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77、執着

黒い魔獣たちはまるで怯えた子供のようだった。

悪いことをして叱られているかのように項垂れて地上に降りて伏せている。サーペントも分かりにくいが同じだろう。


「おい! 何をして貴様たち!! うぐっ!」


ロナルドが魔獣に怒りを向け不意に目をやった先 上空に巨大なドラゴン!!

魔獣の世界の王がそこに顕実していたのだ。


これに生き残っているものたちは腰を抜かし、この世の終わりを覚悟した。


だがその中でアシュレイだけは違った。

『あれはリアンだ!!』


「な、な、なんだアレは!?」

ロナルドがつい漏らした一言に、あの化け物を呼び出したのがロナルドではないと知ってホッとした。だが、目の前の暴虐の化身のような黒い魔獣たちを萎縮させるほどの存在を、自分たちでどうにかなるはずも無い。新たな恐怖が降臨したと思った。


「何やっている! その化け物をぶっ殺せ!!」

黒い魔獣たちは契約獣の為、契約主に強制的に命令されれば、本能的に畏怖する対象でも意思とは関係なく体が動く、拒否すれば抗い難い痛みを伴う。

リアンの放つ威圧に近づくことも出来ない。

それでも意思とは裏腹に体が前に出ると、ドラゴンが不敵に嗤う。


ドラゴンは何もしていない。

いや、していないこともないが。


黒い魔獣たちの餌として連れてこられていたホーンラビットや一角デグーやジャンボ蟻などが所構わず闊歩していたのだが、体から黒い煙が立ち上り消えていく。

何が起きたかが分からない。

「おい、どうなっている? 攻撃しろよ! 攻撃だよ!! どいつもこいつも使えねー!」


リアンは聖魔獣王なので、聖力で魔獣の浄化を図っただけ。

ただ それだけ。


「パン!」

「はい、ご主人様」

「黒い魔獣を浄化しろ」

「承知しました」

聖獣パンダが、黒い魔獣に立ちはだかる。

パンは聖獣として上位種ゆえ、聖力で浄化を始めると対抗できない下位の魔獣は魔力を失い、力が抜けていく。攻撃という攻撃をしていないのに魔獣には対抗する術がない。魔法を放っても打ち消されてしまう。

みるみる間に餌の魔獣は消え消失して行った。そこにはただの獣がいるだけ。

聖魔獣王が従える聖獣の圧倒的な力を見ただけでも大型魔獣は恐怖を覚える。


「何だアレは!?」


「アレは聖獣パンダです!」

召喚者は確か…セシリア嬢の従者リアン…。いや、そんなまさか!?


フェンリルたちが円状に広がってドラゴンに一斉に襲い掛かった。12匹のフェンリルは空中に縫い止められた。その1匹をドラゴンがガブリと口に入れると、頭が口の外に出ていた、それを見せつけるように顎で骨を噛み砕く『ゴキッ、バキッ、グチャ』何の抵抗も出来ないまま肉体を引き裂かれていく。人間にはただドラゴンが犬を食べてるようにしか見えないが、そこには複雑な魔法が使われている、まさにフェンリルたちは何をやってもなす術がないのだ。

他のフェンリルたちは今更ながらに「クゥーン、クゥーン」鳴いて恭順を示しているが、無視してドラゴンはまた1匹ぐちゃりと歯で押しつぶすとそれを手に取り他のフェンリルの上に絞るように血を滴らせる。恐怖で誰も動けない。掌のフェンリル2匹を見つめると体は弾け飛んだ。


グリフォンが隙をついてドラゴンの弱点と言われている部分目掛け、スクリューの様に回転しながら突っ込んできた。そしてサーペントは毒を吐きながら突っ込んでくる。

ドラゴンは慌てるでもなく、2匹をシャボン玉に閉じ込め浮かせている。サーペントのシャボン玉は自分の吐き出した毒で黒紫色に染まっていく。グリフォンは炎を吐き突破しようと試みるが結界に阻まれ跳ね返るだけで何も出来なかった。

ドラゴンは無関心と言うかのようにまたフェンリルたちを甚振って次々に食べていく。コンドルを目の端に捉えた、ドラゴンはコンドルに目もくれない、その隙に逃れようと必死に飛んだ、だがいつの間にかシャボン玉に囚われドラゴンの傍に浮遊する。


