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90、想定外−2

アシュレイ王太子殿下は数名の兵士を置いて王宮へ帰る途中、早馬が着いた。そしてディアナが次々に人を動物や何かに変えていると言う。立ちはだかる兵士には「まるで道端の石ね、意志も持たずにただ在るだけ。滑稽ね」と石に変えたと言う。


誰にもディアナを止めることは出来なかった。


「わたくしを前回牢屋から連れ出した者たちを連れてきなさい。一人残らず私の手で殺してやるわ! もし連れて来なければ王宮の人間を一人ずつ蛙に変えて踏み潰してやるわ!」


ディアナを牢屋から連れ出した者の正体は正直調べていない。どの道処刑される娘が仕返しされたくらいにしか思っていなかったからだ。無事に牢屋に戻った時点で問題なしとした。

死刑囚に指示されて、守るべき兵の誰かが犠牲になるのも理不尽である。陛下は決断できずにいた。


「ウィンザード魔術師団長も、サルヴァトス魔法騎士団長も肝心な時にいないとは…!!」

バーナー宰相の呟きだが、その2人はもっと厄介な相手の所に行っている。


「そうです! ブルーム! ブルームを呼びましょう!!」

アシュレイから密かにセシリアとブルームも作戦に加わると聞いていたため、それも難しいと知っていたが、世間的には学園に通っている事になっている。


「ふぅー、実はブライト兄妹はアシュレイに同行していて、現在王都にはいないのだ」

「なんて事だ! アシュレイ王太子殿下は現在どこにいらっしゃるのですか?」

「後で詳しく報告を上げさせるが、キリング伯爵領で領民が全滅する事態が起きた」

「なんですと!? 病ですか?」

「いや、どうやらシャングリラが王宮内や他に密偵を作る際に麻薬を用いていたらしい。その生産地となっており、領民が突然死したり殺し合いをしたり凄惨な事件が起きた。捜査に行ったところ既に全滅し、首謀者を捕まえたので連行途中だ」

「被害は拡大するのですか?」

「分からない、報告書にはまだそれしかない。だが、それもシャングリラ、シルヴェスタ公爵、ロナルドの仕業だと言う事だ」

「どうしてこう、次から次へと!! …ではもうすぐブライト兄妹は戻ってくるのですね!?」

「いや、そのままシルヴェスタ公爵の北の領地へ向かったらしい」

「あああ、ではどうしたら!!」

「騒ぐな! 取り敢えず魔術副師団長を呼べ」

「承知致しました」


その間にもディアナは牢番や食事係を山羊に変えたりカカシに変えていた。




ブルームはセシリアに置いて行かれていた。メモには『伯父さんをお願い』そう書き残して。

「セシ! あんまりだよ…、それだけ危険って事だろう!」

必死に呼びかけても届かない、わざと無視しているのだろう。セシリアからは探れてもブルームからは気配を辿って転移までは出来なかった。指輪で繋がっているので、セシリアさえ許可すれば飛べるが、今は飛べない、つまりセシリアが妨害しているのだ。

机に拳を当てて、苦悶の表情を浮かべていると辰巳が来た。


「ブルーム君、大丈夫?」

「ハルマさん、すみません」

罰悪そうにしているが焦れた気持ちは、まだ取り繕えなかった。


「少し…話をしても良いかい?」

「ええ、なんでしょう?」

「セシリアを愛しているのかい? 妹としてではなく、1人の女として、愛しているのかい?」

辰巳の表情は責めるでもなく嫌悪でもなく、純粋にセシリアを心配しての質問のようだった。ブルームは誤魔化すことも出来たが、そうはしなかった。


「はい、心の底からセシリアを愛しています。恐らくこの想いは一生変わらない…、セシリアは私にとって死ぬまで唯一無二の愛する女性です」

「そう、君の立場上それを口にするのは苦しく難しいことだろうに、無理やり言わせてしまってすまない。あの子が前世についてどこまで話をしたか分からないけど、出来れば聞いて欲しい」


セシリアはブルームとリアンに『自分には前世の記憶があり、ここではない世界で生きてきた。両親とはあまり良い関係ではなかったので、小さい時に伯父さんに引き取られて育てて貰った』としか言っていなかった。その都度必要があればポツリポツリ言うこともあったが、あまり気分のいい話ではなかったようなので、詳しく聞くのは憚られセシリアが話せる事を話したい時に話せばいいと思っていた。これ以上は踏み込んではいけないような気がしていた。


