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66、婚約破棄−1

学園に行くとディアナは奇異な目で見られている。勿論その理由も分かっている。

どこへ行ってもヒソヒソと蔑んだ目で噂話をしている。今までこんな事はなかった! 

もし、シルヴェスタ公爵家に睨まれればどうなるか分かっているので、影で言っても表立って非難ととられる様な行動はしなかった。それが今ではどこに行っても、クラスの中でも聞こえるようにディアナを避難した。

アシュレイ王子に会って弁解しなければ、そう思って王子のいる学舎に行くと、視察に出ていて暫く戻らないと言う。


もう、使えない!! でも私の噂は耳に入っていないと言うことよね…、まあよしとしましょう。


帰り道、プリメラが10人以上の人間を引き連れて楽しそうにしている様子が目に入った。

体の内側から湧き上がる怒りを抑える事ができない。

すぐに取り巻きを呼んだ。

リリアン・ボーダーとジャニス・バリーの顔色は悪い。


「どうしてプリメラが楽しそうに笑っているのかしら?」

「「……………。」」

「あなた達には期待していたのにガッカリだわ」

「「……………。」」

「ねえ、どうしてプリメラはまだ人々に崇められているの? わたくしの言った意味が理解出来ないのかしら?」


「で、ですが…、プリメラ様は大勢に囲まれ近づけないですし、聖獣様がいると思うと仕返しが怖くて…、お許しください!!」

「ディアナ様が仰った通り、教室にいらっしゃらない時プリメラ様の私物を壊したり、落書きをしたりなどはしたのです! でも周りにいらっしゃる方たちが…、プリメラ様を羨む輩のせいだ、とすぐに新しい学用品や私物を用意し、落書きを消し、それまで以上にプリメラ様の周りを取り囲み護られてて、近づけないのです!」

「はぁぁぁぁぁ、意図を全然理解していないのね! ただ嫌がらせをするだけではなく、噂を使って貶めたりやりようはある筈でしょう!! 馬鹿なの!?」

「「ひーーーーーー!! おおおおおおお許しください! お許しください! どうか、もう降ろさせてください! 誰にも言いません!!だから! 襲わせたりしないでください!! もうこれ以上は出来ないんですぅぅぅぅ!!」」

目の前でぶるぶる震えている。


「今、わたくしの取り巻きを降りたいと言ったのよね? それがどう言う意味か分かっているの? お前たちの家がどうなってもいいの?」

「でも! でも!っもうこれ以上は! お許しください! 出来ません!!」

「…こ、こんな噂の中行動を起こせばますますディアナ様の評判が落ち」

「馬鹿!」

「す、すみません!!」

「兎に角、もうこれ以上プリメラ様に対する嫌がらせはできません!」


2人とも床に座り込み手を擦り合わせて拝んでいる。

それを忌々しく見ているディアナ。


「お前たちの意向は分かった。だが、家はどうだ?わたくしが王妃になった際、お前たちの居場所はないのだぞ? その折りに得られる権力、金、地位に興味がないと言えるか?

明日、家としての決断を聞かせよ、それまでは保留とする、よいな?」

「「………はい」」

「下がれ」

「「失礼致します」」


「なんなのだ!! 己の立場を分かっていないではないか!!」

「「………………。」」

部屋に残るはディアナの執事と侍女、ソディックとヨルがいなくなってからは、もう何人も変わり、名前を覚える暇もないほど。『ソディックだったら! ヨルだったら!』そんなことばかり言う主人に誰も忠誠を誓わない。しかもその者たちを殺したのはお前だろう? そう誰しもが胸に抱き燻っている。意見を求められ何かを答えても結局は文句を言われる、だから誰も何も発しなくなった。ただ「はい、承知致しました」無表情に答えるだけ。だから誰に変わっても同じだった。ディアナも面倒になり指示を出すだけ、昔のような信頼関係は持てていない。


「お前、念の為あの女たちの代わりになる者を選んでおけ」

「承知致しました」

「ローレンのところへ行く」


ディアナはローレンにもプリメラを貶める手伝いをさせようと足を運んだが、ローレンは学園に来ていなかった。

「どこへ行ったのかしら?」


この頃のディアナの護衛は完全にディアナの監視になっていた。一挙手一投足を鋭い目で見て、報告書を上げて、監視している。だがディアナはそんな目にも気づくことはない。

そうだわ!

