61、舞踏会と月を囲む夕べ−2
プリメラはゲームの記憶を整理してみた…。
うーーーん、もうあまり覚えてない。
攻略対象者の顔、悪役令嬢の顔、攻略した相手とプリメラの幸せな結婚しか覚えてない!?
小さい頃に思い出したプリメラは、乙女ゲームのヒロインとして勉強したりドレスを同じように注文したり、努力した。だけど、思った通りの展開にならない頃から印象に残る事柄以外は少しずつ忘れていった。
この間うたた寝で見たアシュレイとプリメラの舞踏会の1日…イベントは微かの覚えているけど、目覚めてしばらく経ったらもう細かいことは忘れちゃった。だって夢だし。
んーーー、覚えているのはアシュレイとプリメラは凄くお互い惹かれあってて、プリメラの魔法が凄くて、皆が幸せになったってことだけ。
あれ! あれれれ!!
ゲームの中では私聖獣持ってなかった!?
あーーー、だから自由恋愛が許された?? あれ? 今は…国に管理されてる。
これってどうなるの!? 私 今現在誰とも恋愛してない! だって家に借金があってお爺さんに売られちゃうとこだったから! あれ? あのお爺さんも結婚する気なかった…、こんな展開なかったよねー?
えーーーーーー!! ヒロインが何でそんな悲壮感たっぷりの貧乏設定になってるの?
やだなぁーーーー。
それとも貢いで貰って不自由ない暮らし?
あっ、今 ドレスとか色んなもの貢いで貰ってる…。
私の転落人生ってマストな訳??
あー、でも今は恋愛出来ないのかー。
だって誰かと仲良くなって、国に駄目って言われて別れなくちゃいけないのは…凄く辛いよね。それに私、恋愛に夢中になると他のこと手につかなくなっちゃうし…、今は聖獣のお勉強で王宮にも通わなくちゃいけないし、お友達にお茶会や夜会に誘って貰って、案外時間がない。うん、今が楽しいから暫くこのままでいいや! 取り敢えずフェリス君と恋愛できたし、結婚は…まだ早いかなー。
王宮の人が紹介してくれる男の人はきっと将来有望な若い人だと思う! お爺さんではないと思うの! 出来れば優秀なだけではなくイケメンであって欲しいけど…。
大丈夫! 私それまでちゃんと待てる!
それに逆に言えば相手が決まるまでしか自由がないんだよねー。
友達と遊ぶとか、色んな人に会うとか、きっと今しか出来ないことだからそれらをたのしむ! 次の恋愛は結婚相手とする!! オッケーーーー!
舞踏会が始まった。
アシュレイ王子はディアナをエスコートし現れた。
ブルームはエレンをエスコートし、セシリアはリアンにエスコートされている。
プリメラはと言うと、ベルナルドだ。これは護衛がてらベルナルドの父から命令された。
ファーストダンスをアシュレイ王子殿下とディアナが踊る。流石と言うべき貫禄、見事なダンスだった。
「続けてもう一曲如何ですか?」
「いや、今日は多くの者と話をしたいと思っている」
「まあ、…またわたくしに恥をかかせるのですのね」
「ディアナも様々な人間と関わりを持つといい、学生でいられるのは残り僅かだ。もうこう言う機会は卒業してしまえば得られないからね」
「…そうですわね」
「お話し中すみませ〜ん」
割って入ってきたのはプリメラだ。
「貴女はまだマナーを覚えられないの? 言ったはずよ、身分の下の者から話しかけるなど不敬だって!」
「えーー!? 友達同士は無礼講でしょう? それに身分は私の方が上じゃないかしら?」
「くっ、誰と誰が友達なのよ! まったく図々しい」
「アッシュ様! 踊ってくださらない!」
あっ!いっけなーい、夢の中みたいにアッシュって呼んじゃった!
