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71、不穏な空気−3

「ギルドナ公爵は何と言ってきているのだ!」

「フェンリルが6匹と報告は来ています。しかしフェンリルと言っていいか…通常のフェンリルと明らかに違うと言うのです。見た目は確かにフェンリルらしいのですが、黒毛で凶暴で、風魔法だけではなく火魔法を操るとの事です。チームで連携し破壊行動を繰り返している…と」


「そんな! それで被害はどのくらいだ?」

「畑は壊滅的だとの事です。ギルドナ公爵領全体が……壊滅的な状態のようです」

「なっ!!」

絶句して二の句が継げない。


「当初ギルドナ公爵からの報告ではフェンリルたちは人間を襲うと言うより、畑を潰したり建物を破壊するような行動をしていたらしいのです。畑は壊滅状態ではあったが人的被害はまだ確認されていないと報告があったのですが、その後、駐屯地から魔法兵士が到着した時には既に…生き残っている者はいなかったと、くぅぅぅ 残念です!!」

「そんな馬鹿な!! 何故こんな事に!!」

ツェイサル王太子殿下は机を叩き悔しさを滲ませる。


「現在、ギルドナ公爵の生存は確認出来ていないのだな?」

「はい。家屋は全て崩れ焼き払われた様です。ただ魔獣を追って行ったのか、避難しているかはまだ分かっておりません。ただ、領内に生存者らしき者は見当たらないとの事です」


「陛下!」

「このタイミングだ!魔獣は人為的なものではないのか!?」

「分かりません、あまりに突然で後手の回って、確認が出来ておりません」


「まず、暴れていたフェンリルがどこへ行ったかは分かっているのか?」

「それが不明です。魔法兵士が到着した時にはどこにもいなかったと…。ただ被害はギルドナ公爵領のみで隣接する領地には被害もなく魔獣を見た者もいないそうです。その後の足取りは確認出来ておりません」


「消えた!?どこへ消えたと言うのか!?」


「ランクル局長の見解はどうだ?」

「まず、フェンリル種で黒毛はこれまで確認されておりません」

「それは今回の件はフェンリルではないと言うことか?」

「いえ、そうではありません。自然界に存在するフェンリルにはいないと言うだけです。実際に見てみないと分からないのですが普通ではあり得ない…、実は先日アシュレイ王子殿下の視察先でホーンラビットの黒毛種と遭遇したそうなのです」

ザワザワ

「それは本当か!?」

「はい、その場にいた者の見解で、確認は取れておりませんが、そのホーンラビットは生まれた時から魔力の強いモノを食べ、常に魔石か魔法陣で強魔力を浴びさせ人工的に通常より魔力の強い個体を作って繁殖させていると。しかもその過程でこのホーンラビットは風魔法だけではなく雷魔法までスキルアップし、魔獣としては中位に位置していると言うのです。勿論、通常であればホーンラビットは下位の魔獣です。つまり人工的に強個体を作り出しているようだとありました」

「なんだと!! アシュレイは無事なのか!? 何故こちらに連絡がない!」

「ホーンラビット如きが中位魔獣だと!? 冗談だろう?」

「何の為にその様な事!?」

「落ち着きなさい! それでどうなのだ?」


「アシュレイ王子殿下はご無事だそうです。ただ護衛の近衛騎士8人がかりでも1匹の黒毛のホーンラビットにも厳しい戦闘だったと。と言うのも、雷魔法に対する備えがなかったと。

そしてその者が言うには、更に恐ろしいのは、このホーンラビットはもっと上位種の餌として生み出されたと言うのです。餌として搬送される途中逃げ出したホーンラビットと遭遇したと」

「上位種!? ま、まさか! 今回のフェンリル!?」


「ところで…誰の見解だと言うのだ?」

「ブルーム・ブライト殿とセシリア・ブライト嬢です」


「それは誰だ!? 信憑性はあるのか?」


「はい、私は信頼しております」

「そなたの婚約者だったか? 間違いは許されぬ状況なのだぞ!?」

「陛下、発言をお許し頂けますでしょうか?」

「キャスター総長か、許す」

「ブライト兄妹は歳は若いのですが、魔法の腕も剣術の腕も群を抜いた才能です。そしてこのセシリア嬢の従者リアン・ドラゴニアが聖獣パンダを得ております。殿下がこの者と一緒の時に魔獣に遭遇したのは僥倖だったと言えるほどの腕の持ち主です。殿下の護衛8人合わせてもブライト兄妹の1人分にもならぬ程です」

「な、何!? それは実か!」


「今はその話はいい、それでそのホーンラビットは魔獣の上位種の餌だった。そして恐らく今回の件とも関わりがある。黒毛の魔獣は人工的に意図的に凶悪な魔獣を作り出し、我が国の食料を賄っているギルドナ公爵領を襲ったと言う訳だな」

