第7話
◯◯◯
アガサの話はなおも続いた。
あと半年もすると魔王が誕生すること。
それに呼応するように聖女が現れること。
聖女が王子達と学園にて絆を育み、やがて旅に出ること。
一笑に付すことは簡単だった。
けれど、私には出来なかった。
「【聖域の花嫁】はやり込んだゲームでしたから、公式で明言された登場人物や設定のことならほとんど知っています」
言葉通りアガサは、私の質問に淀みなく答えた。
質問の内容は、私に関することだった。
「JRPGはときどきそれまでのストーリーに全く関係のない裏ボスやラスボスを突然登場させる癖がありますからね……」
なんのこっちゃわからない言葉を挟みながらも、私が平民生まれだったこと、宮廷魔術師であったこと、命を狙われていたこと、家族や故郷の人を殺され村ごと火をつけて滅ぼされ、その後復讐するために姿を偽り貴族に紛れ込んだことを一つずつ口にしたのだった。そして───
「貴女は復讐の道半ばで、貴女を陥れようとした者達に冤罪を被せられ、その結果勇者パーティと相対することになった。
人類で最も強いとされる三人を相手にし、互角以上に戦うも、一瞬の隙を突かれて聖女に封印された……」
アガサが私の最後を、詳細に言い当てた。
「そもそも勇者パーティとの戦いも、貴女を勇者パーテに討たせようと画策した者達によって仕組まれたものでしたよね」
彼らが自分達が画策したなどと言うわけがない。
それを遥か未来のこの時代で知っているということは彼女の話すことは真実なのだろう。
「そこまで知っているということは……」
矛盾はないが、しかしあまりにもぶっ飛んでいる。
「けれど例えば、あなたが人の心や記憶を読む能力者であれば、私の過去を言い当てられても不思議ではない」
私は一つの可能性を挙げた。
「けど、恐らく……あなたの言葉は真実なのでしょう。
いいわ、あなたは別の世界からの転生者であり、この世界はあなたの元いた世界にあった創作物の世界だというあなたの話を信じましょう」
「信じて……くれるのですか?」
「あら、信じて欲しくないの?」
「いえ! そんなわけでは……!
信じてくださってありがとうございます!」
アガサが慌てて否定した。
「ふふ、冗談よ」
固く握りしめられ白くなっていた彼女の手が、ようやく開かれた。
「それで貴方の言う【聖域の花嫁】の中で、どういった流れで私がこの時代に関与してそのラスボスとやらになるのか説明してちょうだい」
私の求めに従って、アガサは語り出した。
「まず前提として、本作は遊び手の選択によっていくつかのシナリオに分岐します。もちろん分岐に従って物語の結末も異なるものとなりますね。中でも正史とされるシナリオのことをトゥルールートと言います」
ふむふむと私は頷いた。
「そのトゥルールートと呼ばれるシナリオの最後の敵として主人公達の前に立ちはだかるのが、ラスボス【アルテシア・プルーフ】なのです」
私は少し考えてから彼女に問うた。
「私が最後の敵として立ちはたがる───ってのはわかったのよ。けどどうして縁もゆかりも無い私がそのラスボスとやらになるのかしら?」
アガサは顎にしばし手を当てると、おもむろに口を開いた。
「【アルテシア・プルーフ】を封印した結界は、数百年前の聖女によって張られた、聖属性と言われる特殊な属性を帯びた、非常に強力なものでした。しかし、内部に封印された【アルテシア・プルーフ】も負けてませんでした」
「負けたんだけどね……」
自虐になるが、負けたから封印されたのだ。
「いえ、負けてません!【アルテシア】は負けてないんです! 丸腰の【アルテシア】は、戦う準備を万端にしてきた勇者達三人と相対し、互角以上に戦ったのです! これを負けていないと言わずして何を負けてないと言うんですか!」
「お、おおう……」
そこまで知ってるんだ……とは返せなかった。
彼女の熱量に押されたからだ。
しかしその熱量がどこから来るものなのかはわからなかった。
「話を続けます。【アルテシア・プルーフ】は全属性魔法を使用できる唯一無二の魔法使いでした。彼女は封じられながらも結界を破壊すべく、それが意識的にか、無意識的にかはわかりませんが、ひたすらに闇属性の魔力を結界にぶつけ続けていました」
無意識よそれ。
そもそも最近目が覚めたばっかりだし……。
「やがて聖女の結界が綻び……というところで、魔王による惨劇が人類を襲いました。その際に人々から生じた膨大な負の感情が大きな闇エネルギーの奔流となり、その影響で、結界は完全に破壊されることになります」
それだけではありません───と彼女は続けた。
「結界の中にいた【アルテシア・プルーフ】は人々から発生した闇エネルギーに曝され、何の因果かその全てを吸収することになります。ついに彼女は【闇魔法】という存在そのものへと変貌してしまいました。彼女は人間の頃に持っていた優しさや理性を完全に失い、人類を滅ぼす存在へと変貌したのです」
アガサの話の【アルテシア】はまるで私とは違う人の様に感じられた。実感がないどころか、雲を掴むような話というか。
「けど、そうね……最後の最後に話の本筋に全く絡まなかった私が急に出てきたら、その、みんな驚いたんじゃないかしら?」
素朴な疑問だった。しかしアガサはきっぱりと否定した。
「いえいえ、そんなことはありません。
それまで影も形もなかったキャラがラスボスとして登場するなんてのは、私達の国で創られたJRPGではそれほど変わったことではありませんから……。酷いものになるとラスボスを超えるボスが脈絡なくその辺を歩いてたり、宝箱の中に脈絡なく入ってたりしますからね……」
それは、本当に、何だろう……。
彼女の話の内容は半分も理解できないが、それはヤバいんじゃないのかしら?
「まあ、いいわ。それで───その話が本当ならあなたはどうする?」
私の問いにアガサが首を傾げた。
「どう、とは?」
「私を殺すのかって聞いてるの。今ならやろうと思えば簡単にやれるわよ。何せ私、猫だもの」
これまでずっと穏やかだったアガサの顔が一瞬で真っ赤になった。彼女のこんな顔初めて見たわ。
「何バカなことを仰るんですか! そんなことは冗談でも口にしてはいけません!!」
「いや、だって───」
アガサが私の言葉を遮った。
「貴女が封印された元凶はこの国の腐った人達であったことを私は知っています! それに既に貴女は封印から解き放たれ、現在の歴史はもはやトゥルールートからは外れています!」
なおも彼女は言い募った。
「それに何より───貴女は私の推しなのに、どうして私が貴女を殺さなきゃいけないんですか!!」
それは彼女の魂から出た真実のセリフであったが、私には到底理解できないものであった。
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