55、テコ入れ
国内の孤児院、修道院の責任者が変わった。
それは突如、何の前触れもなく一斉に監査が入った後に。
修道院も修道女のみの男子禁制の場所にも国王から勅書によって、大量の役人と兵士が投入され、何の抵抗も隠蔽も出来ないまま証拠が押さえられ、責任者が次々投獄されていった。
「これほどとは…今までどうして!」
「陛下、こ、これは何かの間違いでは…」
「カーリアン侯爵! これらの証拠は紛れもない事実です! 見てください! 国から支援された金の殆どがこの『S』に流れたと思われます」
「はい、調べてみると証拠が残らないように、帳簿などを残さないように指示されていたようです。偶々サディカ孤児院のシスター ヴァビロアは祭壇の後ろに隠し扉を作り資金の流れを書き記していたので間違いありません。それから長期の内定調査で、これらの帳簿に記載されていた物品の購入などは一切ありませんでした。更に登録されている子供たちも半分以上が存在しておりませんでした。
ですからこの食費も衣服などの購入費も教材費も全てが嘘です。更にこちらはシスターすら架空の人物でした!」
「何と言う事だ!!」
「孤児は何処にいった? そもそも孤児などいないのか?」
「そうではありません。孤児院に連れて来られる子供はおります。ただ世話をせずに放置する。例えばサディカ孤児院の場合、連れて来られた子供たちは床に寝るだけのスペースを与えられます。10畳程の部屋に12歳までの子供が22人寝ています。食事も10人分くらいの薄めた粥が用意されている。ただそれだけ…。子供たちは飢え外へ出かけていきます。また、衣服も残っているボロボロの服を着ているので全員に行き渡るわけでもなければ、寒い冬は乗り越えられず病気になり死ぬ子もいるそうです。結局は外で盗みをして生きていくしかないといいます。子供たちにとって孤児院とは雨の時に寝に帰る場所。
12歳になればどの道出て行かなければならない、だから子供たちはそれを待たずに孤児院を出て行ってしまうのです。
ここにある、子供たちにかかる費用は全てが嘘です。
卑劣な犯罪の犠牲になり、子供たちにとって孤児院・国は敵でしかないのです」
「なんとも…言い難いですな。 それにしても長年にわたるこの莫大な資金はどこへいったのですかな?? 何故今まで気づかずにきたのでしょう?」
「左様ですな、この莫大な資金は侯爵領の運営費を遥かに超えます」
「そうです、何を目的にこんな莫大な資金を掠め取っているのでしょう…。このSとは一体誰の事なのでしょう?」
「引き続き調査を行え!」
こうして全ての施設の責任者が変わり徹底的な調査が行われたが、『S』に直接繋がる証拠は出て来なかった。シスター ヴァビロアたちも『S』に直接会ったこともなく、施設に金を取りに来るのはスタークとホロイと言う人物だった。その際に取り決めの魔石を合わせて確認するとの事だった。その魔石にはライオンと盾が刻印されていた。
捕らえた者を尋問にかけても、魔法で真実を話させても、やはり知っているのは、
スターク、ホロイ、S の事。
それと、Sに気に入られると、このバファローク王国で良いポジションを与えられると言うのだ。しかも資金の横流しもキチンと取り分を僅かでもくれると言うのだ。Sの手先となり働いていた者たちはSを信頼していた、と言うのだ。
Sとは個人なのか、組織なのか…。恐らく大きな組織、莫大な資金、統率、どれをとっても脅威だった。
1番の懸念は叛逆、クーデター、何を目的としているか分からず、不安だけが広がる。
一連の捜査が入り、孤児院と修道院は取り敢えずトップが変わり正常化を図っていた。
まあ、これらを急いだのにも先日のチャリティーパーティーでの売上金がSの資金源とならない為の措置であった。
サディカ孤児院の子供たちは、真新しい服に目を輝かせた。
