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87、シルヴェスタ公爵家の最後−3

馬車で3日くらい走った。

くらいと言うのは、プリメラにはどこに向かっているか知られないためか、馬車はカーテンで窓を塞ぎ、トイレ休憩は目隠しをして連れて行かれ、食事は馬車の中で食べると眠くなる、そんな事を繰り返していたので正確な時間も場所も何も分からなかった。途中で誰かに知らせたくても映像を取られているので何も行動が出来なかった。


『学園は私がいない事に気づいて探してくれるよね? きっと……』


だが実際はある生徒から

『聖女プリメラ様は地方で救助活動をなさっておいでで暫く来られないそうです』

と報告されており、この異変には気づいていなかった。


連れて行かれた先は、地方の屋敷だった。


夜中に着き、暗い屋敷の中に入ると至る所に人が横たわっていた。

わざとなのか壁際で揺れる魔道具の炎だけではとても全体を見渡せない。ただそこには男も女も子供も年寄りも関係なく横たわっており、眠っている様だった。そう思っていると先程の男が手元に灯を持って近づいてきた、促されるまま男の後をついていく。

横たわっている人の数は夥しく、何かの病気かと思うと恐ろしく口元を覆った。


『ここで流行病で起きているの!? それを治せってこと!?』


冷静に努めようとよく観察していると、血の跡があちこちにあり横たわる人も斬られた跡があったり、先程までの人たちとは明らかに違う様子だった。


『何なの これは!? どこなのここ!?』

いい知れぬ恐怖で身がすくむ。



連れて行かれたのはこの屋敷の主人の部屋らしく、他の部屋に比べると豪華で広い部屋だった。広いベッドには女性が横たわり傷の手当てがされていた。とても苦しんでいる様子で眉間に皺が寄っている。

『この女性、怪我してる…。病気ではない?』


「聖女様、手荒な事をして申し訳ありません、この方を助けて頂きたいのです」

先日モモちゃんがいないと知ると牙を剥いて怒鳴りつけてきた人物とは別人の様に、深々と頭を下げプリメラに懇願する。しかしプリメラはいつもモモちゃん任せで今の状況の把握もできないし、どうしていいかも分からなかった。


『傷は治せてもこの人が犯されている毒は僕ではどうしようもないよ』

頭の中で声が響く。

ハッとしてモモちゃんを見ると変わらずプリメラの肩に乗っている。

「今の声は聖獣モモちゃん様なのですか? 何故 毒と…何とか、何とか助けてください!!」

さめざめと泣く男。


『気づいているんでしょう? もう手遅れだって。他の人間と同じように後は死ぬだけだよ? 傷で死ぬか、毒で死ぬか、それだけの違いだよ?』

「煩い! 煩い! 煩い!! 聖獣なんだろう? グダグダ言わずに助けろー!!」


プリメラは誰と話しているか分からずに、急に激昂した男に恐怖した。

「あの〜、あなたはどこの誰なんですか?」

場にそぐわないプリメラの質問に、一瞬間ができた。


気付けば辺りが白み始めた。

ここへは夜通し走っていたようでもう朝になり始めていた。

次第に部屋全体が分かるくらい明るくなり、ベッドで横たわる女性もはっきり分かるようになった。綺麗な女性で品のある貴族の女性のようだった。


「屋敷に横たわった人たちは誰なんですか?」

「……………………。」


ドカドカと人が入ってくる気配がした。

驚いてプリメラを見たが、プリメラは何が起きたか分かっていない。

『僕が知らせたんだよ。もう貴方の手に余るでしょう? 罪を重ねるだけだよ』

モモちゃんは愛くるしい見た目に反して辛辣だった。

抵抗する気力も失せ、その場にへたり込んだ。


明るくなった屋敷に雪崩れ込んできた兵士たちは夥しい死体に動揺を隠せなかった。プリメラが寝ていると思っていた横たわった者たちも既に息をしていない人間だった。それから怪我して血を流している者も、黒紫色で引っ掻いた者たちも皆死んでいた。