これは異常な事だと理解している、このドラゴンはいくつも魔法を同時に行使している。術者がいるとすれば、これだけの魔法を同時に行使すれば普通は魔力切れを起こし、魔法は霧散し術者は魔力切れで動けない、下手すれば死ぬ。だが目の前のドラゴンは操られている気配も無ければ、複数の魔法を使いながらピンピンしている。


黒い魔獣たちは分が悪い事を理解している、ただ契約から逃れられずここにいるだけ。

それでも本能でドラゴンから逃れようとするが結局は次々シャボン玉に囚われなす術なく浮遊している。


「な、何なのだアレは!! あのドラゴンはどこから来たのだ!? 私の魔獣は何をしているのだ!! こ、こんな事ある訳がない! 何かの間違いだ! 私の作った魔獣は世界一の強さを誇っている最強の魔獣なのだ!!」


ロナルドは魔獣を直接命令出来る位置まで出て来ると、呪文を唱え始めた。自分の魔力に先程盗んだ魔術師団長たちの魔力が込められている魔道具で強化しながら練った魔法、雷をドラゴン目掛けて落とした。ドラゴンは邪魔する事なくそれを見つめていた、凍りつくような冷めた目で一瞥するだけだったが次の瞬間、目に輝きが戻った。


落ちてきた雷はドラゴンに落ちる手前でぐるぐると巻き取られて行った、一つの塊になったかと思ったら黄金色の虎になった。周りの者たちは何が起きたか分からない。だが一番分からないのはロナルドだった。自分の魔法は不発ではなかった、間違いなく完璧な形で発動した! それなのに発動したはずの魔法は今 目の前で別に形になって存在している。


「何なのだ!! もう一度! もう一度だ!!」

ドガーーーン! と落ちた雷は先程の金の虎へ吸収された。

「ならばこれでどうだ!!強大魔法 爆炎サークル! 」

標的を爆炎で囲い焼き尽くす魔法だ、魔法レベル10以上で魔力量が多くなければ行使出来ない難しい魔法だ。

ドラゴンの周りを爆炎が取り囲む。燃え盛る炎は所々白く燃え温度の高さを窺わせる。

「馬鹿め! 私が本気になればこの程度……な、なに!?」


爆炎は大きな一つの塊になり、火の鳥となった。

そして標的であるドラゴンには傷一つついていない。


「馬鹿な! あり得ない!! 一体どうなっているのだ!!」


キャスター騎士総長たちはいつか見た光景に希望を抱いた。

だが、辺りを探しても目的の人物はいない。


ロナルドは水の強大魔法を使ったが、先程と同じように水が塊になり現れたのはザラタン、大亀が現れた。

「そ、そんな馬鹿な!! 私の魔法だ、何故思い通りにならないのだ!!」

膝をつく、目の前のドラゴンを攻撃するどころか、虎も火の鳥も大亀も攻撃せずドラゴンに媚び諂うようだった。

「何を…、だいたいお前たちは何なのだ? どこから来たのだ…、私の魔法はどこへ行った? お、お前か?ドラゴンの…これが魔法なのか?」


しかし虎も火の鳥も大亀も、ドラゴンではなくその上の何かを見ているようだった。

ロナルドは立ちあがらうとするも力が上手く入らない。

「何だこれ?」

凄いスピードで魔力を消費している。自分の手を見つめ考える。そう思い当たるのは…先程の魔法が解除出来ていないのだ。

そんな事を考えていると、シャボン玉に囚われた。他の黒い魔獣と共に浮遊し、自分の意思とは関係なくドラゴンに連れていかれる。



キャスター騎士総長、ウィンザード魔術師団長、サルヴァトス魔法騎士団長はそれぞれ思い当たる節がある。陛下たちの護衛は残し自分たちは確信を得るために密かにドラゴンが向かう先に自分たちもそっとついて行く。


ドラゴンが向かった先は魔法訓練場だった。

それまでのサイズではドラゴンは大きすぎるので少しサイズダウンしていた。

そこにもちゃんとシャボン玉の中の黒い魔獣も虎も火の鳥も大亀もいい子についてくる。

勿論、ロナルドもシャボンの中にいる。


魔法訓練場に着くと、ドラゴンの上にいた人物が姿を現した。


ロナルドが見たのは驚くべき絶世の美女、だがその女性は無表情で冷たさを感じる。人間というより女神のようで畏怖の念を抱くほどだった。


ロナルドはセシリアを知らない。

女が何をしようとしているのか分からず凝視している。


セシリアはポケットから小さな球体を出した。それを愛おしそうに腕に抱き悲しそうな顔をしている、そしてその球体にキスをした。その球体は赤黒い色をしていた、何かは分からないけどとても大切に抱えている。セシリアはロナルドにも黒い魔獣たちも目もくれない。

