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75、罠−4

黒い魔獣が街で暴れ回っている。

黒い魔獣たちは派手に魔法をぶっ放し魔力を大量に消費すると、黒いホーンラビットたちが与えられ、また魔力が補充され元気になった。それは悪夢そのものだった。


王都の街に魔法がバンバン撃ち込まれ見るも無惨に破壊されて行く。人間たちは逃げ惑うことしかできなかった。




セシリアたちはグレン・バーナムに接触する事が出来た。

グレンは北のこの地で墓守をしていた。


北の領地の本邸とは別に屋敷があった、そこはグレン・バーナムの為に建てられたようであった。

使用人たちは長年勤めたグレン・バーナムを労う意味で屋敷を与え余生をのんびり過ごさせていると思っていた。だが実際は違っていた。

年老いた老人が一緒に暮らしているのは、かつての主人たち家族だった。

1つの部屋のベッドに横たわる死体、姿はまるで眠っているように時間を止めていた。


ロスティア・シルヴェスタ 45歳

ヘレン・シルヴェスタ   42歳

ジュード・シルヴェスタ  19歳

メルリアン・シルヴェスタ 17歳


現当主のオスカリアが21歳の時のままにここに眠り続けているのだ。


事の発端は母ヘレンのジュードに対する行き過ぎた溺愛、偏愛が原因だと今ならば言える。だがその当時は分からない、いや意見を言える者はいなかった。

マグワイヤー国から嫁いできたヘレンは、第1子であるオスカリアが生まれた当初、オスカリアを普通に公爵家の嫡男として可愛がっていた。ただ、王女ゆえオスカリアの世話は全て侍女や乳母任せだった。代々続くシルヴェスタ公爵家の跡取りを生んだ事で肩の荷も降り、悠々自適に生きていた。

変化が現れたのは、第2子ジュードを産んでから。ヘレンはジュードを溺愛した。何よりも自分の遺伝子を感じるジュードは自分の分身のように大切にし、常にそばに置き、何でもしてやった。王女の人形遊びのように無邪気に喜び溺愛した。

最初はロスティアもジュードを甘やかしすぎだ、と非難したが成長するうちにジュードは様々な才能を見せるようになった。

シルヴェスタ公爵家の跡取りとして朝から晩まで家庭教師に詰め込まれているオスカリアよりも、すぐに才能を見せ何でも秀でていた。すると次第にロスティアもヘレンのやる事に口出ししなくなっていった。


どんなに懸命に努力してもオスカリアが評価されることはなかった。

オスカリアの容姿はよく言えば両親を掛け合わせたそのものだった。父の鳶色の髪色と母の明るい金髪を合わせた榛色、父の海色の瞳と母の碧色の瞳を合わせ深藍色の瞳、だがどこかくすんで見えた。対するジュードは母の髪色に瞳色、ヘレンが自分に重ね合わせて見るのも仕方ない事だった。

その溺愛は著しく、次第に周りに伝染していき、天使のような容貌のジュードを誰もが愛した。

オスカリアは決して劣等生では無い寧ろ優秀だったが、弟が殊更優秀だったため、何をやっても駄目、出来損ないと言われるようになった。


だからシルヴェスタ公爵家を継ぐのはオスカリアではなくジュードではないかと囁かれ始めた、ヘレンは実際にジュードの結婚相手にばかり興味を持ち、オスカリアは放置された。ジュードは見目も良く優秀、縁談は山のように舞い込んだ。逆にオスカリアには嫡男だと言うのにいつまで経っても決まる気配もなかった。


家族の中で蔑ろにされ、自分だけが阻害されていると感じたオスカリアはあの日、母が父にシルヴェスタ公爵家をジュードに継がせたいと懇願していた。

父は母が見つけてきたジュードの婚約相手に首を縦には振らなかった。これまで母の見つけた相手はジュードが当主であるならば最高の後ろ盾の相手、見目もよく家柄も良かった。だがオスカリアが当主となるならば、爵位のない相手ではジュードは爵位を得られない相手なのだ。そこでロスティアはいつまで経っても承諾をしなかった。それは唯一父がオスカリアの味方である証であった。だからオスカリアは自分が精一杯できる事を懸命に努力した。

ところがあの日、ジュードの火魔法がレベル5になった。オスカリアはまだレベル4、ついに追い越したのだ。これまでの魔法レベルは似たようなもの、では無くなった瞬間だった。その上ジュードは火魔法だけではなく水魔法も風魔法もレベル4を獲得していた。そこでロスティアは遂に決断した、ジュードを次期当主とする事を。しかし奇しくもその日オスカリアもまた別の魔法が発現していた。珍しい魔法で褒めて欲しくて父の元へ向かうと無情にも次期後継者としてジュードを指名したのだった。


