下・完結編)」をお読みいただき、ありがとうございます。


ついに最終回を迎えました。前回(中)では、システムの不具合により遥の創作者としてのプライドが大きく揺らぎ、二人の関係にも影が差しました。


今回の(下)では、すべての謎が明かされます。

なぜ図書館に「人生が変わる」といううわさが流れているのか?

遥のマリンブルーのキャスケット帽に込められた本当の想いとは?

そして、古典『百合若大臣』の世界で遥が見つけた真実とは——?


技術と人の心、古典と現代、そして父と娘。

すべてが繋がる感動の完結編をお楽しみください。


千年前の物語が現代人に教えてくれる、愛の本当の意味を最後までご覧ください。

  8.「崩壊」


 ひかりが「オデュッセイア」を持って戻ってくると、遥は床に座り込んだま

まだった。


「遥ちゃん、持ってきたよ」

ひかりの明るい呼びかけが、静けさを破った。

「……ありがとう」

遥は立ち上がった。


「大丈夫? 顔色悪いよ」

「平気よ。早く終わらせましょう」


 二人は再びゴーグルを装着し、書見台に「オデュッセイア」をセットした。

しかし――


「ジジジジジッ! ガガガッ! 」

激しいノイズと共に、システムが暴走した。


「うわっ! 何これ! 」

ひかりが慌ててヘッドセットに手をかけようとした瞬間、

「ダン! 」

二人の視界は暗闇に包まれた。慌てて装置を外してみると、ドーム内は

普段と変わらない様子だった。


「あー、ビックリした。仮想空間が落ちただけ? 」

ひかりの安堵の言葉に、

「落ちただけ? 私の設計通りなら……絶対にこんなこと起きない」

遥が叫んだ。


「でも、これはあなたが作ったシステムでしょ? 」

ひかりの困惑した口調。

「違う! 」

遥の声はさらに大きくドームに響いた。

「これは私の作品じゃない! 私の作品を殺されたんだ! 」

キャスケットを脱ぎ捨て、髪を振り乱した遥の姿に、ひかりは息を呑んだ。


「遥ちゃん…… 」

「大丈夫じゃない……私の人生をかけた作品が…… 」

遥の頬を涙が伝わった。創作者としてのプライドが、音を立てて崩れ落ちてい

った。


 二人ともどうしてよいか分からず、床に座り込んでいると、

「キュイーン、カリッ、カリカリ」

ヘッドセットからプログラムの再起動する音が聞こえてきた。


「あれっ? 遥ちゃん……何か再起動してるみたい」

もう何も反応しない様子の遥を見て、ひかりは

「じゃぁ、私がどんどん進めるね。結構楽しみに来たんだから…… 」


再起動したVR機器を付け直したひかりは

「あら、問題が出てるのね……ふんふん、『オデュッセイア』と似ている日本

 の物語……を、あっ!」


 ひかりは問題を眺め考えることもなく、ゴーグルをすぐに取り外した。も

う一度遥の方をじっと見てしばらく思案した。

「古典好きな私には簡単すぎる問題だった。でも、遥ちゃん。私と一緒じゃな

 かったらこの問題解けなかったかもしれないよ? 私は勝手に進めさせても

 らうからね」

言った直後、血の気が引いた。


(配信の失敗は痛いほど知っているのに……何で言っちゃったんだろう)

彼女は逃げるようにドームを出た。


 遥は膝を抱えたまま、ひかりの言葉を反芻していた。いつもなら

「私は勝手に進めさせてもらうね」という言葉に傷ついていただろう。また

一人にされた、見捨てられた、と。でも今、心に引っかかったのは別の言葉

だった。


「私と一緒じゃなかったら解けなかった」


技術だけでは解けない問題。人と人とのつながりでしか生まれない答え。私は

今まで、一人で全てを解決しようとしていた。父も、きっと……


  9「本当の物語」


 ひかりがドームに戻ってきた時に抱えていたのは絵本だった。

「このまま……私、進めるけど、遥ちゃんどうする? 」

遥はひかりをじっと見つめ、その真っ直ぐ優しい瞳を感じ、

(ひかりんの言葉は、私を突き放したんじゃない! 私に前へ進めと…… )

