80、後片付け−2
シルヴェスタ公爵の捜索はうまく行っていなかった。と言うのも魔獣の被害による復興に人員を割かざるを得なく、捜索の人員を多く避けなかった。故に審議は止まっていた。
シャルロットとディアナは薄汚い牢屋生活に最初は金切り声を上げて文句を言っていたが、誰にも相手にされず心が折れていた。
反逆罪って何よ…。
私はシルヴェスタ公爵家のディアナよ?
牢の中は1人きり、母ともローレンとも別、誰かが状況を教えに来てくれる訳でもない。
時間になると粗末な食事が運ばれてくるだけ。いや、食事と呼べるものではない。茹でられた芋が1個あるだけ、それも1日1回。文句を言っても変わらない、しかもシャルロットもディアナも芋を剥いたこともない、食べ方も分からなかった。「こんな物、人間の食べ物ではないわ!」食べずにいたが、交換される事もなければ食事内容が改善される事もない。ただ分かった事は、「まともな食事は出せないの!!」と言うと、「お前の父親のせいで魔獣が暴れて、王都の街や農地や道を破壊して、食いもんがここに届かねーんだよ! 王城だって壊れてる、お前たちなんて正直死ぬだけなんだから食わせる意味なんてねーんだからな!!」牢番の目は射抜く様に見ていて恨んでいることがわかった。
ここに味方はいなかった。
シャルロットとディアナはお腹が空きすぎて芋を皮ごと食べて凌いでいた。
父はどうなったのだろうか?
もう捕まったのだろうか?
うちの密偵は一体何をしているの!? みんな使えないんだから!!
ノーマンたちが人を集めてきっと救いに来てくれる、そう信じていた。
王立学園も破壊されている箇所もあり、被害にあった教師や生徒もいて休校となっている。
被害のない地方に住んでいる友人を頼ったり、寮も閉鎖され皆がバラバラとなっている。
ウィンザード魔術師団長などセシリアに話しを聞きたいのに結局連絡が取れず、そこでブライト伯爵邸を訪れたがいなかった。
アシュレイ王太子は誰もいない部屋でセシリアに呼びかけた。
暫く経つと渋々転移して出てきた。
「ああ、待っていたよ」
迷惑そうな態度を隠しもしないセシリアに満面の笑みのアシュレイ王太子殿下、温度差が凄い。
まずはアシュレイ王太子はシルヴェスタ公爵の行方を聞いた。
1番の懸念は傘下のものを総動員して反撃に出てこられる事だ。今、シルヴェスタ公爵の身柄を抑えられていない事は、王家の失態、長引けば王家が不利となる。シャルロットとディアナを押さえているとしても、以前の報告を聞く限り人質の価値はあまり期待できない。
シルヴェスタ公爵が何もしてこないからと放置出来ない事態なのだ。
「シルヴェスタ公爵は今どこにいるか知っているか?」
「シルヴェスタ公爵家の北の領地です」
「そこで何をしているのだ?」
「んーー、何も。そこにはシルヴェスタ公爵の家族がいるのです。まあ、実際にはいないのですが。そこには公爵の両親と弟妹が30〜40年眠ったままいるのです。このような事態になりこのままにしておけないから迎えに行ったのではないかと思います」
「シルヴェスタ公爵に家族? 聞いた事ないな…まだご存命の両親がいるとは…」
「んーー、ちょっと違いますね。実際には既にお亡くなりになっています」
「ん? 意味が分からないな、どう言う事?」
「陛下や魔術師団には記録があると思われますが、前シルヴェスタ公爵は当時オスカリアの突然の魔法発現で暴走した結果、4人は時を止めて休眠した為、その結果オスカリアがシルヴェスタ公爵を襲名したのです。
シルヴェスタ公爵の魔法を解析していて分かった事ですが、公爵の魔法は特殊な魔法なのです」
「特殊?」
「はい、公爵の過去を知る人物から話を聞いてはっきりしましたが、『消滅魔法』です。
