60、舞踏会と月を囲む夕べ−1
プリメラは生徒会のお仕事をする暇がなかった、だってあちこちの夜会に呼ばれて忙しいから。何故、あちこちの夜会に参加出来るかといえば、以前 『夜会に行くお金がない』と言ったことがあった。それから暫く誰からも誘われなくなった。少し寂しくもあったけど、毎回 ちょっとその日は用があって、とか王宮で呼ばれてて、とかどうでもいい嘘をつくのもうんざりしていたので、丁度良くもあった。
ある日「あのプリメラ様…ご不快に思われないで欲しいのですが、これは私のドレスです。それを少し手直ししましたので、これを着て我が家のお茶会に参加頂けませんか?」
そう、誘われたのだ。
以前であれば『何故私が貴女のおさがりを着なきゃいけないのよ!!』
そう言っていただろうが、目の前の少女に自分を蔑む色はなかった。純粋にどうしたらプリメラが参加してくれるかを考えてくれた結果なのだろう、そう思えた。そこで素直に
「有難う! これを着てお呼ばれさせてね」
そう言うと、目の前の少女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
ああ、これが正解! …良かった。
聖獣を得る前であれば、『いやーねー、物乞い?』蔑まれて笑いものになってこの場を逃げ出していた、でも今は『慈悲深いプリメラ様が私の贈ったドレスを身に纏って参加してくださる』と感激してくれるのだ。プリメラはみんなが優しくしてくれて嬉しかった。
プリメラは何も変わっていない…周りの見る目が変わったのだ。もう聖獣がいない時には戻りたくない! モモちゃんに優しくしようと思った。
夜会に向かう馬車の中でボーッと外の景色を見てうたた寝をしていた。
今日は生徒会にとって忙しい1日だ。
連日帰るのは9時過ぎ、疲れもとっくにピークを過ぎていたが何とか励まし合い頑張っていた。それも後数時間が過ぎれば、解放される、あと少しの辛抱! 目の下にクマを作りながら繰り返し唱える。
「プリメラ! お疲れ様、食事の搬入はどうなっている?」
「アッシュ様、お疲れ様です。シャンゼルが会場に入って現在セッティングしてくれています」
「そうか、有難う助かった。シャンゼルが突然搬入出来ないって言い始めた時はそうなるかと…気が気でなかったよ」
「きっと私のせいね…アッシュ様に迷惑をかけてごめんなさい」
「プリメラ……君のせいじゃない。私が悪いのだ、私の心が君を求めてしまうから、大切な君に辛い思いをさせている」
「いいえ、いいんです。ただこうしてアッシュ様がそばにいてくださる…それだけで」
「ああ、プリメラ!」
人の目のないところで暫しの逢瀬に身を委ねる。
「いけない、今は時間がないのだった。プリメラは私の癒しだ、沢山の元気をもらったよ。それではまた後でね」
「はい、アッシュ様もご無理なさらないでくださいね」
「ああ、有難う」
『そうそうそう、じっとアシュレイの背中を切なそうに見つめるプリメラ…、グッと来たよねー』
この時、生徒会の活動でアシュレイとプリメラが親密に過ごしていることに腹を立てたディアナが、圧力をかけてシャンゼルのケータリングを阻止しようとした。ここは貴族の屋敷ではない、れっきとした王立学園の催しにまで圧力をかけてくるディアナの嫉妬に辟易としていた。
ディアナが何かする度に、アシュレイとディアナの関係はギスギスし、アシュレイはプリメラに惹かれていった。天真爛漫で裏表のないプリメラは一緒にいると心が安らぐのだった。
プリメラもアシュレイ王子はディアナさんの婚約者だって分かっているのに、気持ちを止められない。普段 王子然としている彼が自分だけに見せる自然な笑顔に心を鷲掴みにされる。ずっと側で見ることができれば良いのに…、先のない未来、育ててはいけない感情は胸で燻り続け、今にも全身に激る炎となり覆いつくしてしまいそうだった。
忘れるのよ プリメラ! アッシュ様を苦しめたくはないでしょう?