「その目的は…この国を倒すためか」


「誰の仕業か?」

口には出さないが皆1人の人物が頭の中に過ぎる。


「シルヴェスタ公爵はどうしている? 家族は?」

「確認しておりませんが公爵は王都にいると思われます。妻は噂が出て以来、家に篭っていると聞いています。娘ディアナ嬢は学園があるので学園は休んでいますが王都の屋敷にいると思われます。息子ローレンはアシュレイ王子殿下と視察に出ています」


「シルヴェスタ公爵を王宮に召喚しよう」

「だが、まだ証拠がない」

「ちっ、見張らせて探れ!」

「はっ!」


「それからギルドナ公爵領に調査に行かねばならない。キャスター総長 人選し派遣せよ。念の為、フェンリルを迎え撃つ事になるかもしれない、それなりの人数を選んで行け」

「はい、承知致しました」


「陛下、アシュレイ王子殿下が戻られました!」

「陛下、第1王子アシュレイ 只今戻りました」

「おお、今そなたが魔獣と遭遇した話を聞いたところだ、まずは無事で良かった。

戻ったばかりですまないが、黒毛のホーンラビットだったとか、戦闘能力が中位まで引き上げられ雷魔法を有していたと言うのは事実か?」

「そ、それをどこで聞いたのですか!?」


「ランクル局長からだが?」

「早馬を出さずに直接私が駆けてきたので、ランクル局長は…! セシリアか?」

「はい」

「なるほど…、流石だな。 はい、ご報告させて頂きます。黒毛のホーンラビットは凄まじい戦闘能力でした。私の護衛は火魔法、水魔法、風魔法を操るのですが、ホーンラビットは風魔法の他に雷魔法まで操り尚且つレベルも高い、8人かかっても1匹のホーンラビットを葬る事は出来ませんでした。残念ながら、圧倒的にこちらの魔法レベルより遥かに高く太刀打ちできませんでした」

「なっ!」

衝撃が皆に走る。

アシュレイ王子殿下の護衛騎士は国内の精鋭だ、その精鋭8人を持ってしても餌である1匹のホーンラビットを殺せなかったと言うのだ。では黒毛のフェンリルを一体誰が倒せると言うのか!? やはり先程の話は事実だったのかと空気が重苦しくのしかかる。


「それではそこからどうやって生還できたのだ!?」

「詳しい話はここでは出来ないのですが、恐らく聖獣パンダのお力添えではないかと」

「そうか…。これからギルドナ公爵領へ向かう隊を編成している、聖獣パンダを連れて行くことは可能か?」

「それは無理です。実はブルームたちは偶然会っただけなのです。討伐が終わり次の目的地手前の宿屋で別れ、現在どこにいるか把握しておりません」

「なんと! どこへ向かうと言っていたか聞いていないのですか!? すぐに連れ戻し討伐に向かわせましょう!」


「ゴホン、彼らは仕事で行動してた様ですので、休暇中の行動まで知りません、ましてや彼らはただの学園生です。何の義務も無いのです。そしてギルドナ公爵領で魔獣が出たと知る由もない、無理を言わないでください!」

「そんな! 殿下の精鋭魔法騎士でも太刀打ちできない!対抗出来るのがその者たちだけとなれば、子供でも何でも使うより他ないでは無いですか!! そんな甘い事言っている場合ではありません!!」

「そうです! ランクル局長は婚約者として知らんのですか!!」


「静かに! キャスター総長の見解は?」

「殿下の件もギルドナ公爵領の件も 魔獣に対する備えが無かった故のことと思われます。雷魔法に対する備えをし、このバファローク王国精鋭を向かわせる予定です」

「そうか、いけるな?」

「はい、勿論です!!」



程なくしてギルドナ公爵領に向けて討伐隊が出発した。

魔法騎士や魔術師たちだけではなく、魔獣管理局からも魔獣と共に数人が同行していく。

未知の黒毛のフェンリル6頭は討伐するには容易な相手では無かった。それぞれが緊張した面持ちで出発する。


フェンリルは頭のいい魔獣で1頭だけならばまだ方法もあるが、6頭で連携をとった攻撃を繰り広げられると分が悪い。王都から連れて行く魔獣はグリフォンとフェンリルとワイバーンとガリミムス。だが、基本的に王都にいる魔獣は攻撃力が弱い。攻撃力を底上げされているフェンリルに太刀打ちできるとは思えなかった。

