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48、戸惑い

ローレン・シルヴェスタは義姉ディアナ・シルヴェスタの恋心を抱いたのは、シルヴェスタ公爵家に引き取られて少し経った頃だった。6歳の私の義姉ディアナは既に王子殿下の婚約者候補として厳しい教育が施されていた。同じ家に住んでいても皆忙しく他人と同じだった。生家が恋しくベッドに入ると涙が溢れた。ある時夜中にメソメソ泣く私に気付き添い寝をしてくれるようになったディアナ、広い家で唯一温もりを与えてくれた存在に私は懐き心を寄せた。

胸に抱く想いが恋だと気付くのは暫くしてからだった。自覚してもそれが実ことがないことも同時に理解し、ディアナの負担にならないようにそっと胸に仕舞い込んだ。ディアナは天使のように優しい人、結婚は叶わないけど陰で応援し一生心の中でこの想いを持ち続けて行くものだと思っていた。


盲目的に心酔し愛している…何があっても私だけは彼女の味方。


9年間何の疑問も持たずに彼女だけを愛してこられた。ディアナが14歳の時にアシュレイ王子殿下との婚約が整った時、私にも婚約者が出来た。ディアナ以外は誰でも良かったので不満はない。高位貴族は政略結婚が常だ、元より私はこの家を継ぐために引き取られたのだ、私が力のある家と婚姻を結ぶことでいずれ王妃となったディアナの後ろ盾になる事ができればそれで良かった。


だが天使か聖女かと思っていたディアナの裏の顔を知ることとなった。


それはあの頭のおかしいプリメラ・ハドソンの登場でだ。

不躾に見つめられ、不敬な物言いと、訳の分からない妄想に思い込み、常識の通じない理解し難い思考回路、こちらの迷惑も顧みない突進力に辟易としていた時。

私に対する言動は見過ごす事が出来たのだろうが、プリメラが自分こそがアシュレイ殿下の命の恩人だ、などと言って付き纏うようになってからおかしく? 繕っていた天使の仮面が剥がれ始めいや本性を隠せなくなってきてしまった。


プリメラに恋人をあてがう程度は寧ろ良策だった。だがそれ以来アシュレイ殿下の周りを厳しく監視し、近づく者には容赦なく鉄槌を下ろすようになった。

父上の手の者や自分で用意した密偵に事細かにアシュレイ殿下の周りの様子を報告させ、自分の意にそう形で調整させる。まあ、これも自分がされているとなると息苦しく辟易とするが、愛するディアナのする事となれば、可愛い嫉妬に見えた。


プリメラは恋人ができ静かになったというのに、ディアナは手を回しハドソン伯爵家を破滅に追い込んでいく。もう当初の目的は達せられただろうに、取り巻き連中を使って小さい嫌がらせもさせていた。ディアナの嫉妬はどんどんエスカレートし、アシュレイ殿下と楽しそうに会話をした、それだけで攻撃の対象となった。内容や話した時間によってシルヴェスタ公爵家の権力を使い実家まで影響が及ぶほどだ、流石にやり過ぎだ。


その頃になるとディアナという女性の何を今まで見てきたのだろうか? そう思うようになってきた。天使か聖女かと思ってきた彼女が自分の意に反する者を潰す悪女か魔女に思えてきた。だが、ディアナも愛する男を奪われまいと必死なのだ、だから私がアシュレイ殿下の横で色目を使う女たちを排除すればいいと思っていた。


ナディア・カラリラ子爵令嬢とシャクラン・デュフル伯爵令嬢はディアナが4歳くらいの時には引き合わされて『お友達』という名の各家を巻き込んだ取り巻き、つまり彼女たちは父親の指示のもと僕となったのだ。数人の取り巻きの中でこの2人は特にディアナの雑用を任されている信頼を置く者たちだった。


