絶滅動物を復元せよプロジェクト
「我々の研究チームは、運良く残っていたDNAから、恐竜を甦らせることに成功しました」
ここは、とある研究チームの記者会見。恐竜の赤ちゃんの写真に、皆が童心に返り見入っている。
絶滅した太古の生き物には、えもいわれぬロマンがある。自然、記者達の興味は恐竜は公開されるのかという点に集中する。誰だって、自分の目で恐竜を見てみたいのだ。
「この度は、研究の成功、おめでとうございます。6千万年以上の時を経て、恐竜が現代に甦ったというのは、とてもワクワクするニュースなのですが、恐竜は一般公開の予定があるのでしょうか?」
「ありがとうございます。恐竜を見てみたいというのは、私の子供の頃からの夢でして、おそらく皆さんの中にもそういう方は少なくないだろうと思います。研究が進み、可能となった時点で、皆さまにもご覧に入れたいと思います」
会場から歓声が上がり、空気は一層の熱を帯びた。
「可能となった時点、との事ですが、現状、何が課題となっているのでしょうか」
「はい、要するに恐竜版動物園、『ジュラシックパーク』のようなものを作るのが一つのゴールというわけなのですが、現存する動物と違って、我々は恐竜の飼育方法を知りません。化石や遺伝情報などから推測しつつ、模索している段階です」
「だいたいどのくらいで一般公開に漕ぎ着ける見通しでしょうか」
「できるだけ早く飼育方法を確立し、数も増やして行きたいですが、なにぶん初の試みでございますので……。餌の種類や量、適切な湿度・温度から照度、酸素濃度、感染症対策、交配方法に至るまでゼロから試行錯誤を繰り返すとなるとかなり気の長い話になろうかと思われます」
それを聞いてやや落胆した人もないでもない。けれども、今まで地層の中にしか存在しなかった恐竜が、今、研究所の中とはいえ、自分達と同じ地上を歩いているという事実に、人々は胸を高鳴らせた。
ニュースを見ていた私も、その一人である。
「恐竜が復活か。科学の力は偉大だな」
既に、数万年前に絶滅したマンモスやオオカミの類で、絶滅した生物の復活例はある。しかし、数千万年前の生き物となると、復活の難易度も桁違いだろう。彼らが生息していた環境を推測しながら飼育方法を確立するのは、さらに難しいというのも、さもありなんといったところだ。
そのとき、不意に、チャイムが鳴った。
戸口には、スーツを着た老人が立っていた。老人は、怪しい勧誘やセールスの類には見えず、仙人とか神様のような不思議な威厳に満ちていた。
「ごめんください」
「はい」
「落ち着いて聞いていただきたいのだが、私は今日、あなたに大事な話があって此処に来たのだ」
大事な話。一瞬、何かの冤罪で警察が私を逮捕にやって来たのかと思ったがそういった風でもない。老人の言葉は特有の重みを持ったから、これは冗談でも詐欺でもなく、何か重大な秘密がこれから開示されるのだと、私は確信した。
「分かりました。どうぞ、お入りください」
「ありがとう」
老人を部屋に案内し、お茶を勧めた。老人が一口、お茶を啜る。
「さて、自己紹介をしておこう。私は、君にとって宇宙人ということになる。この姿は、できるだけ私の言うことを君が受け入れてくれるよう、特に用意した仮のものだ」
老人は、至って真面目にそう言った。
内容が突飛であるにも関わらず、私は、そうなのだろうという気がした。この宇宙人の姿にはそのように思わせる不思議な雰囲気があるのだ。
「信じます。それで、宇宙人のあなたがわざわざ私に何のご用でしょうか。地球との交易や交流をお望みでしたら、私ではなく、政府や国連に接触なさった方が良いように思いますが」
「いや、本題にも関わるのだが、我々は、君と話す必要があるのだ」
「そう言われましても、私は、幾らでもいる普通の市民ですよ」
「君は、そう思っている。しかし、実際は、そうではないのだ」
はて。私に何か特別な点があっただろうか。何か珍しい技能や才能を持っている訳でも、重要な地位についている訳でもないこの私に。
