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56、変化

馬を借り郊外の平原まで出た。

ドレスで馬に乗るならリアンに操縦させるのかと思いきやドレスのまま自分で馬に跨り驚いた。風に靡くドレスの裾が気になりチラチラ見てしまうと、何と!ドレスの下に乗馬パンツを履いていた。えっ!? 急に遠乗りに行くことになったのに用意が良すぎる!?

しかも人目が少なくなった辺りでいきなりスカートを脱ぎ捨てしまった。


「ヒラヒラしたドレスでは馬の負担になるので」


なんだ、それ?

女性たちは常に自分に媚を売り、華美な装いで近づいてくるものだった。いかに自分を美しく見せるか、いかに他の女性より自分が優れているかをアピールし、婚約者がいても色目を使い少しでも油断すると付け入られ、既成事実を作ろうとする…。私には着飾ったハンターに見えていた。だからこそ…ディアナの純粋な優しさだけが癒しで愛で真実だった。


あー、駄目だな。

やっぱりディアナの事を考えてしまう。


ふと前を見ると2人と距離が出きていた。手綱を握りスピードを上げる。

平原につき馬を繋ぎ、駆け出しついた先で地面にそのまま座る。それにギョッとした、女性には通常ハンカチを差し出しエスコートしなければ、紳士としての品格を疑われる。それなのに気にした様子もなく座って地面?を見ている。


「リアン見て、どうして草丈があまり長くないか…、きっと水分が多くないからよね、あまり雨が降らないのかしら? この広大な土地の畑の雑草を取り除くのは大変よね。ビニールはないし…藁も大量に使う、魔法空間に雑草の種を持ち込まなければあるいは…、ううん、どこについてくるか 分からないわ」

「セシリア、頭の中身漏れてる ちゅ」

「ああ、ごめん。でも…子供たちが雑草と植物の選別は不安もある…いや、人材を育てる? …でもやっぱり広大すぎるか…」

リアンは急にセシリアを掬い上げて地面に叩き落とした。

それを見たローレンはギョッとして割って入ろうとしたが、そのまま2人でゴロゴロ転がって取っ組み合いをし始めた。

あまりに激しくて割って入ることも出来ない。

2人とも目を輝かせて子供みたいだった。あまり興奮してリアンが手加減を忘れると大変なことになる、だからお互いに微妙な力加減でこれでも遊んでいるのだ。これもセシリアが卵からリアンを育てたセシリアのお仕事の名残り。リアンは同種族で育つことが出来なかったからその代わりにセシリアがなろうと決め、本気で遊ぶ。それは今も昔もリアンの友であり親だから。でもドラゴンのお遊びはちょっぴり過激。体術の域を超えていた。見ていたローレンは口をあんぐり開けて呆気に取られていた。

2人は主人と従者と言うより恋人とか兄弟とか男友達に見えた。


「ローレン様も少し体をお動かしになりますか? 手加減して差し上げますわよ?」

本来女性に言われるには屈辱的なセリフだが、今の体術を見ていれば本気になられたら勝ち目はないと理解できた。


「ああ、頼むよ。雑念をはらいたい気分だ」

虚勢でも何でもなく心情を吐露してしまった。


「そのお召し物では汚せませんね。お着替えになりますか?」

「着替え? そんな物があるのか? では借りようかな? そうだ、それより私たちは同じ年だ、そんなに畏まられると疎外感を感じるからもっと友人のように話して貰ってもいいかな?」

セシリアがここにローレンを誘ったのはローレンが弱っていると感じたからだ、今はなんとなく突き放すのは彼を追い込むことになりそうだと感じて、放っておけなかったのだ。


「公爵家のご令息に気が引けますが…、お望みであればそうします。でも、ぞんざいな物言いをしたからって不敬って叱らないでくださいね」

皮肉をこめて言うと

「プハッ! セシリア嬢は思ったより面白い人だったのだな! 見た目は完璧な淑女で品行方正、編入後テストでは1番の才色兼備。もっとプライドの高い面倒な性格かと思っていたよ!」

