89、想定外−1
北の領地にあるシルヴェスタ公爵邸は相変わらず緊迫した状況だった。
すぐにでも解決したい、だが打つ手がない。すぐそこに目的の人物がいると言うのに何もできない、この膠着状態に誰もが焦れていた。
屋敷の周りにテントを張って監視をしている。
ウィンザード魔術師団長一行は着いて早々、これまでの報告を受けている。この長きにわたる監視の間シルヴェスタ公爵から攻撃を仕掛けてくることはないらしい。シルヴェスタ公爵に接触を図ろうとする輩はゼロではない、その者たちは捕まるとすぐに処刑の上、家は取り潰された。それでも過去の栄光が忘れられず、落ちぶれていく自分を何とかしようとやってくる者が後を絶たない。
一通り報告を受けてからセシリアに連絡した。少しすると頭の中に声が響いた。
『魔術師団長、お待たせしました』
『おお、ご足労頂き感謝申し上げます。王太子殿下のお供もされたとか、何から何まで頼りきりで申し訳ございません』
実はプリメラは脅されている事をアシュレイ王太子殿下に相談していた。媚薬セックスの事は恥ずかしかったけど、ここには警察って言う存在が憲兵になる、けど知り合いいないし、話が広まったら困る、と切羽詰まってアシュレイ王太子殿下のに相談した。
アシュレイ王太子は内心呆れもしたが、やり口が汚かったので、すぐに対応してくれたのだ。
そしてアシュレイ王太子はセシリアにすぐ相談!
そしたら思わぬ大事になったという訳だ。
『それで状況は如何ですか?』
『変わりありません。ご提案頂いた通り出て来た使用人に魔力吸いの魔道具を持たせましたが、結果は分かりません』
見た感じ以前潜入した時より魔力が濃くなっている。やはり本人がいるといないとでは効果が違うようだった。
『人は弾かれても、物は弾かれないのですか?』
『使用人に仕込んでいるだけですので…』
ここにいる者たちは何をしても敵わないと思い込んで、アレコレと試せなくなっていた。その中には今までになす術なく死んでいった同僚たちが頭にこびり付いて、恐怖で動けなくなっていた。
『どこまでが許容範囲ですか?』
『何がどこまでなのですか?』
『攻撃と被害です。使用人の身柄はどうしますか?』
『なるほど、情に訴えるのですか?』
『いえ、屋敷ごと潰したらどうなるのかと思いまして』
そこには見えていないが、いるはずのセシリアに若干引いた。
『最終的にやむなしかも知れませんが…』
『ちょっと不穏な動きがあるんです』
『どう言うことですか?』
『魔術師団長と魔法騎士団長が王都を離れてから、シルヴェスタ公爵家の威光を取り戻そうとする輩に動きがあります。出来れば早く戻った方がいいような気がするのです』
『何ですって!? 王都は王宮警備で層が厚いにも拘らずですか!? 他にも懸念事項があるのですね? ………分かりました。何が起きても私が責任を負います、セシリア様の動きたいように動いてくださいませ』
言質はとったと言わんばかりにすぐに行動を起こす。
アシュレイ王太子殿下の声真似で、拡声器の様に風魔法で屋敷全部に聞こえるように話す。
『シルヴェスタ公爵、並びに屋敷にいる使用人たちに告ぐ。
これから30分後に屋敷に攻撃を仕掛ける。死にたくない者は投降せよ』
恐らく聞こえているはずだ。
『シルヴェスタ公爵、いい加減現実を見たらどうだ? ベッドに寝ていると思い込んでいる家族はとうの昔に死んでもういない。だって公爵が殺したじゃないか! どんなに頑張っても自分を認めない家族、努力しても全てを奪って行く弟、血を分けた家族なのに母の愛は常に母の面影を色濃く残す弟と妹に注がれる理不尽さ。あの日も弟より妹より秀でたものを見つけて誉めて貰う筈が、爵位は弟に継がせると言われて、こんな家族なら自分から捨ててやると殺したんだろう? 目の前の4人は幻想だよ! そこには誰もいない、全ては公爵が生み出したまやかしだ!! 小さな子供みたいに引きこもっていてもその4人が目覚めることはない!! みんな死んで誰もそこにはいないんだから! 何故目覚めないかっ?それは公爵が望んだからだろう? 自分を蔑む煩い口を黙らせたかったのだろう? 公爵の中の家族は妄想の中でも公爵を無視し虐げた、だから黙れ!って眠っている幻影にしたんだろう?
