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82、手引き−1

人気のない牢屋の中を明日処刑されるディアナが、爪を噛みながら歩き回っていた。

ここにいる限り逃げる事はできない。

ディアナは火魔法が使えたので、ボヤでも起こして混乱に乗じて逃げ出すことも考え実行してみたが、牢の中は魔法が使えなかった。ローレンは使えたのに! そう思っていると、看守が『ここは微弱な清浄魔法しか使えない』と教えられた。

過去にスプーンを隠し持ち、火魔法で鍵を作って逃げたり、水魔法で鍵を作ったり、似たようなことを考える人間は昔からいたらしく、現在は清浄魔法の低レベルしか使えないようにしてある。それを聞いてガックリと項垂れた。


どうにかしないと! どうしたら! どうしたら!!


顔を上げると人影を感じ驚愕した。

つい叫びそうになったが、目の前の人物はそっと唇に人差し指を当て『静かに』と言った。

ディアナは一先ず言われた通りに相手の様子を伺った。


「ディアナ様、お迎えに参りました。今ここからお出しします」

「誰?」

「…以前 お父上に世話になった者です」

「見たことない顔だわ」

「裏方専門ですので、直接お目通り叶った事はないので」

カチャン

牢屋の鍵が開いた。

「一先ずこちらにお着替えください、その格好では目立ちすぎます」

出された服は平民服で見窄らしかった。不満が爆発しそうだったが、確かにヨレヨレの汚いドレスよりは目立たないと思ったので、仕方なくその質の悪い地味な平民服に袖を通した。ついでとばかりに清浄魔法もかけてくれたので、もう匂いも格好も気にならなくなった。


「お急ぎください」

目に前の者を信用していいのか、判りかねていたが今はここから出なければ明日には処刑されると思い、従うことにした。

「分かったわ」

牢から出るとあちらこちらで看守が転がっていた。それを見てやはり我がシルヴェスタ公爵家の者は忠義に厚いと感じていた。


何度か、バレそうになりながらも何とか王宮の罪人が収容されている監獄からは無事逃げおうせた。


心臓がドキドキして、万が一呼び止められた場合、捕まれば自分はその場で斬り捨てられるのではないかと思うと、心臓が口から飛び出しそうなほど緊張をしていた。王宮の外に出て漸く緊張から解放されてやっと呼吸ができるようになった。


「ご苦労様、これからどうするの?」

変わらず人目を忍んで何処かへ向かいながら話をする。

「我々は牢からお嬢様を救出するチームですので、これから森の中で逃走チームの人間に引き継ぎます。恐らく、公爵の元へお連れになるのでしょう。取り敢えず待ち合わせ場所にお連れいたします。それとこちらをお飲みください、回復薬です。恐らくこれから馬車で数日間過ごす事になると思いますので」

「分かったわ」

渡された瓶を一気に飲み干す。


『見ていなさいよ! これがシルヴェスタ公爵家なの! わたくしに暴言を吐いた看守も粗末な食事しか持って来なかったあの男も皆顔を覚えているわ! そして何よりわたくしをこの様な目に遭わせたマルゴット副騎士長! お前だけはこの手で殺してやるわ!!』


ディアナは復讐を誓い、山道を黙々と歩いていた。





ローレンはマルゴット侯爵邸にいた。

養子に迎えられたが、当然マルゴット侯爵の意向ではない。

マルゴット侯爵は良くも悪くも普通の貴族だ。表向きはシルヴェスタ公爵家に対立するでもなく迎合するでもなく、上手く立ち回っていた。それでもシルヴェスタ公爵家が本気になれば家ごと潰される事は分かっていた、出る杭は打たれる…目立ちすぎぬ様に対面を取り繕いながらやって来た。だからアシュレイ殿下と年の近い娘が産まれてもアシュレイ殿下の妃になど望まなかった、それはディアナがいたから。婚約者候補に選ばれてもどの道、最終的にはディアナ・シルヴェスタに決まると知っていた。欲をかけば家ごと無実の罪で取り潰される。出来レースに命を賭ける者はいない、そして予想通りディアナが婚約者となった。