その上、本来の形である部屋も2人で1部屋になり、替えの服まであった。一番重要な食事も1日に3度食べる事ができる。しかも通いの料理人? 料理ができる人が来てくれたのだ、今までの薄っいスープだけじゃなくておいしいと思えるものだった。 ただ、大きくなった子供たちはそれぞれが働いている子たちもいたので、食事を摂る摂らないは事前申請制になった。
今まで冷たい水でボロ切れを浸して体を拭くしか出来なかったが、風呂もお湯が張られた。水を換えるのは1週間に1度きりだが、それでも温かい湯に浸かる事ができて幸せだった。今までは風呂に入らせて貰えなかったから、風呂場の掃除はない仕事だったが、増えた仕事にも誰も不満を漏らさなかった。部屋の掃除もそうだ。今までの雑魚寝の部屋に皆で掃除すればあっという間だった、だけど今は自分たちの部屋を2人で掃除しなければならなかったが、ちっとも苦ではなかった。
それから布団も変わった! 今までは穴の空いた布団を一応敷いているだけだったが、ベッドに真新しい布団が敷かれた。敷かれた清潔な布団にみんな訳もなく寝そべって頬擦りした。
これらは全て国と先日のチャリティーパーティーの支援金だ。
子供たちの為のお金が正しく使われた結果だった。
恐らくまた暫くすると、他人の金を掠め取ろうとする狡賢い人間は出てくるのだろうが、今は一先ず子供たちの平穏を守れたことの喜びを噛み締めた。
シルヴェスタ公爵が意識を取り戻した時は、全てが終わっていた。
だが病気で奇しくも関知しなかった事で、シルヴェスタ公爵の関与を疑う者はいなかった。
アシュレイ王子殿下はセシリアから聞いてシルヴェスタ公爵家の関与を知っていたが、証拠は何もなく、『S』とシルヴェスタ公爵を結びつけるものも発見出来なかったので、糾弾することは出来なかった。
プリメラ・ハドソン伯爵令嬢誘拐未遂事件も、ハドソン伯爵の債権者が娘を誘拐し金を支払わせようとした、と言う事で事件解決となった。
誘拐の実行犯は依頼者であるダジールと言う者であるとしか知らなかった。誘拐の目的もダジールが何者かも知らずに金で雇われていただけ。逮捕した者たちから人相を聞き出し目撃情報があった場所に急いだが、既に殺されていた。何か手がかりは無いかと探したが、何も無くこれ以上の捜査は断念せざるを得なく、ダジールが何者かも掴めず、実際のところの目的を明かす事は出来なかった。仕方なく捜査は打ち切りとなった。
ダジールを殺害した者が今回の真犯人なのか、別の事件なのか判別もできなかったからだ。そこで捜査にあたったか警備兵からハドソン伯爵家には、実行犯に指示した者は死んでいた、目的を明らかにする事は出来なかった。と伝えられたのだが、学園ではプリメラの知らぬところで『借りた金返さえねーと、娘返さねーぞと誘拐された』と広まっていた。
ディアナは体調不良と言う名の自宅謹慎で学園を休んでいた。
その3日間で学園はいつもの平穏を取り戻していた。
そして変化もあった。
アシュレイ殿下がブルームを執務室に呼ぶようになったのだ。
長期休暇前は学園がある時は3日間騎士団へ行き、3日間文官として働いていた。それを騎士団へ行くの日程の分をアシュレイ殿下の執務室で仕事を手伝ってもらう事になった。まあ、どの道ブルームに拒否権はないので命令のままに動くしかない。
当然古株のグラシオスやベルナルドは面白く思ってはいなかった。だが、なんと言ってもセシリアの兄な訳で、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ! プライドより己の欲を優先する、よって良好な関係を築く事にした。それに何と言ってもブルームは有能だったので使い勝手が良かった。グラシオスとベルナルドはいい刺激を受け、今までよりそれぞれが精進するようになった。
ローレンはと言うと、最近は何だか様子がおかしく仕事に身が入らない。どこか物思いに耽り悲痛な表情を浮かべている。少し前まで婚約者としょっちゅう一緒に居るところを見かけていたが、最近はまた1人だ。
