63、婚約者−1
「どうしたんだ?」
ローレンに声をかけたのはブルームだった。
最初は警戒しよそよそしくしていたが、毎日家で顔を合わせるようになり(押しかけで居着いた)今ではブルームとローレンは親友関係。まあブルームにとってはセシリアがブライト伯爵家(本宅)とは言え家に招いたことによりだいぶ警戒は解いていた。ただ人目があるところでは、相変わらず公爵家のご令息にと貧乏伯爵家の子息と言った関係性を継続中。
ブルームは面倒だから、ローレンはそこは他人に踏み込まれたくない大切な場所だから。
「おお、ブルームか…。いや、令嬢は噂好きだろ? 正直 長時間だとお腹いっぱいで疲れちゃってね。クールダウン、少し休憩だよ」
ローレンは自分の婚約者がセシリアを馬鹿にしていた事は黙っていた。
「あれがリネット嬢か…、いいのか? 1人にされて怒ってるぞ?」
「ああ、もう十分付き合ったよ。これ以上一緒にいると送らなくちゃいけないし、ブライト伯爵邸に帰るのが遅くなる」
「おい! 何でうちに帰ることが前提なんだよ! …ふっ、まったく。なら、彼女が帰ったら俺らも帰るか? それで少し飲むか?」
「いいねー。疲れてたけど、楽しみができた!!」
「厳禁なやつだ。セシは? もういい?」
「ええ、勿論ですお兄様」
4人はリネット嬢が帰るのを見計らって、帰路に着く。
まあ、いつもの事だ。ブライト伯爵邸にはローレンの部屋も出来、仕立屋もブライト伯爵邸に呼び、今やローレンの衣装もかなりある。生活の全てがここに揃っている。
セシリアとリアンは部屋に下がると、転移して郊外の自分の屋敷に戻っていった。
ブルームとローレンはブルームの部屋で明け方近くまで飲んでいた。
学園に登校するとプリメラの人気が凄まじいことになっていた。
月を囲む夕べに参加していた者たちがプリメラの魔力量はかつて無いレベルで見たこともない虹色の美しい花を咲かせたとあちこちで吹聴した為、『プリメラは特別な魔力を持っているのでは? もしくは聖獣様が特別なお力を持っているのでは?』とプリメラフィーバーしていた。
今まで聖獣を得たことでプリメラを崇めてた者も、そうでなかった者も『聖女プリメラ』と言い始めた。
フェリス・カーライルも今更ながらにまたプリメラに近づいたが、プリメラの中ではもう終わった話だし、貧乏になってしまったので貧乏なフェリスには申し訳ないと身を引いた恋は切なくも散ったのだった。元々恋愛したかっただけだし、今となっては結婚も自由には出来なくなったのでその他大勢以外のなにものでもない。
群衆の中から必死にプリメラに声をかけるが、フェリスの声が届く事はなかった。
シルヴェスタ公爵は執務室にある高価な花瓶を腕で払い落とし、目の前の男を怒鳴りつけていた。相手ノーマン子爵だ。原因は彼がシルヴェスタ公爵の望む解答を持ってこないから。
「一体どうなっている!! あれから何日経ったと思っているのだ!!」
「も、申し訳ございません! 数人で交代し見張っているのですが依然として確認できておりません。監視している者たち誰も仕入業者が入った形跡もないと言うのです」
「おかしいではないか! 1ヶ月も仕入もなく商品を提供できるか? あり得んだろう!」
「そ、それはそうなのですが、私も信用できず1つは手の者、他に金を払って監視させていた者たち2つとも、いずれも確認で気なかったというのです! 普通では考えられないのです!!」
「ではどんな事が考えられるというのだ!? 勝手に食材が増えるとでもいうのか!!」
ガシャーーーーン!