「順を追って話そう。我々は、数十年前、ある惑星を発見したのだ。その惑星は、当初は他の多くの惑星と同じく、生命のない、不毛な惑星かと思われた。しかし、調査が進むにつれ、生命が存在した痕跡が明らかになったのだ」
「それは、実にロマンがありますね」
「そうだ。我々もそう思い、その惑星の本格的な調査を行った。すると、その惑星には、かつて知的生命体が存在し、極めて原始的ではあるが、文明と呼べるような活動を営んでいたことが分かったのだ」
老人の口調は熱を帯びている。私も、異星人の発見とはいえ、滅びた文明の発見という事実に、高揚感を覚えた。
「さらに、我々は、運良くその惑星の知的生命の遺伝情報を発見し、その生命の再生に成功した」
「人類が、恐竜を甦らせたようにですか?」
「まさしく、その通りだ」
「だとしたら、その知的生命の生育環境を整えるのはかなり大変だったのではありませんか?その生き物が絶滅してからかなり時間が経っている訳ですし、異星の生物ともなるとあなた方とは生存条件も全く異なるでしょうし」
「そこなのだ、我々が一番苦労したのは」
老人は、永い試行錯誤の苦難を思い返しているのだろう。ほろ苦い笑みを浮かべる。
「その生き物は、およそ数億年前に生息していたことが分かった。そこで、我々は持てる科学を総動員して、数億年前のその惑星の環境を割り出した。また、遺伝情報や遺跡から大まかなその知的生命の生存条件を推定した」
「さすがは宇宙人です。そこまで来ればその知的生命を復活させられますね」
「普通の生き物ならそれでも良いが、文明を有する知的生命となるとそうもいかんのだ。我々は、できることなら、文明社会に生きる彼らを復元したいと望んだ。それが、本当に彼らが生きていた環境だからだ」
そういう考え方は理解できる。できるだけ野生に近い環境で動物を展示しようとする動物園みたいな感覚だろう。
「でも、数億年前に滅んだ文明を再現するのは、不可能に近いのではありませんか?遺跡が見つかったとおっしゃいましたが、さすがに文明全体を再現できる程充実しているという都合の良い話はないでしょう」
「だから、我々は、君に感謝しているのだ。その惑星というのは、君が地球と呼んでいるこの星系の第三惑星の事なのだ」
どういう事だ?この宇宙人が見つけたのは、数億年前に文明が滅び、現在は不毛となっている惑星という話だった。しかし、現に地球には生命が溢れて———。
「実は君は、我々が復元したこの星の知的生命体なのだ。この惑星の地下深くで奇跡的に発見された知的生命の凍死体からDNAを抽出してね。だから、君は、唯一のこの星の生き物なのだ」
「ちょっと待ってください。だって、表へ出れば幾らでも人間は歩いているじゃないですか」
「それは、再現データに過ぎない。此処は、我々が研究成果をもとに創り出した地球再現用の仮想空間ということになる」
地球が既に滅んでいる。
人類は私一人。
此処は仮想空間。
どれもにわかには信じ難い。今まで、私は仮想空間で人生を送って来たというのか。さすがにそんな事は無いはずだ。
混乱する私をよそに、宇宙人は説明を続けた。
「この仮想空間は、君の脳と連結している。研究によって判明した諸条件に基づき構築された世界を君が体験し、君の体験が世界の側にフィードバックされる。このように、実際にこの星の知的生命である君の脳によって文明を再構築する事で、極めて高い精度でこの星に存在していた文明を再現できる」
「でも、仮にそうだとして、私が体験していない事、例えば私が読んだことのない本とか行ったことのない場所とかはどうなるのですか?」
「この世界には、君に関連しないものは存在しない。君が行ったことのない場所は存在しないし、君が読んだ事のない本は存在しない。背表紙だけ見たことのある本なんかは、中が白紙になっている。初めて君が読む本は、君の反応をフィードバックしながら、君が読み進める度に生成されている」
それじゃあまるで、キャタピラのようだ。私が行く先々に世界が生成されるから、私は世界があると信じ込んでいた。でも、実際には、私がいない場所に世界は存在しなかった。
そういう不思議な感覚と同時に、一切の私の行為がおそらくは研究され尽くしたであろう事、世界に存在するあらゆる俗悪なことが他ならぬ私の脳から誕生したという事を知って私は赤くなった。
