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88、シルヴェスタ公爵家の最後−4

呼ばれたプリメラは錯乱していて話が出来る状態ではなかった。

それは当然だ、プリメラはの前世は平和な日本に住み、現世でも伯爵家のお嬢様として育ってきた。死体など見たことがない。しかも寝ていると思っていた人たちが明るくなると全部死体だと気づいてしまった。そんな場所に脅されて1人で犯人と来たのだ。自分も殺されると思ってパニック状態に陥っていた。


その状態を見てセルジオは自分の犯した罪に改めて向き合った。メラニアを救う為に他の者たちを犠牲にした代償を支払えと言われている気がした。目の前に聖女プリメラがいるのに…彼女は何かができる状態ではない。


「聖獣様! 助けて! おおおお願いです! 私の命を差し出します! どうか、どうかー!! 聖獣様 聖獣様 聖獣様 聖獣様 聖獣様 聖獣……様 メラニア様を…」


ゴトリと床に落ちていった。

ギョッとしてそれを見ていた『死んだ?』護衛たちも力尽きて死んだのかと近寄る。

『ちょっと煩いから眠ってもらったわ。寝ていなかったみたいだし』

『ああ、そうか死んだのかと思った。シャングリラとの繋がりも証明させなければ』

『そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない? あの人たちは十分処刑にできるだけの証拠はあるわけだし、ここには王太子殿下がいるし護衛もいる、それに聖女様もね。いざとなれば、そっと罪状欄に加えておけば良いんじゃない?

恐らくここに殿下が踏み込んでいるから生き証人を消しにかかるだろうし、ロージャー伯爵はそっと捜査に潜り込んで本領発揮しているかも、ふふ』

『おいおい、分かっていることがあるなら教えてくれよ!』

『そうね、1つ言えるのはシャングリラ、シルヴェスタ公爵が倒されたら末端の人たちは安定した収入を失う訳よね? ここには麻薬の原料が山とあり正に宝の山、ここにある麻薬は中毒性も高いので人を従わせるには十分な武器となる。それをみすみす捨てられると思います? これからの人生の使い勝手のいい部下を作り、資金を作る為にも放っては置けないでしょう。

ああ、その前にシリル以外の全員を別の部屋に移動させてください。メラニア夫人の治療を始めましょう』

『ああ』


「セルジオとプリメラたちを連れて少し出ていてくれ。シリルだけ残ってくれればいい」

「大丈夫ですか?」

「ああ、メラニア夫人の様子を確認したい、扉の向こうに居てくれればいい、何かあれば呼ぶ」

「承知致しました」


部屋にアシュレイ王太子殿下とシリルだけになるとセシリアは姿を現した。

さっさとメラニア夫人に回復魔法をかけた。

「モモちゃん、浄化は出来る?」

「はい、少しだけですが出来ます」

『おや? 私が浄化なら出来ますよ?』

『ゲン? ふふ 勿論知っているわ。でも完璧に治せない方がいいと思うの。色んな意味でね』

『なるほど、そう言うことであればあのモモンガ程度が治すのが丁度良いかも知れぬ』


モモちゃんは聖獣としては下位種の為、出来る事には限りがある。予想通り、メラニア夫人の状態は傷は治ったが、麻薬の中毒症状はあまり改善しなかった。それは体内に既に回ってしまった毒を浄化するだけでは足らないから。毒に侵された先の神経や蝕まれた血肉を治療し正常化する必要がある。モモちゃんには圧倒的に経験値が足らなかった。


「殿下、この通りです。やはりモモちゃんのお力添えを頂いてもここが限界です。後はセルジオに、メラニア夫人がどんなに薬を欲しがっても与えてはいけないし、人格が変わって罵られても苛立ち見捨ててはならないと伝えてください。諦めればメラニア夫人は死ぬだろうと。

では、後は宜しくお願いします」

「どこへ行くの? 帰るのかい?」

「植物の後始末を少々」

「そうか、証拠を残しておかなくて良いだろうか?」


「持ち出されると危険ですから、焼却処分したと発表なさってください」

それ程危険なのかと理解し快諾した。

「それともう一つ、既に亡くなった領民ですが一緒に火葬します」

「な、何を言っている!」


火葬は日本人にとって馴染みのあるものだが、この世界では土葬が一般的で火葬とはつまり『火炙りの刑』重罪の証なのだ。話を聞いた限り領民は私腹を肥やすためではなく、騙された領主の指示に従っていたに過ぎない、それを火葬処分にするには重すぎる刑だと感じたからだ。


