73、罠−2
「ところで彼女は何故、そんな危険な場所に向かったのだ?」
「1つは魔獣を確認したいと言っていました。黒毛のホーンラビットはもっと上位種の魔獣の餌として飼育されていたはずだと、本来飼われている魔獣が何か、何を隠しているのか調べたいと言っておりました。その時はフェンリルが出た話は知らなかったので、無駄足かもしれませんが。
それともう一つは王宮の秘密の書庫『アラバスタ』の件です。
アラバスタに入るには登録している特定の人物3名が揃い魔力を通し魔道具と共に入室します。これに関し捜査の結果、キャスター総長もウィンザード魔術師団長もサルヴァトス魔法騎士団長も鍵を開けた記憶はない。
これに関する考察ですが、セシリア嬢は2つ考えられると。
1つは3名を操り鍵を開けさせる方法、もう1つは3名の魔力を抜き取りそれを使って魔道具と共に鍵を開ける方法。自分であれば魔力をこっそり抜く方がリスクがなくてやり易いと言っていました。
操るにはリスクがあるし、立場ある3名がこっそり1人で誰にも知られずに持ち場を離れるのは難しい、よって魔力を抜く方法が濃厚である。
捕まえたホーンラビットは生まれてからずっと高濃度の魔力を与え続けられてきた、その上 魔法陣で高魔力に晒され続け本来持っていない魔法スキルも意図的に増やした形跡がある。それらを考えるとアラバスタを開けるのは然程難しくはないのではないか、との事です」
「な、何だって!? そんな馬鹿な!! 一体何の目的で誰が! 誰か分かっているのか!?」
「これに関してはウィンザード魔術師団長とサルヴァトス魔法騎士団長の意見も呼び、3人の意見を聞きながら話しましょう」
ウィンザード魔術師団長とサルヴァトス魔法騎士団長も呼ばれ経緯を説明された。
アラバスタの件は出来るとは思わないが、セシリアの考察しか考えられないとも思っていた故、さほど驚く事はなく難しい顔をしていた。
「それで侵入者の心当たりは?」
「分かりません」
キャスター総長、ウィンザード魔術師団長、サルヴァトス魔法騎士団長、セシリアも分からなかった。ずっと見張っているならば確認のしようもあるが誰かがどこかへ入室した、など広い王宮では日常茶飯事で気にも留めない。ましてや人が入室する訳がないと思っている場所だ。
「一つ言えるのは、あなた方の魔力を魔道具か魔法陣であなた方に気づかれない内に抜き取ったとするならば、身近なところに敵のスパイがいる事になります」
反論したいが流石に出来なかった、それしかないとそれぞれが結論づけていたからだ。
「更に言えば、あなた方の近しい人間です、若しくは一連の行動を把握されている人間。冷静になり考えてください」
密室で密談をしているにも拘らずアシュレイ王子の前に一枚の紙が降ってきた。
アシュレイ王子以外の者はギョッとして見ているが本人は慣れたものでそれを受け取るとサッと目を通す。
「なるほど…。その者達はもしかすると『S』のマークの入った指輪か腕輪をしているかも知れない。修道院の事件の時は体に刻んでいる者もいました。心当たりはありますか?」
「おい、待て。その前に今…紙が降ってきたではないか。それは何だ!?」
「ああ、これはセシリア嬢がよく私に宛てた情報をメモで送ってくれるのです」
陛下たちに見せようと思ったが署名は『ノア』 これは知られたくないと思い、署名の部分を破ろうとすると、署名の『ノア』だけが消えた。内心 驚愕し声が出そうになったが堪えた。その手紙を見せると怪訝な顔をして首を捻る。
「間違いないのか? これも罠であったなら…」
「いえ、間違いありません。今は消えていますが、私たちだけにしか分からない暗号が書かれておりましたから、間違いなくセシリア嬢からきたものです」
「ど、どうやって!?」
一番食いついたのはウィンザード魔術師団長だ。
「さあ、一方通行で原理は分かりませんが、必ず私の目の前に現れます。本人曰く、私の魔力を覚えたから何処にいるか分かっていれば探すのは然程難しくない、だそうです」
「はぁー、ゴホン、で『S』の指輪とは?」
「例の孤児院などに集金に来ていた者たちは、相手を確認する際に指輪で確認をしていたと言うのです。恐らく魔道具になっていて共鳴するか、何か仕掛けがしてあるのでしょう。
セシリア嬢曰く、シャングリラの組織の仲間の確認にも使われていたが、もしかすると裏切らないような『魅了』の魔法か『支配』の術式が施されていたかもしれないと言うのです。ですから、あなた達の身近な者達も支配され言われるがままに行動していた可能性もあると」
3人とも自分の行動に常に付き従う者の顔、行動を思い出して必死で考える。
「それからセシリア嬢が探っていた中で、シルヴェスタ公爵の密偵ではなく、妙に信頼を置く者がいたと言うのです。恐らくその者はシャングリラを取りまとめている者ではないかと、名前をロナルド」
本当はシャングリラのリーダー ロナルド・ダンヒル(マンセル)と掴んでいるが反応を見るために敢えてそう言った。
「「「ロナルド!!」」」
キャスター総長達は一斉に驚愕の声を上げた。
「ロナルドという名に聞き覚えがあるのか?」
「アシュレイ殿下、セシリア嬢はロナルドの名前を何と仰っていましたか?」
