68、婚約破棄−3
王宮ではシルヴェスタ公爵家、公爵夫妻とディアナ本人が王宮内官に呼び出された。
そして、ディアナの学園での態度などを再度調査した結果、アシュレイ王子殿下の婚約者として不適格であるとの判断がなされ、正式に婚約は解消となる旨が伝えられた。
提示された証拠品の数々をディアナは、それらの証拠は捏造だと言い張ったが、物凄い数の証拠と共に魔道具による映像まで残されていた。これには本人もシルヴェスタ公爵夫妻も絶句した。何故ならばかなりの長い期間に渡って映像が収められていたからだ。
前の取り巻きたちに指示した映像まである。そして前の取り巻きたちはそれを事実だと証言している。
こんな事 今までのシルヴェスタ公爵家ではあり得ない事だった。
シルヴェスタ公爵家に対し事実でも悪評がつく事を是として仕舞えば、自分の家は潰される、だからシルヴェスタ公爵が黒を白と言えば白、それが常識だった。今までは口裏を合わせるまでもなく当然のこととして行われてきた、それが崩れたのだ。
想像だにしていない事態に、婚約破棄を甘んじて受ける以外の選択肢はなかった。
映し出されていた映像には、ディアナが学園内でいじめを指示していた物、それから自宅でソディックたち使用人に指示している物まであった! 状況を考えると側にいた他の人間はいない、だが確かに映像はあるのだ。誰かが裏切っていた!?
ディアナが狙われた? いつから?
そして1番の懸念は…話していた内容は学園内での事だけではない、という事だ。
かなりの証拠が提示された、だが握っている証拠はそれだけでもない気がした。彼方が何を握っているか分からない以上、ここで大騒ぎして藪を突くのは得策ではないと引くことを決断した。
これにより正式にアシュレイ王子殿下とディアナ・シルヴェスタ公爵令嬢との婚約は白紙となることになった、そしてそれはすぐに公示された。
怒り狂うシルヴェスタ公爵をよそに、社交界に直ぐに知れ渡った。
ディアナも疑心暗鬼に陥った。
あんなにも信頼していたソディックがわたくしを裏切っていたなんて事あるの? あの映像はここら辺から撮られていた……。そこは家具が置かれている、一歩一歩近づき映像の視点を追う、そこにあるのは……特注で作らせた宝石がゴテゴテ付いている陶器の置き物。
手に取り確認するもどこも変わったところはない。それを横に置き他にも変わった点がないか隈なく探すが何も見つけられなかった。
「ねえ、お前は何という名だったかしら?」
「カイでございます」
「お前は?」
「私はフェイでございます」
「そう、お前たちは誰に仕えているの?」
「勿論、このシルヴェスタ公爵家でございます」
「そう、裏切るとどうなるか分かっている?」
「「勿論でございます」」
2人とも無表情でどこに本心があるか分からない。
「ここら辺にある物、下げてくれる。気分を変えたいの」
「承知致しました」
以前であれば、主人に気に入られるよう取り入ろうと愛想良く側に仕えたのだろうが、今は誰もしない。何も期待しない。何故ならば、ソディックとヨルはここで働く者たちにとって希望、尊敬する先輩であり目指すべき頂点であった。
シルヴェスタ公爵家の使用人は意外にも孤児なども多かった。
当然、シルヴェスタ公爵の家令は代々バーナム家が務めているし、側近はノーマン子爵家が務めている。だが、シルヴェスタ公爵家は国内最大派閥の党首であり、敵も多くいる。そしてそれら全てを掌握する為、多くの密偵を抱えている、情報は何よりの武器になる。
恨まれて狙われる、なんて日常茶飯事だ。よって孤児などで使えそうな者がいると積極的に抱え、育て、鍛える。それこそ地獄の方がまだマシだってレベルで。
その訓練の中で死ぬ者も多くいる、生き残った中で密偵と使用人と分かれる。使用人と言えど全員が刺客レベルの技能がある。ソディックは勿論、ヨルたち侍女も全員戦闘能力がある。
孤児にとって人間らしい生活など夢のまた夢。
喧嘩が強くても大抵はゴロツキとなり、掃き溜めで生きていく。貴族に懸命に仕えても使い捨てにされるがオチ、ゴロツキと変わらない生活しかない。
このシルヴェスタ公爵家の使用人、そしてのちの王妃ディアナの使用人であるから他の貴族にまで傅かれるのだ。シルヴェスタ公爵に拾って貰った使用人も、拾ってもらった恩に報いるべく目指すべき場所だが、ディアナの使用人はかつては憧れの仕事だった。それはディアナは公爵令嬢としては優しい令嬢で、使用人にも親しみを持って接してくれる。だから皆この公爵家の宝珠であるディアナを護りたいと思っていた。それは王妃と言う女性の最高権力者だからと言うだけではない、ディアナが愛されていたからだ。