スターヴァ、鳳凰の仕入業者を探しているのだが未だに特定出来ずにシルヴェスタ公爵は苛立っていた。
「孤児院や修道院の方はどうだ?」
「残念ですが、未だ難しいです。申し訳ありません」
修道院、孤児院への支援金の横流しは大きな収入源だった。現在は何故か、完璧にシルヴェスタ公爵家の手の者は排除され、別の者が責任者となった。しかもそれだけではなく、国務部に新たに福祉課と言うものを新設し、そこから役人が派遣され不定期に査察が入った。福祉課ごと手の者に変えようと試みたが、ターゲットを決めるとすぐに移動してしまう。どう考えてもこちらの動きが筒抜けだった、だから下手に声がかけられなくなった。
まずは、内通者の特定が先だからだ。こうなってくると疑心暗鬼で信頼していた味方でさえも疑わしく思えてくる。
孤児院や修道院は国から多額の支援金が流れていたがそれだけではない。シルヴェスタ公爵家からもかなりの金額が寄付している。多額の寄付金も色をつけて戻ってくると思えば寄付も出来た。戻って来ないのなら、ビタ一文払いたくないのに、今更 不正できないなら寄付を止めるとも言えなかった。
「くそっ! 何でこんなに早く新部署が出来たんだ!」
「旦那様、ヴェスタのヘムストラが来ております」
「通せ」
ヴェスタは陶磁器など国内の美術品を取り扱っている店だ、国内の貴族への陶磁器、美術品などを一手に担っている。そしてその責任者がヘムストラだ。このヴェスタもシルヴァータと同じで、ヴェスタを通さなければ国内で商売が出来ない、しかも多額の上納金を納めないと店頭に並んでもバカ高い価格で並ぶ為、一向に売れない。だがヴェスタを通さなければ商売が出来ない為、売れなくても登録料を支払い続けている。ボロ儲けの商売だ。
ヘムストラが差し出した金と帳簿を受け取ると目を剥く。
「おい! なんだこの金額は!? どうなっているのだ!!」
そこにあったのは自分の息のかかった領地の上納金だけであった。通常 毎月金20枚を集金していたが、たった銀10枚しかなかった。自分のところの取引先は上納金も安いので大した金額にならなかった。
「それが…、商品が売れずもう支払う金がないと、脱退しました」
「はぁ? 馬鹿か!? アイツらはそれしか出来ないと言うのに! まさか個人的に商売を始めるのを許したわけではないだろうな!!」
「今のところその動きはなく、それぞれが自領に帰って行きました」
「ふぅ、どいつもこいつも…。 本当に個人的に商売を始めるのではないのだな?」
「はい、実際ここ数年上納金が支払えず店頭価格は上がる一方でしたので、売上はありませんでした。限界だったのだと思います」
「そこを宥めすかして何とかさせるためにお前がいたのだろう!
……アイツらは結局戻ってくるしかないだろう。次は失敗するなよ!!」
おかしい、何もかもが狂ってきている。
これは偶然なのか? それとも意図的に誰かに陥れられているのか?
長年の夢にもうすぐ手が届くと言うのに、それが目の前で崩れ始めている。
「ロナルドを呼べ」
「はい、承知しました」
ロナルド・ダンビル、ロナルドは魔術の天才だった。
伯爵家の次男として生まれその才能を魔術師として遺憾なく発揮していた。だが、比類なき才能を持つ彼は、他者を見下し驕っていた。自分の才能に溺れ、新たな魔術の研究にのめり込みそして暴走を起こした。
事件の後、若き天才はこれまでの驕りたかぶった態度から擁護する人間はいなかった。魔術師団では誰もが当然の結果として受け止め最下位に降格処分となった。今まで顎でこき使っていた新人たちにしっぺ返しを食う、結局耐えきれず魔術師団を辞めた。ただ天才魔術師である事に変わりないロナルドをそのまま放出することは出来なかった。そこで制約魔法のかかった魔道具 バングル型の手枷を付けられ、放逐された。
ダンビル伯爵家も日頃から生意気な態度だったロナルドを切り捨てた。
行く当てもなく朽ちていくしかないロナルドを拾ったのがシルヴェスタ公爵だった。
『お前の特出した才能を真に理解できる者はいないだろう。だが、馬鹿どもに理解させるのではなく、理解できる者たちで国を作ればいい。お前が魔法を存分に使える魔法国家シャングリラを一緒に作らないか?』
その誘いはロナルドには甘美な誘いだった。
見捨てられた才能、必要とされない存在、断ち切られた関係、疎まれる性格。
誰もが自分の思想を危険だと言って取り合ってくれなかったが、シルヴェスタ公爵だけが認め支援してくれる。選択の余地など無かった、自分の夢であり、シルヴェスタ公爵の目指す魔法国家シャングリラの為に全てを賭けると誓った。
ただ、ロナルドには魔道具による制約がかかっていて自由に魔法は使えない、だからその魔道具の解除と新たな魔道具の開発、新たな魔法陣の開発、魔石による魔法の構築に邁進した。
