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69、不穏な空気−1

弓を手にしたセシリアに護衛騎士たちは半笑いをしていた。しかもセシリアは獲物も見えない藪の中に狙いを定めた。

バシュっ!


『おいおいおい、まずは練習か? はっ、腹が減ったからくれって言ってもやらねーぞ?』

護衛騎士たちは皮肉な笑みを讃え横目で見ていた。


セシリアは矢の放った藪の方向に手を翳すと、矢の刺さった猪を魔法で手繰り寄せた。魔法の大きなシャボン玉の中では矢に刺さった猪はまだ絶命していない、シャボン玉の中を必死で走っている。空中に浮いている猪は目が血走り牙を剥いている。だが急にピクピクとして動かなくなった。見れば心臓あたりだけ凍りついている。シャボン玉は割れて地面にゆっくり落下、持っていた刃物で手際よく捌いていく、ブルームは簡易コンロを作っており、リアンはいつの間にかテーブルと椅子をセッティングし整えていく。


「セシ、パンに挟んで簡単に食べようか?」

「はい、お兄様ではその様に致します。パンを温めて頂いてもよろしいですか?」

「ああ、では準備しておく」

「リアン、冷たいキーマンのアイスティーが飲みたいわ」

「ん、了解」


セシリアは猪のブロック肉をブルームの用意してくれたコンロで丸焼きにし、残りはマジックバッグにしまう。ローレンには肉をぐるぐる回して焼いてもらう。その間のグレービーソースを用意し、マッシュポテトをマヨネーズで味付けし、野菜を用意する。それからフレッシュな桃、オレンジもむき準備をする。ローレンのところに行くとブランデーをかけて手から炎を出して絶妙な火加減で香ばしく焼いた。それを薄くスライスしてパンにマッシュポテトや野菜を挟んだ物を皿の上に並べていく。

全員で席につき4人で食事につく。

たわいも無い会話を楽しみながら、食事を楽しむ。

「うーん、絶品だね。セシは本当に料理が上手だね。セシのご飯を食べていると他の食事を美味しく感じられないよ!」

「まあ、お兄様ったら欲目が酷いですわ。でもお気持ちは嬉しく存じます」

「何言ってるの!? 私もセシリアの食事を食べる様になったら、自分に味の好みがあると知ったよ。今までは生きるために必要なものとしか思わなかったけど、セシリアが作る料理はどれも凄く美味しい! 凄く大好きだよ!!」

「ふふ、有難うございます」

「このアイスティーも美味しいね」

「はい、ダージリンもアッサムも好きですが、キーマンもいいですよね? 以前買い付けに行った際に見つけて嬉しくなって大量に購入してしまいました!」

「リアン、美味しい?」

「うん、いつも美味しい、有難うセシリア ちゅ」

「有難うリアン」


護衛騎士は自分の腹の音が止められず、憎々しい目で見ている。

ところであのセシリアとリアンの関係は何なんだ!! えっ!? 従者とできてんのか!? どこから出したんだ、あのテーブルセットは!!


アシュレイ王子は自分の口の中の涎の洪水で溺れそうだった。

手元には味気ないパッサパサのクッキーと干し肉だけ。水魔法で出した水でふやかしながら流し込むだけの作業。すぐ横では肉の焼くいい匂い、切り株に座り横目でそれを見ているだけ。


