91、想定外−3
「お前はわたくしを笑った男ね? そんなに笑いたいなら蝉にしてあげる! 短い命と向き合ってせいぜい笑って頂戴 …あははは」
「ヒィィィィィィィ! 化け物が!!」
「皆 似たことしか言えないのね。豚でいいわ」
ディアナが歩いた後には姿を変えられた人間たちが声ではなく鳴き声で騒がしくなっていった。
「そうだ、陛下に会いたいわ。シルヴェスタ公爵家をお取り潰しになさったのでしょう? 間違いだったって取り消して頂かなくては、ねぇ? 陛下の場所まで案内して頂戴」
魔術師たちが一斉に飛びかかり魔道具を嵌めようとしたが、その前に全員蜥蜴にされてしまった。ディアナは無詠唱で魔法を発動させていた、だから相手を認識するだけで魔法をかけることが出来るようだった。他の魔術師たちも検証を重ねていく、次こそは他の手段を模索していく。
ディアナは勝手に陛下の執務室へ歩いていく。
その後ろには被害者を山と作って…、ディアナの体が少しグラついた。だがすぐに立て直し颯爽と歩く。
「お嬢様、お供させてください」
そう言ったのは、ノーマン子爵家の者だった。
「何故、ノーマン子爵はいないの?」
「ずっと、公爵様の元へ行っております。そして私がお嬢様の元へ」
「何故、あの時助けられなかったのかしら?」
ずっと見ていたなら自分が穢された時、何故助けなかった? そう言っている。
「申し訳ございません、手の者はだいぶ殺されてしまい…仲間を掻き集め やっとこちらへ戻ってきたばかりなのです。お怒りはご尤もでございます、この身は如何様にも」
「お前たちの処分は追ってする」
「はい、承知致しました」
執務室に向かう一行、ディアナ以外は捕らえられる、だが手を出せばやはり何かに変えられてしまう。一定以上近づけずにいた。だがどうせ結果が同じならと近衛騎士たちも炎の魔法をかけた。炎はディアナを包み燃えていた。
「ギャーーーーー!!」
慌ててノーマン子爵家の者が水魔法で火を消した。
水に中から現れたディアナは髪も服もふ皮膚も焼け爛れていた。顔の造形が変わっていた。
「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い」
ディアナは周りにいた兵士たちにその憎悪を向けた。
無造作にそれは行われ、何かを考える暇もなかった。
辺りにいた兵士たちがバタバタと剣を落とし姿を変えていく。
近くにいた兵士や騎士たちは、皆メダカになっていた。地面でビチビチと跳ねている。
それをディアナは一つ一つ踏み潰していく。
「取るに足らない存在が! このわたくしに!! 何をした! 何をした!」
これまでは姿を変えるだけで殺しはしなかったのに、自分の足で踏み潰し殺していく。
皆は恐怖に固まり後退りしていく。
セシリアは魔術師団長たちを王宮に送ると家に帰った。
今は無性にブルームや伯父さんに会いたくなった。
2人は隠れ家にいた。セシリアが傍にいない今、辰巳を完璧に守るには隠れ家にいるのが1番だからだ。
突然現れたセシリアは
「ただいまーーーー!!」
2人の元に駆け寄る。伯父さんに挨拶を済ませると、セシリアはブルームの胸に飛び込んだ。
何も言わずにしがみつき甘える。
「セシ、お疲れ様。んー? どうした? 甘えたくなった?」
「んー、もう少しこうさせててお兄様」
「ああ、ソファーにでも座る?」
「…………………。」
ブルームはリアンを見ると、寂しそうな顔をするだけでリアンは何も答えない。
ブルームはセシリアを抱き上げるとソファーに座り膝の上に乗せたまま、セシリアを抱きしめ頭を優しく撫でる。額にキスを贈り頬にキスを贈り耳元で囁く。
「愛してる…セシ、この世の何よりも。無事に戻ってくれて傍にいてくれて有難う。
セシが、この腕の中にいてくれる それだけで心が安らぐ、もしセシと出逢えていなかったら今のような人生とは無縁だったと思う、今の幸せは全てセシがくれたものだ」
何でお兄様には分かってしまうんだろう?