いい加減目覚めて現実を見てくれ! そこには何もない! 公爵の家族は死んだ! あんたが殺したんだー!!』
「煩――――――い!! 煩い! 煩い! 煩い!!」
屋敷の窓が割れた! 物凄い風圧で外にガラスが吹っ飛んだ。
『セシリア様、こんなに煽って大丈夫ですか!』
『分かりません、公爵に消滅魔法の存在を思い出させないように意識を別に向くよう頑張ったのですが、同じように思われれば、姿を見た者は消すかも知れません』
『くっ!』
「捉えた!」
思わず、声を発してしまった。
セシリアは相手の魔法を横取りする能力がある。シルヴェスタ公爵が無意識に使っている魔法が大きな力を持った、それをセシリアは乗っ取った。屋敷の庭にぐるぐると巻かれて行く何か、最初は毛糸玉くらいの大きさだったが、大きく膨れ上がって行く。それがどんどん大きくなり何かの形を取り出した。ホッキョクグマだ! 大きな雄叫びをあげている。予想に反してホッキョクグマは更に大きくなって行く。恐らく長年無意識にかけていた魔法は呪いの核の様なものを生み出して蓄積されていた様だ。屋敷に勤める者たちはこっそり裏口から外に出てくる。その者たちに屋敷の中に何人残っているか確認する。それからもう1体 蝶が生まれた。蝶もどんどん大きくなって行く。
『セシリア様、これは何ですか!?』
いつの間にか敬称が嬢→様に変わってる。
『シルヴェスタ公爵の魔力を吸い上げながら、属性を分けています。以前、ケイジャー小隊長の風と火を分けたのと同じです。ホッキョクグマは消滅魔法、蝶は幻影魔法です。こうする事によってシルヴェスタ公爵の魔力の大きさが分かります』
『こ、これは…なかなか強大ですね』
『ええ、…そして厄介です』
『セシリア様でも難しいですか?』
『いえ、そうではありません。シルヴェスタ公爵家について調べたのですが、何故公爵筆頭になれたか、と言う事です。シルヴェスタ公爵家が公爵家筆頭となれたのは、その魔力量の多さからでした』
『? 確かに強大な魔法を持つ者が顕れていました、実力で公爵を強大にして行きました。……ですが、シルヴェスタ公爵はここにいる訳で…?』
『オスカリア・シルヴェスタも家族に見捨てられ苦境に立たされ、あまり知られていない珍しい魔法を顕実させたのです。シルヴェスタ公爵家の者は強い劣等感や苦境により魔法を創り出す能力に長けているのかも知れません。
ディアナ様は早く処刑するべきだったかも知れません』
『あっ!! ディアナ嬢も何かに目覚めると思われるのですか!?』
『シルヴェスタ公爵は、思ったより魔力が多い、その上…執念深い性格のようです、それが遺伝なのであれば、あり得ない話ではないと思います』
『王都は何とかなるでしょうか?』
『分かりません。今はただ覚醒しない事を願うばかりです』
まだここを離れる訳にはいかなかった。少なくともシルヴェスタ公爵は決着が必要だから。
そして嫌な予感ほど良く当たる。
王都にいるディアナは、媚薬で体を凌辱された後、アシュレイ王太子殿下の計らいで、風呂に入り髪を洗って貰い綺麗な服に着替えて牢屋に入った。
牢屋で泥のように眠った。目が覚めると自分が牢屋の中にいる事に愕然とした。ディアナの記憶では父の部下が救出に来て脱獄に成功したはずなのに、何故かまた牢屋の中にいる。自分は都合のいい夢を見ていたのだろうか? では今日わたくしは処刑されると言う事なのだろうか!?
親指を噛み、必死に記憶を呼び覚ます。
だが、思い出そうとしても山道を歩いているところから記憶がなくなる。夢ならば忘れても良いはずなのに鮮明に覚えている。あのジトジトとした湿度も汗が頭皮を伝い顎から落ちる感覚も、足が悲鳴をあげそうなほどの勾配の山道もリアルに覚えている。夢なんて思えない! 立ち上がると腹筋に力を入れた瞬間、お腹がズキズキ痛くなった。
何!? なんなの? その上アソコがヒリヒリする。
お腹をさすりながらふと自分が着ている服を見れば見たこともない服だった。
何これ? いつのまにか着替えてる。
…そうだわ! ここを出る時別の服に着替えた…。
何かが過ぎった!
あの服が破られ、地面に倒され…、何これ!? ううん、違う…違うわ。
男がわたくしの股に指を突っ込んで…、イヤ! 駄目…違う。
手首に見知らぬ痣が!!