他の使用人にとって、ソディックとヨルは憧れの人物。この2人のディアナに対する献身は本物だった。それがまさかあの聖女の様に優しいディアナが保身のために、『ソディックを殺せ』などと命令するなどと想いもよらなかった。
ソディックはとても優秀な人物だった。仕事が出来るだけではなく、ディアナを慈しんでいた、ディアナの為に何でもやっていた。それを知りながら『殺せ』と命令したディアナに仕えたいと思う者はもういなかった。
『やっぱりコイツらは他の貴族と同じ、私たちのことは使い捨ての道具だとしか思っていないのだ。こんな奴らの為の身を削る必要がどこにある?最低限度で十分だ。生きていく為の仕事として割り切るだけだ』
もう公爵家の人間と使用人たちの間には修復出来ない亀裂が入っていたのだった。
だから今は、命令に従うだけ。主人のためになどと思うことはない。理不尽な命令には理由をつけて従わない、クビになれば辞めるだけ。仲間を殺す命令は二度と従わない、殺せと命令されれば、殺したフリで逃すだけ。
ディアナは暫く学園を休むことにした。
ディアナにとって蔑まれることなど耐えられないからだ。
ライリー伯爵邸のアシュレイ王子殿下の部屋で、
「アシュレイ王子殿下、おめでとうございますディアナ様と婚約破棄が整いましたよ」
セシリアからこっそり齎された情報にほくそ笑む。
「そうか! はぁー、良かった…」
「殿下、不謹慎ですよ」
「あっ、すまないローレン。だが、このままシルヴェスタ公爵家の思うままにする訳にはいかないのだ」
「いいえ、お気遣い有難うございます。ですが、私は既に決断致しました。私は殿下を主君と自分の意思で決めたのです、その様なお気遣いは今後不要です」
「分かった、有難うローレン」
コンコンコン
「殿下、ライリー伯爵がお見えです」
「通せ」
「殿下、お時間が有れば少し酒など如何ですか?」
「ああ、頂こう」
ライリー伯爵領はウィスキーが有名な土地だ。
山から滲み出す湧水に大麦、山の木で作った樽、街にはあちこちに蔵元があり切磋琢磨している。その中でもバルカン酒造のウィスキーは王宮にも献上するほど有名なのだ。
ライリー伯爵はその上等なウィスキーを用意しアシュレイ王子殿下を誘った。
「殿下、よろしければ酒造ごとのウィスキーをお試しになりませんか?」
「ええ、大して味も分かりませんが折角の機会ですので頂きます」
ライリー伯爵の蘊蓄を聞きながらウイスキーを飲んだ。ライリー伯爵は酒も進み饒舌になる。
「この領地は食料などはどうしているのだ? 領地の作物だけで足りているのか?」
「ここで生産されている大麦はウィスキー醸造に回されてしまい領民は口に出来ません。我が領は海に面しているので魚や海藻などもよく食されています。他にも他領からウィスキーの売上金で購入していたりもします。ああ、隣のマンセル男爵領には海産物やウィスキーを売ったりしています。それからここら辺は山ばかりなので、樽に適さない木々を打ったり、売れるものは何でも売ってやりくりしている状態です」
「周りの領も似た状況なのかな?」
「ええ、似たようなものだと思います。隣のワイマン侯爵領ほどの土地があれば自領で食べる分を自領で賄うことも出来ましょうが、我々の様な者は…、いや、我が領はまだウィスキーと言う特産品が出来たからいいが、マンセル男爵領は家畜を飼い生きる道を模索しましたが、病気が広がって多くの者が死んでしまった…、自領で賄う限界も感じていたと思います。今では人間より新たに購入した家畜の方が多いらしいし…」
「そうか、知らなかったな。 ではその家畜を取引しているのか?」
「いえ、しておりません。……何でだっただろうか? おっと、もう少しお飲みになられますか?」
後は大した話もなかったので、部屋に戻って今後について作戦を立てた。
翌日、王宮から早馬でディアナ・シルヴェスタ公爵令嬢との婚約破棄が書面にて伝えられた。
王宮では、新たな婚約者選定に入った。
ローレンをアシュレイ王子殿下の元に残し分かれて別行動しようと考えていたが、アシュレイ王子が寂しいと駄々を捏ねるので仕方なく途中まで一緒に行ってあげることにした。
と言うのも、セシリアは白いカラスを飛ばしているので様々な情報を拾ってはリアンとブルームと共有している、だからこそこれから先は3人だけで行動をしたかったのだが、少し行動予測が出来ない事態になってきたので、一緒にいる事を選択した。
アシュレイ王子殿下一行はライリー伯爵領を離れ、次の目的地ヴィリアーズ侯爵領へ向かう。
様々な地を駆け抜けていく。