「動物も人の死体もそのまま放置しておくと別の病気を引き起こします。獣は人より鼻がよく効くので掘り返して食べます、そして雨水に晒されて浸透し流行病を生み出します。ここの領民たちにこれ以上の死を望まれますか?」

「くっ!」

完全な脅しだ。子憎たらしい…ぐぬぬ。


「見てきたように仰いますが、それは事実なのでしょうか!?」

「いや、いい。分かった、アシュレイ王太子の名のもとに、その様に処理せよ」

「承知致しました。その際に結界を張り全て燃やし尽くします。種子が残っていると厄介だからです。その煙は遠くまで見えることでしょう、すると隠れていたネズミがやって来ると思うので兵を結界の外に配置させてください。因みにネズミの顔はこれです」


『全ては掌の上だな』

「我々はどこにいたらいい?」

「ここで構いませんよ? 兵の配置が終わったら始めます」


セシリアの言われた通りに兵を配置して忍ばせた。

その間にセシリアとリアンは屋敷や街を周回り、死体を転移して集めて行った。深く掘られた死体置き場の穴は既に異臭も白骨化している死体もある。高く積み上げられた領民の数はセルジオの胸にもアシュレイ王太子の胸にも重くのしかかった。


「準備が出来ました」

「そうか、逃すなよ」

「はっ!」

『セシリア、準備が出来た』

『では、参ります』


ブィーーーーーーーン

ちょっとした耳鳴りか?程度の音が耳を刺激した。恐らく目の前には結界が張られたのだろう。結界の中は暴風が吹き荒れている。土や死体が舞い上がり見えないはずの風が切り刻んでいる。一部民家も入っていたが巻き込まれ跡形もなく吹っ飛んでいる、凄まじい威力だ。

次第に風は弱まってきた、結界がどこからどこまでと分かる程、暴風で視界が悪かった結界内は落ち着きを取り戻したと思ったら、小さな火の玉が20個くらいあり円を作っていた。そしてその火は列を成したり様々な形を作り2つのペアで死を弔っている様に見えた。優しく小さな火がその魂、領民や植物の魂を導き浄化する様に優しく包んで、20個の火は回転したり1人で回ったり花火のように弾けたりしながら何かの儀式をしている様だった。それを見た者たちは自然と胸に手を当て頭を下げ全ての死を悼み冥福を祈った。


セルジオも別室からその様子を見て涙が止まらなかった。

この状況に愕然とし翻弄されるばかりで、今まで親しい者たちの死を悼む時間すらなかったのだ。

「すまない、何もしてやれなくてすまなかった!! どうか、安らかに眠ってくれ!」


『リアン、魂っている?』

『うん』

『じゃあ、結界にしまって隠れ家に送っておくね』

『有難う』


セシリアは魂だけ転移させると火を大きくして行った。いきなり業火にしなかったのは煙を敢えて見せる為だ。遠くの街からも確認できるほどの煙がキリング伯爵領から立ち昇っている。


焦ったのは、ヘンドリック・ヨハンソンとバリー・ロージャー伯爵、燃やされているのは死体かも知れないが、ケシなどの花かも知れない、その価値を知らないものからすれば、タダの植物だからだ。


この2人は領民がおかしくなり始めたのは当然気がついていた。

麻薬の影響であることはすぐに分かったが、止めることは出来なかった、いや止めるつもりも無かった。

ロージャー伯爵は気の良い魔法騎士として潜入に成功し、監視対象であったブルームに上司兼友人ポジションで近づくことにも成功していた。このまま行けば小隊長にもあと数年でイケると思っていた矢先、王妃陛下の警護に回された。最初は期待の表れと思ったが、その任務が終わっても別の任務が与えられ王都に帰れることはなかった。その上、別任務を与えられた者たちは皆どこかで見た顔…。勘違いのままには出来ない程自分の勘が警鐘を鳴らしていた。そこで除隊しシルヴェスタ公爵に指示を仰ぐと公爵からは別の任務を与えられた。


ヨハンソンは植物の生育と分布の研修者崩れの変人で、ロージャーは密偵、つまり麻薬製造の本当の専門家はいなかった。ヨハンソンの興味は植物が人間に与える影響、薬の精度や安全性ではなかった。ロージャーに至っては薬を使って言うことを聞く手の者を王宮内に作ることが目的、キリング伯爵領の民がどうなろうと構わなかった。だから急に領民同士が殺し合いを始めても、『あー、とうとう使いもんにならなくなった』と熱りが冷めるのを待つことにした。落ち着いた頃に薬の回収と、原料を確保し、まだキリングの人間が使えたら使い、駄目なら他所で作らせれば良いと思っていた。