「貴女には学習能力というものがないの?」
地響きかというほど低い声で驚いてプリメラはディアナを見た。
「うわぁーーー、ディアナさんって女性なのに随分低い声が出るのね。すごーい! 男の人みたい!!」
「な、な、何ですって!!」
手を振り上げプリメラの頬を打とうとしたが、それをアシュレイが止めた。
「止めるんだ、ディアナここは人の目がある。それにプリメラ嬢のこう言った口調は今に始まった事ではないだろう? 落ち着くんだ」
「アッシュ様がするべきは、わたくしを止めることではなくこの無礼な女に罰を下すことです! わたくしが皆の前で恥をかいても放っておくつもりですか!?」
「はぁぁぁ、ディアナ…、今の君は公爵令嬢の高貴な女性と言うより独善的な暴君だ。場を弁えてくれ」
メラメラと怒りを激らせていたが、ディアナは深呼吸をし持ち直した。
「ああ、そうだわ。ハドソン伯爵家の領地…借金が多くて破産、聖獣を従える令嬢にはあるまじき家として、領地は国に召し上げられたんですってね。やだ、ホントお気の毒ぅ〜。 能力が無い者が上に立つと下の者は苦労して大変ねぇ〜。
貴女は一生 国に仕えてお金を返していかないとね…ふふふ、確かに貴女の自由はあと少し、お可哀想ねぇ〜」
「えっ!? うぅぅっ!! お父様、お母様…」
「あらあら ご存知なかったぁ〜? まあ、貴女が帰っても役に立つことなんてないものね、残念ね〜」
「止めるんだディアナ!」
「そっかー、領地無くなっちゃったんだ…。でも仕方ないよね、借金だらけなのは本当だし! お爺さんと結婚しても借金のカタに取られちゃっただろうし…。
私の結婚は国がきっとちゃんとした人を紹介してくれるから、ある意味安心! はぁー、これも全部モモちゃんのお陰ね! 有難うモモちゃん!!」
呆気に取られた目でアシュレイとディアナは見ていた。
「ぷはははは、プリメラ嬢は逞しいね。良かったら1曲踊ってくれませんか?」
「ななんて子なの!? 信じられない!!」
「はい! 喜んで!!」
ディアナを取り残し2人はダンスフロアに行ってしまった。
セシリアは相変わらずブルームとリアンとだけ踊っていたのだが、グラシオスがやってきてダンスを申し込まれた。
「はい、宜しくお願いします」
セシリアがブルーベル侯爵家以外の者と踊ったのはグラシオスが初めて。
突破口を開いてくれたグラシオスに皆手を合わせ拝んだ。
『我々はあなたの勇気を忘れません!!』
だが全員が突進出来る訳では無い。
何故ならセシリアは長身なのだ、それにヒールのある靴を履くと173cmくらいはある。隣に立つにはなかなかの勇気が必要なのだ。しかも普段はブルームかリアンと言う完璧なスタイルと容貌をしたイケメンたち。そこに自分が置き換わる姿を想像すると…尻込みするのも仕方ない事だった。絶世の美女の横に立つ凡人を想像すると、緊張だけでなく恐怖すら感じる。じっと見つめているだけで満足し自分を慰める。
まあ、実際はこのネガティブな感情はリアンが発しているものだ、余計な輩が近づかないように術がかけられているのだ。
「やっと念願が叶いました」
「念願ですか?」
「ええ。私はセシリア嬢の聡明さに惹かれています。そしてその類稀な美しさにも、気品のある立ち振る舞いにも、控えめなご気性にも…全てが私を掴んで離さない。どうか、私を恋人にして頂けませんか?」
「グラシオス様ったらご冗談ばかり、困りますわ」
「ああ、冗談などではありません! 貴女を得られるなら何を犠牲にしてもいい!」
「ふふふ 宰相閣下のご令息であり未来の宰相様には、後ろ盾となられる家の方との縁談がございましょう? ご冗談はその辺で」
これ以上何を言っても無駄だと理解した。
「分かりました、でも私が想いを寄せることはお許しください」
「正直なところ、わたくしは結婚に向かない人間なのです。ですから困るのです、お許しください」
「結婚に向かない? その理由を伺っても?」
「これ以上はお許しください」
グラシオスは引き際を見極めて、別の話題に変える。
「セシリア嬢はどうして勉学に勤しんだの?」
「生きるためですよ。貧乏伯爵家ですから手段が多ければ多いほど良いかと思っただけです」
「だが、あれほどの成績を収めるには並大抵の事ではなかったでしょう?」
『まあ確かに回復魔法があったから寝ないで勉強したけど…、それを考えるとお兄様は凄いわね。私はある意味前世でも勉強することは嫌いじゃなかったから…色々チート機能が備わっていたしね…』
「ただで学ばせて頂いていたのですもの、何か役に立たなければ、何か恩返しせねばと必死だったのです」
それからもたわいもない話をしてグラシオスとのダンスを終えた。
セシリアが戻ってくるのを端目に捉えてゾロゾロとやって来たが、輝かんばかりの笑顔のブルームの前に撃沈していった。
「お疲れ様、セシ ちゅ」
「お兄様、ただいま戻りました。ちゅ」
グラシオスは愕然とした顔をしている、先程の会話から考えると兄ブルームを愛しているから他の男は愛せないと捉えただろう。まあ、事実でもあるので誤解されるように放置。
そしてブルームを狙っている者たちもセシリアとの関係を見ると割り込めない雰囲気に尻込みする。そこいらのカップルよりよっぽど絵になり恋人同士に見える。しかも長身のセシリアは絶世の美女でもあるが、男装すればかなりのイケメンになるであろう、女性たちの中には、セシリアを男装の麗人に見立て密かにファンクラブまで作っていた。
誘うのは自由だ!
