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第1話

◯◯◯





 これは過去の話だ。


 私は農村生れの平民だった。

 しかし何の因果か有り余るほどの魔術の才があった。


 偶然ながらも、魔術の才を見初められた私は、魔術学校に推薦され、そのまま首席で卒業した。

 その後も、史上最年少で宮廷魔術師に抜擢されると、一年もすると筆頭宮廷魔術師補佐に任命された。


 どんな魔術師も私には及ばなかった。

 それは私を除いた宮廷魔術師でも変わらない。

 彼ら全員が束になっても私には敵わなかった。


 けれど───どこまでいっても私は所詮世間知らずの少女に過ぎなかった。

 筆頭宮廷魔術師になろうが何だろうが、私はどこまでいっても農村生まれの頭がお花畑の少女に過ぎない。


 力を持つということがどういうことだか理解出来ていなかった。

 人間というのがどういうものだかわかっていなかった。


 私を兵器として扱いたいという国の狙いや、私を妬んだ魔術師達の罠や、私を危険視する教会や、その他多くの組織の思惑───私は本当に何も知らなかった。


 気がついたときには私には大きな罪が被せられていた。

 もちろん身に覚えはない。

 しかしそうなるともう遅い。


 私が愚鈍だから全てを失った。

 父も、母も、妹も、弟も、故郷のみんなも、全て私のせいで全てが燃え去り、命を失った。


 私は無知で、無知は罪だった。

 気づいた時にはもはや手遅れだった。

 私は枯れるほどに涙を流した。

 

 それでも───私は、戦った。

 戦い方を知らぬのに戦った。

 私なりの復讐であった。


 撤退し、姿を隠し、逃げながらも国を相手にひたすらに戦った。一度に複数の宮廷魔術師が来ようとも私には敵わなかった。


 私が火の魔法を放つと、百の相手の鎧や盾は紙みたいに燃え上がり灰となった。

 氷の魔法を放てば、敵は吹雪に巻き込まれ、氷の中で永遠の眠りについた。

 岩の魔法を放てば、追っ手の身体に無数の穴が空き、腕が千切れて、その場に崩折れた。


 けれど悔しいが数が違った。

 私だけが一方的に疲弊し続けた。

 襲撃を警戒しロクに眠ることすら出来ない日が続いた。

 倒しても倒しても追っ手がやってくる。


 ならいっそのこと、城の結界を破壊して、この国の王族の首を一気に狙うか……けれど結界を破壊し無防備となったその後に国の精鋭を相手にするのは───


 思考は回り続けた。

 こんなことをいつまで続ければ良いのか、一年が経ち、二年が経ちと、年を経るごとに、それまでがむしゃらに戦うことだけを考えていた思考が、なぜか立ち止まり、ふと、己に問うた。


 ───そもそも、私は誰と戦っているのか?


 国だとか、魔術師だとか、教会だとか、貴族だとか、いくつもの名前を挙げるのは簡単だ。けれど、違う。私の大切な人達を殺した者は確かにいて、それ指示した人間がいるはずだった。


 そこからは復讐の方向性を変更し、彼らの懐に入り込むことにした。魔法によって己の姿形を変えて、彼らの内部に入り込むことにしたのだ。



 不幸中の幸いに当てはあった。

 宮廷魔術師時代に、世話話(せわばなし)をする程度ではあるが、知人とも呼べる人間がいた。(くだん)の人物は将来を嘱望された高位貴族家出身の女性であった。名をエミリという。彼女は不運なことに、とある任務遂行中に行方不明となってしまったが、私は彼女が帰らないことを知っていた。


 まず私はエミリの領地に逃げ込むと、魔法で己の姿を彼女のものに変えた。そして記憶を失い、声を失った振りをして、彼女の生家の領地にて保護されるように図った。

 初めはバレないかと不安に苛まれていたが、彼女の両親は保護された私のことを自分達の娘だとあっさりと信じた。


 罪悪感がないわけではなかったが、復讐を果たすまでバレるわけにはいかなかった。私は必死だった。一般教養はもちろん、貴族の言葉やマナーを学び、貴族社会について貪欲に学んだ。

 また時には生前の彼女から聞いていた話をさも思い出したかのように家族にしてみるなど、バレないように振る舞うのも一苦労であった。


 貴族社会でしばらく身を浸すと、一つの道理が見えてきた。

 それは宮廷魔術師時代の自分には決して見えなかったことだ。


 人は人を騙し、足を引っ張り、貶め、奪う。


 そんな単純かつ当たり前のことを知るのに、私は長い遠回りをしてしまったのだ。けれど、それを理解してからは簡単だった。教科書はそこらかしこに存在した。彼らがやったように私もやればいい。


 それに加えて、魔法にて小型使い魔を召喚し情報収集に努め、多数の人間の弱点を探った。またメイクを学ぶと同時に、徐々に気付かれない程度に日に日に顔を美しく変えた。また魔法の訓練も一日たりとも欠かさなかった。