「セシリア、おかわり貰ってもいい?」

「ああ、私も頼む」

「僕は3つー!!」

「うふふ 待っててね」


「私も2つ欲しい!!」

アシュレイ王子は堪らずにお願いした。

「……はい」

ジト目で見て諦めたように返事をした、明らかにテンションが違う。


パンをマジックバッグから取り出すと結界で覆い火魔法で温める。その間に肉をスライスしていく手際よくおかわりを作る。リアンは椅子を用意してくれる。

「リアンは優しいな」

しみじみと言う。


「頂きます!」

元気にアシュレイ王子もかぶりつく。

「殿下、毒見は!?」

「必要ない! 皆で同じ物を食べているのに…あっ! お前も一口食べたいんだろう? シリルにも1口…、いや1つあげるよ」

「いえ、そう言う訳では…、規則として…。謹んで頂きます。…うっま!!」

つい素が出てしまった。

リアンは自分の1つをアシュレイ王子に差し出して

「あげる」

「あーりーがーとー!! リアン! 愛してるよリアン!!」

ニコッと笑うリアン。恐らくまたセシリアにおかわりで強請ることは想像に難くない、だからリアンはセシリアの負担を減らす為に自分の物を差し出したのだ。

アシュレイ王子は自分に良いように解釈したが、セシリアとブルームだけは理解していた。


護衛騎士たちは呆然と見ていた、魔法騎士は巻き添えだ。

藪から小型の魔獣が出てきた。

ホーンラビットだった。

ピョンピョン跳ねてすばしっこい。

護衛騎士たちの腕の見せ所だった。優雅な食事を楽しむアシュレイ王子たちの横を駆け回るホーンラビットを追いかけ8人の護衛騎士たちがその後を追う。


セシリアたちは魔獣に目もくれない、アシュレイ王子はサンドイッチを頬張りながら何気なくそちらを見たら、ホーンラビットが急に方向を変えてアシュレイ王子に向かってきた。

護衛騎士たちも魔獣の先に王子がいると思うと魔法を思いっきり使うことも出来ない。

万事休す! そう思った時、見えない膜に阻まれビタンとぶつかった後、膜に沿って下に落ちた。そこを狙って護衛騎士が捕まえようとすると、雷撃にみまわれた。


通常のホーンラビットは風系の魔法を使い高く跳び速く駆ける為に使う、それが目の前のホーンラビットは風魔法だけではなく雷魔法まで使う、その上魔力が強い! 強すぎるのだ!

今の魔法騎士は火魔法、水魔法、風魔法がメインで使う者が多い、雷系であれば水魔法は相性が悪い、使えば被害が大きくなる。雷や氷の様な稀有な才能を持つ魔法騎士は国王陛下や王太子殿下の護衛に回る。雷魔法に対抗する為の土魔法はいるにはいるのだが、実戦ではさほど役に立たないので魔術師となり農産物の担当になる事が多い。


ホーンラビットは雷撃に風魔法も混ぜて攻撃を繰り出す、8人もいて押され気味だった。

炎の攻撃は風の壁を作られて当たらず、水魔法は使えず、風魔法はあちらの方がスキルが上だった。そして向こうからは雷撃が落ちてくる。幸いにも殿下は結界の中で守られている。

護衛騎士たちが死闘を繰り広げる中、セシリアたちは結界の中で寛いでいた。


「まだ時間がかかりそうだから、デザートでも召し上がる? すぐ出発だと思ったから軽食にしたのに、時間が出来てしまったわ。それとも先に進む?」

「セシリア、そんな冷たい事を言わないでくれ。この結界は破られないの?」

ニコッと笑うだけで何も答えない。

「セシリア、僕ね甘いクリームが乗ったお芋のタルトが食べたい!」

「いいね!」

「ではお芋のタルトにリンゴのシャーベットでもお出ししましょうね。食べる人は何人?」

「はーい!」

元気に手を挙げるリアン、その横でブルームとローレンも手を挙げている。シリルは流石にこの状況でデザートを楽しむのはバツが悪いと隣を見れば、しっかりこっそりアシュレイの手は上がっていた。嘘でしょう!! なら私も毒見がてら…。全員の手が上がった。