そこに現れたのはアシュレイ王太子殿下

「話を聞こうか」

見上げた先にいる人物は自分などが直接会うことも叶わない、ましてや話すことなど一生ないであろう人物だった。

明るくなってその状況が露わになって来た。屋敷の中だけではなく、外にも死体死体死体。中にはもう腐り始めているものもあり、奥には死体を捨てたと思われる異臭を放つ山もあった。


「説明してくれ、まずお前の名前は?」

「私の名前は…セルジオ、セルジオ・モーリス そこで寝ているメラニア様の侍従でございます」


セルジオが語った事はすぐには信じ難い事だった。

このキリング伯爵領で起こった悲劇についてセルジオは淡々と語った。


このキリング伯爵領は農村の貧しい領地であった。

善良で田畑を耕し平和な日々を過ごしていた。それが8年前の日照りで作物は全滅し、領民の飲み水も困窮する事態になり、出産率も下がり、家畜も次々死に絶えどうにもならない状況で支援を頼んだ。国にも支援を頼んだが各地似た状況で僅かな支援金は領民が食べる物を買うだけで精一杯だった、そこで他にも支援先を求めた。その中で向こうが用意した未知の植物を育てる事を提案された。


自分たちが食べる物を育て食す事も悪くはないが、こう言った不測の事態が起きた時の蓄えも、次の投資も出来ない。それに今作っている作物は一般的な物で豊作の際に他の領に売る事もできない、でも新しい作物は薬になる物だから、販売ルートを確立すれば、金が手に入り蓄えができる。

作物を作ると言う作業は同じなのに、領民の暮らしは楽になり貯金もできる!そして余裕が出来れば好きな作物を作れば良い! きっと感謝する。それが軌道に乗るまでは自分が支援するからやってみろ! きっと今が転換期だ! この逆境を好機とすべく恐れず前へ進むべきだ!そう後押しされて踏み出したキリング伯爵領は、未知の植物を育て始めた。


食用ではなく薬用だった為、勝手が分からず専門家を呼び育て初めて2年目から収穫した物を売る事で収益を得て他領から必要な物は買う、と言う方針に切り替えた。思ったよりも上手くいき多くの収穫は多くの利益を生み、借金はあっという間に返し終わった。だから本格的に薬用の植物を育てるようになった。その後植物を育てるだけではなく薬にまでするともっと莫大な利益を生むと言われ、薬にするまでを手がけるようになった。順調だった領経営、莫大な利益は領民にも還元し領内はかつてないほど潤っていた。ところが2年ほど前から薬製作に携わっていた者たちがおかしくなり始めた。穏やかだった領民たちはいがみ合うようになり、奇声をあげて暴れたりずっ眠らないでミイラみたいになって死んだり、涎を垂らしながら気が触れる者も、日を追うごとにおかしな方向に進んでいく事に危惧した伯爵は植物はこれまで通り作るが、薬の製作は止めたいと申し入れた。ところが薬を卸す先に莫大な違約金を請求される事になって続けざるを得なくなってしまった。


薬用の植物を育てるようアドバイスしてくれた方は、伯爵に『おかしくなってしまった人間は仕事が忙しく疲れていたんだろう、休ませてやればすぐに元に戻るさ。代わりの者に交代してやれば問題ない』そう言われ、問題は先送りになった。伯爵は取引先に薬の製造は今後出来ないと交渉に行くも、その先で倒れてしまい意識のない状態で戻ってきた。治療法も薬の件も解決できないままここまできてしまったが今年に入って領民が次々死んでいくようになった。