オスカリア公爵は幼少期から実の母親が自分の姿を色濃くして生まれてきた弟への偏愛から虐げられ…、存在を無視されてきました。どんなの努力しても家族に受け入れても貰えない寂しさ、弟より秀でたものがあれば家族と認めて貰える、そんな中、努力の甲斐あって『幻影魔法』を発現しました」
「ん? 幻影魔法? 消滅魔法ではなく?」
「はい、オスカリア・シルヴェスタにとって父親似の外見が母ヘレンの無関心に繋がっていると理解していました。実際に妹は母親譲りの金髪に容貌、瞳の色こそは父親譲りでしたが、やはり母親似でした、特に秀でたものもないのに家族として受け入れられている。オスカリア公爵は自分の外見を呪い弟の容姿を羨み…自分の姿を母に似せたいと幻影魔法を発現させました。
これで自分もあの輪の中に入れる、弟にはない特別な魔法を手に入れた、家族に愛されると。
ですが非情にもその日弟は魔法レベルを5まで上げ両親は喜びに沸いていた。その珍しい魔法発現を知って尚オスカリアに告げられたのは、シルヴェスタ公爵家を弟ジュードが継ぐと言う決定でした」
アシュレイ王太子も苦痛に眉を顰める。
誰よりも優秀でもなければならないプレッシャーも、誰にも評価されず孤独である苦しさは想像に難くない。オスカリア・シルヴェスタ公爵は非常に優秀な人物として有名だった。その才能は学術だけではなく、恐るべき手腕でこのバファローク王国の貴族を手中に納め歴代のシルヴェスタ公爵の中で1番の繁栄と権力を齎した。間違いなくオスカリアは優秀で努力を怠らない人物であったのだ、それが容姿が原因で家族に能力を全否定され続けた日々は地獄だっただろう。
「その日 若きオスカリア公爵は絶望し、始めて自ら家族という存在を拒絶し捨てました。
『こんなに努力しても僕を否定し拒絶するならば、もう家族に期待などしない、僕が捨ててやる。僕を愛さない家族など消えてなくなればいいんだ!!』
と思ったかは定かではありませんが、恐らくその時に『消滅魔法』を発現させ家族4人を丸ごと消滅させてしまいました。そして誰もいない家に本当に1人となった時、無意識に『幻影魔法』で家族を作ったのだと思います。でも幻影魔法で作られた家族は幻となってもオスカリアの望む優しい言葉をかける事はなかった…。結局 妄執の中で作られた幻影たちは眠りにつき目覚めることがないままオスカリアの側に寄り添った。眠っていれば誰もオスカリアを傷つけることはなかったのでしょう。
シルヴェスタ公爵の幻影魔法は無意識下でかけられているにも拘らず、王宮魔術師でも見破ることが出来ない程、密度?の濃い呪法でした。私も実際に見ましたが4人はそこに寝ているし、触れる感覚もありました。ただ、注意深く観察すると生命反応…鼓動、呼吸、温度などはありませんでした。リアンが気づかなければ騙されていたと思います。
4人が寝かされている部屋には5人で描かれた肖像画が有りました…、公爵が戻りたい過去なのか、5人で描かれた物が他にないかは定かでは有りませんが、その肖像画が幻影を生む鍵になっていました。実際には何もないのですから生命反応がなくて当たり前です。
まあ、公爵は眠っている家族を守るために、北の領地に向かい自分が作り出した幻影と共に暮らしています」
「そうか、では兵は北の領地に向かわせればいいか…」
「それはどうでしょう? 恐らく難航し多くの兵を失うことになるでしょう」
「どう言うことだ?」
「公爵は自分の魔法スキルが何かを知りません。それを知りたくてロナルドを拾ったんです。魔法の天才なら知っているかもしれないと。家族4人が眠ったままなのは自分のせいかもしれないと思っているのです。だから自分の魔法が何かを解明しいつか眠ったままの家族の時間を再び動かしたいと思っているのでしょう。その時の為に『シルヴェスタ公爵』に相応しい、母に認めさせる自分を作り上げていったのです。ディアナとの結婚もその一環です、両親が否定した自分が立派にシルヴェスタ公爵となっている姿を見せる為。
