93、狙われたセシリア−1
「殿下、構いません。ルクレツィア王女殿下、私は以前既に殺されたのです」
「は!? 一体何を言って…」
「勿論、今は幽霊や悪霊ではありませんよ、クスっ」
ルクレツィア王女は想像だにしていない衝撃のブルームの告白に顔が驚愕に固まっていた。
グラシオスとベルナルドも同じように驚愕していたが、アシュレイとローレンだけは違っていた。
アシュレイはすまなさそうな顔をしていて、ローレンは『あの時だ!』と思い当たっていた。
いつもなら側に置いてくれるのに、視察の後、動向を許して貰えなくて、脳内で呼びかけてもセシリアもリアンも応えてくれなかった、恐らくあの時、もう一度シャングリラに潜入するのに危険だからと遠ざけられたあの時…。
自分が情けなくて、自分の身内だった者がした仕打ちに打ちのめされていた。セシリアもリアンもブルームも以前と変わらず私を側に置いてくれた、恨みもせず憎みもせず、笑いかけてくれていた。
自然と涙が滝のように次から次へと溢れてきてブルームを見ると、優しい目で見ていた。思わず駆け寄りブルームを抱きしめた。ここでは何も言えないけど、それでもブルームの過酷な体験に何も出来なかった自分が恨めしく腹立たしい、でも今は抱きしめていたかった。そこにアシュレイ王太子も2人を抱きしめた。一言「すまない」そう言いながら涙を流していた。その様子を見ていたグラシオスたちも冗談ではないと感じた。だが、それが結婚できないこととどう繋がるのかが分からなかった。ブルームは2人の背中をポンポンと叩くと、2人の腕の中から出てきた。
「すみません王女殿下、その時かなりの損傷で…、回復魔法と治癒魔法を駆使してここまで回復したのですが、治療にはかなりの魔力と聖力が注がれ、正直人間のレベルではなくなってしまったのです。寿命があるかも、老化するかも分からない状態です。そして現在も治療中ですが、子供を作ることも難しい、恐らく無理なのだと思います。私は嫡男ですし、これは貴族の義務として重要なことなので、ウィンザード魔術師団長にも立ち会って確認頂きました。そして報告をあげ私の婚姻は王家預かりとなったのです。
ルクレツィア王女殿下、お心を寄せて頂きましたのにご希望に添えず、申し訳ございません。殿下はどうぞ、健康な方と婚姻を結びお幸せにおなりくださいませ」
ブルームは片膝をつき、ルクレツィア王女殿下の手を取り、触れるか触れないかのキスを贈った。
ルクレツィア王女殿下は衝撃の事実に呆然として何も返すことができない。
「あの…時、私が送り出したのだ! 私や…私が! き、危険だと分かっていたのに…、頼れる者がブルームたちしかいなくて甘えてしまった! 私の無策の犠牲に…すまない、すまないブルーム! すまない…うっく、ふーーー!!」
「………、大人数で行っていれば全員死亡していたことでしょう、証拠も持ち出せなかった…、あれでだいぶ全容が解明できたのも事実です、あの時はあれしか方法がなかった、最善の結果です」
「わたくし…わたくしは子供が出来ずとも構いません、愛する貴方のそばにいられるなら」
目に涙をいっぱい溜めてルクレツィア王女はまだ追い縋った。
「やめよ! お前は王女だ、お前の婚姻は自由にはならない、王族として子孫を残す事は義務だ。それに、こんな秘密をブルームが打ち明けた意図を理解してくれ! お前を諦めさせる為だ。理由も分かったことだし、二度とブルームに近づいてはならぬ、思いを悟られてもならぬ、良いな! ここで知った事実は秘匿せよ! ルクレツィアを連れ出せ」
そっとシリルがルクレツィアを誘導し侍女に引き渡した。その際に、二度とブルームに近づくことがないように侍女に言い含めた。
執務室は何とも言えない雰囲気だったが、ブルームが
「悪いことばかりではないですよ? お陰で聖力を使えるようになりましたから」
そう笑ったが、誰も笑えなかった。
今年のサンフォニウムは中止になった。
シルヴェスタ帝国の残党がローレンを狙っているように、シルヴェスタ公爵家の腰巾着として甘い汁を啜っていた者たちが一部暴徒化して、警備に不安があったからだ。
だが、王家主催の舞踏会は開かれる。これはデビュタントたちのためだ。今年度社交界デビューする者たちを迎えるために開催されることになった。今は明るい話が少ないので久しぶりの明るい話題となる。その準備のために皆忙しくしている。
学園から次々と馬車が出てくる。学園の外に様子を伺う馬車が停車していた。
基本的には馬車の横には家紋がついているので、家紋さえ知っていればどこの家かが分かる。ここ最近ブライト伯爵家の馬車を狙っている者がいる。まあ、ブルームもセシリアもモテるので接触してこなければ問題はない、いつものことだ。