ブルームを見つめていると涙が溢れてきて頬を伝う。どんどん感情が昂ってきてヒックヒックとしゃくり上げる。
この腕の中はなんて安心できるんだろう。
愛し愛されるとはなんと甘美なゆりかごか。
みんなに愛されなくてもいい、この人が愛してくれるなら他の何も要らない。
お兄様が欲しい…お兄様しか要らない。大好き好き好き愛してる…他の言葉が見つからない。この腕を他の人に渡したくないの…お願い、嫌わないで? こんな醜い感情を抱えた私を…知られたら…気持ち悪い? もう傍には置いて下さらない? それなら一生隠していくからお願い…お願いだから愛させて欲しい…傍に…いさ…せて
ブルームの腕の中でセシリアはコトリと眠り始めてしまった。
「リアン、何かあったの?」
「シルヴェスタ公爵は……両親がいた過去を見ている。愛される事のなかった家族を幻影魔法でまやかしを生み出し今も大切に守っていた。口を開けば傷つけられて、苦しめられてきた、だから自分の魔法で殺したのに、いつまでも子供みたいに母親によく頑張ったと言って欲しくてずっと眠っている家族の側で見守っていた。
セシリアはシルヴェスタ公爵と少し話をしたんだ。迷子の子供のように不安そうな目で…。
セシリアは公爵にこう聞いてた。
「ねえ、どうして貴方は自分を愛してもくれない、弟ばかり溺愛する母親に、あなたの努力を認めない父親を愛し続けることが出来たの?」
「一度は捨てたんでしょう? どうしてまた愛せたの? 結果は分かっているのに淡い期待を抱いたの?」
「傷つけられるだけで愛された記憶が一度もないのだもの、期待も出来なかった」
セシリアは凄く傷ついてた。
それで帰ってきてからは、この通り。前世の記憶がセシリアを苦しめてる、確かな証が欲しくて、無意識にブルームを欲しがってる」
ブルームは愛おしそうに腕の中で眠るセシリアを見つめながら蕩けそうな甘ったるい瞳で見ている。セシリアが自分を欲してくれたことが嬉しくてならない。
だが同時に先程まで辰巳に聞いていたセシリアの前世に思いを馳せた。
「大丈夫だよ、心配しなくてもずっと傍にいるから、ちゅ」
「ブルーム君、セシリアを頼むね」
「はい、セシリアを寝かせてきます」
そう言うと抱き上げてセシリアの部屋に運んで行った。
リアンも自分の部屋で休息を取ることにした。
セシリアの膨大な魔力はリアンと繋がっている故に出来ることであった。いつも陰でリアンが支えているのだ。流石にキリング伯爵領、シルヴェスタ公爵邸と疲労を感じていた。この隠れ家は安全、だからリアンもセシリアをブルームに任せゆっくり眠る。
ブルームはセシリアをベッドに寝かせると手を握りながら優しく頭を撫でていた。頬に滑らせ撫でた、額にキス、瞼にキス、頬にキス。愛しくて愛しくて歯止めが効かなかった。
視線はセシリアの唇に固定された。ぷっくりとしていてピンクの唇から紡がれた先程の言葉が脳裏に何度も繰り返す。
セシリアは夢の中の独り言だったが、声に出ていた。ブルームにとっては正に歓喜! セシリアも自分と同じ気持ちだったと心が満たされ喜びに沸いていた。セシリアの本心を知ってしまった今、思いを止めることが出来なかった。セシリアのどこもかしこも愛しくて触れたくて仕方ない。
つい、セシリアの唇を指でなぞってその感触を確かめたらキスしたい衝動に駆られ我慢ができなくなっていた。でも流石に意識のないセシリアに触れることは憚られた。
セシリアの唇に自分の手を被せ、その上にキスをした。自分の手の甲に思いを込めたキス、何やっているんだ、と冷静になって離れようとした瞬間、セシリアの瞳が自分を見つめていたことに気づいた。しまった!そう思った時には遅かった。
変な汗が一瞬でドパッと出て、慌てて立ちあがろうとしたが、その手をセシリアに取られた。戸惑っていると、徐々にセシリアの顔が近づいてきた。そんな訳がない、そう思いつつセシリアの唇に視線が向かい、セシリアの瞳を見つめ、また唇を見つめ、ごくりと生唾を飲み込んだ。もう後先のことは考えられなかった。セシリアの瞳を見つめながら初めて唇を重ねた。セシリアも目を逸らさず唇を重ねる。セシリアの瞳から一筋涙が流れてドキリとしたが、セシリアの顔は幸せそうに綻んだ。プツンと理性が弾け飛んだ。
