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9、看護−2

アシュレイは歯痒い思いをしていた。

この部屋には一人きり、叫んでも物で叩いて音を出しても誰も来ない。そもそも音がしない、本当に自分を置いてどこかへ行ってしまったみたいだった。

お腹が空いてもトイレに行きたくても自分1人では何も出来なかった。惨めだった。

トイレはまだ何も食べていないし何も飲んでいなかったので我慢が出来たが、空腹には限界がきていた。しかもいい匂いもしていた。

アシュレイは第1王子でまだ8歳だ、彼の生活はこれまで完璧に管理されていた。

食事を抜いたこともなければ、放置されたこともない。

出来る事もなく不貞腐れて眠ってしまった。


一眠りしてだいぶ調子も良くなった。


恐る恐るベッドから足を下ろした。

朝は足に重心をかけた後、痛みからまたベッドへ逆戻り、その体験から一歩が踏み出せずにいたが、もう一度慎重にトライすると、一歩が踏み出せるようになった。支えがないと不安で支えになるような物を探した。室内を見渡すとソファーの横に変わった形の三角の杖の様な物が置いてあった。あれなら支えにできそうだ! 1歩目、2歩目、3歩目「あっ!」倒れてしまった。匍匐前進のような形で這っていく、何故ならここには自分しかいないと分かっているからだ。何とか辿り着きその杖とソファーを支えに立ち上がった。その杖の使い方が分からなかったが、自分の足が動かして易い場所を探っていたら脇の下がしっくりきた。その杖を使って部屋の外へ出てみた。


リビングのようだった。

王宮から考えると小さな造りだが、間口はやけに広い。ソファーとテーブルがあった。紙があったので近づいて見てみると、この家の間取りが描かれていた。


「小さな家だな。お陰で目的地にはすぐに行けそうだ」


ヒョコヒョコとキッチンへ向かった。

そこにもメモがあった。


『殿下はまだ普通の食事を召し上がると下痢するかも知れません。ですから、野菜スープとチーズオムレツを召し上がってお腹を慣らしてくださいませ。食事は目の前の箱の中に入っております。食べ終わったら食器は流し台へ下げておいてくださいませ』

キッチンもどこに何が置いてあるかイラストで説明されていた。


給仕されずに摂る食事は生まれて初めてだった。

冷たい食事は王宮では普通の光景だ。毒見の後の味気ない食事、気配を消して立つ使用人たち。そこにいる事を気にしたこともない者たちが今は何となく恋しい。

あのノアと言う者がリアンと言う者をいかに大切にしているか、すぐに分かった。自分を同じように扱わないことに苛立った。身分を明かしてなお態度を変えないあの者に苛立った。


目の前の箱を開けると、目を見開いた! いい匂いのする見たこともない物がここにあった。

出てきた食事には湯気が立っていた。見るからに温かいイヤ熱そうなスープに初めて見るチーズオムレツにサラダが添えられていた。普段はサラダなんて口にした事はないが、これには食欲がそそられた。


まずはスープを飲めだったか…一口掬って飲む。

優しい味が身体中に染み渡る。塩とか砂糖それに香辛料でもない野菜の甘さを感じる、その味の中に何があるのか探りたくなる味。もう一口、もう一口と飲み進めた。

それからチーズオムレツとは何だろう? 

王宮では見たこともない料理、毒味もされていない料理を口に運ぶ。

衝撃的美味さだった!


夢中で料理を口に運んだ。

美味しい!美味しい!美味しーい!!


はぁーー、すごく美味しかった!手紙にあった通り皿を流し台に持って行こうと皿を持ち上げるとまたメモが現れた

『流し台の横のピンクの箱の中にデザートがありますよ。お腹に余裕があればお召し上がりください。おやつにしてもいいですよ』

早速箱を開けると今度は冷えた白い物体『ミルクプリン』なる物が入っていた。上にはラズベリーと言うものが乗っていて目は釘付けだった。

一掬いし口に入れると 「溶けた!」チュルンとして甘酸っぱいラズベリー、香りも良い!