トレヴィもレガシーも書き入れ時とばかりに忙しくしていた。
連日どこかの屋敷に行き採寸し、店にも予約の長蛇の列、新しい異国の生地は高額にも拘らず飛ぶように売れていく。それにはもう一つ理由があった。アシュレイ王太子殿下の婚約者が決まり、舞踏会で正式に揃ってのお披露目となるのだ。現在は何かと復興でお金がかかっているので、大掛かりなパーティーを何度も開く訳にもいかず纏めて行う事となった。
お相手はまあ大方の予想通り、リディア・エヴァレット公爵令嬢だ。
エヴァレット公爵家はセシリアの後ろ盾にもなっている、アシュレイ王太子としては、信頼できる相手としてエヴァレット公爵家を選んだのだ。
トレヴィやレガシーは今も売り上げが好調な店だ、自分のところの財政が悪化しているところは店を奪い取る為バンダル・ゴールドバーグの弱みを掴もうと躍起になっていたが、後ろ盾はエヴァレット公爵家、しかもこの度 王太子妃となる事から手出しができなくなった。
しかも本来王家の衣装は王家のお抱えの職人か、御用達の店で伝統服を製作するのだが、そう言った店もシルヴェスタ公爵家との関わりで立場を失い、トレヴィに白羽の矢が立った。
セシリアが前世でのウエディングドレス雑誌を抜粋したスクラップを作りルシアン経由でリディアに渡し、王家と相談しデザインが決まった。その画期的なデザインに王妃陛下もため息を零しながら、「わたくしの時にもあったならば絶対選んだのに!」と悔しがっていた。
リディアのドレスは超大作となるため、店と王家の針子一丸となって広めのホールを製作室として日夜20人くらいがかかりきりで制作している。
そして各家も気合を入れてドレス製作をする、何故かと言えば今回は全ての貴族が参加義務があるからだ。良縁を結ぶべく気合を入れる。
アシュレイ王太子殿下の婚約者候補から漏れた者たちも本命はブルームだったが、王家が介入し婚姻を結ぶことができない為、各家は別の家を探さなければならない。当然、アシュレイ王太子殿下の婚約者候補から外れた時に、ブルーム・ブライトとの婚姻申し入れを王家にしたが、『ブルームは誰とも婚姻出来ない』の一点張りで納得出来なかったが取り合っては貰えなかった。それでは納得できないと詰め寄ると渋々、『大怪我を負い、一か八かで大魔法で治療した結果魔獣に匹敵するほどの魔力を秘めてしまった。今後どう言う変化を齎すか分からない為、王家預かりとした』と説明すると絶句した。それでも伯爵家の存続はどうするのか?と聞けば、ブルーム自身は養子を取るつもりと返答され、流石に娘可愛さに引き下がった。いつか殺される目に遭うのは御免被りたい。
ブルームはもう、セシリア以外を愛することは出来ないと結論づけたのでケジメをつけたのだ。
プリメラの仮面舞踏会の事件は密かに処理された。
それは仮にも聖女が酒を飲んで男女が一夜の情事を楽しんでいたなどと知られては大問題になるからだ。その上プリメラは体内に吐精されていた。最初はそれがどう言う結果を齎すか分からず、『赤ちゃん出来たらどうしよう』1人悶々と悩んでいたが、それも杞憂に終わりやっといつもの平穏が戻ってきたのだ。この舞踏会を楽しみにしている。ただドレスだけは新しい物は用意できない、でもそれは以前の物をリメイクして着ていく予定だ。ソニアとはあれ以来会っていない。
因みにキリング伯爵は領地を召し上げられ、キリング伯爵家は取り潰しとなった。キリング伯爵は殺害され、キリング伯爵夫人も意識は回復したが、まだ薬物の影響で療養が必要だった。セルジオはプリメラに対し罪を犯しているのだが、プリメラの事件を表沙汰に出来ないし、セルジオがいなければメラニア夫人を介護することも出来ない、そこで王都にある養護院に入院しているメラニア夫人を看病しながら働いている。セルジオには魔道具が嵌められ行動制限がされているが、懸命に働き、領民の冥福を祈った。ソニアは遠縁に引き取られた。
そして余談だが、プリメラを抱いたのはセルジオではなかった。雇った人間だったので見つけ出すのがちょっと大変だったが、映像をもとに探し出した。そしてブラックだが、見つけ出しプリメラの記憶をウィンザード魔術師団長が消した。
舞踏会当日、華やかに装った人々が続々と集まってくる。
セシリアとブルームは普段は転移で移動することが多いのだが、今日ばかりは馬車で向かう。馬車停めの関係で爵位の低い者から登城する。馬車から降りた2人はとても美しい。前を見るとブライト伯爵夫妻、つまりパパンとママンがいた。
「お父様、お母様」
「おお、2人ともタイミングが合ったな。さあ、ここでは邪魔になる、行こうか」
「「はい」」
「お父様とお母様はいつこちらへ戻られたのですか?」
