76、絶望
ロナルドはグリフォンとサーペントを引き連れて王宮へやって来た。
ロナルドは国王陛下、王太子殿下、アシュレイ王子の前にはキャスター騎士総長、ウィンザード魔術師団長、サルヴァトス魔法騎士団長を始めとした者たちと対面していた。
「これはこれはお揃いで…クフフ、お久しぶりですね、えーと 大した実力もないのに総長をやっているキャスター騎士総長! それに魔力量は多くても凡人の才能しかないウィンザード魔術師団長、魔法も騎士としても中途半端なサルヴァトス魔法騎士団長…お元気でしたか?
私はあなた達に追い出されてから素晴らしいパトロンを手に入れて、魔法の真髄を極める事が出来ました。
私につけられていた魔道具も大した枷にはなりませんでしたが、魔獣たちを一気に動かすためには制約を外す必要があったのでね、鍵を手に入れさせて頂きました。
クフフフフ、私は今まで手が出せなかったのではなく、時期を見ていたに過ぎません。
あなた達は間抜けですねぇ〜〜、何故 自分より能力の低い者を王と戴いて忠誠を誓うと信じて疑わないのか? たかがあんな魔道具1つで大人しくなって諦めると思うのか?
こんなクソみたいな国、私が全部壊して作り直して差し上げましょう! 私にしか懐かない魔獣、そいつらが闊歩するシャングリラ帝国! 素晴らしいと思いませんか!!
あははははは なんて素晴らしい!
だから私はあなた達に感謝しているのです! 私に最高の環境を与えてくれた事に!
あ゛あ゛―――、でも…あなた達の居場所はありません、でも今まで無能なのに玉座に座ってふん反り帰って良い思いしたでしょう? もう十分ですよね? という事で、あなた達はもう必要ありません、ですから死んでください」
「ヒーーーーーーー!!」
「くぅぅぅぅ!!」
「あは! ははは クフフフフフフ!! 残念ながらまだ殺しませーん。国が滅びる様を見せて差し上げます! 最後に絶望の中で死んでください!!」
「他の魔獣を操っているのは誰だ?」
「まあ、時間もある事ですし教えて差し上げましょう。今まで魔術師として落ちこぼれの烙印を押された者達ですよ? 役に立たないと追い出されて腐っているのを拾ってあげたら涙を流しながら、役に立とうと必死で頑張ってくれましたよ。まあ、雑務をしてくれれば私はそれで構わなかったので、十分役に立ってくれましたよ、魔獣を引き連れて地方に行くとか、魔獣の世話をするとかね。クフフフフフフ」
目の前のロナルドが得体の知れないものに見えて、恐怖を感じていた。
「陛下! 南の区画が崩壊しました!」
「西も魔獣が全滅し、もうすぐ陥落すると思われます…」
「なんと言う事だ!!」
「分かりきっている事だろう? 魔力補給出来ない魔獣の方が不利だって! 同じ能力だったとしても持久戦になればこちらに分があるって分かっているだろうに! 頭が硬くて旧化石くらい古臭い! ところで私の魔獣たちは全く疲れていないし使っていない駒もある…クフフ あなた達の最期は案外すぐみたいですね」
「あ…あれはいつ戻ってくる!? あれをすぐ呼び戻すのだ!!」
『確かにここをなんとか出来るのはブライト兄妹しかいないかもしれない!!』
「おやおや〜? 誰を待っていらっしゃるんですか〜?」
「「「………………。」」」
「救世主がいるのですか?」
「「「………………。」」」
「私の相手になるとは思えませんが、早くお連れください」
「「「………………。」」」
「早くしないとこのバファローク王国が滅亡するまでに間に合いませんよ?」
「「「………………。」」」
「あ、そうそう どなたか存じませんが、先日ねマンセル男爵領に無断で侵入した者がいたんですよ。あそこを突き止めた事は賞賛に値しますが、甘いですよねぇ〜、私が一度侵入された形跡があるのにそのままにして置く筈がないでしょう? だからあえて知りたいであろう情報を出して置いて罠を張って差し上げたんです! クフフフフ 敢えて! 情報を1箇所に固め誘導し、入室したら気付かれないように室内を覆う結界を張って逃げられないようにし、置いてある資料にーーーー、夢中になるようにして差し上げたんです!! フハハハハ、きっと夢中になって読んだ事でしょう、証拠を持ち帰るために いーーーーっぱいカバンに詰め込んでーー! 敢えて置いた証拠は重量が変わると爆破する様に仕掛けをしてあったんです!! そしてドカーーーーーン!! 爆破して木っ端微塵です。きっと誰も生きて戻る事はなーーーい!! 証拠も消えて何も残らない! お気の毒さま〜〜〜 クフフフフフフ」
「なっ! う、嘘だ!! そんな訳ない!!」
「そうだ、あり得ない!! きっと無事だ! 無事な筈だ!!」
「そうしたら我々はどうしたらいいのだ!?」
「いや、周到な奴です! きっと戻ってきます!!」
「無理じゃない? 既に爆発があったって報告があったし! 見に行ったやつが粉々になった肉片を発見したって言ってた! 誰だか知らないけど、死んだのは間違いなーい! はっ、残念だったねーーー。まー、確かにここにいる連中よりは使える奴だったかも知れないけど、所詮 私の敵じゃない。大体さー、私が一度侵入されたのに気付かないと思われている事自体が心外だよ! 私を相手にするって事はどういう事かちゃんとお勉強してくれないとね!」
そんな訳ない! そんな訳ない!! セシリアとブルームが死ぬなんて、そんな訳ない!