娘アナスタシアは奇しくもアシュレイ殿下ではなく、貧乏伯爵家の息子に夢中だった。


ブルーム・ブライト伯爵令息、しかしこの者と縁を結ばせるには少し問題があった。

我が家にはレイモンドと言う後継がいる。今は王都 警備副騎士長なぞをやっている。それなりに『正義の人』などと評価されている、しかしレイモンドはシルヴェスタ公爵家を目の敵にしている嫌いがあって内心ヒヤヒヤしている。いつからだったか…。そうだ、あれは騎士になるとクライブ元副騎士団長の元に師事を求めてから。元から一本気なところはあったが、帰ってくると人が変わった様だった。恐らくそこで挫折を知ったのだろう、殊更に鍛錬に励む様になった。

いや、つまり我が家にはレイモンドが嫡男としている為、アナスタシアは爵位持ちに嫁がせたい、罷り間違っても貧乏伯爵家では将来アナスタシアが苦労するのが目に見えてすぐに許可は出せなかった。夜会で見たブルームとやらは、なるほどアナスタシアが恋に落ちるほどの美貌の持ち主だった。そこで、ブライト伯爵家を調べると 今は貧乏伯爵家ではなく、商売で成功し伯爵家と名乗るに相応しい財力を持っていた。しかし、領地を持たない伯爵家、これは大いにネックだった。商売は浮き沈みがある、うまくいかなかった時アナスタシアが苦労することがあっては…。そこで自領の一部をブルームに譲渡することも考えていた。


ところが気付けば弱小伯爵家と悠長に構えている間に、ブルームの人気は留まるところを知らなかった。セヴィリール公爵家にキャストレイ公爵家 名だたる名家がブルーム獲得に乗り出していた。慌ててブルーム関連を詳しく調べると将来有望な完全無欠人間、家に力がなくとも自身の才覚で大成できる器を持っていた。すぐに婚約を打診し奪われまいと動いたが、そこに立ちはだかったのはブルーベル侯爵家。互いに牽制しながら均衡を保っていたが今度は王家まで出てきて手が出せなくなってしまった。あの時の自分を呪いたくなった、そして娘には泣かれ、参った。


それが天変地異かと驚くべき事態が起きた。

あのシルヴェスタ公爵家が取り潰しの事態となったのだ!!


それによりまさかのブルームを狙っていた家がアシュレイ殿下の妃候補となった。

あの時の出遅れは神の采配!とばかりに喜んだのに、アシュレイ殿下から内々にローレン・シルヴェスタを養子に迎えて欲しいと打診された。それは結果的にアナスタシアは嫁げないとことを意味している。反逆者の一族の者を迎えた家を王家に迎入れる訳はない。

決定打として、『ローレンは今後も私の側近として生きていく、マルゴット侯爵家は悪いようにはしない』……、そして私に否と言える力はない、諾うよりなかった。


迎入れたものの、気不味い。それはお互いにだ。


しかし突如迎入れたローレンにレイモンドだけは普通に接していた。

あれの性分であれば、養子として迎いれることになった経緯を聞きそうなものなのに、何も言ってこない。このマルゴット侯爵家でローレンとまともに話をするのはレイモンドだけだった。アナスタシアは、と言うと…レイモンドにせがんでブルームの話を聞くのが大好きだった。唯一 小さい頃のブルームを知っている人物として、レイモンドの株は急上昇していたのだが、婚約者候補に上がってからは、多分選考漏れするであろうに、『候補に上がっている以上、他の男の話で胸をときめかせるは不敬だ』とブルームの話をしなくなってしまってから塞ぎ込んでいる。


「アナスタシアよ、アシュレイ殿下とブルームではアシュレイ殿下の方が魅力的であろう? 何故そこまでブルームに固執するのだ?」

「……心の内に留めておいてくださいませね? それは勿論ブルーム様の方が素敵だからです! 剣術、学術、魔術 何をやらせても完璧で夜会でセシリア様をエスコートする姿は最早 神! 至高の存在です!! それに比べて殿下は…、優柔不断で柔和な笑顔をするだけ。顔は勿論麗しいですが、上辺だけっていうかイマイチ魅力に欠けるのですよねぇ〜。しかも今は殿下の側にブルーム様がいらっしゃると、違いが際立つって言うか…、ブルーム様は側近であられても、そこら辺のイエスマンとは違い、ビシッと殿下に意見できるんです。それがもう格好良くて!! 軍服とか鞭とか持ってもきっとお似合いになるスーパーエリート!! それでいて愛する者には激甘 クリーム多めに溺愛とかって、んーーーー! それが毎日間近で見られるなんて 多少の苦労を差っ引いても最高かよ!!って聞いてます?」