お願い、誰も気づかないで、もう少ししたら綺麗さっぱり忘れてみせるから、もう少し、もう少しだけ近くで彼を見つめさせて頂戴。
折角の舞踏会だと言うのに生徒会のメンバーは忙しく裏方で働いてまだ誰とも踊ることも出来ていない。
あーあ、アッシュ様がご結婚されたらきっと一緒に踊るなんてないわね。
踊ってみたかったな。
ひと段落しプリメラはバルコニーで1人夜風に当たっていた。
「アッシュ様と踊りたかったな」
「本当?」
「きゃっ!」
振り返るとそこにはアシュレイがいた。
思わず吐露してしまった本音を聞かれてプリメラは口に手を当てたまま何も言えなかった。
「…ふふ、驚かせてしまったね。 プリメラ、音楽が聴こえる。良かったら私と踊ってくれない?」
「えっ!? 良いのですか?」
「生徒会のメンバーだってダンスを楽しんだって良いと思わない?」
差し出される手は僅かに震えていた。アシュレイ王子も少し緊張しているようだった。プリメラは少しの葛藤の後、その手を取った。
流れるワルツに身を任せ踊っている、正直ステップなどめちゃくちゃだった。今はただ目の前にいる人物に互いが夢中だった。言葉もなく見つめ合い体を揺らしている、チークダンスのようだった。
重ねる手は汗ばみ、もっと触れたいと言う衝動に駆られる。もう音楽なんて聞こえない、互いの心臓の音がドゥクドゥクドゥクドゥク聞こえてくる。今は少しでもこの時間が長く続いて欲しいと願った。互いの瞳には互いしか映さない、他のことなど気にならないほど近い距離、自然と顔に熱が集まり瞳は潤む、ああ 愛しい、愛しくて仕方ない。
アシュレイはプリメラを胸に抱きしめて唇を重ねたい、それしか考えられなかった。
不意に立ち止まった、繋いでいる手を引き寄せれば欲望を叶えられるかも知れない。
「アッシュ様……?」
沈黙に耐えられずプリメラが声を発した。
アシュレイの瞳はいつになく真剣で怖いほどだった。
繋いだ手に力が入った!!
「アッシュ様! アッシュ様はどちら!! アッシュ様―!!」
耳障りな声で一気に現実に戻ってきた。ここに私とプリメラが2人でいたと知られれば、ディアナにプリメラは完膚なきまでに叩きのめされる! 家も潰されプリメラの名誉は地に落ちる…、知られるわけにはいかないのだ!!
「プリメラ…ごめん、 もう行くね」
そう言うと、握っていたプリメラの手にキスを落とし、バルコニーから去っていった。
「アッシュ様―!」
「そんな大きな声をあげてどうしたんだ?」
「お姿がなかったものですから…」
「少し外の風に当たっていたのだ」
「そうだったのですね。では、早くしてください」
「? 何を早くと言うのだ?」
「もう! 良い加減にしてくださいまし! 婚約者であるわたくしをダンスにも誘わず舞踏会を終わらせるつもりですの!? わたくしに恥をかかせないでくださいまし!!さあ! お誘いくださいまし!!」
「ふぅぅぅぅ、私は生徒会の仕事で忙しいのだ、見ていて分からないのか!?
君のその高圧的な態度にはうんざりする。君はいつだって自分のことしか考えないのだな。
私は生徒会の1人として忙しい。悪いが、今回は遠慮して欲しい、ダンスは別の機会に。それでは失礼するよ」
アシュレイ王子はディアナを置き去りにした。
置き去りにされたディアナは手がつけられないほど荒れ、周りにいた者たちを震え上がらせた。ディアナの後ろにはソディックが控えており、
「お嬢様、これ以上はおやめ下さいませ」
「お前までわたくしに逆らうの!?」
「人の目があり過ぎます。ここは一旦お引き下さいませ」
「……くっ、行くわよ!」
ディアナは控室でヒステリーを起こしていた。ソディックを扇で何度も叩き、周りの家具を投げつけ当たりまくっていた。当たりどころが悪くソディックの額は切れ血が流れていた。
それでやっと我にかえり、暴れるのをやめた。
「この後は如何致しますか? 月を囲む夕べに参加されますか? それとも家にお戻りになられますか?」
月を囲む夕べは、月を皆で見て楽しむと言うより、魔道具に触れるとその魔力を吸い取り、綺麗な花が咲くのだ。魔力の花は、魔法属性によって色が違い、火魔法は赤い花が咲き、水魔法は水色の花が咲く、風魔法は黄緑の花、聖属性の魔法は白い花、土魔法は薄紫の花、雷魔法は黄色い花、氷魔法は青い花、様々な属性を持っている者が集まるとカラフルで可憐で美しい。ただ残念なことに近年は火魔法、水魔法、風魔法が主なので3色の花畑が広がる。しかも火魔法を使う者は割合として多いので、赤多めの配色に少々怪しい雰囲気となる。
それでも魔法の花は地面に咲くだけではなく、空中にもは咲かせるため幻想的で美しい。薔薇の花園といった様相だ。そこでは自然と甘い雰囲気が出やすい。婚約者同士や、恋人同士は揃って参加することが多い。舞踏会と違って月を囲む夕べは強制参加ではないので、夜の遅い時間で参加しない者もいる。
「アッシュ様がいるならわたくしが1人帰るなんて選択肢ないに決まっているわ」
「…ですが、今は一旦お引きになられた方がいいのでは? 先程かなりご不興をお買いになられた思いますよ? これでまたお嬢様との時間を作れなどと言えば…」
「煩いわよ!!」
ガシャーーーーン!!