ナディアとシャクランはプリメラに対して嫌がらせをしたり、アシュレイ殿下と親しく話をしていた他の令嬢の悪評を流したりと、ディアナの実働部隊として動いていた。ハッキリ言って汚れ仕事みたいなものだ、その分彼女たちの実家はシルヴェスタ公爵家からの恩恵を受けている。将来はシルヴェスタ公爵の手の者と結婚し、その子供もシルヴェスタ公爵家に仕える、その筈だった。


ところがあるお茶会でディアナが他の人間と話している時にナディアとシャクランが楽しそうにアシュレイ王子殿下と話をしていた。彼女たちの趣味の話で盛り上がったようだった。

「素晴らしい趣味だね、あなた達の夫になる者たちは幸せだね」

その言葉に若いナディアとシャクランは頬を赤らめた。


こんなのは誰にでも分かる社交辞令だ、だけどディアナは違った。

「あの2人の仕事はわたくしを褒め称え、アシュレイ様にアピールする事なのに何を自分の話で盛り上がっているのよ! あの程度の者ならいくらでも代わりはいるわ」

そう言って男たちに襲わせた。勿論 本人たちはディアナの差金とは知らない。私だって人伝に聞いていたならば信じることは出来なかっただろう。この目と耳でディアナが実際に支持しているところを見なければ!



ディアナと言う女性を私は何も知らなかった。

私には優しい義姉の仮面をつけていたが、それも計算ではなかったかと今は何となく思ってしまっている。私を従順な下僕とするための策略…。

ディアナは地滑りでも起きたかのように表面を覆っていたものが剥げ落ち、ドロドロとしたマグマの様な本性が表れ始め、過激な思考を加速させ、まるで暴君、女帝のようだった。

私が愛した人はこんな暴君ではなかったのに!

ディアナは素知らぬ顔をして2人にお見舞いに行き涙まで見せる。

「犯人はきっと厳罰に処されるわ! 早く元気になって戻ってきて頂戴ね」

それぞれの娘たちは心の傷が深く暫く家から出ることも出来なかったが、いつの間にか2人が襲われたと噂が広がり身の置き所がなくなり、自宅療養の後 地方の修道院へ入った。


それからも陰で邪魔な人間を排除して行った。

ある時アシュレイ殿下がセシリア・ブライト嬢とお茶会を開いてくれないかと持ちかけた。セシリア嬢の従者のリアン・ドラゴニアのテーブルマナーをもう一度見てみたいと。

だがそれすらもディアナは許さなかった。すぐにセシリアの周りを探らせ弱みや行動パターンを把握する。もう少しで彼女も同じ目に遭っていただろう、彼女が父親と国外に出なければ…悍ましい事が起きていた!

セシリアに至っては完璧に被害者だ、殿下はセシリアに興味を示してなどいない! 

リアンでもない、リアンのテーブルマナーを見たいと言っただけなのだ!!


私はもう、恐ろしくて、恐ろしくて…。

ディアナは歯止めが効かなくなっている、このままではディアナは勿論、このシルヴェスタ公爵家もおしまいだ。私はどうするべきなのか、思い悩み一度ディアナと話をすることにした。


「ディア、最近アシュレイ殿下に干渉しすぎではない?」

「何を言うのロー、アシュレイ様は少し頼りないところがあるでしょう? 敵に付け入る隙を与えないようにわたくしが管理してあげているだけよ?」

ディアナは自分のしていることを悪びれる事もなく言い放つ。


「取り巻きのナディアやシャクランを排除する必要はなかったでしょう? 彼女たちの趣味を褒めたって言っても社交辞令だって分かっているじゃないか! 何故あんな男たちに襲わせるような卑劣な真似をしたんだ!? いずれはディアの側近になる子たちだったのだよ? 人には知られたくないことも彼女たちはたくさん知っているのではないの?」


「手段は確かに他でも良かったかも知れないと思うけど、今更だしね。でもあの時は、あの子たちが生意気だったから仕方なかったのよ。でもあの子たちの代わりはいくらでもいるから構わないし、あの子たちが騒がないように涙の一つも見せておいたから問題ないわ」


目の前にいる女性は本当にディアナなのだろうか? 私の義姉はこんな人だっただろうか?