「ぬあ? ああ」

いや、ちょっと娘の言っていることが途中から分からない、全然分かりたくもない。


「王太子妃とかって今更 面倒でしかないです。王妃教育で自由なし、側室と権力争い、子供の教育 はぁ〜、そんなの地獄。私はブルーム様を愛でることが幸せなんです!!」


あー、つまり最近塞ぎ込んでいるのは妃候補のプレッシャーではなく、レイモンドがブルームの話をしないからってことか? はーー、まあじゃあいいか、お前が妃になることはないし。かと言ってそれを告げれば また『ブルーム! ブルーム!』と煩くなるから暫く放っておこう、そう結論に至った。

あれ? もしかしてレイモンドもブルームの話をしつこく何度もさせられるから? いやいやそんな訳ないか。

ローレンはシルヴェスタ公爵家の者だったが、アシュレイ殿下に忠誠を誓った、恐らく今後 害になることはないだろう、成り行きを任せる事にした。





プリメラは仮面舞踏会に来てソニアと楽しく踊ったりデザートを摘んでいた筈だった。

目覚めた時には乱れたベッドの上でプリメラは全裸で、お腹がズキズキ痛んだ。股に何か挟まっている違和感で布団を捲り見てみると、シーツには血の跡があった。そして自分の股には何もなかった。すぐにこれはセックスの後だと理解した。

相手は誰? えっ? 何が起きたの? 頭を抱えて身じろぎすると自分の股からドロリとした何かが出た感覚がして目をやった、するとどこの誰か分からない男の置き土産だと理解した。


ちょっと待って! ソニア! ソニアはどこ? ふえっ、ふぇぇぇぇん、助けてー!!


部屋には自分しかいない、相手はどこに行ったのか、セックスして帰ったのか、また戻ってくるのか、でもここにいては不味い事だけは分かった。ソニアに0時までに馬車に戻るように言われてたのに! 見ればもう3時を回っている。急いでプリメラは身支度をして帰ろうとした。


アレ? ドレスの背中…縫って貰ったはずなのに…。塗ってあった糸は断ち切られまた心許ない布になっていた。

呆然とドレスを見つめていたが今は誰にも気づかれないようにここから出る事が重要だった。取り敢えずドレスを着て身支度をして仮面を被り屋敷を後にした。


ソニアはどうしているだろう? もし、いなかったら歩いて帰らねばならない、こんなドレスを着て歩いていれば、不埒な輩に連れ込まれるのは目に見えている。馬車停で途方に暮れていると、ソニアが走って出てきた。


「プリメラ様!! ご無事ですか!?」

ソニアの姿を見た瞬間、安堵から涙が溢れた。


「ソニア様…、き、気づいたらベッドで眠っていて…何が起きたのか全然覚えていないの」

「ま、まぁ…。一先ずここでは目につきます。馬車の中へ」

「ええ」


放心状態のプリメラの肩を優しく抱いて馬車の中へと誘った。

「0時になってもプリメラ様はお戻りにならないし、先に帰ったとも思えず…。各部屋を開けるわけにもいかず、ここでお待ちしておりました。何があったのですか?」


「わ、分からないの。デザートを摘んでいたはずなのに…。気づいたらベッドで寝ていて…」

「申し訳ありません、私が目を離したために!! どんな男だったか覚えていますか?」

「男? 男…いいえ、何も覚えてないの」

気不味い沈黙が広がった。


「仮面をつけていたのですもの、きっと大丈夫です! 屋敷に帰ればハナリア様もいらっしゃるし、昨夜出かけなかった事にして、全てを忘れましょう! ね? うぅぅ、ごめんなさい、ごめんなさい!! 本当にごめんなさい」

ソニアの謝罪と涙に状況把握が出来てきたプリメラも涙が溢れ止まらなくなった。


ああ、なんて馬鹿なことをしちゃったんだろう! 仮面を被っていたから身元はバレていないとソニアは言ったけど、起きた時 仮面は落ちていた…。相手は私が誰か知っているか知らないか分からないけど、少なくとも私の顔を見ているのだ。今は知らなくてもいずれ気づく時が来るかもしれない、その時には聖女は仮面舞踏会で行きずりの男とセックスをする女と公にされれば、プリメラの立場はなくなる。

考えれば考えるほど恐ろしくなった。


私のバージンの相手は誰だったのかも分からないなんて…。お父様、馬鹿な娘でごめんなさい。どうしよう、これからどうしたらいいんだろう…。


屋敷に戻ったプリメラはシャワーを浴びて、こっそりベッドの中に潜り込み全て悪い夢であって欲しいと目を閉じた。

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