医者を呼んで診せても原因が不明で打つ手がなかった、ただこれ以上流行らないように穴を掘って埋めた。だが、この領地だけ人が死んでいく。

聖女様に何とかこの状況を変えて欲しかった。そこで領主の娘のソニアに聖女様と親しくなり領地の話をして助けて欲しいと頼むつもりだった。勿論、聖女様の派遣を管轄する部署に申し入れはしているが、何のコネもない一般の申請など順番が回ってくるのは1年後か、3年後か、それとも永遠に回ってこないか…。友人となれば領地に遊びに来ることもあるかもしれない、と計画を立てていた。ところがそうも言っていられなくなった。おかしくなる領民は増えていくばかり、薬を納めなければ莫大な借金を背負う羽目になる。

プリメラを襲って魔道具に撮ったのは謂わば保険だった。実際のところそれを使って脅すのは最終手段、出来れば自然な形でプリメラを連れて来たかった。


だが、そんな悠長な事を言っていられなくなった。

おかしくなった領民が領民を殺し、更に屋敷に乗り込み暴れて使用人を殺し阿鼻叫喚と化していた。

セルジオはメラニア夫人の乳兄弟で幼馴染だった。だから何としてもメラニア夫人だけは守ろうと必死に戦った! ……だけどセルジオが刺されそうになったところをメラニア夫人が庇い、メラニア夫人が刺されてしまった。もう何振りかまってはいられなかった。領民だとか狂ってるとかって、もうどうでも良かった! 怪我をさせないように意識を刈るのはやめて、部屋に隠したメラニア夫人を狙う者は全員殺した。

殺しても殺してもやってくる領民を殺して、静かになって、メラニア夫人の部屋に入ると…虫の息だった。すぐに治療したが、この死体だらけの屋敷に医者も聖女も呼べなかった。セルジオは出来る限りの治療を施し、すぐに次の行動に移った。


天にも陛下にも女神にも魔獣にも祈った!だけど何も変わらない!!

もう時間がない、これ以上手段を選んでいる場合ではない。

急いで聖女を連れてこなければ、愛する女が死んでしまう。


確実にプリメラをこの地へ連れてこなければならない、卑劣な手を使ってでもこの地に呼ぶと決めた。

プリメラが1人になってくれれば誘拐でも連れ出す算段がついた、だけど常に人が周りにいて連れ出す事は出来なかった。プリメラを1人にするにはプリメラの意思で1人になって貰う必要があった。仕方なく犯罪の証拠である魔道具を使うことにした。


この地に来たアシュレイ王太子殿下がどこまで知っているかは分からない、ただ、もうこの惨状を隠す事もできないし、自分の身はどうなってもいい、ただ…ただメラニアだけは助けて欲しい! 彼女は善良な人間なのだ、彼女だけは死なないで欲しかった。

それに…ここには もう何も残っていない。寝たきりだった旦那様も既に殺されてしまっている。



『殿下、窓の外をご覧ください』

『窓の外?』


徐ろに立ち上がると窓の外の景色に目をやった。だが、特に死体がそこここにあるだけで特段変わった事もない。遠くに花畑が広がっているだけだった。


『見たぞ、何なのだ?』

『屋敷から見える花畑は全部、人間を狂わす薬の原料となるものです。名前をケシ、恐らくアレらを作っていて中毒化しておかしくなったのでしょう。他にも催淫効果のあるムイラプアマやカツアバそれにマンドラゴラも、ここは薬の原料というより麻薬や媚薬の原料となる物を作って育て製薬していたようです。それに、その工場も見つけました、間違いありません』

『何だって!! ではこの状況を生んだのはここから見える植物のせいだと言うのか!?』

『はい』

『何という事だ……』


「お前たちはここで薬を作っていたと言ったな?」

「はい」

「何の薬だ?」

「はい、疲労回復・体力増強の薬と頭痛薬と…その、媚薬です」

『嘘は言っていないようです、恐らく本来の目的を知らされていないのでしょう』


「どこに売っていたのだ?」

「シャングリラでございます」

「シャングリラ!! なんて事だ!