アシュレイ王子殿下にセシリアやブルームやリオンは、王子である自分に、萎縮し忖度もしない、上辺だけの耳触りのいい言葉など口にしない、愛想のいい笑顔なんて作らない、歯に絹着せぬ物言いは苛立つこともあるが、不快ではない。対等な友人と思えるのだ。だが一番はあの小さい時に一緒に過ごした時間があるから絶大な信頼を置いてしまう。
こんな風に友人と旅など今までした事がない、アシュレイ王子には楽しくて仕方ない時間だった。野宿だとしても喜んでするだろう。
遠い道のりだが足取りが軽い。その様子にシリルたちや護衛も苦笑いしている。セシリアたちと温度差が凄い。
昼食の時間だが、次の街まではまだ結構かかる、それに馬にも休憩が必要だ。旅の日程として経路を戻ると夜泊まる予定の街まで着かない。そこで湖の近くで休憩を取り、狩りをして昼食とする事にした。
馬に水を飲ませ食事をさせる。
アシュレイ王子は、従者のシリルの他に魔術師1人護衛が8人付いている。つまり男11人、そこのセシリアたち4人、15人分の食料の確保が必要となる。
アシュレイ王子の護衛はエリート中のエリートである。
国防部のエリートと言われる魔法騎士の中に近衛騎士があり、選ばれた者だけが近衛騎士となり、その中の更に一部が王族警護にあたる。しかも国王陛下、王太子殿下、直系王子殿下の護衛とはプライドをかけた名誉ある仕事なのだ。騎士となった者たちが目指す最高峰、それがブルームたちと合流してから護衛たちは部屋の外に出される事が多く不満を持つ者もいた。
「殿下! 何故我々を外すのですか!! 殿下の身に何かあったら…側にいなければ対応できません!!」
護衛の中で一番若いガルシアが食ってかかる。
「ああ、ガルシアの気持ちは分かった。だが、機密に関する事で仕方がないのだ」
「本当にそうでしょうか? 我々は誓約を交わし秘密は騎士のプライドと剣に懸けて絶対に守ります!
百歩譲ってローレン殿 ブルーム殿は分かります。ですが、セシリア嬢とリアン殿は何故その話し合いに参加しているのですか!? おかしいではないですか!」
「セシリアとリアンは優秀な人材で今、私の側近になってくれる様口説いているところだ。それに、正式に側近とはなってはいないが現在も私の仕事を手伝って貰っている。必要な事なのだ」
「…ですが! せめて我々の1人は側に置くべきです!」
「止めよ! 申し訳ありません殿下、ガルシアには言って聞かせます」
アシュレイ王子の護衛騎士長のレヴィーロが割って入った。
まだ納得できないガルシア、ガルシアはこのアシュレイ王子の護衛隊を心から尊敬し愛している、そして護衛騎士長のレヴィーロを敬愛している。ガルシアにはそのレヴィーロを蔑ろにしている様に見えて我慢ならないのだ。
「ガルシア、言いたいことは分かった。私は必要な行動をしているだけだ。自分の身を蔑ろにしていない、私の行動には意味がある、いいな?」
「………はい」
唇を噛み締め絞り出す様に返事をした。これ以上食い下がってもレヴィーロ騎士長に迷惑をかけるだけだと理解しているからだ。だが、この言葉に更に納得がいかない。
近衛騎士とは顔でなるものではない。小さい頃から訓練し、厳しいテストを何度も受け最短で近衛騎士になった人物でも28歳だ、近衛騎士となるまで血を吐く様な努力をしてきたのだ、自分だって31歳までかかった。近衛騎士は魔法騎士、誰より優れていると自負している。だから殿下の一番側にいるべきは近衛騎士だと思っている。その位置にいるブルームを腹立たしく思う。
アシュレイ王子に対してもディアナと言う婚約者がいるのに、セシリアを側に置きたがることに不信感、セシリアもそんなアシュレイ殿下の気持ちを知りながら素っ気ない態度をとる、そんな態度が悪女に見える! ガルシアは我慢ならなかった。
(アシュレイ王子はまだ婚約が白紙になった事を護衛には伝えていなかった)
「おい、メシの準備をするぞ!」
「……はい」
ガルシアの言葉は護衛騎士全員の思いでもあった、皆が自分たち近衛騎士をレヴィーロ騎士長を蔑ろにされている気がしていた。
「あの! 携帯食ですが、我々の人数分以上多めに用意をしていないのですが、いかが致しますか?」
これは嫌がらせだ。1回分の携帯食しかない訳もない。
そんな様子の護衛たちにアシュレイ王子は肩を落とす。
「殿下、我々の分は必要ありません、元々別行動のつもりでしたから我々の事はお気になさらず、自分たちでどうとでも致します」
「では、その様に致します。落ち着けるところをお探しします」
完全に無視するつもりだ。
レヴィーロも部下たちの態度に困りつつも内心嬉しくもあった。
セシリアは自分たちの食事を用意するために弓をとった。