何かの間違いだ!!
『リアン! リアン!! ブルームとセシリアは生きているよな!? 生きているって言ってくれ!!』
『…………いや、死んだよ。僕のせいだ、僕がもっと早く気づいていれば…』
『おい、おい! リアン! リアンーー!!』
リアンの腕の中にいたセシリアは意識を取り戻すとまた泣き叫び助けを求めた。どんなに助けを求めても答えはないと知りながらそれでも、神に僕に伯父に助けを求めた。
僕が出来る事は抱きしめてあげることしかない、ブルームだけではなくセシリアまで失わないように必死で繋ぎ止めようとした、だけど…セシリアは突然 腕の中から消えてしまったのだ。
僕とセシリアは魂を分けた間柄、意識を研ぎ澄ませばどこにいるか探せる筈だった。
だけど、いくら探してもセシリアの魔力も匂いもたどる事は出来なかった。
ただ魂の繋がりは消えていない、だから恐らく硬い殻の中に閉じ籠ったんだと思う。
今のセシリアには気持ちを整理する時間が必要なんだ。そこに僕を連れて行ってくれなかった事は寂しくて仕方ないけど、僕には有り余る時間がある、だからセシリアをいつまででも待っててあげられる。だから早く帰ってきて? 僕はセシリアがいればまた頑張れるから、ずっとそばにいるって約束したでしょう? だから! 1人にしないで? お願い、早く僕を思い出して? 僕がブルームの代わりにもなる!他のものの全ての代わりになるから、だから早く戻ってきて!!
「あのーーー、聞いても宜しいですか?」
「パンか、なに?」
「この世が魔獣の楽園になったらリアン様は嬉しいですか?」
「どうでもいい。僕にとってはセシリアが全てだ。魔獣は人間が認識していないだけで聖獣と同じようにそこここにいる。アイツの言う魔獣の楽園はアイツの好き勝手に魔獣を支配する国であって本当の楽園じゃない。本当の楽園ってのは、セシリアが作ったみたいな…、魔獣がイキイキできる…環境のことで…、あんな風の無理やり肉体改造みたいなことさせられて、くだらない人間の縄張り争いに巻き込まれて戦闘して疲弊して、戦えなければ交換されて死んでいくなんてごめんだ!
シャングリラには過去に実験に失敗した魔獣たちが山のように捨てられていた、アイツが作るのは魔獣の楽園なんかじゃない。アイツにとって魔獣たちは利用価値のある道具だ、用が済めば捨てられる道具だ。だからアイツは魔獣の味方じゃない敵だ」
「そうですね、セシリア様の愛情とは比較するまでもない差でした、すみません。
セシリア様は戻ってきてくださるでしょうか?」
「ああ、必ず…。ここにブルームと僕がいる限り、きっと戻ってくる!」
セシリアが消えた時 ゴッソリと魔力が喪失した。その感覚が心とも連動している、心にあった大切なものを喪失したその感触が拭えない、べっとりと身体にまとわりつく不快な気配を今は払拭することもできない。孤独な時間が始まった。リアンはただセシリアが大切に思うブルームであったものと動くことも出来ずに隠れ家で待った。
王都近郊の街ではロナルドが言った通り、魔獣同士の戦いが互角だったとしても長引くとその均衡は一気に傾いた。王宮の魔獣も魔力を補給すべく相手の補給用の餌を狙って食べた。それぞれが必死で戦っていた。
魔術師団も魔法陣から黒い魔獣たちを取り囲み力を抑え込もうと努力していた。魔法騎士団は下位の魔獣たちと戦っていた。
魔獣管理局は餌を交代で食べられるように用意しフォローする。魔道具管理局も魔力を流し込んでは結界を強化させたり、認識阻害の魔道具で王宮内部や人間たちを攻撃しないように地道なフォローをしていく。近衛騎士たちも防御陣形を取り魔法盾を張り巡らせたり相殺できる攻撃を仕掛けたり、それぞれができる事を必死でやる。
王宮で対峙している騎士たちも必死の攻防を繰り広げる、味方の活躍を誇らしく思っていた。
対してロナルドは思うような結果が現れず苛立っていた。
「アイツらは何をしているのだ!!」
「「「………………。」」」
心の中でガッツポーズ!