1学年棟に戻ろうと歩いていると、世界が歪んだ。ぐにゃりと歪む世界で意識を手放した、もう何もかもを手放して楽になりたかった。
目が覚めると医務室にいた。
「あら、目が覚めた? どこか痛いところとかはない?」
「ええ? ああ、はい。どうしては私はここに…?」
「ああ、セシリア・ブライトさんとリアン・ドラゴニアさんが運んできたのよ。覚えてない?貴方ったらリアンさんに抱き抱えられて連れてきられたのよ、その際…ふふ セシリアさんの腕を離さなくて3人で固まって移動してきたわ。同じ学年でしょう? 後でお礼でも言っておきなさい。貴方が腕を離すまではずっと付き添ってくれていたから。
んーーー、取り敢えずどこも悪いところは無さそうよ? 過労か、睡眠不足、最近眠れないような事があった?」
「あー、はい」
「まあ、色々思い悩む時期ではあるけど、誰かに相談するのも偶には良いかもしれないわよ? 案外 思い込みで前に進めないって時もあるから。勿論 私で相談に乗れることは乗るし、まあ睡眠は取るように意識なさい」
「はい、有難うございます」
「先生、こっち診てください!」
「はーい、今行きます。 あー、戻っても家に帰るのでも ここにサインだけお願いね!」
「はい、わかりました…」
相談…相談出来るような事であればどれだけ良かったか…。
もし誰かに口を滑らせれば シルヴェスタ公爵家はお終いだ。
私はどうするべきなのだ?
優しかった義姉は、他人のことを平気で踏みつける事ができる人間だった。いや、シルヴェスタ公爵家の人間であればそれが普通なのかもしれない、今までも私が知らなかっただけなのかも知れない。1番にシルヴェスタ公爵家の事を考えるべきだ、だけどそうなると殿下をすぐ横で裏切り続けることになる!
義父上は何を望んでいるのだ!?
このバファローク王国を乗っ取るつもりなのか!? ならば何故ディアナをアシュレイ殿下の婚約者にしたのだ!! 私に何を望んでいるのだ!!
私はどうすればいいのか?
私はどうしたいのか…。
フワッと甘い匂いがした。
セシリア・ブライト嬢がここへ連れてきてくれたのだったか。
ふふ グラシオスとベルナルドが夢中になっている女性に連れてきて貰ったと言ったらあの2人はどんな顔をするのだろう?
ブルーム・ブライト…、確かに噂通り優秀だったな。
今まで…、セシリアが編入してくる前まではあまり剣術以外で目立っていなかったような…? いや、十分騒がれていたのかもしれないな、私が今年からの入学だったからそう感じただけだろう。サンフォニウム宮殿でもまさに文武両道だった。田舎の伯爵家ではあそこまでになるのは相当な努力を要したはずだ。
私がもし、養子としてシルヴェスタ公爵家に入らず伯爵家に人間として生きてきたならば、私はどう生きていただろうか? 彼が私の立場だったらどうするのだろうな…。
教室に戻る気になれずガゼボで呆けていた。
そこに現れたのはセシリアとリアン。
「あら、先客がいたのね、リアン別の場所にしましょう」
「ああ」
「待って! 待って欲しい」
「はい、何でしょう?」
「先程医務室に運んでくれたのは貴方たち2人だと聞いた。その、助かりました、有難う」
「いえ、大したことはしておりませんから。もう体調は宜しいのですか?」
「ふっ、正直良くありません。情けない話ですが、自分1人ではもうどうしていいか分からず…。ここ数日眠れないのです、私は公爵家の跡取りとしてどうするべきか…、恐ろしくて仕方ないのです。
はっ! すみません こんな事言われても困りますよね。兎に角先程は有難うございました。お礼を申し上げようと呼び止め時間をとらせてしまいました」
「ローレン・シルヴェスタ殿、宜しければこのまま授業をサボって遠乗りでもしませんか?」
「はっ? えーーーっと、貴女が授業をサボるのですか? しかも遠乗りって…。はは!ふふ、 何だか想像していた方とは全然違うのですね。ええ、ご一緒します」
3人は体調不良で早退し、馬で遠乗りに行った。




