96、ロックオン−2
社交界では瞬く間に『セシリア・ブライトはグレッグ・スターライドの隠し子だ』と広まった。
誰が隠し子だ!
しかも連日セシリアに面会を求める書状や、密偵やら調査員がセシリアの周りを嗅ぎ回る。うざったくて仕方ない。
ある日グレッグ・スターライド侯爵からセシリアに手紙が届いた。
『実の母親、祖父母に会いたくないか?』
さて、どうしたものか…。
「セシ…なんで婚約者を私にしてくれなかったの? 従妹なら結婚できたよね?」
「ごめんなさい、でも世間的には兄妹だったんですもの、いきなり恋人、夫婦というのはお兄様が変な目で見られるわ、だから…」
「嬉しい、恋人だけじゃなくて夫婦って…意識してくれたんだね。でも、このままではリアンと夫婦になるの? 私はセシが実の妹じゃないって知って本心では凄く嬉しかった! もう我慢しなくていいんだって、セシは違うの?」
セシリアの部屋にやってきたブルームはセシリアの本心が聞きたかった。どうして自分ではなくリアンを選んだのか、どうしても聞きたかった。
「お兄様………。 倒れたあの時あったでしょう? あの時 本心を言えば、両親と思ってた人が違ったことでショックだったのも間違いないけど…それよりも私の中では、お兄様に一歩踏み出せることが嬉しかったの」
「なら、何故?」
「ごめんなさい、今はまだ公にする時ではないと思うの。今知られれば、兄と妹で愛し合っていた禁忌を犯した者として奇異な目で見られるわ」
「でも私はセシを諦められない! セシが他の誰かを熱く見つめるなんて考えただけで、気が狂いそうだ!」
「リアンは魂で繋がっているけど、恋人にはなれないの」
「えっ? どういうこと? リアンだってセシリアを愛しているって…同じ者を愛する同士分かるよ?」
「リアンと私では番になれないの。リアンは希少種のドラゴンでしょう? 同種族ではないと番にはなれないんですって、ドラゴンは魔力保有量も大きくて人間では受け止めきれないし、お腹に子種が入ると母体から常に魔力を貰って大きくなる、母体の魔力が足りないと母体から無理やりでも奪って大きくなるから、大抵は母体が死んでしまう結果になるんですって。そうすると番を永遠に失う事になる、ドラゴンたちは永遠なる時を共に生きる存在を失ってしまうから、同種族を番に選ぶって。
………ずるい? 本当はお兄様を私も諦められない、お兄様の気持ちが私と一緒と知ったから…私は2人で生きる道を能力の全てを使ってでも掴み取る、もう手放せない。
だからこそ、失敗は出来ないの。こんな狡い私を知られて嫌われるのは怖いけどお兄様を信じる。だからお兄様も私を信じて?」
「セシリア! 拗ねたりしてごめん。分かったよ、セシの気持ちを確かめられて良かった、安心した。もうね、セシリアを1人の女性として愛してもいいんだって知ったら歯止めが効かないんだ。愛してるセシ…キスしたい」
「お、お兄様…」
戸惑うセシリアに近づくと腕を取り何度か上下に往復させる。もう片方の手は腰に回っていた。体がゾワゾワする。腰の手に力が入り、腕にあった手は少しずつ上に上がってくる。首を撫で耳に手がかかると「んっ!」声が漏れる、セシリアもブルームの熱を期待している。手が髪の中の差し込まれ後頭部を支えられ、ブルームの顔がグッと近づいてくる。
触れ合う唇は官能的で背筋がゾクゾクする、互いの熱も匂いも汗すらも愛しい。唇が離れるともう寂しくなり、また唇を求めたくなる。愛しすぎて憎らしいくらい、自分だけのものにしたくなる。これ以上はまだ駄目!分かっていても離れがたい…理性を総動員して何とか手を離すことが出来た。
学園から帰る。今日のブルームはアシュレイたちと王宮に行くので、馬車にはセシリアとリアンが乗って帰る。学園を出て少しすると馬車を停められた。何事か、と思うと馬車を囲まれた。
「失礼申し上げます。セシリア・ブライト伯爵令嬢の馬車でお間違えないでしょうか?」
「何者? 名を名乗りなさい」
「スターライド侯爵家の者です。旦那様より命令を受けて参りました。私は執事のドイルと申します。急ではございますが、本日スターライド侯爵家 本邸に参ります。そのお迎えに参りました」
「突然言われても困るわ。日を改めてください、では失礼」
「いいえ、そうは参りません。旦那様より必ず連れてくるように言われておりますので」
「それでは納得出来ないわ。下がりなさい」
「スターライド侯爵家のフィーリア様の体調が良い時にしかお会い出来ないのです。ですから事前にお知らせ出来ず申し訳ありません。 急ではありますが、これから参ります」
「ドイル、初めてお会いするお母様に何の準備もなくお会い出来ないわ。事前に日程を決められないとしてもそれを伝えるべきだわ。あなたの手落ちね、悪いけど今日は伺えないわ。退いてちょうだい」
「ですが、それでは私は旦那様に叱られてしまいます。私を助けると思ってどうかついてきてくださいませ」
「ドイル…わたくしこの後予定がありますの、ですから無理よ。行ってちょうだい」
リアンが扉を閉め馬車を出した。
「思ったよりアッサリ引いたわね」
「いや、これからじゃない? だって…ねぇ?」
「あら、本当ね。私たちが話をしている間に御者が変わっているみたい」
「離されたらどうする?」
「ふぅ〜、リアンと婚約者になるしかないかしら?」
「それで引くとは思えないけど?」
「貞操の危機かしら?」
思った通り、着いた場所はグレッグ・スターライド侯爵の屋敷だった。
「ここはどこ?」
「スターライド侯爵家でございます」
「人攫いね、流石 悪名高きスターライド侯爵と言ったところかしら?」
「申し訳ございません、旦那様の命令は絶対ですので。足元お気をつけくださいませ」
連れて行かれた部屋でセシリアは着替えさせられる。
一言でいってゴージャス!