 もうこうなれば人を手玉に取ることは簡単だった。

 宮廷魔術師達に疎まれない程度に実力を隠し、何人もの高官を籠絡し、貴族社会で力を持つ夫人と縁を結び、スネに傷を持つ貴族には飴と無知で従わせた。

 そうやって私は、数多の貴族達の関係をしっちゃかめっちゃかに掻き回せるだけ掻き回し、やがては国を傾けることに成功した。


 その過程で、つつがなく情報を手に入れ、私を疎んで冤罪を被せて村を焼き払い、みんなを殺した者達が誰なのかを突き止めることも果たした。


 事故に見せかけて一人殺し、病気に見せかけて一人殺してと、確実に復讐を遂行していったが───私が乗っ取った身分の持ち主である女性の元婚約者が、私を執拗に疑い続けた。


 どのような経緯からなされたかは私にはわからないが、私をエミリでないと疑った元婚約者や、私に男を盗られたと主張する女性や、とある切れ者の高位貴族達───二桁にもいかないわずか数名ではあるが───彼らが結託し、勇者パーティと言われる一騎当千の猛者達に、私の討伐を依頼した。


 恐らく勇者パーティの返事は色良いものではなかったのだろう。証拠がないとでも言われて、突き返されたに違いなかった。だから彼らは───


 あの日、エミリの生家が燃えていた。

 中には、エミリの両親も、兄も、そのパートナーの女性もいた。

 私は死に物狂いで、必死に魔法で消火を図った。しかし、狙ったように、何人もの暗殺者達が私に襲いかかってきた。

 一刻も早い消火を───それだけが頭の中にあった私は、彼らを皆殺しにし、消火に取り掛かっ───


 そこには何故か勇者パーティいた。

 彼らが私を見ていた。

 しかも、彼らが見ていたのは真実が切り取られた一場面である。


 勇者パーティの背後には、エミリの元婚約者をはじめとした人達が立っており、彼らの射抜くような視線が私に向けられていた。彼らが勇者達に何かを告げた。

 恐らく、私が家を燃やし、私兵を惨殺したと───


 死闘の幕開けだった。

 勇者パーティは、勇者、聖女、戦士の三人だった。

 たったの三人だけれど、これまで滅ぼしてきたどのモンスターよりも、どの宮廷魔術師よりも、どの暗殺者よりも手強かった。さすがは世界最強とも言われるパーティだった。


 彼らは一つの生き物のよう、攻撃に回復にと動き続けた。

 三つの視線は、常にこっちの隙を伺い、言葉も必要とせずに私の命を狙い続けた。


 倒しても回復、倒しても回復、ならヒーラーである賢者を狙う───となった隙を狙い攻撃してくる……息をも()かせぬ戦いであった。


 地力では私が(まさ)っていた。

 しかし、人数差に加え、準備の有無が勝敗を分けた。


 勇者と戦士の猛攻に気を取られた隙に、賢者によって放たれた極大封印魔法が私に降り注いだ。





◯◯◯




 気がついたらそこ(封印の中)にいた。

 視覚も聴覚も働かなかった。

 

 初めは何とか出来るという自信があったが、封印を破ることはどうあがいても出来なかった。ただこうして思考が浮かび上がってきたということは封印が綻んだ証左であった。


 先の知れない事態ではあったが、深く考えると頭がおかしくなってしまう……だから私は、頭の中で何度も何度も様々なシミュレーションを繰り広げ続けた。

 もしも次の機会があれば絶対に私は───




◯◯◯



 外へ逃れる機会は案外すぐに訪れた。

 綻んだ封印に魔力を込めてぐぐっと引っ張った。

 初めは手応えがなかったが、ある瞬間から徐々にではあるが、綻びが大きくなっていくのを感じた。

 気を良くした私は意識の全てを封印をこじ開けることに費やした。

 どれくらいそうしていたか……。


 ───パキリ


 ガラスを踏み潰したような音と共にそのときは訪れた。

 微かではあるが封印が開いた音だった。

 私は一も二もなく、その隙間からするりと外に抜け出したのだった。


 目を開く───強烈な日の光に目眩がした。

 虫の音や葉擦れの音がやけに頭に響いた。

 久し振りの外界に身体がびっくりしたのか立っていられずに頭を抱えて蹲った。

 風が木々の青々とした匂いを運んできた。

 懐かしくも芳しい匂いに、じわりと目頭が熱くなるのを感じた。


 やっと、やっと外に出れた。


 涙を拭おうと、手を持ち上げると───


「何これぇぇぇぇーー!!」


 黒い毛に包まれた腕と、その先には肉球と爪がであった。

 急いで、自分の身体を確認するも、黒い毛に覆われたしなやかな肉食獣の姿であった。


 ようやく封印から逃れた私だったけど、何の因果か、黒猫の姿となっていたのだった。

 

 



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