それはオスカリアにとって裏切り、見捨てられた瞬間であった。唯一の心の支えを失った瞬間、信じていたものを全て失った瞬間。

放心状態のオスカリアの魔力は暴走した。

そしてオスカリアの虚無感はジュードの後継者指名を喜んでいた家族へと降りかかった。


オスカリア自身も何が起きたか分かっていなかった。オスカリアが自我を取り戻した時、ただ目の前に父と母と弟と妹が転がっていた。目を開いたまま眠っているのかと思うほど、先程までと変わらず止まってしまっていた。


王宮から魔術師が派遣されて確認したが何魔法か確認できなかった。

ただ発現したばかりの魔法操作が上手くコントロール出来ず不幸な事故として処理された。しかし1週間経っても1ヶ月経っても腐ることもなく変わらぬ姿のままだった為、死ではなく止まっているとの結論に至り、死亡宣告はされなかった。そして今後を考え詳しい発表はされなかった。一応魔法で時が止まっている為、要観察として、シルヴェスタ公爵家はオスカリアが22歳で継ぐこととなった。


爵位を継いだオスカリアは自身の能力を示すかのように次々と事業を拡大していった。気付けばロスティアよりも強大なシルヴェスタ帝国を作ることに成功していた。

その時には誰もヘレンやジュードの名前を出す者はいなくなっていた。

ジュードと婚約が内定していた者も休眠状態3年も続くと別の者と結婚した。オスカリアも盤石なシルヴェスタ帝国を作り名実ともにシルヴェスタ公爵家のトップとなり、自身が決めた人間と結婚した。


グレン曰く、オスカリアはどんなに努力しても誰にも顧みられる事がなかった、それでもジュードより秀でたものがあれば、あの中に入れる、母親に愛されると思って懸命に努力した。だが泥臭く努力してもジュードにあっという間に追い越されてしまう、その必死さがヘレンには浅ましく思えて更に蔑んだ。それは平民がすること、王族たるもの大した努力もせず能力を示せるものだ、とオスカリアの努力を踏み躙った。

狂ってしまった歯車は噛み合うことなくあの日、火魔法、水魔法、風魔法でもない珍しい魔法の発現を意気揚々と報告した。これで後継者は自分になると信じて疑わなかった、だが実際は母親に『凡庸なお前ではこのシルヴェスタ公爵家を任せられない、お前はジュードがこのシルヴェスタ公爵家を発展させるのを黙って見ていればいい』と吐き捨てられた。珍しい魔法が必要だったのではない、優秀な後継者が必要なわけでも無い。母にとってはジュードでなければならない、自分は不要な人間と思い知るだけだった。

オスカリアは気力が切れてしまったのだ、確かにあの時 魔力が暴走した。気づいた時にはそこにいた4人の時を止めてしまった。グレンもいたのだがオスカリアの影響を受けたのは家族だけだった。オスカリアの感情が向かった先は血が繋がっている4人だった。


オスカリアが何魔法を発現させたか分からなかったし、元に戻ることはなかった。

今の状況はヘレンの『黙って見ていろ』に触発されたものなのか、そばにいて欲しい気持ちの表れなのかは分からない。ただこの30年変わらず4人の世話をさせている、オスカリアは顧みられずとも家族を子供の頃のまま愛していたのだ。ショーケースの中の人形を愛でるように優しく見つめていた。



セシリアが見たところ4人とも生命反応は無かった、老化も一切ない。

30年間寝たままとは思えないほど綺麗だった、それはキチンと世話されてきた事の証明。憎いだけならとっくに荼毘に伏しているだろう、何を望んでこのままにしてあるのか?

あの日 オスカリアが発現した魔法とは何だったのだろう?

この蝋人形のような生命反応を停止させた死体は何を意味するのだろうか?


かつて望愛であった頃、祖母の死を受け止め切れず、死して尚そばにいて欲しいと望んだ。それと同じなのだろうか?

この4人は生きているのだろうか? 死んでいるのだろうか?

恐らく、魔法国家シャングリラを作る目的と無関係ではないのだろう。

元に戻したいのか、ただそばに置きたいのか。

そしてこの魔法は何なのか?


一応の目的を達成し、戻っていった。




ワグナール侯爵領の宿に戻った。久しぶりに雨が上がった。

王都では魔獣が暴れ回って多大な被害を出しているようだ。時間がない、3人は姿を消してシャングリラに向かった。


前回 結界についていた魔力にも反応を示したので、そこにある魔力を利用して侵入を果たした。今回は偵察の魔獣も飛んでこない。

シャングリラの目的は何なのだろうか?

今回の破壊活動と関係があるのだろか?