「んー、8日前だ。直接王都に入って準備をして、そうだ!今回も面白いものを見つけたよ。後で見てくれ」
「はい」
「今回はね、不思議な楽器も見つけたのよ? 素敵な旅だったわ」
「ふふ、母上ったらイキイキしてる」
「ええ、お母様5歳は若返ったみたいです」
「ふふふ 私はこの生き方が性に合っているみたい。いろんな国でいろんな人たちと話すのは楽しいわ」
「学園を卒業したらわたくしも連れて行ってくださいね」
「ええ、いいわよ」
会場について飲み物を片手にだ雑談の続きをする。
「ねぇ、ブルーム 貴方は結婚についてどう思っているの?」
「どう、とはどういう事ですか?」
「屋敷に戻ったら随分あちこちから婚約の打診があったわ。中には身上書に絵姿に贈り物まで、どうなっているのかと思って…」
「ああ、そのままで構いません。私の結婚については現在王家の預かりとなっている為、婚約など勝手に決められません」
「王家ってどういう事なの!?」
「私は誰とも結婚するつもりがないのです、すみません。王女殿下との婚約の打診もありましたが、以前の怪我のこともありお断り致しました。ですから…、私の結婚は諦めてください」
「もう…決めたんだね?」
「はい、すみません」
「いや、謝ることではない。……でも、まさか…」
デビュタントが一人一人呼ばれて陛下たちに挨拶をしている。挨拶が終わると1人また1人とダンスホールでダンスの輪に加わっていく。全ての挨拶が終わり、そのダンスに一般の者たちも加わっていく。
「セシ、踊ってくれる?」
「ええ、勿論よ お兄様」
ブルームはセシリアの腰に腕を回し、セシは真っ直ぐブルームを見つめる。その距離感は兄妹と言うより、蜜月の恋人たちのようだった。
「ねえ、レスター…ブルームが結婚しないのって……」
「カルネラもそう思った? あの2人互いを思い合っているように見えるね」
「そんな…どうしましょう!」
「どうしたものかな…、茨の道かも知れないね」
見つめ合いダンスを楽しむ2人はとても幸せそうに見えた。ブルームと踊りたい者もセシリアと踊りたい者も気後れして声をかけられないほど、2人の視線は熱く違いしか眼中になかった。曲が変わっても2人は手を繋いだまま見つめ合い踊り続けた。戻ってくると、ローレンが待っていた。
「ちょっと、2人の世界に入りすぎじゃない? 大体 セシリアは婚約者はどうしたのさ」
「あら、いけない。ふふ、でも今日は後から来るって言ってたわ」
「これじゃあ誰が婚約者か分からないな。という事で私とも踊って?」
「ええ、勿論です。マルゴット卿」
「お手をどうぞ。 ブルーム少し借りる」
「ああ、ちゃんと返せよ」
ダンスをしながら近況報告。
「ブルームの事、何で教えてくれなかったの?」
「ブルームの事って?」
あれ? 知らない? いや、恐らくブルームを治療したのはセシリアの筈だから知らないはずはないな。
「この間、執務室に王女殿下が来てどうして自分と結婚出来ないんだって、すごい剣幕だった。そしたらブルームが…、魔力と聖力過多でこの先どうなるか分からないから、誰とも婚姻出来ないってさ。本当?」
「えっ!? ああ、なるほど…それで…」
「知らなかったの?」
「ううん、そうじゃなくて…それは本当。ただ、どうやってお兄様の結婚を王家預かりとしたのかな?って思ってたの。てっきり、あの時の事の褒章と引き換えにしたのかと思ってたから、少し驚いただけ」
「ブルーム…大丈夫だよな?」
「うん、多分。魔力も聖力もかなり大きいから実際、魔獣と同じレベルではあるの。そうね、その影響までは考えたことがなかったわ。お兄様ったら何も言ってくださらないから…」
「それは言えないだろう、治療したのはセシリアだろう? 心配かけたくないし、悲しんでほしくないだろうから」
「ねえ、ローレンはお兄様が怖い?」
「いや、なんで?」
「ん? 魔獣と同じって聞いたら皆は怖く思うのかなって」
「他の人間は分からない、きっとその時々で違う感情を持つかも知れない。でもブルームやセシリアやリアンに関しては恐らく私は思わない。一緒にいて自分で感じた感情を信じる」
「ふふ、嬉しい」
「おっ、あそこに遅れて来たのは婚約者じゃないか?」
「あら、本当ね」
視線があったのでブルームがいる方を指差すと頷いていた。
「ブルームに返すって言ったから、婚約者に渡したら後でブルームに殺される」
「やだ、お兄様はそんなに野蛮じゃないわ」
「セシリアは全然分かってない、ブルームの仕返しは案外ねちこくてひつこいんだ」
「うふふ、ローレンったら、冗談ばっかり」
恋は盲目と言うけど、ローレンはセシリアのブルーム愛フィルターに目を全開まで開いていた。




