97、ロックオン−3 卒業パーティー編
正式にスターライド侯爵家の正妻の子と紹介されたセシリアには多くの縁談が舞い込んだ。それは、ブライト伯爵家ではなく、スターライド侯爵家にだ。
グレッグはセシリアに興味が無かったので知らなかったが、セシリアの人気は凄まじいものがあって、セシリアがランクル局長と婚約している話は周知のことだったが、利益を提示すればグレッグならどうとでもすると知っていた。しかも相手はランクル侯爵家とは言え、家を出された三男坊、ランクル侯爵家が出張ってくる可能性は低かった。
通常ならセシリアの出自を疑う者も出てくるだろうが、スターライド侯爵家に代々引き継がれる銀髪、それはライアンや妹マイラより余程 遺伝を感じさせた。しかも今は病に臥せって公の場に姿を見せないスターライド侯爵夫人であるフィーリアはヘネシー伯爵家の白薔薇と、その可憐な容姿は永遠の妖精と人気があり、グレッグと結婚するまでは有名だった、その姿をセシリアは色濃く受け継いていた。誰も疑えないほどに2人の遺伝子を受け継いでいるセシリアは、悪名高いグレッグ・スターライドの娘だとしても手に入れたい魅力的な人物だった。
グレッグ・スターライドが夜会で婚約者を探していると発言した事はすぐに広まり、挙って手をあげ、毎日スターライド侯爵家に列を成していると言う、傍迷惑な話だ。
王宮からブライト伯爵家に文官が来ていた。
ブライト伯爵夫妻の預かり知らぬところで、養子縁組の解消の手続きがなされたことに対し、捜査が入ったからだ。金で関わった文官などは全て処分されたが、ブライト伯爵家としてどう考えているかを確認に来た形だ。
涙ながらにセシリアの手を握っている。
「セ、セシリア…本当にいいのね?」
「……お父様、お母様 愛してます、大好きです。今まで幸せに生きることが出来たのはお父様やお母様やお兄様がいたお陰です。抱きしめてくれる手と温もりがあったからこれまで生きてこられました。有難うございます」
「スターライド侯爵家に貴女をやるなんて心配で心配で…」
「そうだよ、この間だって無理やり誘拐されてあんなこと…、危険な目には遭わなかったけど、これからどうなるかは分からない。うちの心配なんていいんだぞ? どうせ資産などないのだからまた一から始めればいい、だから!」
「それが嫌なのです! お父様やお母様が一から頑張ってきたものをまたあの人達に奪われるなんて…それがわたくしのせいだなんて…耐えられないのです! わたくしはこの家族を愛しているのです! わたくしは今まで十分幸せに生きて…うっく、これからはわたくしがお父様とお母様をお守りしたいのです! だから…だから…うぅぅ」
「ああ、セシリア!」
「セシリア、諦めなくていい、いっそ外国で暮らそう!!」
互いを思いやり、ひしと抱き合う家族に文官たちも貰い泣きしている。
ブライトの両親が今回仕方なく養子縁組の解消に同意したのには訳がある。
それは兄ブルームと私の関係を話したからだ。お互いに深く愛し合っている、他の人間との婚姻は考えられないと。ブルームは以前の怪我で子供は望めないかもしれない、であるならば、セシリアの子供を養子に迎えようと決めていたと両親に話していた。
だが、結局セシリアしか愛せないのに 形だけでも他の女性を妻に迎えるのはその女性に失礼だから、自分の体のことを公にしたと言った。
セシリアも誰であっても結婚し子供を育てる自信がなかったから、結婚するつもりのない人を婚約者にし風避けにしたと言った。
結婚できなくても傍にいることが出来ればそれで幸せ、相手が幸せであればそれを見守れるだけでいい、そう思っていた。だけど、それが愛し合える関係なのであれば、苦しくてもその道を選びたいと、2人に真剣に訴えられて両親は困惑した。
正直2人の距離感に近すぎるとは思ってきていた。特にセシリアは女の子であるにも拘らず、小さい頃はいつも身を挺してブルームを庇って大怪我を負っていた。
年下の妹がする事ではない、ブルーム護りたい、嫌われたくないそんな気持ちが見え隠れしていた。ブルームもそんなセシリアを護りたいと剣術も学術も必死に頑張ってきた、互いを心から大事にしているのは見ていて分かっていた。家族の情が男女の情に変わっても不思議ではないほど。そう思うとストンと落ちた、この2人は幼くともずっと前から愛し合っていたのだと。
スターライド侯爵家は癖の強い人間でセシリアやブルームが傷つかないか心配にはなるが、2人の未来のために応援すると決めた。その上、スターライド侯爵家の者は粘着質だ、婚約者がいても諦めないなんて想定内、実際に戸籍まで勝手に書き換えている。こうなれば戦うしかないのだ。
「セシリア、貴女の決めたことを応援するわ」
「ああ、ここはセシリアの家だ、いつでも帰ってきて構わないんだからね」