魔獣をよく知る者たちは死地に向かう面持ちで出発した。




ローレンはブライト兄妹がいないので、王都に戻ったが帰る場所がなかった。

仕方なく、シルヴェスタ公爵家に帰る事にした。その思惑の中には、自分も何か役に立ちたい、ブルームやセシリアの様に信念を持って何かを守りたい、ブルームやセシリアに胸を張って会えるように揺るがない自分を持っていたい、そう言う思いがあった。


久しぶりに戻った王都のシルヴェスタ公爵邸は…以前と何も変わっていなかった。

義父上は見当たらなかったが、義母上は屋敷にいた。社交界の婦人会の頂点に立っていた自分が家に一人でいることが我慢ならなかった。最初は自分をお茶会に誘わなかった家の人間を今後どうしてくれようか、その算段で夢中だったが、日を追うごとにこの状況に置かれた原因に当たり散らすようになった。つまりそれはディアナだ。


ディアナは何があってもシルヴェスタ公爵家は不滅と信じて疑わない。

だから母がキーキー騒ぐことが馬鹿らしく感じていた、いくら小物が集まって騒いでも、結局はシルヴェスタ公爵家に伏して助命を懇願するのだから、と。


「お前の短慮のせいでこんな事に! 上手く人を使えないお前は三流の人間だわ!」

「ふぅー、お母様 カラリラ子爵家とデュフル伯爵家はキチンと始末したはずです。今になって証拠が出るわけがないのです! それにソディックが死んでいる今 証明なんて出来ないのだから捏造だとハッキリ言ってやれば良いだけなのです。シルヴェスタ公爵家の夫人ともあろう方がこの程度で騒がないでくださいまし!

婚約破棄だって、結局はこのシルヴェスタ公爵家に王家は頼らなければ国政もままならないのですから放って置いてもその内、婚約して欲しいと言ってくるに決まっていますわ」


「あなたが思っている程 世の中は単純では無いのよ? 婚約者候補はこの家と対抗出来る者たちで構成されているわ。我が家を目の敵にしているマルゴット警備副騎士長の妹も候補に上がっている。今回の件を見事収めればその功績で妹が婚約者になるのでは無いか、と言われているの。それに稀代の聖女プリメラ・ハドソンも魔術師として育てて行くらしいし、あなたはこのままでは忘れ去られて行くだけなのよ!」

「そんな訳ないわ! わたくしは王妃になるの! 誰もが羨む地位と権力を手に入れ傅かれるの! それがわたくしの人生なの!!」


そんな言い合いをしているところにローレンは到着していた。

はぁー、今冷静に外から見ると、この家は上辺だけ取り繕った権力に取り憑かれた亡者の家だな、居心地が悪い。家族の温かみは元から無かった、いや寧ろ不要なものだったが、あんなにも恋焦がれていたディアナはまるで別人のよう…いや、私が本当の姿を見ようとしていなかっただけか。孤独に耐えきれず差し伸べられた手に縋っていたのだな…。

本物の家族、信頼関係を知った今、私は成長し夢から醒めた、成すべき事を成すだけだ。


「只今戻りました」

ピタリと止まりローレンを見る。

「あら、お帰りなさい 会うのは久しぶりね」

「まあローレン! 今までどこに行っていたの?」


「今回は殿下の視察に同行しておりました」

「そう、どこへ行っていたの?」

「主に王都へ運ばれてくる農作物や生活雑貨などを担っている地方を回っていました」

「それだけ? そう、面白みもないわね。疲れているでしょう? ゆっくり休むといいわ。

わたくしは部屋に戻るわ」


「ロー、アッシュ様に同行したのは他に誰がいるの?」

「シリル殿と、護衛8人と魔術師1人です」

「まあ! 側近の中ではローだけが同行を許されたのね! 凄いじゃない! ちゃんと役割を自覚しているのね? 偉いわ。 ふふ ねえ、アッシュ様は婚約の事…何か言っていたかしら?」

「ディア 婚約の事…残念だったね。殿下は視察先の早馬で知ったみたいだったよ、でも私がいるせいかその話題には何も触れなかった。ごめんね」

「いいの、ローのせいじゃないもの。ソディックが死んでから何もかも上手くいかないわ」

「ディアも裁判とか受けるの?」

「ヤダ止めてよ! わたくしが何故そんなくだらない裁判など受けなければならないのよ! きっとお父様が揉み消して下さるわ」

「揉み消すって事は…事実なの?」

「…いいえ、全てはわたくしを慮ったソディックの犯行よ」

ニッコリと聖母の微笑みで答えるディアナ。

「そう…、さて疲れたから久しぶりにベッドでゆっくり眠るとするよ」

「ふふ 分かったわ、お疲れ様」

ごめんねディア、もう昔には戻れないんだ。

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