ロナルドとは目指すものは違っていましたが、シルヴェスタ公爵が力と金を持つ事は2人の利害が一致している事だった為このような事態になった訳です。
恐らく根底では未だに公爵は家族たちに認められたいと思っている、そこへ踏み込めば…公爵にとっては愛する者と引き裂かれる事になり、また無意識に消滅魔法で排除するでしょう。何度か続けば自分の魔法だと自覚し、意識的に消滅魔法を使う様になる。
その対策がこちらにはないと言うことです」
「なるほど…。 因みにセシリアならばどうする?」
「そうですね、………今はあまり人員も避けませんし、屋敷の外から監視させておけばいいのではないですか? それよりも今は街の復興を優先させてもいいと思います。
公爵は…そうですね、不在のまま裁判で罪を確定させて周知させ、今後 公爵に加担した者も反逆罪で家を取り潰し、一族も全て女・子供まで全員処刑と通達し様子を見てもいいかもしれません。屋敷の外に兵を配置している訳ですから、そう馬鹿な行動は取らないかもしれませんよ?」
「確かにな…。 ん? 面倒だから後回しにしてるんじゃないよね? まあ、いいか。
ところで、セシリアちゃーん、王都でね被害が大きいのは知っているでしょう?」
「いえ、残念ながらあれ以来家から出ていないので知りません」
「まあまあまあ、そんなに警戒しないでよ。ちょっとね、聞きたいんだけど…、セシリアちゃんが手がけているお店には不思議なことに被害がないんだよねー。どう言うこと?」
「ああ、なんだ…。それは店ごとに結界を張ってるからですよ、簡単でしょ?
ブルーベル侯爵領でも他の地域でも魔獣が出る地域は魔獣除けに魔法陣を刻んだ魔石を配置しています。それと、野菜や肉などをわたくしの店はシルヴェスタ公爵の息のかかる店から購入していないので、嫌がらせを受けるだろう事は織り込み済みだったので、害意を持って侵入する者も弾く様にしていました。それと同時に物理的にも結界で防いでいました、石でも投げ込まれたら厄介ですし」
「そうか…、でも普通は高額な費用がかかるからそこまでかけられないって事か…。
流石だねぇ〜、万全が尽くされていた訳か。
それとさぁ〜、殆どの店が食材が届かず営業が出来ない中、問題なく営業しているのはセシリアの店だけなんだ。そこで、食料支援してもらえないだろうか?」
「それはお店でのと提供という意味ですか? それとも食材だけどこかに卸すと言う意味ですか? 無償ですか? 王家から補償はあるのですか?」
「そうだな、まず店は街の復興作業中、バザーの時の様に手軽に食べられるものの食料支援を頼みたい。食材についてはどの位提供出来るかにより、王家で買取り民に配ってもいいと思っている、だがそれにはどの位の量を確保できるかに寄るので意見を聞きたい」
「シルヴェスタ公爵の息のかかった店以外は現在うちの店に切り替わっておりますので、その分の食材が確保されています。店がなければ営業も出来ないでしょうからその分を回す事は可能です」
「そうか、シリル具体的に量を調べさせておく」
「承知致しました」
「はぁーー」
あーこれってどうした?って聞いて欲しいパターン? いや、面倒だからスルーしておこう。ああ、早く帰りたい。
「セシリア、分かっているんだから聞いてくれる? お願い、相談役なんだから」
「まだ引き受けていません。面倒なので聞きたくありません、早く帰らせてください」
「まだ無理です! もういい、勝手に話す!
