64、婚約者−2
セシリア・ブライトの婚約の話題はすぐに学園中を駆け回った。
ブルームのところにも相手を探りにくる。
「セシリア嬢の婚約は事実か!?」
一呼吸置いて相手をじっくり観察したあと
「はい、事実です」
「あ、相手は誰だ!!」
「いずれ分かると思います。失礼」
そういうと行ってしまう。
アシュレイ王子の執務室でもブルームが入室すると開口一番その話題だった。
「ブルーム! セシリア嬢が婚約したと言うのは事実なのか!!」
「はい」
実に淡白な回答だ。
グラシオスもベルナルドも目に見えて動揺している。
「な、何故、私ではダメだったのだ!? 結婚に興味ないと言っていたではないか!!」
「そうだ! まだ時間があると…ゆっくり攻めればいいと油断させておいて酷いぞ!」
「ふー、こう言う言い方も良くないと思いますが、高位貴族の方達から随分圧力にも似たお話を頂いていたので、これ以上このままに出来なくなっていたのです。
お相手の方は随分お優し方で…理解のある方なので、セシリアの我儘をたくさん聞いて頂く形でお受け致しました」
「ぐっ! それでも一言も言ってくれないのは冷たいのでは?」
「申し訳ありません。毎日 山の様に縁談が舞い込むので…、無理やり後妻にさせられるよりは、と急いだ経緯もあります。今後ともセシリアに温かいご支援を賜りますようお願い申し上げます」
「相手は誰なのだ?」
「いずれ分かりますよ」
「おい、ブルーム!」
「…さる侯爵家の方です、その方にもご迷惑がかかりますのでこれ以上はご容赦ください」
皆納得出来ない顔をしていたが、中でも一番納得出来ない顔をしていたのはローレンだった。一緒に住んでいるんだから一言くらいあっても、と言う気持ちだ。それにブルームとリアンを除けばセシリアに近い人間だと思っていた。何も話して貰えなかった事が寂しかった…自分はセシリアの手を取ることは出来ない。中途半端な私が側にいる事が出来るのは私が弱い人間だからなのだろう。今更ながらの情けなくなった、シルヴェスタ公爵家に決別も出来ず、言いなりになっている中途半端な自分に。
セシリアとブルーム、リアンは相手を明かさなかったが、翌日には明らかとなった。
勿論 金を積んで役人から情報を得た人間がいたからだ。
セシリア・ブライト伯爵令嬢 15歳のお相手は、レンブラント・ランクル侯爵家令息 28歳、言わずと知れた変人 魔獣管理局 局長だ。
このニュースは社交界を駆け巡り、すぐ様ランクル局長の元へ真相を聞こうと大勢の人がやって来た。面倒になったランクル局長は何も言わず魔獣舎に篭り誰にも真相を話さなかった。まあ話ようも無かった。ただ一言、
「ランクル局長、セシリア様とご婚約されたと言うのは事実でありますか!?」
「ああ、したよ、した! これでいいだろう? もう1人にしてくれ!!」
ランクル局長はギャラリーを蹴散らした。
話せるはずもない、ランクル局長とセシリアの婚約は甘いロマンスなどではない、契約みたいなものだ。
あちこちから縁談が舞い込み、セシリアだけであれば何とか躱すことも出来るが、ブルームや父まで巻き込み始め放っておけば知らないうちに婚約する運びとなってしまう、そこで急遽手を打ったのだ。
ランクル局長は侯爵家を勘当され、家出した立場、名前ばかりの侯爵家の三男。
本人は結婚は諦めている、大体茶会にも夜会にも参加してないし、家も便宜上買ったが、泊まり込みで魔獣舎の横の管理棟で寝泊まりしている事が多い、こんな変人に嫁の来てはない。結婚なんて煩わしいだけなのでこれっぽっちも興味ない。
では何故セシリアと婚約する事になったかと言えば、彼の叔母のせいだ。
父の妹であるナターシャ・デュポンはお節介な世話焼きだ。
私と家族との関係は、私が文官である仕事を辞め、この魔獣管理局に入った時に破綻した。その際に勘当されそれ以来一切連絡も取っていない。幸いにも私は三男で家を継ぐ者はいるし、それ以来家と繋がりが切れたことで困ることもない。だがこの叔母は頼んでもいないのに私と家族の関係を改善させようと世話を焼く。しかもその方向が…何故 私の結婚になるのか!! 『人並みに結婚して落ち着けば魔獣から女性に興味を持つようになる』余計なお世話だ。 毎度毎度どこから探してくるのか…煩わしいったらない!