執務室のような場所があった。

鍵がかかっていたが、壊して中に侵入した。

手分けして何か役立ちそうなものはマジックバッグに入れていく。


その中に研究ノートみたいなものがあった。

ロナルドと言う男は…狂っていた。魔法に魅入られてしまっていたのだ。

強大魔法、極大魔法、秘匿された魔法、魔力を増やす方法、無詠唱の魔法、それらを覚えると今度はそれらを使って如何に大量虐殺が出来るか、それに思考が偏っていた。


魔獣の強化を図ったのも恐らくその一環だ。

自分の才能を認めず排除した者たちに対する復讐。

ロナルドの研究は自身が魔法の制約にあった為、別の形で開花させていた。

まずは魔石を使った魔術を始めた。元は魔術師団の一員、様々な魔道具に触れる機会もあって詳しかった。

魔石に魔力を込め、魔道具のランプを点けたり、風呂後の乾燥に充てたり、生活魔法はこの魔力を魔石に込める刻印が応用されている物が数多くある。それに『月を囲む夕べ』あれは触れた者の魔力奪う魔道具だ、あれは謂わば試作品、その後この王都を護る結界を張るための魔道具に進化を遂げている。それらの存在を知っていれば容易に発想できる。

人々から奪った魔力を魔石に込め強大な魔法を行使する、魔法陣も精密で緻密なものを描いても自身の魔力を多く流し込めない、だけどそれも魔石に沢山込める事で魔術師10人以上で臨む術式もカバー出来た。そうして召喚獣を多く呼び出し縛り付け強化させ、意識のコントロール、洗脳、支配など、長年温めていた計画を実行に移したのだ。


研究ノートの始めの頃に記載されていたのは、オスカリア・シルヴェスタの魔法属性について。やはりシルヴェスタ公爵がロナルドに声を掛けたのは自分の魔法について魔法の天才に調べさせるためだったのだ。だが、いつしかシルヴェスタ公爵から流れてくる莫大な資金を自分の魔法の研究に注ぎ込んでいったのだ。


ロナルドの考察ではやはり4人は死んでいる、これが結論だった。

セシリアが生命反応がないと断じたように、ロナルドもまた血の巡りも脈動も何もなし、死体を保存しているに過ぎない、と結論づけていた。

ただ、そのまま伝えてしまうと資金援助を受けられない、そこでロナルドはシルヴェスタ公爵に『時間が止まっている。いつか魔法が解けた時、正常に脈動を始めるかもしれない』と伝えたのだ。魔法か呪いか、シルヴェスタ公爵はいつか家族が元に戻り、発展させたシルヴェスタ公爵家を褒めて欲しくて、喜んでくれると信じてこれまできたのだ。

魔法国家シャングリラも、もしかしたら魔法大国を作ればいつか解明してくれる者が現れるかもしれないと言う淡い期待を抱いたのかもしれない。


シルヴェスタ公爵はロナルドに利用されていた事を知っていたのだろうか?

そうか、シルヴェスタ公爵もまた、組織の指輪やネックレスを渡せば容易に支配できたのかもしれない。あの暴利の貪りかたは異常だった、この国の重鎮にしては稚拙な手段だった。そう言えば、ローレンの元婚約者の実家は有名な魔石発掘の産地だった。それもロナルドの意思だったかしれない。



ロナルドの執務室には様々な物が無造作に置かれていた。


そう言えば…、人の気配をここへ来てから一切感じていない。

「リアン! 魔獣の気配はある? 人間の気配を感じる?」

「…いや、無い。広範囲に何もない!」

「罠だわ! お兄様離れ…る」

ドカーーーーン! 

ドカーーーン ズガーーーーーン ピヒャーーーーーボガーーーーン!!


目の前で兄ブルームが木っ端微塵に吹っ飛んだ。

「いやーーーーーーーー!! お兄様――!! お兄様――――!!」

爆炎の中、ここには知らない間に結界が張られていて、すぐに逃げ出すことも出来なかった。だが、リアンが結界を突破し、セシリアとブルームの肉の破片を持って隠れ家に転移した。


セシリアは泣き叫び事態を把握する事を拒んだ。

「助けてー!! 嫌嫌嫌嫌 お兄様―! お兄様!! 助けてー!! リアンー!伯父さん! 伯父さん!! もう嫌! 何で? 何で私の大切な人を奪うの!? いやーーーーー!!」


「セシリア! 落ち着くんだ!! セシリア…セシリア…。ごめん、ごめんね。僕がもっと早く気づいていれば!!」


「嫌、嫌 お兄様! おに…お兄様…」


セシリアは意識を失ってしまった。その手には愛するブルームの肉片を抱きしめて血まみれだった。リアンは自分の無力さを感じ、ブルームを抱きしめているセシリアを抱きしめて泣いた。

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