「ロナルドとしか分かっておりません。ただ、魔法に関する知識や技術は相当なものらしいとしか…、ご存じのようですね?」
「恐らくロナルドとは、ロナルド・ダンヒルの事ではないかと。かつて魔法の天才と言われ魔術師団に所属していました。問題行動が多く、危険な魔法や術式を部下を使って人体実験のような事を繰り返す為、魔術師団をクビになりました。ですが、あまりに危険でしたので生活魔法以外の魔法を行使出来ないように魔道具をハメ放逐しました。その魔道具の鍵が…アラバスタに入っておりました」
「繋がったか…」
「では今回の一連の件にはロナルド・ダンヒルとシルヴェスタ公爵が関わっているのだな。
奴らの目的は何なのだ!?」
「ギルドナ公爵領を潰してこの国の食糧供給を止めたて何をするつもりなのだ!? シルヴェスタ公爵家だってこの国にの貴族でギルドナ公爵領からの食料供給の恩恵を受けていると言うのに、何をするつもりなのだ!! 目的は何なのだ!!」
また1枚の紙が降ってきた。
「なっ!? そんな、どういう事だ!?」
「何があった?」
「セシリア嬢からです。ホーンラビットが餌として飼われていたのですが…、そこにいたのは魔獣はフェンリルだけではなかった!グリフォンやサーペントなど更に凶悪な魔獣までいたようなのです。つまり今回のフェンリルは始まりに過ぎないと言う事です。現在 マンセル男爵領辺りは雨が強く、結界がありまだ潜入できていないと」
「フェンリルだけではないだと!? グリフォンやサーペントを強化させていると言うのか!? そんな…悪夢としか言えないだろう!!」
「グリフォンやサーペントは何のために作り出された!? 何処を狙っているのだ!?」
「分かりません。今回ギルドナ公爵領にフェンリルだけを試しに向かわせたのか、それぞれ何処かに向かわせたのか、目的があるのか、何も分かっていません。
ただ…その『王宮で踏ん反り返っていればいい、宴の始まりだ』とその魔獣が聞いたと言うのです。つまり、始まりに過ぎないのかもしれません」
「恐ろしいな、シルヴェスタ公爵とロナルドの目的は何なのだ! シャングリラで何が行われているのか!!」
「本気でこの国を乗っ取るつもりなのか? では何の為に娘をアシュレイの婚約者にしたのだ? 意味が分からない!!」
「陛下、それも気になりますが、突然消えた魔獣も気になります。先程の話では契約獣との事ですが…、であるならば、神出鬼没でこちらでは敵の顔が分からねば捕らえようもないかも知れません」
「そうです、契約獣であれば命令次第で出し入れも自由です。現場で捕まえるしかありません。しかもフェンリルよりも強力な魔獣の出現、これで魔獣を分散させられたらこちらは翻弄され全滅する可能性もあります」
「それにロナルドは天才と呼ばれていました。魔道具の枷がありながら、長い年月召喚獣を呼び出し、契約獣を複数持ち、強力な魔獣を生み出すことまでやって退けています。そして今回アラバスタに忍び込んだのも魔道具の鍵を奪う為、魔法制限があってもこれだけの事をやって退けた者が、敢えてリスクを犯しても鍵を盗み制限を解除した理由は、自分の枷を取り外すためです。私たちの魔力を盗む技術があるのです、既にそれらを使って魔獣召喚を行っていたとなると、途轍もない魔法に自身の魔力を解放する必要があったのではないでしょうか? 私はそれが恐ろしく感じます」
「何にせよ、シャングリラの全容が掴めていない今、こちらが不利な事は間違いありません」
「陛下! 急ぎお知らせしたいことがございます! 入室しても宜しいでしょうか!」
顔を見合わせると
「通せ」
嫌な予感とは当たるものだ、3箇所で魔獣の出現が確認された。
それぞれ全く違う場所で、フェンリル、ジャイアントベアー、カラパイアが出たと言う。
それぞれが暴威を振るい物凄い被害を受けている。そしてギルドナ公爵領のある方向とは離れている。やはり兵力を分散させられている。ギルドナ公爵領は王都からかなり離れた場所にある、だが今回の場所はそこまで離れていない、皆の胸に一抹の不安が過ぎる。
そして重要な事、例のグリフォンやサーペントはまだ出てきていない。
裏切り者か操られている者の特定も出来ていない。
重くのしかかる現実に口の中では血の味がした。
「アシュレイ、やはりそなたはシルヴェスタ公爵の娘と婚約したらどうか?」
「は?」
思いもよらない言葉が陛下の口から出てきた。
このバファローク王国はシルヴェスタ公爵が牛耳っている、これは誰もが知る事実なのだ。貴族だけではなく、王家もシルヴェスタ公爵に抵抗する事を諦め、シルヴェスタ公爵の慈悲の元、王族然としてきたに過ぎなかったのだ。国王陛下はシルヴェスタ公爵に今から謝罪して事を治めるよう願い出ようと暗に言っているのだ。
アシュレイにとっては聞きたくない現実だった。
「陛下! それはあんまりです! 私だけではなくアシュレイまでシルヴェスタ公爵の傀儡になれと仰るのですか! それは…あんまりです!!我々は名前ばかりの王族でいよと仰るのですか!?」
「しかしこのバファローク王国を救うにはそれしかないではないか!」
「陛下、恐れながら申し上げます。魔獣に国を壊されずとも、産業や農作物や人、シルヴェスタ公爵に壊されていて既に後戻りできないところまで壊されてしまっています。我々にはもう選択肢はないのです!