6人はデザートに舌鼓を打ちつつ外の戦闘を鑑賞する。


『あれは例の魔力を増強したホーンラビットね。魔法属性まで増やせるのかしら?』

『うーん、どうだろう? 変異種なのか、改造種なのか』

『どうしてこんな所にいるのかしら?』

『逃げ出した?』

『餌としてまいた?』

『直接見てみたいわね。パン? 出てきてパン!』

『はい、何でしょうセシリア様』

『あの兎 捕まえてきてくれない?』

アシュレイ王子とシリルは突然目の前に現れた聖獣パンダのパンに驚いていたが、誰も目をやらず外を見ている。

『あー、すみません。殺すのは簡単なのですが捕まえるのはちょっと、あのレベルだと加減が出来ないです』


確かに魔獣の下位種と聖獣の上位種ではレベルが違う。しかも聖獣は魔獣の魔力を浄化してしまうから、捕まえて調べる意味がなくなる。


「そうね、いいわ。ちょっと捕まえてくる」

立ち上がったセシリアにリアンとブルームはさっさと後片付けをする。


護衛騎士は魔力を使いすぎ体力の限界がきていた。

「ば、馬鹿! 何故結界を出てきたんだ! 殿下をしっかりお守りしろ!!」

レヴィーロ騎士長がこちらを見て叫ぶが、アシュレイ王子を頼まれた覚えはない。だから必死なレヴィーロを無視。


セシリアが掌を上に向けると水の弓矢が出現した。

魔力を帯びて黒いホーンラビットはちょこまかと動く、それに標準を合わせ矢を放つ。

ホーンラビットも危険を察知し、すぐに風の盾を作ったが虚しく貫通して矢は体の突き刺さった。ホーンラビットも反撃しようと雷撃を落としてきたが、パンが雷撃を吹っ飛ばして纏めるとそのまま丸めて一飲みで飲んで食べてしまった。


手負いのホーンラビットは風刃でセシリアに攻撃を仕掛ける。だがセシリアを切り裂く前にブルームが剣で叩き斬る。

セシリアは矢が突き刺さったままのホーンラビットの耳を鷲掴みにし、目の高さでじっと見ている。セシリアと目が合うと散々暴れていたホーンラビットは大人しく静かになった。

魔獣は強者には服従する傾向がある、圧倒的な差に戦意喪失していた。

その様子に護衛騎士たちは絶句している。


セシリアは耳を持ったまま、身体中を隈なくスキャンする。

王宮にもホーンラビットは餌としている為、データとして持っていた。


ふむ、恐らく餌なども魔力を帯びた物を食べさせて、体にも魔力を必要以上に与えて負荷をかけている。魔道具か魔法陣かで常に高負荷の魔力を与え続けたのだろう。やはり通常のホーンラビットより魔力が高い、魔獣の下位に位置しているホーンラビットだが中位くらいの魔力はある。風魔法以外のスキルはどうやって増やしたのだろうか…?

『ねえ、いつから雷魔法が使える様になったの?』

『はひ!? 分かりません、サークルの中で何か呪文を唱えられているうちに自然と使える様になりました』

『どうしてここにいるの?』

『餌として連れ出されたんだけど、食われる為に生きるのなんてふざけんなって思って、馬鹿な人間に雷撃を与えて隙見て逃げてきた』

『ふーん、誰に食われるの?』

『グリフォンとかサーペントとか人間が契約してる奴らだよ』


『そうなのね。それで皆んなでどこへ行くつもりなの?』

『知らないけど…、王宮で踏ん反り返っていればいい、宴の始まりだ…だったかな?』

『そう、有難う役に立ったわ』

そう言うと結界で囲みピンポン玉くらいの大きさにすると、ポイッとマジックバッグに入れた。


「おい貴様! 今、今何をした! 魔獣をどうしたのだ!?」

「ここにあります。必要なら差し上げます。ただ結界から出てきた場合、あなた方では対処ができない様でしたのでここに片付けました」

『アシュレイ王子殿下、この魔獣は例のシャングリラから逃げ出したものです。餌として飼われていただけですが、何が飼われていたか知っていました。それからアレは普通のホーンラビットを魔力を注ぎ込んで作り上げた魔獣です。もう少し調べたいことがあるのです』

『承知した』


「魔獣の脅威は去った、そして救ったのは彼女だ。予定が押している、出発するぞ!」

「殿下! ………はい」

「気になるならお預けしても構いませんよ? ランクル局長の見解を聞いてみようと思っただけですわ」

「もういいな? 行くぞ!」


護衛たちは渋々従い、次の街を目指した。

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