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第2話 

◯◯◯



 耐え難い空腹だった。

 周囲に食べられそうなものを探したが何も見当たらない。なら街へ行きますかと、人の気配を探し街へと歩を進めるも───慣れない小さな身体では、思った以上に時間がかかってしまった。


 まあ、なってしまったものは仕方ない。

 どうせなら───魔法が使えるかどうかだとか、魔力を感じられるかどうかだとか、街に着くまでの時間で色々なこと試せばいいかと割り切った。


 ようやく街に着いた頃には、およそではあるが自分が何が出来て何が出来ないかの把握が済んでいた。


 結論から言うと、ほとんど魔法は使えない。

 封印から逃れはしたけれど、能力の多くは封印されたままで、残された魔法のキャパも、封印から一刻も早く逃れるために自身を黒猫の姿に変えるのに使用されていた。


 ただ魔力の流れは分かった……だからといって何だと言う話でもあるが……というか私は魔力の流れが見えるだけのただの黒猫であった。



 黒猫姿での生活は世知辛いものがあった。

 人間は冷たく、同類である猫も容赦なく、犬にいたっては無慈悲ですらあった。


 食堂に近づこうものなら容赦なく蹴っ飛ばされた。

 犬や猫には縄張りがあり、そこに入ろうものなら徹底的に追い回された。

 隙を見て残飯を漁るも、そんな生活は長くは続くわけはない。日ごとに消耗する体力に己の命がそれほど長くないことを悟った。


 自分の生が終わると一度自覚すると、不思議なことに何をしているときも思考は過去に向けられた。


 

 家族だけでなく、故郷の皆を殺されて、跡形もなく燃やされた。

 その後も命を狙われ、精神を擦り減らしながら戦い続けた。

 彼らの懐に入ってからも、気が抜ける時間はなかった。


 けれど私は、みんなの復讐すら果たすことが出来ずに───ついにはこの様な姿に成り果て、この世から儚くなろうとしている。


 私は生まれてこの方、何も成せていない。

 成せていないのに……。


 そう思うともう駄目だった。

 諦めるという選択肢はない。

 私はその場からたまらず飛び出した。


 死んでたまるもんか。


 やがて遠く離れた森へとたどり着いた私は、生きるために虫をはみ、天露を舐めることで糊口をしのぎ、何とか命を繋ぎ止めた。




◯◯◯



 意地と復讐心だけで生きてきた私だったが、その日は本当にもうダメだと思った。

 寒く凍えそうな日が連日続いた。食料となる虫も草もなく、とうとう私はその場に倒れた。

 外気は容赦なく身体を冷やし、地面は凍えさんと体温を奪う。食事もロクにとってない身体には、体温を産生するだけのエネルギーはもはや残されていなかった。身体の感覚は徐々に失せ、何とか繋ぎ止めてきた意識も───


「あら、こんなところに」


 穏やかな声を聞いた。

 いつ以来だったか……。

 私の意識はそこで途切れた。


 それが私とアガサの初めての出会いであった。




◯◯◯




 目が覚めたが身体が動かなかった。

 瞼も上手く開けられないし、外界との接触は視覚以外に頼った。

 温かい布に包まれていた。

 懐かしいミルクの匂いがした。

 ミルクの匂いが私に近付き、鼻先に持ってこられた。

 恐る恐る舌を突き出すと、ぴちゃりぴちゃりと音がした。

 音は私がミルクを舐める音だった。

 もう止められなかった。

 ミルクの甘みが身体を満ち、ミルクの温かさが私の全身に広がった。

 手厚い食事は私が満腹になるまで続けられた。


「早く元気になってね」


 慮るような言葉と共に、私の背が撫でられた。

 人の手というのは、こんなにも温かいものなのか……今さらながらに驚くと共に、私は再び眠りに落ちた。




◯◯◯



 一週間が経つとようやく目を開けられるようになった。

 さらに一週間が経つとヨロヨロとではあるが、歩けるようになり、そこから数日ほどで日常に支障をきたさない程度には回復した。

 その間も、温かな手の持ち主は私を看護し続けた。


 目が見えてからは少女を観察し続けた。

 輝くような金髪に、すっと通った鼻梁に冷淡な印象を与える瞳の少女だった。ややもすると、精巧なビスクドールを思わせる相貌は、美しいの一言に尽きた。

 神の作り給うた……という言い回しがあるが、まさにその言葉は彼女にこそ相応しいと思った。

 ただ……造り物めいた美貌はあまり動くことがなく、感情を読むのが難しかった。


 しかしそれでも、「大丈夫だから」「大丈夫だから、ね」と優しく私の身体を撫でる少女を、冷酷だとか、無感情だと感じることはなかった。


 それは時と共により明確に分かるようになった。

 まさに今でもそうだ。

 少女は私を撫でると、ほんの少しだけ眦を下げた。

 これはいわゆる、ころころと可愛らしく微笑んだというやつである。何がそんなに楽しいのか……。


「みゃおん」


 撫でられても何かが減るわけでもなし。

 私は内心で嘯き、一つ大きく欠伸をしたのだった。




最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

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