とばかりに気合を入れてセシリアの元へ来るとブルームとリアンに上手くガードに入られ声がかけられない。涙を飲む者たちの中に、またも勇者参上! アシュレイ王子殿下だった。
「ダンスに誘ってもいいだろうか?」
一瞬の沈黙の後、ブルームは横に身をひいた。
『どうする?』
『大勢が聞いている中、王子殿下に誘われて、嫌とは言えませんわね。それにグラシオス様だけ特別にするのも面倒ですし、行って参ります』
こんなやり取りがあった事は内緒だ。
アシュレイ王子殿下のエスコートでダンスフロアに向かう。
会場中がどよめく。
もしここにディアナがいれば大騒ぎしてダンスどころではなかっただろう。
アシュレイ王子殿下の瞳が今まで見た事ないくらい輝いている。イキイキしていて子犬にようだった。楽しそうに笑いかけ、偶に悪戯な顔をしたり、いじけて見せたり、困った顔をしたりと表情豊かに見せた。とても今日初めての関係には見えなかった。対するセシリアは鉄壁の笑顔で変わらない。
「ふふーん、セシリア嬢とダンスが踊れる日が来るなんてな…、凄く嬉しいよ!」
「殿下? もうそんな感情ダダ漏れではわたくしが危険になるのでおやめ下さいまし」
「ははは すまない。顔がニヤけて戻らないんだ! 今この時間はセシリア嬢を独り占め出来る」
「別にダンスを踊っているだけですよ? 独り占めも何もないでしょうに」
「男心が分かってないのだな。セシリア嬢は大人気の絶世の美少女だ、誰もがこの手を取り自分だけをその美しい瞳に宿して欲しいと願っているのだ。私とて王子と言えどこれっぽっちも相手にされていないのだぞ?」
「そうですか? 今は少なくとも殿下だけが映っているようですよ?」
「うわぁー、これほど気持ちの籠らない言葉を聞いたことがあるだろうか!」
「臍を曲げた婚約者様に甘く囁かれては?」
「はっ! 意地の悪いことを言うな、彼女との結婚生活を考えると胃が痛くなる」
「まあまあなんて言う事でしょう、それが一生続くなんてお労しいですこと」
「私の不幸をこれほど何とも思っていない人がいるなんて!!」
「殿下、周りから見られてますわよ? いつもの仮面をお被りになって下さいまし」
「そうだな、だけど取り繕わないでいられる相手は殆どいない。私の立場になれば尚更だ。なあセシリア嬢、私の側近になってはくれまいか?」
「兄もいるではないですか」
「こう言う気兼ねない関係の人間は貴重なのだ、なら側近ではなく…相談役などはどうだ?」
「ええ、考えておきます」
ニッコリと笑うその笑顔が憎たらしい。
「私は本気だからな」
「ええ、有難う存じます」
「はぁぁぁぁぁ、リアンに会いたい」
「ふふふふ」
「ああ、楽しい時間はあっという間だ。さて仕方ないブルームに返しに行かねばな」
「有難う存じます」
「さて、顔を作らねば」
「もう、皆にバレているのでは?」
「そう言うな、よし行こう!」