シルヴェスタ公爵から得た資金を惜しみなく開発に、人材の確保に使った。
シルヴェスタ公爵は拠点を決めた。
王都から然程遠くもなく山に囲まれ海に面し自然の要塞として使え、いざとなった時は逃げ道も確保出来る、その上小さな領地では余所者が入り込めばすぐに分かる。
そこで目をつけたのはマンセル男爵領、細々と生きていたマンセル男爵家に圧力をかけロナルドを養子に取らせた。
男爵夫妻に長男夫婦、それに妹の5人家族だった。そこに入り込んだロナルド、数年後そんな田舎の大した資産もない家に強盗が入った。一家皆殺しでロナルドも混沌させられ腕や腹に傷を負った状態で発見された。他の5人は既に絶命し助からなかったが、ロナルドだけは何とか一命を取り留めた。そうしてロナルドはロナルド・マンセル男爵を襲名した。
ロナルドはマンセル男爵家を乗っ取り、ここにシャングリラの拠点を作った。
領民たちは密かにロナルドの人体実験に使われて徐々に姿を消し、孤児院などで使い物になりそうな者をここで密偵に仕立て上げて、作った魔道具で精神を支配し従順な下僕による組織を作って行った。
潤沢な資金を使って様々な魔道具を生み出し、魔法陣の構想を重ねたが、未だに自身の魔道具の呪縛からは逃れられないでいた。そこで魔術師団の中に密偵を潜り込ませて解呪の方法を探らせているが見つかっていない。おおよその見当はついているのだがそこに立ち入るには条件があるらしく奥にある書庫には入れない。
結局 自分の魔道具の解除は後回しにし、シルヴェスタ公爵の意向を優先させた。自分の魔力は制限がかかり全力解放出来ないが、発想の転換、他人の魔力で試せばいいだけと、やりたい事は出来ていた。
魔術師団に潜り込ませていた傀儡も順調に出世し、責任あるポストのなった。
魔術師団に潜り込ませた傀儡を起点に傀儡を増やす予定だ。だが、その前にシルヴェスタ公爵の密偵を忍ばせなければならない。
あと少し、もう少しで理想国家シャングリラを実現出来るところまで来ていた。
奥地に引きこもっているロナルドも異変を感じ取り始めていた。最も分かりやすいところでシャングリラに運ばれてくる金が減った事だ。そして密偵が減り報告が滞るようになっていった。何かが起きている! 見えない脅威に晒されている。我々の存在に気づく者はいないはず、一体何が起きていると言うのだ!?
シルヴェスタ公爵の作り上げた金を巻き上げるシステムは、シルヴェスタ公爵家の強大さからちょっとやそっとでは揺らぐことはないものだった。今のシルヴェスタ公爵家に逆らう者もいない、それは王家であっても同じだ。
一体何が起きているのか!?
学園では今日もまた1人の猛者がセシリアに愛の告白を行っていた。
「セシリア・ブライト嬢、我が侯爵家に迎えてやろう、喜ぶがいい」
こうセシリアの前に立ちはだかったのはトーマス・ビルマン、ビルマン侯爵家嫡男だ。
このトーマスは何をしても抜けているような男で侯爵家の嫡男でありながら未だに婚約者はいない。と言うのも凡庸なだけなら許せるのだが、無神経な一言を言う、周りが見えず余計なことをして相手を怒らせる様な人間。厄介な事にそこに悪意がない。だが不運にも4つ下に生まれた弟のドナルドは愛想も良ければ、何をしても優秀だった。トーマスが5年かけても出来ないものを3か月で出来てしまう。当然周りはドナルドを持て囃し人が集まる、そしてトーマスは卑屈になっていく。
トーマスの婚約が決まらなかったのは性格の問題だけではない。ビルマン侯爵家を継ぐのはトーマスではなくドナルドだと皆に思われているからだ。だからドナルドには婚約者がいるのにトーマスにはいない。打診しても断られてしまうのだ。
そしてプライドだけは無駄に高い、『私の相手に相応しい女が今までいなかっただけだ』と曰う。
だが、ここへきて嫡男である自分が家を継げないかも知れないと思う事態に陥っていた。トーマスにとっても起死回生の一手は『完璧な婚約者』を見繕う必要があったのだ。
そして白羽の矢が立ったのがセシリアと言うわけだ。
「何だ、感激して声も出ないか!」
「ビルマン様、大変申し訳ありませんが、お嬢様には既に婚約者様がおりますので、そのお話はお受け致しかねます」
「はっ!? どこのどいつだ! 私、私と婚約…するべきだろう? わ、私がお前如きと婚約してやると言っているのだぞ。 侯爵家だぞ!? 何で? いつ?」
この話題にはニヤニヤしながら聞いていた者たちにも激震が走った。
「プライベートな事ですので詳細はご容赦くださいませ。それでは失礼致します」
セシリアは一言も発する事なくその場を去った。
その後は混乱の中セシリアの婚約者探しが白熱した。