セシリアを抱き起こしベッドに腰掛け、向かい合いセシリアの髪を後ろに撫で付けそのまま後頭部に手を当て、もう一度唇を重ねた。角度変え唇を食む、甘噛みしながらその感触を楽しみその先に進みたい衝動に襲われる。ブルームは舌先でセシリアの唇をなぞった。真っ赤な顔が更に赤くなる、でも抑えられなかった…、上唇に吸い付き出来た隙間に素早く自分の舌を滑り込ませた。夢中でセシリアを貪った。どれくらい経ったか、セシリアの体から力が抜けて腕から下へズリ落ちた。
そこでやっと我に返った。
「ごめん…セシ、セシが愛しすぎて我慢出来なかった」
バツの悪い顔でセシリアを見た。
「お兄様、私 お兄様を1人の男性として愛しています。お兄様からキスして貰えて凄く幸せ、今まで生きてきた中で…泣きたいほど幸せ!」
「セシ、私もこの世で1番セシリアを愛している。だから私は誰とも婚姻出来ないと王宮に申し出た。父上と母上には申し訳ないけど、ずっとセシリアと生きていきたい、家はセシリアの子供か、養子を取ればいいと思っている。共に生きて行こう!」
「お兄様、ごめんなさい…でも嬉しい! 私もお兄様以上に深く愛すことはできないもの、お兄様以外は要らないの。ずっと傍にいてください、離さないで?」
「ああ、セシリア愛している」
2人で抱きしめあって互いの存在を深く感じていた。世間になんと言われても、もう気づいてしまったからには戻ることは出来ないと、2人で生きる未来を考え始めていた。
アシュレイ王太子殿下が王宮にやっと到着した。
執務室に行くと、まさかの人物がいた。ウィンザード魔術師師団長とサルヴァトス魔法騎士団長だ。アシュレイよりも遠い所に行っていたはずの人物がいて困惑した。だが、ある人物を思い出し平静を取り戻した。
「殿下、ご無事のご帰還お喜び申し上げます」
「あなた達もね。困ったことになっている、早速報告を聞こう」
報告を擦り合わせ、セシリアが懸念したことが現実になった事を知った。
「それでセシリアはどうしている?」
「実は公爵と話をしてから顔色が悪く、我々を送り届けてから何処かに転移していきました」
「そうか、確かにセシリアはキリング伯爵家からすぐにシルヴェスタ公爵の所へ向かって貰って、全く休んでないのか…。つい、桁外れの力で頼り過ぎていたな。
ウィンザード魔術師団長、サルヴァトス魔法騎士団長、出来るか?」
「ええ、勿論です。彼方でセシリア様に戦い方を教わりましたから」
「ふぅー、では行くぞ!」
「「はい!」」
ディアナは陛下の前に立っていた。
「アシュレイ殿下のお父様が既に陛下になられていたのね…。
国王陛下、ご無沙汰しております。ご即位並びにご健勝のことお慶び申し上げます」
美しい正礼をする、流石は公爵令嬢と言う貫禄たっぷりな立派な挨拶をする。
これが死体の山を築いた化け物でなければ挨拶を受けられるのだが、今は距離をとり、魔法の脅威に顔を引き攣らせないだけで精一杯だった。
「残念だが、今の君を歓迎することは出来ないな。ディアナ嬢、残念だよ…義娘になると思っていたのにな」
「ご心配は要りませんわ、陛下。陛下はこれからシルヴェスタ公爵の取り潰しを取り消し、アシュレイ王太子殿下の婚約者にわたくしをお選び下さればいいのです」
「不敬だ、君が口出す問題ではない。それにシルヴェスタ公爵も君も犯罪者だ、決定を覆すつもりはない」
「ふぅー、学習して下さらないと…、これは頼んでいるのではありません、わたくしの決定です。そのままそこに座り続けたいのであれば、早く意見を訂正される事をお勧めいたしますわ」
本来であれば、兵に捕縛させるが、今は迂闊に言えば、無駄に兵を失う結果になると分かっているので、ぐっと堪えている。
焦れるこの時間、だが安易に言葉を発することが出来ない。
今はディアナに対抗する手段が無かった。