「はい、お父様、お母様 感謝致します」
こうして王宮も正式にセシリアをスターライド侯爵家の嫡子と認めた。
グレッグ・スターライドは気分を良くしていた。
面白いようにセシリアを欲しいと群がる連中が金を積んでいくからだ。
『数が多くて1人に決められない』と呟けば、多くのものを目の前に金銀財宝や権利書などを置いていく。当然、それらは自分を選んだならば…と言う話だが。それらを見比べてどこが1番娘を高く売るのに適しているかを考える。
「あなた! こんなにお金が集まったのならマイラの婚約は取り下げてください!」
「…無理を言うな、アレは既に鉱山の権利書と共に交換済みだ。この家で暮らしたいならもう言うな。それよりライアンの婚約者はまだ決まらないのか!?」
ライアンは23歳、結婚していてもおかしくない歳である、それでも婚約者がいないのは、ライアンが妾腹であるためだ。夜会などにグレッグが同伴する夫人が実質スターライド侯爵夫人の役割をしているとしても、婚約を考えた時スターライド侯爵家を調べれば、クレアは愛人である事は明白だった。
現在グレッグはスターライド侯爵を名乗っているが、領地も多くの商売や資産は祖父が握り自由には出来ていない。
フィーリアはヘネシー伯爵家、クレアはアンバー男爵家、実家の後ろ盾と言う意味からしてもクレアをスターライド侯爵夫人と同等の扱いは出来なかった。それはグレッグが手段を選ばない人間だと知っていればこそ、グレッグを持ってしてもフィーリアと別れてクレアを夫人に据えられなかったと言う事実に他ならないからだ。
スターライド前侯爵、つまり祖父がフィーリアがおかしくなっても離婚させなかったのにも理由がある。ヘネシー伯爵家は金の産出が国内随一で国内の貨幣も金貨はヘネシー伯爵領から産出された物を使っている。国内の金の価値を一定に保つため国の管轄下にある。だからそう簡単に手出しは出来ないが、人脈を作れれば安定した産業やルートを作り金儲けが出来る。スターライド侯爵家にはメリットがあったのだ。
そして偶然にもフィーリアはグレッグに一目惚れをした。10歳近くも年上であったが、グレッグの洗練された身のこなしにも、身分で区別しない公平さも、何より銀髪の精悍な顔立ちは、若いフィーリアを夢中にさせた。
ヘネシー伯爵家はスターライド侯爵家の黒い噂を気にして婚姻には乗り気では無かったが、可愛い娘の頼みに不承不承頷き送り出した。
だが結果、可愛い娘の結婚生活は娘の心を壊し、スターライド侯爵家に人質のように監禁されている。ヘネシー伯爵家は何度となく離婚と娘の返還を要求しているが、未だに果たされていない。関係は正直最悪だが、娘が人質になっているため関係を継続している。
グレッグはヘネシー伯爵家に関与するものにも、ヘネシー伯爵家と関わりがある各所にも携われなかった。知る人ぞ知る悪縁だ。
グレッグは周りが敵だらけの中で愛する者たちを守るために精一杯頑張っていた。スターライド侯爵家からもヘネシー伯爵家からも支援を受けられない。アンバー男爵家からの元手一つ、自分の才覚でここまできたのだ。それは並大抵の努力では無かった。だけど、ここへきて何もかもが上手くいかなくなっていた、何とかしようと足掻いて足掻いて…ますます泥沼に嵌っていった。大切な家族を守りたかった筈なのに、大切な家族を叩き売るようになってしまった。
今日はアシュレイ王太子殿下が王立学園を卒業する。
アシュレイ王太子殿下が卒業するイコールグラシオス、ベルナルドたちも卒業する。
午前中は式典を行い、夕方からダンスパーティーが行われる。
アシュレイ王太子殿下の代表挨拶はとても立派なものだった。
この5年間様々なことがあり、今は立派に政務をこなす青年となった。
『まじキュン』であれば、今日ディアナは断罪されることになる筈であったが、既に彼女はいない。プリメラは感慨深くそれを見つめた。
実はプリメラも婚約した。
ハドソン伯爵家は没落してしまった。爵位は残せたが、領地もなく今はハドソン伯爵はボーン男爵の仕事を手伝っている。今はボーン男爵領で一人暮らしをしている。母親は没落し侍女の1人も雇えない状況になると離婚し実家へ帰ってしまった。王都にあった屋敷も領地も何もないので1人寝泊まりし、偶にボーン男爵家の呼ばれて食事を共にする、そんな生活をしていた。
そんな中でプリメラに親しくしてくれる人は沢山いたが、婚約を申し込む家はもう無くなっていた。プリメラは聖女としての能力は皆無、聖獣ありきでしか回復魔法を使えない。まあ聖獣がいれば学園を卒業後は魔術師団に入団出来るだろう。
魔術師団の最終結論は聖女認定を見送ったのだ、巷では『聖女』と呼ばれているが、認定されなかったことでいくつか来ていた婚約話もピタリとやんだ。プリメラの結婚は王家預かりとなっていたが、王家が介入する必要がなくなった。そんな時に唯一婚姻の申し込みがあった、それがボーン男爵家だった。