私はこれまで女性を好ましく思ったことはない、かと言って男性を好ましく思っている訳ではない。貴族 しかも侯爵家に生まれ貴族の義務と責任について叩き込まれていた。だから結婚は親が薦める者とする、そこに抵抗はなかった。14歳の時に出来た婚約者も6年後、私が魔獣管理局に入った途端、破断となった。これに関しては寧ろ柵がなくなって安堵した。
私が28年間生きていた中で心を動かされたのは、魔獣だけだった。
貴族は政略結婚が常、愛のない結婚の方が多い。だから共に暮らし養い家族を増やす事に忌避感はなかった。でも、1人になり好きなものに囲まれ、好きなことだけをする生活を知ってしまった後では、もう窮屈な世界に戻ることは出来なかった。
「レンブラント、今度のお相手の方はね、少し年上だけど色気のある未亡人よ! ふふ、気になるでしょう?
ミザリー・カンテラ伯爵夫人、ミザリー様はね、ご主人を亡くして既に5歳になるご子息もおられるのだけれど、35歳とお年のわりにはお若く見えて、なんと言っても色気ムンムンでボインとしててスタイル抜群!社交界では人気の方なのよ!あなたも俗世のことが煩わしいって言うなら、丁度いいでしょ? 恐らく今の生活を然程変えずに結婚できるわ! そして幸せな姿をお兄様に見せることができるわぁ〜、それに…うふふ ミザリー様の色気に当てられてきっとあなたの方が夢中になるわ!」
「もういい加減にしてください! 何度申し上げればご理解頂けるのですか? 私の幸せは私が決めます! それに今更私が結婚しても父上は私の勘当を解いたりしません、私も解いてほしいとも思わない。妄想はご自分だけで楽しんでください」
「レンブラント! 一度でいいわ! お会いしたらきっとあなたもその気になるわ! あなたのその魔獣に向ける愛情を少し、少しだけ女性に回せばいいの、ね! 私には分かっているわ! それに魔獣管理局の局長と言う立場上いつまでも独り身というのも体裁が悪いでしょう?」
ああ、なんでこんなに話が通じないんだ! 勘弁してくれ!!
「ランクル局長、お邪魔致します」
そこに現れたのはセシリア・ブライト伯爵令嬢だった。
ランクル局長にとっては救いの神だった。
「やあ! セシリア嬢、鍵かな?少し待っててくれ」
「いえ、お取り込み中でしたら、わたくしは見て回っておりますの後ほど参りますが…」
「いや、構わない。すぐ取ってくる」
そう言うと、ランクル局長は走って事務所へ戻っていった。
デュポン伯爵夫人と目があい、セシリアは会釈するとランクル局長の後を追うように歩いていく。
ランクル局長とから鍵なるものを受け取ると2・3言話してセシリアは行ってしまった。
ランクル局長が叔母の元へ戻ると、
「ちょっとレンブラント、あの方…セシリア嬢と言ったわね。…まさか! セシリア・ブライト伯爵令嬢!? ねえ、ちょっとどう言う関係なの? 鍵って何? もしかして恋人なの? 鍵って家の鍵? いつもこちらへ来るの? 親しい関係なの? まあまあまあ! 2人きりで会っているの? いつから?」
マシンガンか?と言うほどけたたましく捲し立てる。とてもじゃないが、一つ一つに答える事はできないほどの熱量におよび腰のランクル局長。
「あの方は魔獣管理局にお勤めになるかも知れないと、よく魔獣たちに会いにきているだけで私に会いにきているわけじゃありませんよ!」
「んんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 馬鹿をいうんじゃありません! 伯爵令嬢が何故こんな獣臭いところに足繁く通うと言うのです! 魔獣に会いに? いいえ、そうではありません、そう理由をつけているだけでお前に会いに来ているのです!
んまぁぁぁぁぁ! そうなのね、ええ、ええ私には分かっています! ちゃんと自分で見つけていたのですね! ミザリー様のことは残念だけど、まさかレンブラントが絶世の美女と名高いセシリア嬢を落としていたとは!! よくやりました!! 後はこの叔母に任せなさい!」
「違う! 全然分かってない!! 勘違いだ! 落としてなどいなーい!」
魔獣と俺でどっちを取る?って100%魔獣を取る人だ。彼女が俺を? ないない、全然ない! これっぽっちも俺に興味なんてない! あるわけがない!抉らないでくれー!!