「セシリア・ブライトさんはいるかしら?」

「お休みしています」

アシュレイ王子にローレン、セシリアまで?

「何故、休んでいるのかしら?」

ディアナの表情が剣呑な空気を醸し出す。

「ご実家で体調の宜しくない方がいらっしゃるようで、兄君のブルーム様と共にご実家に帰られています」

そう、ただの偶然だったのね。

「有難う、助かりました」

完璧な笑顔で礼を言うと去っていった。


帰る際にプリメラの肩に乗る聖獣エゾモモンガが見えた。その愛くるしい見た目が癪に触る。何故その女なの?  お前はわたくしの肩にこそ相応しいと言うのに!! 殺気に満ちた目で睨んでいる。


聖獣ってどうやったら死ぬのかしら?


「ねえ、わたくしも聖獣が欲しいわ。どうしたら手に入れられるか調べてくれない?」

「…はい、承知致しました」




セシリアとブルーム、それにローレンはブルーベル侯爵領に来ていた。


「へぇ〜ここが君たちの故郷なんだね、長閑でいいところだね」

「ローレンは元は伯爵家だろ? 実家に帰ったりはしないのか?」

「ああ、シルヴェスタ公爵家に入る時、誓約を交わして戻ることは出来ない。もう親子ではなく、部下だと思えってね」

「本当に一度も会いに行かなかったのですか?」

「うーん、シルヴェスタ公爵家に入ってから、公爵は忙しいし、義姉は王妃教育で忙しく、義母は社交に忙しい。一人ぼっちの部屋で朝から晩まで公爵家の跡取りとして勉強だけしている日々、孤独や恩愛で帰りたいと思ったことはある。実際小さい頃に屋敷を抜け出そうと、部屋を抜け出してすぐに捕まって連れ戻された。そうしたら『帰る場所があるから帰りたくなるのだ、次に脱走しようとしたらお前の実家を取り潰す、良いな?』って子供ながらに脅しじゃないって分かったから無駄なことはやめた。それに……ディアナが、慣れない環境で熱を出して唸っていたら看病してくれて…、それからは夜になると部屋に来て一緒に眠ってくれたんだ。心細い私にディアナだけが気づいて寄り添ってくれた……ズズ あの頃のままだったなら……」


何も言わずに横に立っていた、続きを急かすことも意味を確かめることもせずに、ただ黙ってローレンのしたいようにさせた。ブルームとセシリアには何を言っているか分かるから、幼き日に義姉を守ると自分に立てた誓いを自ら反故にする苦しさにじっと耐えている友人に、変わらずそばにいる事を態度で示す事しかしてやれなかった。


ブライト伯爵家の屋敷に着いたが、残念ながら両親は国外に出ていていなかった。

最近の買い付けは両親揃って出かける。我が家には領地がないので、子供である私たちも学園で王都に行ったきり。だから2人で旅行がてら何処にでも出掛けてしまう。


セシリアとブルームはいつもの様に、ブルーベル侯爵領の領民の家を回る。

「ただいま、何か困っていることはありますか?」

「んまぁ! ブルーム坊ちゃん、セシリアお嬢ちゃま! お帰りなさい、今回は長くいられるのかい?」

「ごめんなさい、みんなの様子を見たら戻らないといけないの」

「あらあら、体は大丈夫なの? そうだ! セシリアお嬢ちゃまから教えて頂いたクッキーがあるのよ、持っていらっしゃいな」

「有難うございます、メリンダさん。そうだ、畑の土の調子はどう?」

「あらそうだ! 凄いわ! 丸々太った野菜が沢山できる様になったのよ!」

「本当? ああ、良かった。また時期なったら送りますね。よく畑の土と混ぜて使ってくださいね」

「ええ、ええ、助かるわ」


こんな会話をして、家畜の状態を見て回っていく。

そして終わるとブルーベル侯爵家に向かう。


「旦那様! 奥様! ブルーム様とセシリア様とお客さまがお見えです」

「通しなさい」


「「ご無沙汰しております」」

「ああ、よく来たね。こんな格好ですまない」

「ええ、よく来てくれたわ、とても会いたいと思っていたの。あの人…兎に角会ってやって頂戴」


ブルーベル侯爵はベッドの上にいた。

セシリアとブルームに連絡はなかったが、外出中に馬車の事故で下半身が動かなくなっていた。こんな状態になってしまいヨハンを王都から呼び戻すか検討していたところだった。