実はボーン男爵家のお相手ロバート・ボーンは、プリメラが社交界デビューした際に初めてダンスを申し込んでくれた相手だ。それを知るとプリメラはロバートに俄然運命を感じた。
だから、父親も仕事でお世話になっているし、喜んでこの縁談を進めることにした。
婚約が決まるとプリメラはロバートとイチャラブを満喫。
ロバートは肩書きではなくプリメラの容姿に一目惚れしていた。だけど当時のプリメラはアシュレイ王太子やその側近たちに猛アタックしていて取り付く島もなかった。その後も聖女となってからは常に周りに人がいて近寄れなかった。だけどずっと陰からプリメラを応援していた。プリメラが聖女判定されなくても変わらず見守っていた。
ロバートは平凡な人間であったが、プリメラの話をいつもニコニコ聞いてくれた。それが凄く心地よかった。プリメラは安らぎと幸福を感じた。するとロバートの事が物凄く格好良く感じて好きで好きで仕方なくなってしまった。プリメラは前世で望んだラブラブ恋人をゲットして大満足だった。プリメラは王妃の資質はなかったし、処女は知らない人に奪われてしまった、正直 お酒と媚薬効果で当時のことは覚えてないし、前世の感覚を引き摺っているのか、女性の処女神話なんて興味もない。初めてが痛くなく終わったなら良かったかも…なんて考えていた。
人目がなくなると積極的にロバートを襲っている。ロバートはドギマギしながらそれに応えている。
「プリメラ、僕あんまり上手じゃなくてごめんね」
なんて言うロバートにズキューーンと撃ち抜かれまた唇を奪う。もう、ロバートが可愛くて仕方ないのだ。偶にプリメラが暴走するとロバートはちゃんと向き合ってプリメラを叱る。それにプリメラもちゃんと従う、だってロバートに嫌われたくないから。それに叱られてもロバートからはプリメラが好きだと感じることができた。それに最後はいつも抱きしめてキスしてくれる、だからちゃんと素直になれる。
プリメラも無理に背伸びしない関係が居心地がいい、今プリメラは幸せだった。
今が幸せだから、アシュレイ王太子殿下の姿を見ても何とも思わない。ただ、あーここはゲームの世界じゃなくて似ているけど別の世界だったんだななんて思っていた。
今日の卒業ダンスパーティーはロバートとお揃い、プリメラは今からそのドレスを着て踊ることが楽しみで仕方なかった。ドレスは勿論プリメラの要望を聞いてロバートが作ってくれた。
「あまり高価な物は作れないけど」なんて言われたけど、今のプリメラには些末なことだ。
「私ね、大好きな人とお揃いのドレスでエスコートして貰うのが夢だったの。有難うねロバート! 大好き!」
所構わずイチャラブしている、色々あったがプリメラにはこれが1番最高の結末だった。プリメラの人生の中ではプリメラは文句なくヒロインなのだから。
卒業ダンスパーティーではアシュレイ王太子殿下の横にはリディア・エヴァレットが立ち、グラシオス・バーナーの横にはケイティア・ハービル、ベルナルド・キャスターの横にはリンダ・カーライルがそれぞれのパートナーを伴っている、ローレンはまだ決まっていない、状況的にも難しいが気の置けない仲間に囲まれて充実している為、煩い世話焼きがいない今、ローレンの相手ができるのはまだ先の未来になりそうだ。それぞれが自分の人生を歩み始めていた。
セシリアのエスコートはリアン、ブルームはエレンをエスコートしている。
ここは学園なのでパートナーは婚約者だけではない。相手を見つけられなかった者は個人の参加も友人同士の参加もある。ただ、誰かしらとダンスを1度は踊らないとダンスの授業で加点を貰えないので皆必死で相手を見つける。
卒業ダンスパーティーは断罪などのイレギュラーもなく、無事終了した。
次は国王陛下の即位の記念祝賀会かアシュレイ王太子殿下の結婚祝賀会か、ずっと自粛ムードで大々的なお祝いはしなかったので、纏めて盛大に祝おうかと話が出ているらしい。
やっとバファローク王国にいつもの賑やかさが戻ってきたのだった。
シルヴェスタ公爵の悪き膿を出し切ると改革を行ってきたこともやっと軌道に乗り始めた、重鎮が鎮座して動かなかった場所に新しい風が吹き、今まで陽の目を見なかった弱小の商会なども活気に溢れていた。
徐々にお茶会も夜会も昔通り行われるようになってきた。長い間実現できなかった、シルヴェスタ公爵家からの支配から脱却し、王権の強化に力を入れる事が出来るようになった。
その頃にはツェイサル国王陛下はシルヴェスタ公爵の悪政に疲弊した民を救った英雄となっていた。そしてアシュレイ王太子殿下もシルヴェスタ公爵にも魔獣にも立ち向かった勇気ある人として国民に大人気だった。国民が本当の立役者が誰か知ることはないだろう。
皆、新たな時代を歓迎したのだった。