体が見えている部分には引っ掻き傷や痣が沢山ついていた。
ディアナは男が自分に覆い被さり、醜悪な顔をしながら腰を振っている映像を見た。
「イヤーーーーーーーーーー!! 何これ!? 違う違うわたくしじゃない! こんな事わた…わたくしの筈がない!! 」
お腹がズキズキ痛み、アソコはヒリヒリ、腰はガクガクし、記憶はより鮮明になっていく。
信じたくない真実がすぐそこまで来ていた。
泣き崩れ、現実を受け入れるのを拒否した。でも目を閉じると次々に映像が脳内で再生されていく。男たちの汗ばんだ皮膚に脂っぽい臭い体臭、無遠慮に弄る指、男たちのモノを口に突っ込まれ息も出来ずに嗚咽を漏らし苦しくて死ぬかと思った感覚、髪を鷲掴みにされ何度も目の前に縮れた毛が鼻についた感触、身体中を噛まれた後…恐る恐る胸を見れば、生々しい歯型! 吐き気を催し吐瀉した。
「イヤー! イヤー! 嘘よ! 嘘――――!!!」
なによりも受け止められないのは、ディアナ自身が快楽に身を委ねていた事。
何度も絶頂を迎えてもまた肉棒で中を擦られれば、すぐに喘ぎ声を出す自分がいた。頭を真っ白にして、今まで感じたことの無い快感を味わっていた。次第に誰が自分の中に入ってきているのかなんて気にならず、『気持ち良い』しか考えられなかった。そこが外だとか、土の上だとか、知らない男だとかどうでも良かった。「あ! そこそこ! そこが良いの!!」アレは確かに自分の声だった。
自尊心がボロボロになって、アレは自分じゃ無い!と精一杯の抵抗を見せるが、自分のお腹やアソコやお尻や腰や身体中の傷が事実だと告げる。
「気分はどうだ?」
姿は見えないが、声が聞こえた。
「自分がした事の仕返をされたんだろう? 気分はどうだい? 最高だろう?
あんたは修道院じゃなくてあの世に行くんだがな。あんたが喜んで男に股を開いてるところ、魔道具に撮らせてもらったよ、領地を奪われ、娘を娼館に売られた恨み思いしれ!」
「は? お前は誰だ? こんな真似をしてここを出たらお前を1番に殺してやる! 殺してやる! お前は誰だー!!」
「お前はもう公爵令嬢じゃない、ただの犯罪者だ。お前に従う者はもういない。お前には何の価値もない」
「ふざけた事を言うな!今すぐ殺してやる、殺してやるー!」
それ以上誰も答えなかった。
姿を表さず声をかけたのはナディアたちの父親ではなかった。そう、あの計画にはナディアたちの父親だけではなく、他にも沢山の被害者たちが協力して行われたのだ。牢番が全員倒される!? そんな訳ないアレは演技だ。王宮を出るまで危ないことが何度もあったが無事逃げおうせた? あり得ない! 計画的に手の者以外を排除していたから出来たことだ。ナディアたちは側近だったのに排除されたから目立ったが、ディアナが機嫌が悪くて排除された者なんていちいち覚えてもいない。プリメラのように家ごと追い込まれて没落した者たちや娘を娼館に売られた者は実は他にも多くいた。その者たちが一丸となっての復讐だったのだ。
そのまま放置していれば混乱の中にいたのかも知れない。ただ、ディアナは他人に陥れられるなど絶対に許せなかった。ゆらゆらと立ち上がると少しの熱を持ち始め偶にビクンビクンと体が揺れた。完全に怒りに我を忘れていた。そして手に入れた魔法『変態魔法』。
檻に手をかけるとぐにゃりと曲がった、元から持っていた火魔法と変態魔法で物体の形を変化させていた。ディアナはそこから出て行こうとすると、首が締まった。自分の首元の手を伸ばし、首から檻に繋がった鎖を一瞥すると顔を歪ませ、首にかかっていた枷も引きちぎって檻の外に出た。
「おい! 何してる!! 脱獄だーーー!! 死刑囚が脱獄だーーー!!」
ディアナはその男を見ると
「煩い、煩い口は無くなってしまえ」
そう呟いた、すると男の顔から口が消えてしまった。
男は叫ぶが声が出なかった。異変を感じ自分の顔に手をやると鼻から下がつるんとしていた。あまりの事に声にならない絶叫をあげた。
最初の声にすぐに兵が集まってきた。
同僚が腰を抜かし座って後退りしてディアナを指差して自分の顔を指す、つられて見ると口がないという異常事態。
「お前がやったのか! このバケモノめ! この女には轢殺許可が出ている! 殺せー!」
「子犬のように煩い」
すると男が子犬になった。
見ていた者たちは言葉を失った。同僚が目の前で子犬になりキャンキャン吠えている。
「バケモノだ! バケモノー!!」
「お前は…同じ言葉ばかり…九官鳥だ」
ディアナはなんの抑揚もなく人間を別の生き物に変えた。
新たな脅威・悪夢の始まりだった。