赤と金を基調としたドレスに宝石がゴロゴロついていて、女性にしては長身のセシリアがガッツリ化粧をし華美な装いをすると、女王様と言った感じで思わず平伏したくなるほどの威圧感だ。妖精のような可憐なセシリアの顔にはハッキリ言って合わない。まるで子供がお母さんの口紅を顔に塗ったくったみたいだった。
『リアン、どこにいるの?』
『別室に閉じ込められている』
『大丈夫?』
『うん、手荒なことはされてない。セシリアは?』
『悪趣味に着飾られて、これから売られるみたい』
『ちゃんと連絡してね、じゃないとまたブルームと一緒に説教だからね』
『分かってる! もう、思い出しても怖いわ。ふぅーそろそろかしら。行ってくるわね』
『うん、あまり危険なことされると皆殺しにしちゃうから気をつけてね』
『ふふ有難う、リアン』
「失礼致します、お待たせ致しました。ご案内致します」
「こんな悪趣味な格好をして母のところに行くのかしら?」
「………………。」
「質問に答えないなんて、礼儀知らずね」
別室では夜会が行われていた。主催者は勿論 グレッグ・スターライド。
王都は王家主催の舞踏会が開催されてからポツポツと夜会も開催されるようになったが、やはり以前の様な派手な夜会は自粛していた、この夜会は別世界と言うほど派手でお金をかけた夜会となっていた。高級な酒や食事が用意され参加者も高揚し解放感から、かなり盛り上がっていた。
「あー、お集まりの皆さんに私の娘を紹介します。これまで妹に預けていましたが、この度 我が家に戻る事になりました。さあ、こちらへ来てご挨拶しなさい」
ドイルにエスコートされて現れた女性に皆 驚愕した。
騒つく会場。
「セシリア・ブライト伯爵令嬢ではないですか! ブライト伯爵家のご令嬢が何故、閣下のご令嬢なのですか? …もしや…隠し子でらっしゃったのです?」
不躾な質問だが、噂は本当なのか、ここはハッキリさせたい内容なのでお叱り覚悟で発言する。
「ははは! バーミック伯爵は歯に絹着せぬ物言いですな。 まあ、気になるところでしょうからハッキリ申し上げましょう。セシリアは隠し子ではありません。私と正妻フィーリアとの間に生まれた実子です。フィーリアはセシリアを産んでから体を壊し子育てが出来る状態ではなかったので、妹に預けていたのです。正妻から生まれたのはこのセシリアただ1人です」
会場は騒然としている。
「ほら、皆さんにご挨拶しなさい」
他の人には聞こえない様に話をする。
『私は貴方の娘ではありません。セシリア・ブライトです、レスター・ブライトとカルネラ・ブライトの娘です』
『ふっ、くだらない! ああ、言い忘れていた。お前はセシリア・ブライトではない、既にセシリア・スターライドだ、お前がどう思おうと関係ない、それが事実だ』
「なっ!」
『ほら、笑顔を作って愛想を振りまけ、良いところに嫁げるようにな』
睨みつけるセシリアをニタリと笑って見返す。
『挨拶も出来ないのか? カルネラは碌な教育も出来なかったか、ダメな奴だ』
カチンときた。
「セシリア・スターライドでございます。以後 お見知り置きくださいませ」
美しいカーテシーで挨拶をする。
「娘セシリアも年頃です。良い相手が見つかるといいのですが、良い方がいたらご紹介ください」
「わたくしには婚約者が既におります!」
「まあ、そこは大人の話し合いでどうとでもなる、ふふ」
会場中の視線がセシリアに突き刺さる。舌舐めずりしてセシリアで妄想を繰り広げる。
それから次々セシリアの元へ挨拶に来る男たち。今まではブルーベル侯爵家に阻まれ近づけなかった、こんなチャンスはそう無い、とワラワラと湧いてくる。
辟易としながら見せ物パンダのように衆目集める。
男たちは次々にグレッグと商談に入る。
イヤらしい視線の中、こちらを睨みつけてくる男がいた、男は人が捌けるのを見計らうと、憎しみの目を向け近づいてきた。
「お前のせいで! 母は愛人、私と妹は妾腹となった。お前さえ出て来なければ!」
セシリアは目の前の男をただ見ていた。
ライアン・スターライド 23歳、私と血を分けた実の兄。
ライアンは私が父から受け継いだ銀髪を受け継いではいなかった。母親の赤茶色の髪色レンガの様な色をしていた。私は顔は母に似ているらしい、そしてライアンも母親に似ているのだろう、グレッグとはあまり似ていなかった。瞳の色は父親譲りかしら?