だが、叔母の手腕は素晴らしく手際が良く、あれよあれよと進んでいってしまった。
「すみませんセシリア嬢、魔獣舎に通うのは私に会いにきていると…その不本意な噂が出回ってしまって…こんな事に。叔母は悪い人ではないのですが、お節介で世話焼きで猪突猛進で…その」
「ランクル局長、正直な話…結婚についてはどうお考えなんですの?」
あっ、これ間違えちゃいけないやつだ、ランクルは内心 冷や汗を流す。
ガシガシ頭をかくとセシリアを見つめて正直に気持ちを打ち明ける。
「私自身は家庭を持つは向いていない人間だと思っています。今までの人生で魔獣以外に興味を持ったものはありません。貴族の義務として誰かと結婚しても恐らくそれは変わらない。
幸いにも私は継がねばならぬ家はない、このままここで魔獣の世話ができれば幸せなんです。つまり、結婚を考えたことはない。私は今のままでいいのです」
「覚えていらっしゃるか分かりませんが、わたくしも子供を夫を正しく愛せるか不安なのです。だから今のところ結婚する意思はありません。ただ、立場上 縁談を断るにも難しいお相手がいるのも事実でして、その…ランクル局長もご結婚の意思がないと伺い、そこで不躾なお願いなのですが……わたくしと婚約して頂けないでしょうか?」
えっ? 意味が分からない。
「結婚しないのに、婚約?」
「はい。取り敢えず特定の人物と婚約するれば、周りが静かになると思うのです」
「………、いざ本当に結婚しなければならないとなった時どうなさるのですか?」
「そうですね…、ご迷惑ですか?」
思ってもみない返事だった。てっきりそれは阻止の方向で、そう続くと思っていたのに、彼女は俺に、自分と結婚するのは迷惑か?と聞いた、ちょっと意味がわからない。全然理解できない。
「あなたは好きでもない男、しかもかなり年上の男と結婚する羽目になるんですよ? 迷惑かどうかって貴女のセリフでしょう!?」
「………。私も結婚生活は難しいと思います、愛のある結婚も愛のない結婚も…私などが出来るのかどうか、愛される資格があるのか…、愛してくださる方がいるのかどうか…。
正直 式を挙げ正式な夫婦になったからと言って、円滑な夫婦関係が築けるかは分かりません。ご迷惑をお掛けする気がします、ですからその時点でどうするか話し合えればと思います。それで如何でしょう?」
「如何って? えっ!? 如何!? いいんですか!?」
それからも話し合いを魔獣舎の前で行い、結局 偽装婚約者を演じる事になった。
「すみません、あの叔母がいる時に偶然セシリア嬢が鉢合わせしてしまった為にこんな事になって」
心底申し訳なさそうな顔をする。
だが、セシリアがその場に居合わせたのは偶然なのではない。
セシリアもブルーベル侯爵家を盾に断るのが難しい局面を迎えていたのだ。そこで手っ取り早く誰かと婚約するか!と話が出ていた。最初の案ではリアンに白羽の矢が立ったが、リアンも聖獣を得ているため、婚姻は自由意志では決められない。因みにアシュレイ王子にはリアンの正体がバレているので結婚は阻止するように話をしている。そこで、婚約の話が出ても不自然ではない相手を考えた時に、結婚する意思がない、ある程度の地位にある人間という事で、ランクル局長にロックオン! 周囲を調べて今日を迎えていた。
まあ、こうしてランクル局長とセシリアの婚約は整った。
ランクル局長は実家とは勘当されて交流していないので挨拶の必要はない、と実家へは挨拶に行かなかった。心のどこかでいつか解消するものだとも思っていたからだ。
ブライト伯爵家には挨拶に行った。だが、セシリアはブルームにも両親にも包み隠さず、結婚するつもりはないけど、縁談が山のようにきて断れなくなってきているから、ランクル局長と利害の一致で婚約を結ぶ事にした、と正直に話した。
「ランクル局長、娘の我儘にお付き合い頂きまして申し訳ありません」
「いえ、今回の件は私が助けて頂いているのです。それに私の叔母に会いさえしなければこんな事には…、申し訳ありません」
「セシリア…、ランクル局長に多大なご迷惑をお掛けしている事忘れてはいけませんよ?」
「はい、お母様」
「では 表向きは婚約者として、私も義弟殿とお呼びした方がいいのかな?」
「ブルーム殿、あまり虐めないでください。呼び方は兎も角、仲良くしてくださると嬉しいです。宜しく頼みます」
「こちらこそ、宜しくお願いします。ランクル局長、厚かましいことですが、セシリアのこと宜しくお願いします」
結婚の予定のない婚約が整ったのだ。