「お言葉ですが、私どもは田舎の領地を持たない貧乏伯爵家です。山より高いプライドなど持ち合わせてはおりません、そんな物でご飯は食べられません」

「へぇ〜、意外な一面を見たな。ねえ、どうして従者と体術を伯爵令嬢がしているの?」

「田舎では娯楽がありません。小さい頃からそうして遊んでいたから、気持ちの良い平原で久しぶりに遊びたくなっただけです。体術と言うか、取っ組み合いは道具がなくてもいつでもどこでも出来ますから。それからリアンは従者としていますが、気持ち的には家族です。とても大切な存在です」

「そうか、気分を害したらすまない。好奇心からつい聞いてしまった」

「いいですよ、気にしていません」

「失礼ついでにもう一つ、ブライト兄妹はモテモテなのにどうして婚約者を作らないの?」


「んー、一つにはブライト伯爵家は領地を持たない貧乏伯爵家だから婚姻による結びつきを望むほどの魅力がない事、領地のない名前だけの伯爵家ですから、お兄様に関しては将来を見極めてらっしゃるのでしょうし、わたくしに関してはお兄様の就職先次第と言ったところではないですか?」

「本気で言ってるの? そんな訳ないよね?? ダグラスだって婚約を打診したけどブルーベル侯爵経由で断られたって言ってたよ? 他にも本気の奴を知ってる。本当のところはどうなの? あっ、でもどうしても答えたくないなら答えなくてもいいよ。ズカズカと不躾に聞いてごめん」

「本当の事を言うとわたくしは結婚とか子供を産むとか、そう言うのが怖いの。だからなるべく引き伸ばしてるの。あー、何で貴族は結婚しなくちゃいけないんだろう…」

「そうか…、言いにくいことをごめん。

私はシルヴェスタ公爵家を継ぐ為に貰われて来た。それが実の両親のためであり、自分を選んでくれたシルヴェスタ公爵家への恩返しだと思って来た。結婚相手を真剣に考えたことはなかった、シルヴェスタ公爵が選んだ相手と結婚する以外の選択肢はなかったからね」

「それでローレン様は公爵様がお選びになった方とご結婚されてお幸せになれますか? 出来たお子様を愛することが出来ますか?」


貴族なのに幸せとか愛とか重要?

茶化して聞きたい気分だったけど、セシリアは真剣に聞いていてると分かって、珍しく本音で答えてしまった。


「私の本当の両親も本家であるシルヴェスタ公爵家の顔色を伺いながら生きている人たちだった。だから養子の選定の話があった時 両親は一も二もなく大喜びで私を差し出した。私はこれまでシルヴェスタ公爵家に養子に入った事は結果的に幸運だったと思っている。伯爵家では享受できない多くのことを得ているからね。

自分で言うのも何だが、優秀だったからシルヴェスタ公爵家に入ることができた、それは多くの好奇心も満たしてくれたし、欲しい貴重な本だって何だって手に入れられた、更に私はあの強大なシルヴェスタ公爵家を継ぐことができるのだから。…だから私の結婚は義務であって私の意思とは関係ないと思って来た。幸せになれるか、子供の幸せなど考えた事もなかった。

そうか、私はシルヴェスタ公爵家に入り多くのものも手に入れることが出来たが、平凡を手放したとも言えるのだな。幸せ…幸せ…幸せか、妻や子供を愛すること、権力と引き換えに私の人生……私の幸せを手放したのか。

私はまだ決断できない……」


「迷いがあるなら…体を動かしますか!」



「はは…では、頼む! お手柔らかにな!」


セシリアにしては珍しく手加減を目一杯してあげた。ローレンは今だけは何もかもを忘れてセシリアから一本取ることに夢中になった。


ローレンは気の赴くまま質問を重ねた。本来は駆け引きや矜持を気にして、あまり突っ込んだ質問もしないが、セシリアには『それは答えたくない』そう言われてもいいと思った、寧ろセシリアとリアンなら、意にそぐわなければハッキリそう言ってくれる気がした。そこに面倒な忖度はなく、答えられるものは答えるし、答えられないことは答えない、それが気を遣わなくて心地良かった。不躾な質問も案外 回答してくれた。思ったよりセシリアとリアンは話はしやすかった。生まれて初めて自分の言葉で本音を語った。