私に喧々轟々と捲し立てているこの男が私の兄…。お兄様とは雲泥の差ね。目の前の男が正真正銘の兄と聞いても特に似ているところもなく実感も湧かなかった。
ああ、良かった! 私は『兄』に幻想を抱いているのか?と思った事もあったけど、兄ではなくブルームがブルームだったから恋したのだ、うん、必然だったな、だってお兄様は最高に素敵だもの!!
「お前如きがスターライド侯爵を名乗るとは烏滸がましい、お前は家のために結婚したらすぐに出て行け! 大体お前なんて生まれてすぐに捨てられた、父上はお前の事なんて少しも愛してなどない! ただ利用価値があるから取り戻したにすぎない! お前は母親にも父親にも愛されない要らない子供だ!」
「クスッ」
「何がおかしい! スターライド侯爵家に入るために、必死に自分を奮い立てているんだろう? だが、お前はこのスターライド侯爵家には必要ない!!」
「お兄様と呼ぶべきかしら? それともライアン? 私はここへ来ることなんて望んでない。私がここにいるのは誘拐されたから。私が貴方の父親に捨てられた…、 そこを攻めて優位に立とうとしているようだけど、この間まで自分の父だとも知らない人よ? どうだって良いわ。だって私は育ての親の元で幸せに生きてきたもの。
それに、資金繰りに困ってあの男は愛する娘を年寄りに嫁がせるんでしょう? ふふ、愛されてる家族は違うわね。 ところで貴方は23歳なのに、何故まだ結婚していないのかしら? 聞けば婚約者も未だだとか…、何故かしらね? ふふ
ああ、そうそう、私が貴方の母親を愛人にして貴方と妹を妾腹にしたのではないわ、そうしたのは貴方の尊敬するお父様でしょう?
貴方のお母様と言う存在がありながら私の母と結婚したのですもの、裏切ったのはお父様。貴方のお母様とスターライド侯爵家を天秤にかけ、貴方と貴方のお母様を日陰の身に追い遣ったのは、貴方の大好きなお父様。
それに、私 既にブライト伯爵家からスターライド侯爵家に籍を移されたみたい。私も両親も承諾していないから、貴方のお父様がお金で書き換えたのでしょうね…。
残念ね、お父様が私の籍を元に戻さなければ貴方たちはお父様唯一の子供でいられたのに、私が籍に入ったから、私は正妻の子、貴方は愛人の子、違いも明確ね。そして大勢の前で私が正式な子供と認めたのも、あなた達が実は愛人の子だったと知らしめたのもお父様。
貴方の価値も妹さんの価値もこれ以上、下がらないと良いのだけれど…。
私に文句を言うのはお門違いだわ、全ては貴方のお父様のせいでしょう? 私もこんな場所でこんな趣味の悪い服を着させられて、オークションだなんて気分が悪いわ、帰ります」
「…うぅぅ。お前なんかに何も渡さない! うちの財産は母のものだ!!」
「くだらない! 『うちの財産?』スターライド侯爵家の資産は全て私の母のものでしょう? お父様には1銅貨分もないの、資産も権利も全てはお祖父様が管理されてるんですもの。今ある貴方の家の財産は貴方のお母様の好きにしたら良いわ、あなたの父親が汚い手で稼いだはした金なんて興味ないもの」
ライアンは目をパチクリさせていた。
「何を言って…?」
「あら、ご存知ないの? 貴方のお父様は貴方のお母様との純愛、生活を選んで家を出たの。その際に時期が来れば爵位は譲るけど、スターライド侯爵家の資産はお祖父様の死後は母フィーリアが受け取れるように手続きをするって仰ったのよ?知りながらお父様は愛を選んだ。 だからお祖父様が亡くなってもスターライド侯爵家の資産は貴方のお父様の元へは行かないわ。既に役所に届けられているし、スターライド侯爵家の資産は何一つあなたのお父様の自由には出来ないの。
今 貴方のお父様の資産はスターライド侯爵家の名前を使って脅し取っているようなもの、まるで詐欺ね。いつか自分がスターライド侯爵家を完全に引き継いだらって…クスクス永遠にないのにね」
『そして今 お父様が死ぬと、爵位も正妻の子である私のものになる、ふふ』
呆然としているライアンを余所にセシリアは部屋に戻り着替えてリアンと共に家に帰った。