先程のシルヴェスタ公爵家の裁きについてだ。
先に妻と娘を裁くとして、まあ反逆罪なので処刑となるのだが、マルゴット副騎士長からディアナの罪について、彼女の侵した罪は別に裁いて欲しいと言われているのだ。
ディアナは父親の罪の犠牲者ではなく、犯罪者として罰せられるべきだとね。だが、残念ながらそれらの罪を立証できない、シルヴェスタ公爵家は全てはディアナの従者ソディックが主人を慮って勝手にした事だと主張したからね。嫌がらせ程度では決定打に欠けるし、被害者の主張も証拠がなければ言いがかりと切り捨てられてしまう。何かいい手はないだろうか?」
「ああ、なるほど…、ではソディックやヨルその他の従者にも出てきて貰って証言させれば良いのではないですか?」
「一体どうやって? いくら君が復元しようにも死体も無ければ無理だろう?」
「誤解がある様なので一つ訂正しますが、お兄様の復元は特別です。本来は出来ることではありません、9割の確率で失敗すると思っていました、体を仮に戻せても記憶まで戻せるとは思っていませんでした。あの時は偶々ここに高魔力が集まっていて、わたくしには助言を下さる味方も多かったから成功したに過ぎません。
殿下の部分欠損でも回復魔法では治せなかったんですよ? 普通は無理です!
ましてや死体からの復元なんて有り得ません!
ソディックたちは現在うちで働いてもらっているので、証言台に立つことが可能、それだけの事です」
「……………………………は?」
「内緒ですよ? わたくしはディアナ様の周りを注視していました。偶々 目の前で有用そうな人物が殺されてしまったので、回復魔法で助けてみました。助けても彼らは殺された人間、今後は身を隠して生きるしかない訳です、そこでうちで働かないか勧誘したって訳です」
「偶々…ねぇ…、はぁ〜恐ろしいね。いや慧眼に感服だよ。
それで彼らは出てきてくれるか? 今後生き辛くなるだろう?」
「まあ問題ないと思います。日程をお知らせくださればそこへ送ります」
「そうか、分かった。 ……ところでどこにいるか聞いても構わないか?」
「…ええ、『ファーム』で働いています。あそこは限られたものしか立ち入れませんし、子供たちが多いので面倒を見る人間が必要だったのです。シルヴェスタ公爵家に仕えていただけあって礼儀作法に密偵スキル…ゴホン、身を守る術も教養もあり、その上 子供たちに教える忍耐力もありました、良い拾い物でした。『ファーム』にいる限り命を狙われる事もない、丁度良かったのです」
「ははは、逞しいな。 ………我々にはできない事だ。改めて礼を言う。
孤児たちの受け皿もそうだし、有用な人材とは言えシルヴェスタ公爵に仕えていた者を『生きる為に仕方なかった』としても我々では味方に引き入れ使う事は出来ない。
何より孤児として生きていくしかない子供たちの希望となってくれて有難う」
「殿下失礼致します。 おっと、お話し中でしたか、申し訳ありません」
「構わない、どうした?」
「シルヴェスタ公爵夫人の面会にベルサーチ公爵が王宮にお見えになっております」
「ベルサーチ公爵? 用件は?」
「恐らくシャルロット夫人の身柄についてではないでしょうか?」
「まさか…!? 結果を知らせる様言ってくれ!」
ベルサーチ公爵家は、何らかの取引の後 シャルロット公爵夫人は牢から出され、王宮を後にした。
その後、シャルロット公爵夫人はシルヴェスタ公爵と離縁し、ベルサーチ公爵家が身元引き受け人となり、ベルサーチ公爵家に軟禁することになった。
現在のベルサーチ公爵はシャルロット公爵夫人の兄で、妹シャルロットを溺愛していた。妹が処刑されるのが忍びなく、生涯屋敷から出さない条件に密かに引き取った。そして代わりに王都復興に尽力すると約束した。
ディアナだけが牢の中に取り残された。それを本人だけが知らなかった。