いくらでも入りそうだった。

名残惜しいがもう最後の一口だ、美味しかった…。余韻に浸る。

今回は指示はなかったが食べ終わったら皿を流しに運ぶ、するとまたメモが出てきた。


アレ? さっきはなかったのに…。


『食べてすぐ横になると良くないので少しお散歩をなさるとか読書をなさりながら体を起こしていてください。どこに行っても何をなさっていても結構ですよ』


何だか全部見透かされてて腹立たしい。

でも、日頃は『偶には完全に1人になりたい』なんて言っていたのに、本当の1人は心許なかった。


言われた通りにするのは癪に触るが、する事もないので間取りにあった部屋の探索を始めた。


寝室、リビング、ダイニング、キッチン、バスルーム、トイレ、書斎、図書室…。

見たこともない作りに驚きを隠せない。

平民なのか? 普通の民家とはこんなにも部屋数が少ないものなのか?

それにしてもあのバスルームは何だ!! 見たこともない浴槽が陶器ではない!?

水が出る仕組みはどうなっているのだ!?

あの桶の素材、浴槽の素材はなんだ!?

床にひかれているアレは何だ!?

シャンプー、トリートメント、ボディソープとはなんだ! あのボトルの形はなんなんだ!何故にゅるっとした物が出るのだ!?


そして最たるものはトイレ!!

形もボタンと言うものも音も何もかもが理解できない!!

そして臭いもなく清潔、一体どうなってるのだーーーーー!!


自分の世界にはなかった未知との遭遇。

時間も忘れて探索に勤しんだ。


アシュレイが必要と思えば、侍女や侍従にひとこと言えば済む話だ、どこに何があるか把握する必要はない、それは彼らの仕事だ。欲しいものは目に見えるところにもない。

ここには王宮にない生活感があった。


自分の服を見ると綺麗にはされていたがあちこち穴が空いてボロボロだった。

風呂に入って着替えてサッパリしたかったが、何ぶん一人で着替えたことも風呂に入ったことも自分で洗ったこともない。少しハードルが高め。

それに見たこともない風呂のシステム…どの様に湯を沸かしてもいいか分からない。

見ると不思議なプレートがある、ジッと見ていると横にメモが現れた。イラスト付きでスイッチ1つで湯が沸くと言う。

恐る恐る押してみた。


『お風呂を沸かします。お風呂の栓はしましたか?』

ジャーーーーーーー!


「何だこれはーーーーー!!!」

不思議で唖然としていると、

『ピロリロリン お風呂が沸きました』

手が震える…、誰かいるのか!? どこかで見ているのだろう!? こ、これも魔法だと言うのか!?キョロキョロ見回しても誰もいない、変化なし。


またメモが現れた。

『魔法です。そこでそうしていても風呂には入れません。自分で服を脱ぎ、籠の中に服を入れてください。まずは1番のボトルを押して2番のスポンジにつけ泡立ててから体を洗います』

など風呂の入り方が説明されていた。

最早 反抗心はなく素直に従う。服のボタンを外すのも初めてなかなか思う通りにいかない、だがコツを掴めば次は難なくできた。言われた通りに脱いだ物を籠に入れ浴室に入ると扉を閉めた。その扉も見たことのない形、今は驚きはするが素直に受け入れる。


えーっとまず体をお湯で流す、だったか。

イラストにあった蛇口を捻ると…ジャーーーーーーー!

「うわぁぁぁぁぁ!!」

今まで感じたこともない刺激が頭の上に降り注ぐ。シャワーだった。

「嘘だろう? 何だこれは!!」

蛇口を同じ方向に捻ると更に水圧が増した。

「ぐっ、息が! 息が!!」

反対側に捻ると止まった。

「何と危険な! 危うく殺されるところであった。これは罠か? はっ! 今は無防備な姿ではないか! 何故何の疑いもせず脱いだ! 馬鹿者が!! どこだ? 敵はどこ…、次は何が来る!?」