「ブルームとセシリアのお陰で領民たちは問題なく暮らしている、いつも有難う。こんな無様な姿を見せるのは忍びなかったのだが、折角来てくれたのだからね」

「お側に行ってもいいですか?」

「ああ、勿論」

セシリアはポロポロ涙を流している。


「セシリア、泣かないで? もうだいぶ整理ができたのだ。ヨハンもいるし私も引退の時期に来ていたのだ、領はブルームとセシリアが目を配ってくれているから、私は楽をさせて貰って罰があたったのかな、ははは。だから、大丈夫、ほら顔を上げて、折角来てくれたのだ、ん? 王都での話を聞かせておくれ。またとんでもない事を思いついたのだろう?」

ブルーベル侯爵は優しく頭を撫で、セシリアの頬の涙を拭う。

セシリアはブルーベル侯爵の手を握り、額につけて嗚咽を押し殺す。

セシリアが落ち着くまでブルームが話をする。ローレンは2人とブルーベル侯爵家との親密さに驚きを隠せなかった。


「今回は友人を連れてお邪魔しました」

「ご挨拶致します。ローレン・シルヴェスタでございます」

「よくいらっしゃいました。旅を楽しんでいらっしゃいますか?」

「はい、今までの視野の狭さに恥じ入るばかりです。素晴らしい友人を持てたことに感謝しております」

「リアンは元気だったか?」

「はい、旦那様。セシリア様と一緒で楽しいです」

「そうか、良かったな」


「まあ、お客様がいらっしゃるのにいつまでもここにいても仕方ないわね。お茶でも飲みながらゆっくりお話を聞かせて頂戴」

「はい」

「わたくしはもう少し、こちらにいても宜しいですか?」

「気を使わなくて良いのだぞ?」

フルフルと首を振る、まるで小さな子供のようなセシリアを置いて皆部屋を出る。


ブルーベル侯爵は手を握っている途中から下半身に感覚が戻ってきたことを感じていた。

「セシリア……有難う」

ニコッと笑うセシリア。

ブルーベル侯爵も口にはしないが、セシリアが回復魔法を使ったことに気づいていた。


そして人のいなくなった寝室で、セシリアは最近の王都について話して聞かせた。今後起こるであろう事もおおよそ話して聞かせた。

「そうか…。シルヴェスタ帝国が崩れるか?」

「このバファローク王国の未来を考えれば、倒すべきものです」

「ふむ、では何故その息子を? 使うつもりか?」


「彼は家と良心の狭間で苦しんでいたので、休憩所を用意したまでです。今は家と義姉それからアシュレイ王子という主君の狭間で悩み、…アシュレイ王子を選択しました」

「そうか…、彼も苦しいところだな。相変わらず面倒見がいいなセシリアは」


「どうでしょう、彼の家から手足をもいでいるのは私ですから」

「民の暮らしを見て見ぬふりができなかったのだろう? やはりお前は優しい」


「そうだ! 新しく開発した土を使った作物の実りがいい様です!」

「すまないな…セシリアのお陰でこの土地はとても豊かだ、それに家畜も元気だ。セシリアやブルームには感謝している、有難う」

「わたくし達も感謝しています。今のわたくし達があるのはブルーベル侯爵家の皆さんのお陰ですもの。それに領民も家畜の世話も好きでやっているので気にしないでくださいまし」

「そうか…分かった。さて、と」


ここ2ヶ月ばかり寝たきりだったので、ゆっくりと体を動かす。セシリアが手を貸し確かめる様に立ち上がった。ゆっくりゆっくり手を借りながら部屋の中を歩き回る。

「はは……、もう駄目だと思っていたのだ。はは…ははは、セシ…セシリア、私は、皆に迷惑をかけるくらいなら生きながらえる意味など無いと…思っていたのだ。もう、自分に出来ることはない…と。ううぅぅ、ああ有難う、有難うセシリア」

「お役に立てて嬉しいです」

抱き合って喜んだ。


その後、セシリアたちはブルーベル侯爵領を出てマンセル男爵領の隣のライリー伯爵領へ向かった。

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