辰巳はセシリアもブルームに1人の男として想いを寄せていると感じていたので、聞いて欲しいと思った。


そこで辰巳が語ったセシリアの前世は過酷なものだった。

生まれてから一度も両親に顧みられる事がない幼いセシリアを思うと、涙が溢れた。

淡々と話す内容がどれもブルームには『寂しい、愛して欲しい!』そう聞こえてならなかった。


「セシリアはね、実の兄には一度も会ったことがなかったんだ。兄の存在のせいで自分は両親に捨てられたにも拘わらず、兄の死を弔いたいを言った。会いたいと言ったのは罵るためかとも思ったが、静かに手を合わせ冥福を祈っていた。そんなあの子に母親は変わらず暴言を吐いていた。結局兄が死んでも代わりにあの子を母親が愛する事はなかった。

あの子はこれまで、恋愛自体を嫌悪していた、そして母親と同じ恋愛にのめり込み周りが見えなくなる血が流れている事にも嫌悪していた。だから前世ではあの子の祖母と私以外好きになった人間はいないんじゃないかな?勿論、友人や知り合いもいただろうけど、心は硬い殻で覆い決して本心を曝け出すようなことはなかった。

でも、今初めてあの子は自分の中の恋心を自覚して戸惑っているみたいなんだ。

だから不器用なあの子を許してやって欲しい、本当に生まれて初めての感情に自分自身がままならずに怖いんだ。出来ればあの子の気持ちを救ってやって欲しい」


「……私は踏み込んでもいいのでしょうか? と言うか、もう 止められないところまで来てしまっている気はしているんです。

セシリアは小さい頃から兄と言う存在を特別に思っている節がありました。そんな辛い思いをしていたのに…何故 兄を愛せたのでしょう?」


「切っ掛けはやはり前世のことが関係していると思う。あの優しい子は両親と顧みられない原因である兄を憎むより、ずっと入院している兄に何もしてやらなかった事を後悔していたから、今世では兄には出来ることをしてあげたいと思っていたのだろう。だけど、ブルーム君への想いは…変化した。自分の捧げる愛に同じように返してもらう愛を初めて知ったのではないかな? 恐らく腕の中で甘やかされることも頭を優しく撫でて見つめ返してくれることも、あの子の硬い殻を解かす愛だったのだと思う」


「でも、セシリアにもっと甘えて我儘を言って欲しいのに甘えてくれないです。私だってセシリアが傷つくのは見たくないのに、私を過保護に甘やかして自分がいつも苦しく険しい道を選ぶ」

「ふふふ、自信がないんだよ。自分にそこまでの価値があると思っていないんだ。時間はかかると思うが、待ってやって欲しい。出来るならばこれからもあの子に愛を伝えてやって欲しい」

「はい。 ……いつまでも子供でいられない事も自覚しています。私は既に誰とも結婚しない道を選択しました。生涯セシリアの傍にいるつもりです」

「有難う、有難うブルーム君」


まったりしていると、王都のブライト伯爵邸から連絡が来た。

『ディアナ暴走、至急王宮に参内されたし』


はぁー、面倒だな。

今のところまだここはバレていないのだろう。

そうか、殿下と同行しているということで、手当たり次第に書状を出したのだろう。

まあ、まだいいや。


軽くスルーしてブルームは辰巳とセシリアの過去の話に花を咲かせた。

伯父の家で学校帰りに動物の世話をしていた事や、好きな食べ物、嫌いな食べ物、泣いた話や嬉しそうな話、いくら時間があっても足りないほどだ。

小さな望愛だったセシリアが愛しくてならない。前世の話を聞くに今のセシリアは以前より兄に甘えられていると思うと、兄であって良かったとも思う、兄と妹だからこそ断ち切れない絆があるのだから。




プリメラはやっと王都に戻ってきた。

ずっと大量の死体の山が忘れられず怖かった。飛び散った血の跡も、魂が抜けた人の体が本当に怖かった。顔や体から血の気が抜けて生気がなく、まるで石みたいだった。移動しても全部の死体がこっちを見ている気がして、凝視できなかった。

それが忘れられず馬車の中でもずっと震えていた。自分の陵辱の映像のことなど頭からすっかり抜けていた。


同乗しているアシュレイ王太子殿下がそんなプリメラに声をかけた。


「プリメラ嬢、大丈夫か?」

「はい……いいえ、私 怖くて怖くて ああああああんな死体の山、見たこともなくて、目を閉じるとあの光景が蘇ってくるんです!」


「辛い経験だったね。 ……ねえプリメラ嬢、もし君の父親が亡くなったとして、その遺体がベッドに横たわっていたら怖いかい?」

「ええ!! お父様が!? …いいえ、怖くはありません、きっと悲しくてもっと側にいたいと思います」

「優しい父上なんだね。あそこにあった死体もね、あの領に住む父親であり、母親であり、子供だったのだ。領主が騙されて麻薬を作らされていて薬の中毒で皆死んでしまったけど、きっと昨日までは普通の領民だったのだ」