またテーブルの上のカップを手で薙ぎ払って割った。
侍女たちも怯えすくみ上がり部屋の隅で、唇を噛みしめて恐怖に耐えている。ディアナ付きのヨルも『私は石』とばかりに黙している。
「……分かったわよ! 屋敷に帰るわ、準備して頂戴!! あー、でもダンは残ってアッシュ様の動向を把握しておいて頂戴」
「「「承知致しました」」」
使用人たちは内心そっと胸を撫で下ろす。
ディアナを屋敷から出すとあちこちで感情を爆発させる為、後始末が大変なのだ。
ディアナが帰った後の学園は平和そのものだった。
いつもと変わらない赤と黄緑と水色の風景に今年は白い花が沢山咲いた。
ここに参加した生徒全員の魔力に匹敵するほどの魔力をプリメラは見せた。いつもは赤色がギラついているがプリメラの登場により白がかすみ草のように散り、ギラついた赤は優しいピンクに見えた。
「プリメラ、お疲れ様」
「アッシュ様、お疲れ様でございます。ふぅ、やっとここまで来ましたね。これで後は片付けで終わりですね」
「ああ、そうだな。今日の日のために色々準備してきた。途中アクシデントもあって今年はどうなるかと思ったけど、何とかプリメラやみんなの手を借りて無事成功できそうだ」
「ええ、グラシオス様やベルナルド様にローレン様も物凄く頑張ってくださいました。でも私はその中でもアッシュ様が一番頑張っていたと思います。お忙しい中、有難うございます。あと少しです、残りも頑張りましょうね!!」
「ああ……、プリメラはいつも直向きで素直で優しくて強い…、そばに居るだけで周りの者を癒やしてしまう力がある。そばに居てくれて有難う」
「アッシュ様こそ私にとって太陽みたいな方です。いつも私を正しい方向へ導いてくださる。それにいつも正しく有ろうとする姿がとても眩しくて…、心から尊敬しております」
アシュレイはプリメラの真っ直ぐな言葉がくすぐったかった。
そして正しく有ろうとしている自分を見てくれている存在に、勇気と自信を持った。
「…そう 思ってくれるなら、凄く嬉しいよ」
今はそれしか言えなかった、余計なことまでき口走りそうで必死に我慢した。
暗闇に浮かぶ魔法の花を眺め、月の光を見つめた。
暗闇に月の光は心許無く感じていたが、思ったより明るいのだな。
私が太陽というならプリメラは月だ。控えめだが、暗闇を歩く者にとっての希望。優しく包み込み、迷いそうな心を導いてくれる光。
ああ、私はプリメラを愛しているのだ、とてもとても愛しい。
その後も優しい光の中を2人で散策した。
「プリメラの魔力は凄いな…、全てを包み込む優しさがある。私はこの光景を生涯忘れないだろう」
「はい、私もです。この光景をアッシュ様と見ることが出来て幸せです」
それ以上の言葉はなかったが、2人は手を繋ぎ人目のない物陰で初めてのキスを交わした。
目を覚ましたプリメラは心が千切れるような切なさを感じていた。
惹かれあっている2人がディアナに邪魔されて可哀想ぉぉぉぉ!!
そうだ! 断罪の時、ソディックとヨルがアッシュ様の味方になって証拠を色々出してくれるんだよねー。
はて、ソディックとヨルって最近見ないけど、どこ行ったんだろう???
今度聞いてみようっと。
プリメラの馬車がつくとエスコートしてくれる男の子がいた。
「お出迎え有難うございます、ノルティス様」
「今夜のプリメラ様もとても美しい。さあ、お手をどうぞ」
ノルティス・キグナス、プリメラが5歳の時にお茶会で下僕にしようとして、キレられてその後キツい令嬢教育の再教育を申し渡される原因となった人物だ。
陰でプリメラを『おバカ姫』と呼んでいた本人だが、今はプリメラの信者になったらしい。
プリメラの気を引きたくて必死になっていた。