警戒するも シーーーーン 


「……………。アレ? 何も起きない」

滑稽な自分に1人突っ込む。 落ち着くと椅子に座り黙す。………書いてある通りスポンジに液体を乗せモミモミしているとホワホワの泡がたった。

「何だこれ!? 見たことがない、何だか美味そう。ペロ にっが!! 食べ物ではないのだったか」

美味しそうだがやはりこれは食べ物ではないらしい。

その後またシャワーを使って泡を洗い流し、いよいよ湯船に浸かる。ゴクリ。

「いい匂いがする、体もサッパリした」

ふと前を見ると裸の自分が『鏡』なるものに写し出されていた。

まじまじと裸の自分の体をよく見る…、記憶の中ではこの足はほぼ繋がっていなかった。自分の足を摩り、今更ながらにまた恐怖が込み上がってくる。今生きている事は本当に奇跡だ。

恐らく彼女に出逢えていなかったら私はこの世にはいないのだろう。

私に危害を加えるまでもなく放っておけば私は死んでいた。食事も風呂も何もかも、全ては彼らの善意だ。私は愚かだった。確かに彼女は私に忠告していた。

『リアンが何でもできると思わないでくれ』と、もしかしたら彼もノアが保護した者なのかも知れない。私は何と傲慢だったことか。見捨てられても仕方ない、イヤ本当に見捨てられていたらこんな風に至れり尽くせり世話を焼かれる事はないだろう。自分と同じ位の子供に私は王宮と同じ対応を求めた。私は傲慢で無知、暴君だな。

きっと私のこの1人の時間は、自分を見つめ直す必要な時間だったのだろう。

そっと湯船に浸かり頭まで水に潜った。

アシュレイは周りを覆っていた硬い殻を脱ぎ捨て、ただの8歳の子供に戻った。



風呂から出ると、先程着ていた物を入れた籠には新しい別の物が入っていた。

メモにあるタオルと言う物で体を拭く。

別のメモが現れた。

『背中がビチョビチョです、キチンと拭いてください』

「背中を1人でどうやって拭けと言うのだ」

軽く悪態をつくとまたメモが…! やはりどこかで見てるのか〜?

「なに、えーっと 斜めにタオルを回す? どうやって!? あっ!掴めた! はー、本当に背中が拭けている…、また鏡か? ここに先程まであったか? まあいいや、おお 背中の水ももうない、それにこのタオルと言うものは触り心地がいいな。次はパンツを履く。パンツ?とは何だ? 下履きがない! これが下履きと言うのか!? 何と心許ない…、これも試練だ! …むむ、悪くない。 次はTシャツ、短パンと…足が出ている、これが正解なのか!?」


疑問が口をついて出てくるが誰もいないので気にしない。

足を出したままなど着替える時以外になかったが、ここではこれが正解なのだろうと素直に従った。身軽な服は心も身軽にした。


次は何があるのだろう…、図書室へ向かった。


今までは難しい歴史書や建国書、隣国などの重要人物、特産品、外交に必要な情報など、将来に必要なことしか手に取ることを許されなかった。だがここには口煩い教育係はいない。気ままに興味がある物に手を伸ばし読み耽る。気付けば1冊まるごと立ったまま読み耽っていた。続きを手に取りリビングへ向かおうとしたが、窓から見える外の様子が気になった。本を2〜3冊手に取り、外に出てみた。


広くて開放的な空間だった。太陽が何処にあるか分からないが確かに陽の光が降り注ぎ自分の影を濃く作っていた。顔には心地のいい風が当たる。周りを見渡しながらターンしている。あっ! 杖!? 考えてみると風呂に入る辺りでいつの間にか消えていた。気づかない間に普通に歩いていた、そうか、歩けなかったのは恐怖心だったのだな。

頬が緩む…、小走りしてみたが痛みも引き攣る感じも何もない。走っても何ともない!

背中から羽が生えて飛べそうなほど気持ちが解放される。テーブルや椅子の他に変な形の布が下がっている。不思議に思っているとまたメモだ。


これはハンモックと言うらしい、揺れるベッド?椅子に乗る意味が分からん。

それにこの水は何だ? 池なのか? 池の側にはビーチチェアが置いてある。手摺りがついていると言う事は中に入るものなのか? まさか大きな風呂とか?

そう、これは正に大きな風呂。リアンがドラゴンのまま入れる様にと作った物だ。

別のところには小川から流れ込む池があり魚が泳いでいる。


ここはまるで絵本の中の世界の様だった。


アシュレイはリクライニングソファーでゆったりと読書に耽った。

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