遥は頷いた。

「取り乱してごめん、ひかりん。最後まで見届ける」


その言葉にニッコリ微笑み、

「さあ、今日も古典でときめいちゃお~♪ あ、配信中じゃなかった」

ひかりは頬を赤らめた。


 ヘッドセットを着けた二人は、『百合若大臣』と書かれた絵本を書見台に乗

せた。

「システムが二人の顔を認識しています。アバター生成中…… 」

電子音声が響き、二人の姿が古典の登場人物に変換されていく。


「ようこそ『百合若大臣』の物語へ。私は当図書館司書の中村と申します。

 この物語は、私たちがこの地域の皆様に愛され続ける古典をお届けしたく、

 心を込めて作らせていただきました。では、お楽しみください」

遥はハッとした。あの朗読会の中村さんは、ここの司書さんだったのだ。


 二人は九州に飛んでいた。中村さんの語りが始まる。

「百合若大臣と呼ばれる殿様は、鉄の弓を唯一引ける名人でした。ある時、遠

 征に出かけた時、側近の部下の裏切りに遭い、無人島に一人取り残されてし

 まいました」


背景は手作り感あふれる水彩画風で、キャラクターも素朴な3Dモデルだった。

この装置が二人の顔をスキャンし、百合若と御台所みだいどころのアバ

ターに自動変換している。


「遥ちゃん! 百合若になってる! 」

「まったく! やってくれるわね。私をバカに…… 」

遥はそれ以上言葉を続けることができなかった。百合若になったその姿は、

そう、父親そのものだった。止めどなく涙があふれ出る、拭くことも忘れ、

ただ見つめることしかできなかった。


 中村さんの穏やかな語りが続いた。

「何年もの間、百合若は島で一人、家族のことを思い続けました。『妻は元気

 だろうか』『子は大きくなっただろうか』」

遥の心に、父の声が重なった。帰港のたびに同じことを呟いていた父の姿に、

涙が止まらなくなった。遥は震える手でゴーグルに溜まった涙を拭った。


「ひかりん……私、お父さんのこと…… 」

「遥ちゃん? 」


ひかりは御台所の姿になり、心配そうに遥を見つめていた。

その様子は、きっと母もこんな風に父の帰りを待っていたのだろうと思わせ

た。


「やがて百合若は、持ち前の知恵と技術でいかだを作り、ついに島を脱

出します。愛する家族のもとへ、一刻も早く帰るために」

遥は息を呑んだ。父も……帰ってきたのだ。あの日、突然現れた父の姿を思い

出した。


「しかし、故郷に戻った百合若が見た物は…… 」

中村さんはここで少し間を置いた。


「部下たちが百合若の地位を奪い、『百合若は死んだ』と偽り、家族までも騙

 していたのです」


画面が暗転し、次の瞬間――


怒りに燃える顔が映し出された。百合若の、遥の、ひかりの、御台所の、そし

て父の顔が……自分の顔なのか、物語の展開なのか……


「百合若は怒りに我を忘れ、裏切り者たちに襲いかかりました。愛する家族を

 守るため、奪われた物を取り戻すために」

遥の記憶が蘇る。あの日の父の怒鳴り声。殴り合いの音。そして、警察に連れ

て行かれる父の後ろ姿。


「でも……でも百合若は……お父さんは…… 」


遥の声が震えて止まらない。初めて理解した。

父の怒りの理由を。父の愛情の形を。


「家族を愛していたから……怒ったんだね」


  10.「うわさの真実」


 装置を外すと、ドーム内は静寂に包まれていた。遥の頬には涙の跡が光って

いる。


「あっ! 中村さん…… 」

遥は震えながら呟いた。

「あの『百合若大臣』は……図書館の皆さんが、一生懸命作ってくださったん

 ですね? 」

受付に向かう途中、遥は中村さんを見つけて駆け寄った。


「中村さん、ありがとうございました。私……最初はプログラムの粗さに腹を

 立てて……でも」

遥は深く頭を下げた。

「技術なんて、ただの道具でした。大切なのは……愛情だったんですね」


「私たちは、この地域の物語を次の世代に伝えたくて。海野さんのシステムに

 出会えて、本当に幸せでした」

中村さんは包み込むような笑顔で答えた。


 図書館を出ると、興味津々の人たちの会話が耳に入る。

「ブックリウムで体験すると、人生が変わるって本当かな? 」

「ただのVRでしょ? 」


遥とひかりは顔を見合わせて微笑んだ。


「うわさは本当だったね」

ひかりが言った。

「ええ。でもそれは、最新技術のおかげじゃなくて…… 」

遥は空を見上げた。雲間から陽光が差し込み、久しぶりに故郷の空のように見

えた。


「人の心だったのね」


マリンブルーのキャスケットを手に取り、遥は優しく微笑んだ。父からの贈り

物を、もう恐れることはない。


「潮風が恋しいな……この夏、実家に帰ろうかしら」

「私も配信しに付いて行っていいですか? 」


二人は肩を並べて歩いてゆく。図書館の噂は確かに本当だった。

ただし、それは技術の力ではなく――人と人が紡ぐ、小さな愛情の物語による

ものだった。



「うわさの真実」全3部作をお読みいただき、本当にありがとうございました。


遥の成長物語、ひかりとの友情、そして父娘関係の修復——この物語に込めた想いが、読者の皆様に少しでも伝わっていれば幸いです。


特に最後の『百合若大臣』のエピソードは、古典文学の持つ普遍的な力、そして家族愛の形を表現したく、最も心を込めて書いた部分でした。技術の向こう側にある人の心の温かさを描けていたでしょうか。


もしよろしければ作者ページもご覧ください。感想やお気に入り登録、フォローしていただけると、今後の創作活動の大きな励みになります。


最後になりましたが、この物語を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

皆様の日常に、図書館のような小さな奇跡が訪れますように。


次回作もお楽しみに。

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