そして…、残念ながらシルヴェスタ公爵はディアナ嬢を見限り、別の女性との間に子供を作り次こそは完璧な子供を作ると言っていました。もう、我々には闘う以外の方法は残されていないのです。それに、今回の魔獣騒ぎはシルヴェスタ公爵の指揮の下か…、ロナウドの暴走か判断も出来ていません」
「キャスター総長、魔獣が出た地域のバックアップはどうなっておる?」
「場所から言うと駐屯地から魔法騎士を呼ぶより王都から向かった方が早いかも知れません。ですが、3箇所に兵力を割くのは魔獣のレベルから見ると意味がないかも知れません」
「くっ、なんて事だ!!」
また1枚紙がヒラヒラと降ってきた。
『そうだった…、それが先決か』
「キャスター総長、ウィンザード魔術師団長、サルヴァトス魔法騎士団長、まずは身近な者の身体検査を行い、『S』の刻印の入った魔道具を持っていないか調べてください。
ここへ来て、裏切り者から情報が筒抜けになる事は避けたい。見つけた魔道具はすぐ様取り外し、情報漏洩を絶たなければなりません。万が一取り外せなければ切り取ることも辞さない。
取り外した魔道具はこの魔法陣の上に置いてください、いいですね?」
「「「承知致しました!!」」」
「陛下、恐らく魔獣たちはいずれこの王都にやって来ると思われます。そして我々を狙うでしょう。覚悟なさってください」
アシュレイの言葉が重く響く。
ああ、セシリアこんな時、君が側にいてくれれば…。
キャスター総長たちはまずは疑わしい者から目の前で全裸にして所持品検査を実行した。
訳もわからず並ばされ全裸になる兵たち、やはりと言うか、一番身近な側近から『S』の入ったネックレスが出た。そして他にも見つかった。ネックレスをした者たちは外す事を抵抗したが、押さえつけてでも無理やり引きちぎってでも外し魔法陣の中へ置く。
セシリアから送られた魔法陣の上にネックレスを置くと消えてしまう。
中には手首の内側に刺青で彫られている者もいた、その者は手首ごと切り落とし魔法陣へ置いた。体に刻印されている者は密偵だろう。
セシリアが予想した通りネックレスなど『S』がマークされた魔道具には支配の魔法が掛けられており、身から離すと暫くボーッとした後、正気を取り戻した。
トータルで67人もいた。
殆どの者が孤児らしき子供が露店で言っていたものだと言った。大金ではなく、その日の夕食を食べられる程度の価格で、今にも死にそうなほど痩せ細った子供が懇願するので買ってやったのだと言う。買うと嬉しそうに首にかけてくれたと言うのだ。それから同僚に疲れが取れる、と渡された者もいた。
刺青を入れていた者たち以外はシャングリラとは無関係のようでホッとした。
刺青の男たちは手首を布を巻いて隠していた、恐らくこの者たちが指示を出していた側なのだろう。
刺青の男たちは全部で8人もいた。取り敢えず切り落とされた手首の止血をし詳細を聞き出す。そしてその者たちが語ったのは、『王家をぶっ潰す!』それだけだった。刺青が入った手首を切り落とされてもシャングリラに対する忠誠を誓っていた。洗脳というべきか強い支配のもと、国に対する強い恨みを抱き自分たちは信念を持ち正義のため、皆が平等な理想国家の為に働いていると信じて疑わなかった。
この8人は魔術師団預かりとなり、洗脳を解きなるべく情報を引き出す。
そして予想通り、キャスター総長、ウィンザード魔術師団長、サルヴァトス魔法騎士団長の側近にネックレスを持った者がいた。
その者たちは刺青の男たちから渡された魔道具を本人に気づかれないように触れさせて魔力を溜めたものを渡したと言う。
全てはセシリアが予想した通りだった。