セシリアは何も言葉を発しない。

ただ球体を抱えている。


ドラゴン…リアンがシャボン玉に囲った黒い魔獣が1つ減った。そしてセシリアの持っている球体が少し大きくなった。また1つまた1つと黒い魔獣が消えていく。大きくなっていく球体をドラゴンも一緒に支えている。無表情だったセシリアが聖母のような微笑みでドラゴンを見ている、そしてキスをした。


ロナルドも自分の置かれている状況が非常に宜しくない事は理解できていた。

苦労して作り出した魔獣たちがどうやら女の持っている球体に吸い込まれていく。大きくなった球体は赤黒いだけではなく体積が増え、様々な部位であると分かった。だが、まだそれが何なのかは分からない。


セシリアが手を出すと、あの時と同じように虎や火の鳥や大亀はセシリアに擦り寄るようにやってくる。球体を前に出すと自ら球体の中に身を投じた。一気に球体が大きくなりそれはセシリアよりも大きくなった。ここまで来て見ていた者たちはそれが何か分かった。


『あれはブルームだ!!』


球体の中の肉片を回復魔法と治癒魔法を駆使しながら復元しているのだ。

リアンはあの時、飛び散ったブルームをこの球体の結界の中に拾い集めていたのだ。

因みに密偵が来た時見たのは別の密偵の肉片だ。リアンはセシリアの大切なブルームを髪の毛一つも失わないように集めた。


アシュレイの場合はまだ子供だったし、アシュレイを魔力過多で壊さないように気を配ったが、今のブルームは成人男性で普段からリアンの魔力に慣らされていたのでダメ元で、いや絶対にブルームを取り戻すために復元を始めた、このまま失うなんて出来なかった。だが、セシリアとリアンだけの魔力では足りなかった、そこでアドバイスを受けてここへ来た。折角 高魔力の魔獣が沢山いるのだ、使わない手はない。

そしてセシリアの横には神様の眷属であるゲンもいる。セシリアの嘆きに反応して月虎のパールとガネーシャもいる、細心の注意を払いブルームを復元していく。

ゲンもパールもガネーシャも、勿論セシリアもリアンも魔力と聖力を注いでいく。

シャボン玉の中ではブルームそのものが存在していた。


「お兄様…もう少しです」


ロナルドは驚愕していた。

ただの肉から男が生まれたのだから…。

「何なのだ? こんな事あり得ない!! 化け物め!!」


シャボン玉から出てきたブルームは虚だった。体は元に戻ったけど中身は空っぽだったのだ。セシリアはそっと近づき自分とお揃いの指輪に口付けを落とすと、ブルームの指に嵌めさせた。

「さあ、お兄様 お目覚めになって」

そう言うとブルームの腰に手を回し強く抱きしめた。

ドゥクン ドゥクン ドゥクン ドゥクン

脈動は昔と少しも変わってない。

体も温かい、昔のまま。

匂いはない、気配は違ってしまっている。

そんな事を考えていると、セシリアを強く抱きしめ返す腕!!

顔を上げると優しい笑顔で見つめる瞳、ブルームだ!

「ごめんね、心配掛けちゃったみたいで」

「お兄様! お兄様!! ……お帰りなさい! うぅぅぅ ごめんなさい」

「馬鹿だな、大切なセシが無事で良かった。リアンも有難うね、お陰で愛するセシとリアンの元に戻ることができたよ、ちゅう」

「ふぇぇぇぇぇぇえん!! お兄様―!! お兄様――!!!」

「ああ、もうほらそんなに泣かないの、ね? 元に戻ったから」

「ヒック、ヒック みんなー、お兄様が…戻ってきたわ。みんなが手伝ってくれたお陰よ? 本当に有難う! 有難う!! おにいしゃまーー!!」

「あははは、セシ笑われちゃうよ? ほら、もう泣き止んで、ね?」


「素晴らしい! 素晴らしい魔法です!! あなたの名前は何ですか? 素晴らしい発想力! あなたくらいのレベルがあれば私のそばにいても遜色ないでしょう! 新しい世界にはあなたも連れて行ってあげましょう!!」

場違いな発言に皆が凍りついているが、本人だけは興奮して気づいていない。


「お兄様、アレが元凶のロナルド・ダンヒル、ああ 違った ロナルド・マンセル男爵よ」

「世話になった礼をしないとな」

ブルームの瞳が怪しく光った。

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