だが、宇宙人は私を軽蔑するでもなく、純粋に私に感謝し喜んでいるようだ。
私が創り出した人類がいかに醜くとも、宇宙人からすれば、人類とはもともとそういう生き物で、それ以上でもそれ以下でもないという事なのだろう。
「そして今日、君の協力によって十分なデータが得られた。我々はこの仮想世界を実際のこの星に再現しようと考えている。つまり、この星の文明が数万年の時を経てこの宇宙に蘇るのだ」
宇宙人は高らかに宣言した。
宇宙を旅しこれだけ精巧な仮想空間を作れる彼らだ。地球に仮想空間を移植することくらいやってのけるのだろう。
それよりも私はこれからどうなるのだろう。用済みとなった実験体は破棄されるのだろうか。
「ああ、心配しないでくれ。我々は、君にとても感謝している。我々は、君が文明を創っていく様子を一大エンターテイメントとして享受し、今や、我々の中に、君を知らない者はいない。君が望むなら、君を我々の中に迎え入れることもできるし、実際に復元された惑星上で今と全く変わらない生活を送ることもできる」
知らないうちに宇宙人の中で有名人になっていたとは。
どうにも変な感覚だ。
「どうする?君」
「その前に、一目、今の地球を見てみたいのですが、可能ですか?」
「ああ、なるほど。そういう事に興味を持つのか。いいだろう、少し待ってくれ」
目を開くと、私はカプセルの中に横たわっていた。
白く、どこにも継ぎ目の見当たらない部屋だ。
明らかに宇宙人の施設だと分かる。
「現実で会うのは初めてだね。おはよう」
浮遊する光が明滅しながら話しかけた。しかしそれは、空気の振動を介して伝達された声ではなく、脳の中に直接響く、というより直接理解される情報であった。
「我々は、物理的な体を持たない思念生命体でね。君たちより高次元の生き物という事になる。さて、窓の外を見たまえ」
そこには、昔テレビで見た火星の地表を思わせる、赤茶けた荒涼とした大地が巨大な太陽に熱せられ揺らめいていた。そこには草木の一本もない。文字通りの不毛な大地だ。
ああ、本当に地球は滅んでいたのだ。
卒然、私は孤独感に苛まれた。
私は、宇宙でただ一人の人類なのだ。
今までそれを知らずに生きて来たけれども、これまで私はずっと一人だったのだ。
「感想を聞いてもいいかな」
「この星のように寂寞とした気分です」
「そうか———。君が望めば、すぐにでも地上の再生にかかるよ。君に孤独感を与えたいわけじゃない」
「よろしくおねがいします」
「ああ」
宇宙人は、何か物凄い速さで作業しているようだったがその片鱗も理解する事はできなかった。
みるみる海が湧き、山が生え、雲が浮かんで私が知る地球になった。
まるで、先程の荒野の方が幻であったかのようだ。
「これで、仮想空間の再現は完了した。あの世界にあった全てが、今、この惑星に存在すると保証しよう。なかったものも君のデータを使って補完してある。それでどうする?君は、此処で暮らすかい?それとも、我々の仲間入りをするかい?」
「せっかく地球を再生していただいたので、私は地球で暮らしたいと思います。私の家もあるのですよね」
「もちろん。送ろう」
次の瞬間には私は部屋で老人と机を挟んで向かい合っていた。
老人が口をつけ減ったお茶の量まで、完全に再現されている。
私は実はずっと此処にいて、白昼夢を見たのではなかろうか。その方がまだ自然だ。
「これから、この惑星は我々の観光地となりますが、我々が君たちに干渉する事は無いのでご安心を。それでは、これで失礼しよう。どうも、ありがとう」
「ちょっと待ってください。もし可能なら、今日の記憶を、消して行っていただけませんか?私はとても、この世界が私の頭から出て来たという事に耐えられそうにありません」
「ふむ、そういうものなのか。分かった、消しておこう」
※ ※ ※
何かを忘れているような気がする。しかし、それは大したことでは無い。
それよりも、私はテレビを見ながら、研究が進みこの目で恐竜を見る事ができる日が来るのだろうと期待に胸を高鳴らせるのだった。