「正直 王宮の魔獣がここまで戦えるとは意外でした。そうですねぇ〜、では…私の魔法をお見せすると…いえ、その前に私の手がけた中で最高傑作のこの子たちの力をお見せするとしましょうか…クフフフフ、さあ、お前たちの出番です、好きに暴れてきなさい!!」
そう言うと、黒いグリフォンと黒いサーペントが王宮の壁を壊して外へ出て行った。
すぐ前にある脅威は過ぎ去ったように見たが、
「ああ、私は魔法が得意なんですよ? 折角実験の成果を共有して差し上げているのですから、人生を無駄にしないでくださいね、クックック」
ロナルドのグリフォンとサーペントは悪夢そのものだった、1つの魔法を放っただけで街が姿を変えていく。魔法の威力は桁外れで逃げまどう人間を嘲笑うかのようにグリフォンが翼を羽ばたかせれば、枯れ葉のように人間が舞い上がり地面に叩きつけられていく。人も建物も面白いように壊れていく。黒い魔獣たちはこの世の頂点に立つ快感に酔いしれた。
「ロナルド、もう止めるんだ! これだけ国を壊してしまったらお前だってこの後食べていけないだろう? 話し合おう!!」
「確かにね、でも私が生きていける分だけ食べ物はあればいい。だってこの力を見せて『頂戴』って言えば大抵のことは何とかなるって思わない? おっと失礼、言葉が乱れてしまいました。あまりに馬鹿な事を言うから、クフフフフ」
「もう我慢の限界です!」
サルヴァトス魔法騎士団長が素早く剣に炎を纏わせてロナルドを斬りつけた…筈だった。
剣に纏う炎は威力が弱く、ロナルドの手前の結界に阻まれ届くことはなかった。
サルヴァトス魔法騎士団長の動きを察知して、ウィンザード魔術師団長も雷のような電気を纏った鞭がロナルドを拘束しようと宙を走ったが、同じく結界に阻まれ床に落ちた。
それと同時に陛下に風刃で斬りつけられた。
「ぐふっ!」
「あーあーあー、だから言ったでしょう? 観賞タイムが減るだけだって!!」
「陛下!」
キャスター騎士総長とザックロード副騎士団長が数枚の風刃を阻止したものの、全部は受け止めきれず陛下が斬りつけられる事態となった。
「間抜けだなぁ〜、これがこの国の魔術師団のトップ? 魔法騎士団長もお粗末だね。
私が何の手も打たずにここに黙って見ていたと思っているの? ホント脳筋って自分の力を過信しすぎて笑っちゃう。この部屋に着いた時からずーーーーーっと、あんた達の魔力を吸い取ってたんだよ! これにね!」
手には魔石が嵌め込まれた魔道具が握られている。
「凄く綺麗だろう? これも私が作ったんだ。これだけ魔力を吸い取ったんだ、また魔獣を召喚できる、助かるよ。 あははははは! 自分の魔力で呼び出した魔獣に殺されるってどんな気分? ねぇ? ねぇ!! どうなの? どうなんだよ!! 答えろよー!!」
ウィンザード魔術師団長が陛下に回復魔法を施そうとするが、ロナルドの邪魔にあい魔法の行使が出来ない。その間にも血を流す国王陛下。
「チョロいなぁ〜。レベル低!! これじゃあ遊びにもならない」
「シルヴェスタ公爵の娘とアシュレイを婚約させればこの騒動を収めるのか! どうなんだ!! 何が目的なのだ!!」
「馬鹿なの? いや、馬鹿なんだな。シルヴェスタ? シルヴェスタって言った? アイツはー、ただの金蔓! 変な魔法スキル持ってたから解明するって言って資金援助させてたの! あのオッサンの娘とアンタの孫が結婚したからなんだって言うんだよ! どの道皆殺しだって言うのに! 意味なんかあるかっつーの!!」
そう言うと国王陛下の右腕を水刃で斬り刻み肘から先を切り落とした。そしてツェイサル王太子の右足も風刃で斬り刻んだ。
それは1回で切り落とせるのに敢えて斬り刻み恐怖を与え楽しんでいるのだ。
外に目をやると黒い魔獣たちの様子がおかしい。
急に「くぅーん、くぅーん」鳴いてその場でぐるぐるまわり、混乱している様子だった。
「チッ! 何やってやがる!! ほら! ご主人様の命令だ! 焼き尽くせ! 破壊しろ! 殺せ!殺せーー!!」
ところが魔獣たちは誰もロナルドに従わなかった。
何が起こった!?
何かがおかしい!
一体何が起きたって言うのだ!!