プリメラは自分の領の人々を思い出していた。

みんなの顔を知っている訳ではなかったけど、街に出ればそこに住み家族を営み笑顔があった。

そっか…、ただの死体じゃないんだ。みんな生きて暮らしていた人間なんだ。


「どう? 少しは怖くなくなった?」

「はい。得体の知れない死体が怖くて仕方ありませんでした。…でも、皆普通に生きて普通に生活していた人間なんですよね…。

領主が騙された結果なんですよね…、きっと領民の事を考えて必死になって…、頑張った…。良い時もあったんですよね? こんな結果…誰も望んでいなかった。可哀想…、みんな可哀想」


可哀想…そんな言葉で済ますことは出来ない。

キリング伯爵は取り返しのつかない間違いを犯した。騙されたでは済ますことができない失敗だ。だが今それを言っても仕方ない。アシュレイ王太子殿下はプリメラの肩をポンポンと叩いた。少しでもプリメラの恐怖が薄まれば良い、そう思った。


ところでプリメラは転生者なのに何故 魔法レベルが低いのだろうか…? 恐らくそれはプリメラの前世の経験値が浅く幸せだったためだろう。花音は平凡で普通の女子高生。『恋愛をしたい』前世で強く願った事も平凡であった為、大きな力がプリメラの願いには必要なかったのだろう。それとプリメラはあまり前世の事を今現在覚えていない、それは前世に対する後悔の念があまりない為、心に刻まれなかったからなのだろう。

恋愛したいではなく、皆に愛されたいとか誰もが私に夢中になる!だったらまた違っていたのかも知れない…例えば魅了などを手にしてたかも知れない、頑張れプリメラ!




シルヴェスタ公爵の魔力はとうとう底を打ったようだ、大きくなるスピードが遅くなり急ブレーキがかかり、止まった気がする。

魔力が減ってきてシルヴェスタ公爵はフラフラしながら、家族だけは守る!そう誓いを新たにベッドを見るとそこには何もなかった。ベッドは綺麗にベッドメイキングされたままで、誰かが寝ていた痕跡もない。二度見してもそこには何も誰もいない。

ガタガタとその場に崩れ落ちて腰が立たない。

「あああああ、お父様、お母様…ど、どちらへ行ったのですか? また私を捨てるのですか? 何故同じ子供なのに私ではいけなかったのですか? この顔! この顔に生んだのは貴方じゃないですか!! 私のせいじゃない!!」


オスカリアの感情のままにまた魔法が発動しそうになったが、もう それ程魔力が残っていなかった。目の前に女が現れたと思ったら首に魔道具をかけられた。どこかで見た顔だが思い出せない。


女は肖像画を見つめると、何かをボソッと呟いた。

「ねえ、どうして貴方は自分を愛してもくれない、弟ばかり溺愛する母親に、あなたの努力を認めない父親を愛し続けることが出来たの?」

「は?」

女が皮肉で言っている訳ではないと感じた。本音を吐露する。

「私は何故愛されなかった? 私は愛される為の努力を惜しまなかった、だけどいつだって私は選ばれない方なんだ。足りないものを言ってくれれば何でもした、でも私はそもそも何も期待されていない、必要とされない人間なんだ! 私はここにいるのに!! 一言…一言愛してるって言ってくれたら全て差し出せた…だけど、私はそこに在って無いから…何もしてあげられない。私には何も求めてくれないから…愛しているのに…、見てくれないから」


「一度は捨てたんでしょう? どうしてまた愛せたの? 結果は分かっているのに淡い期待を抱いたの?」

「分からない、……羨ましかった、母に愛される弟がただ妬ましかった。母は美しくてあの笑顔に迎えられる弟になりたかった、能力さえ見せれば私もあの輪に入れると信じたかった…」

「そう、私が母に会ったのは2度だけ…。…私の母は壊れていたから諦めがついたのかしら? 

この肖像画は記念に頂くわね。さようなら…私は貴方みたいに一途にはなれなかった、傷つけられるだけで愛された記憶が一度もないのだもの、期待も出来なかったわね…。  話を聞けて良かったわ」


魔道具を私につけた女は複雑な顔をして消えてしまった。その後 兵士が雪崩込み、捕縛され王都へ向かうことになった。


ウィンザード魔術師団長とサルヴァトス魔法騎士団長はついでに一緒に王都に連れて帰ることにした。

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