ローレンはシルヴェスタ公爵家で今後どう生きるべきかずっと思い悩んでいた。

シルヴェスタ公爵家に引き取られ育てられた恩、本家であるシルヴェスタ公爵家の不正が公になれば当然、実家もタダではすまない。幼い自分の唯一の拠り所だったディアナを裏切る事は正しいのか、何があっても自分だけは味方と誓った想いを違えてもいいのか、仮に手懐ける為の策謀だったとしても実際に自分は救われたのは事実。だからどこかでディアナの本性は善で、今は嫉妬に駆られ常軌を逸しているだけ。そう信じたかった。


アシュレイ王子殿下と側近候補として出会った日から随分経った。

最初会った時は、王子然としていて尊大な態度に振り回されて我慢の日々でもあった。ただ、皆に傅かれ、小さくても大人に指示を出す姿は、我儘を言っているだけの子供でもなかった。1日のスケジュールは過密で、1人になれる時間もない、常に正しさを求められる殿下にはただの子供でいられる時間はなかった。

それが魔獣による飛行訓練の際、墜落して行方不明となったあの1週間に確実に何かがあった、死ぬ体験だけではない何かが、あの後、人が変わってしまった。記憶を無くし戻ってきた殿下は…、角の取れた王子になっていた、生意気な王子は礼儀を知る謝罪のできる王子になっていた。


みんな当時は相当な恐怖があったのだろう、記憶をなくす何かがあったのだろう、様々な憶測が飛び交った。だが、身体的には五体満足で戻ってきた。捜索当時は木の上に殿下の肉片があり、捜索がままならない間に魔獣でなくとも獣に食われたのかもしれないと思われていた、最悪の想定をしていたにも拘らず怪我一つない状態で戻ってきた。密かに別人ではとの憶測も飛んだ。だが、間違いなく本人であると証明された。

戻ってきた殿下は自分に非があると思えば『すまない』と謝罪をするようになった。お付きの者に何度『殿下、王族は無闇に謝罪などしてはなりません』と注意されても、『いや、今のは私に非がある』そう言って曲げなかった。

行方不明の間に彼の心情を変える何かがあったのは確かだった、記憶がなくても影響を与える何かが。

兎に角、戻って来てからの殿下は以前のように殿上人ではなく、尊敬できる王子然となって戻ってきた。そして将来自分の仕えるべき主人であると胸に刻み、多くの時間を共に過ごして来た。

仕えるべき主人であり、友人、アシュレイ王子は正直な人だった、人間的にも魅力溢れる素晴らしい男だった。


私はいつまで経ってもどちらも選べずにいた。



「あーーーー! 久しぶりに夢中になったーーー!! セシリア! すっごく楽しかったよ! リアンも私と遊んでくれ!!」

「別にいいですよ」


ローレンはただひたすら体がくたくたになるまでセシリアとリアンと体術という名のじゃれあいをした。

最後は気を失ってその場に倒れた。


最近ずっと眠れていなかった事もあり、気を失うまで自分を痛めつけ意識を手放した。


「ふぅ〜、リアンお疲れ様」

「うん、でも楽しかったよ」

「本当? いい気分転換になったなら良かったわ。さてと、帰るのにどうしたものかしら…? ここに放置は出来ないしね。きっと暫く起きないだろうし…」


『お兄様、今宜しいかしら?』

『ん? どうしたの?』

『ローレン・シルヴェスタ様を拾ってしまいましたの』

『拾った?』

『弱ってた。だからセシリアが遠乗りに誘って、取っ組み合いしてたら意識失った』

『セシ〜〜〜、何してるの! それで?』

『家とディアナ様と殿下の間でだいぶお悩みだったの。王都のタウンハウスのブライト伯爵邸に運ぶからお兄様がお泊めすることにして頂けません?』

『あー、なるほど そう言うことか。体調不良で帰ったって聞いたけど、話を擦り合わせる必要があるね。それと公爵家にも連絡しなくちゃか』

『ごめんなさい お兄様』

『分かった。屋敷には私から連絡を入れておく。リアン、頼むね』

『了解!』


ローレンは気を失っている間にブライト伯爵家に運ばれていった。

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