まさかその宝の山が燃えているとは思いたくない、速やかに運び出す必要があった。


『くそっ! 数日前に王宮から兵が派遣されたとか言っていたか…、死体を燃やしてんだろうが、あの量じゃ畑で燃やす可能性がありやがる。少しでも持ち出さなきゃ大損だ!』

ロージャーの頭の中では、シルヴェスタ公爵に切り捨てられても、この麻薬があれば十分儲けて生きていけると考えていた。


ヨハンソンは国内では作られていなかった植物の可能性に完全に魅了されていた。

特に気に入っていたのはケシだ。人での実験は出来ていないのだが、用法に幅があり正に万能の植物であった。錠剤として飲ませて役に立つことは証明された、他にも報告では不眠の者が快眠できたとか、食欲不振の者が改善したとか、痛み止めとか、思わぬ副産物に研究意欲をそそられていた。今回、領民がおかしくなったのは想定外のことだった。ある程度影響が出るとは思っていたが、多くの人間が凶暴化した、その原因については特定は出来ていない、もっともっと調べたいと思っていた。


2人は別々の場所にいたが、キリング伯爵領から上がる煙には焦燥感しかなかった。


急ぎキリング伯爵領に向かった。

近づくと何とも言えない臭いがしていた。

『ああ、死体を焼いている臭いだ。植物はどうなってる!?』

たいした警戒もしないまま、ちょっとずつ近づいて行く。領が見える場所に立つと畑の真ん中で死体を焼いていた。


「おい! 待て! 待ってくれー!! おい、ふざけるな! それが金の卵って知ってんのかバカヤロー!!」

「ああああ! なんて事をしてるんだ! 万能薬を勿体ない!!」

それぞれの場所で叫んでいた、自分たちが狙われているなど露ほども思っていない。

大声で叫んでいるところに、密かに近づいて来る者たちの気配にも気づかない。

首に剣をかけられ初めて気づいた。ヨハンソンはそのまま捕まったが、ロージャー伯爵はすぐに攻撃態勢に入った。風魔法で相手と距離をとってすぐに水刃を出した。だが全て防がれ逆に雷撃を撃たれ痺れて動けない。雷撃を使う者は少ないのだが、事前に聞いていたので領から離れたところにも人を配置していた。そして対象者を視認し、情報は既に伝達され、ロージャー伯爵の方に雷魔法の使い手を回していたのだ。

すぐに魔道具を嵌められ連行される。


そしてアシュレイ王太子殿下の前に座らせられた。


「時間もないから、シルヴェスタ公爵との関係、シャングリラとの関係、ロナルドとの関係、仲間についても話して貰おうか」

「「…………………。 無関係です」」

「まあ、いい。王宮でゆっくり話してもらうから」

今まではパチパチと言った炎だったが、ゴォォォォォ!!と音を立てて結界の中が燃えて行く。

「「あああああ、やめてくれー!! 勿体ない! 勿体ない!!宝の山がー! 神の薬がー!!」」

飛び出していきそうなのを止められ、必死に振り切ろうと身を乗り出し畑を見つめている。

それをここにいる者たちは軽蔑の眼差しで見下ろす。キリング伯爵領の悲劇の元凶である2人は、自分たちの罪に露ほども罪悪感を感じてはいなかった。目の前の男たちに殺意をもって見つめていた。


凄まじい業火が全てを燃やし尽くした後、今度は土魔法で土が盛り上がり攪拌されて行く、全てを燃え尽くした燃え滓しか残っていなかった見渡す限りの焼け野原は、ふかふかの土へと生まれ変わった。

最初に暴風が吹き荒れ風刃が切り刻んだこともあり、人骨も何もなかった。


『これはどう言うこと?』

『人の骨も糞も炭も、畑には良い栄養になるんですよ? ここで新たな命を育む為に全てを浄化したの』

『そうか、そうだな。いつまでも下を向いているわけにはいかないな。命もこの国も脈々と繋いでいかねばならないのだから。セシリア、いつも有難う』

『どう致しまして。じゃあそろそろ帰りますね』

『ああ、気をつけろよ』

『何に?』

『んー、色々だ、またな』

『ええ、それでは』



キリング伯爵領から帰ると間もなくウィザード魔術師団長から連絡があった。

ふー、ゆっくり休む暇もない。


セシリアたちは自身を回復させて転移した。

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