お前の話では植物を育てる専門の人間と、この領に食べ物ではなく薬を生産する事を強く勧めた者がいたな、それは誰だ?」


「専門家の名は、ヘンドリック・ヨハンソン様で、旦那様に色々ご助言ご紹介くださったのは、バリー・ロージャー伯爵様でございます」

「その者たちは今どこにいる!?」

「分かりません、領民に殺されたのか、逃げ出したのか…、それどころではなかったので」


「すぐにその両名を探せ!!」

『ロージャー伯爵の方は聞き覚えがあります。シルヴェスタ公爵の密偵で兄と同じ隊の先輩でした』

『なんて事だ! くそ! 許せない!!』

「どうか、メラニア様を助けてください!! 私は殺されても構いません! でも彼女だけは! どうか…どうか…!!」


『先程 あの者には伝えましたがて、傷は治せても中毒症状は…改善しません。恐らく、傷の手当ての際、体力を回復させようと麻薬と知らず飲ませてしまったと思われます』


「セルジオ、傷は治せても全てが元通りになる訳ではない。回復魔法は万能ではないのだ、だから…多くを望むな、良いな?」

「えっ!?  いや、聖女様なら絶対治せます! 治してください!!」

「無理を言うな、死人を生き返らすことも体内の魔力を超える回復魔法による治療も中毒も、出来ないことはあるのだ! 何故 薬になる植物の栽培を始めた? 回復魔法の使い手が少ないから薬に需要があると見越したからだろう? 回復魔法の使い手が少ないのだ! それに魔法レベルも個人差があるのだ」

「でも、でも聖女様なら!」

「お前が聖女と呼んでいるプリメラ・ハドソンは火魔法しか使えぬ。召喚の儀式で聖獣様を召喚したから、聖獣様が回復魔法を使えるにすぎない。聖力も無限ではないし…王都復興で聖獣様には多くのお力添えを頂いた。その聖獣様を持ってしても限界はあるのだ」

「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ あ゛あ゛ぁぁぁぁ」


「はぁー、お前たちが作っていた薬は麻薬だ。人から理性を奪い去り、言いなりにし、中毒を引き起こし、凶暴性を持たせ、善悪が分からなくなり、人としての尊厳を奪う…そんな薬を作っていたのだ。

この一面の花畑は全部その麻薬を作るための原料だ」

「は?……………は?」


「恐らくこの悪夢に始まりは、麻薬を作る過程で作っていた者たちが多く成分を吸ったか飲んだかした為に中毒を引き起こし死んだのだ。そして別の者が担当し被害を拡大させ、大切な者を失った苦しみを忘れる為、薬に手を出し負の連鎖が繋がった結果だ。ここで育てられている植物は全部、国がその危険さ故に劇物指定し栽培を禁じている物ばかりだ」

「そんな…そんな…、はっ! まさか、メラニア夫人の症状は…私が回復を願って薬を飲ませたことが原因なのですか!?」


「…………ああ、そうだ」

「…あ…あ…あぁぁぁ うわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!」


「やれるだけの事はやる、だが期待はするな。それにお前はプリメラをここへ呼ぶ為に何をした? プリメラの聖獣様がそれを許し、お力添え頂けるかは、別問題だ。お前が主人を大切に思うように、聖獣様も主人を大切に思っておる」


セルジオは自分の行動の全てが愛するメラニアの脚を引っ張っていることに愕然とした。

「殿下、私の命と引き換えにどうか、どうか、メラニア夫人の命をお救いください!」


「残念だが、今お前に死なれては困る。この事態を引き起こした者たちの罪を立証出来なくなる。それにお前の大切なメラニアの面倒は一体誰がみるというのだ? お前の悪事の片棒を担がされた伯爵令嬢ソニアの今後は? 無責任すぎるだろう」

「あああああああ、うぅぅぅ、申し訳ございません…もうじわげ…あがあありまぜん」


「プリメラを呼べ」

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