「ねえ、ローあなたこのシルヴェスタ公爵家を継ぐのでしょう? あまり甘いことを言って失望させないで頂戴。我が家の家訓は知っているのでしょう? 敵と認定したら徹底的に排除する、それが出来なければ自分が排除される側になると肝に銘じるべきよ?」

「はい、申し訳ありませんでした」


その後、シルヴェスタ公爵にもディアナが、アシュレイ殿下に近づく全ての女性を排除しているので、いつかディアナに辿り着くかも知れないと報告をした。




ブルームは現在ずっと文官として各部署にお手伝いに行っている。

まだ正式採用されているわけではない、だけどどこに行っても頼りにされている。

騎士の訓練の時は、昼休憩が決まっていたので昼食を持って行きやすかったが、王宮の文官エリアは何度も検査を受けなければ先に進めない。それに時間も決まって取れないため、一緒に食事を摂るのもままならない。でもセシリアは王宮の図書館で時間を潰し、ブルームからの心話を受けて届けに行く。

今日のブルームは財務部でお手伝い、財務部と言うとヨハン・ブルーベルの勤め先。

元はヨハンのお陰で財務部に呼んで貰い、各部にブルームを紹介して貰った事で各部にコネが出来て声を掛けて貰えるようになった。今なおヨハン達はブライト兄妹を可愛がってくれている。


「ブルーベル室長、ご昼食はどうなさいますか?」

「ああ、もうそんな時間か…、ブルーム 昼食に行けるか?」

「はい、ブルーベル室長 大丈夫です」

「そうか、では私はブライトと共に食事に行ってくる」

「はい、承知致しました」


「さーて、ブルーム何を食べる?」

「セシリアが来ております。どちらかでご一緒に食事は如何ですか?」

「おお、セシリアが? なら裏庭のガゼボはどうかな?」

「はい、是非そうしましょう」


4人でガゼボで食事を囲む。

「ヨハン様、今日の昼食はサラダと生姜焼きとナスの揚げ浸しと蓮根のキンピラの小鉢、ご飯に味噌汁です。お口に合えばいいのですが?」

「うわー、セシリアの食事は久しぶりだね。どれも美味しそうだ。それに温かいご飯って言うのもいいよね!」

「はい、私はいつもセシの作るご飯を食べているので、王宮の食堂は少し苦手です」

「そうだね、王宮の食堂の昼からコース料理は量が多いし脂っこいね」

「ええ、それに人が多くてゆっくり食事も出来ません、身分が上の方に声を掛けられると都度立って挨拶するのも手間です。サッサと食べて戻りたいのにお偉い方の話に付き合わされて時間を無駄にします」

「ははは、今日のブルームは随分辛辣だね」

「お兄様は上司の方のご息女を紹介されて辟易としているんですの」

「あー、それは仕方ないかもなぁ〜、今やブライト兄妹は社交界注目の的だ。将来有望なブルームを手に入れたくて皆狙っている。セシリアについてもよく聞かれるよ」

ブルームが顔を歪ませる。


「はぁー、身分だけのくだらない男になんてやりたくない」

「はっはっは 本音が出てるぞ! 2人共気になる人はいないの?」

「わたくしはおりません。お兄様より素敵な人なんておりませんもの」

「私も同じです。それにセシリアが幸せになるのを確認しなければ」

「でもわたくしは実を言いますと、誰かを好きになって家庭を作って子供を産んで育て生きていく事が怖いんです。うまく出来るか、不安なのです。わたくしは愛する者に囲まれて幸せです。今、手にしているものに愛を注ぐことで手一杯なのです…今が一番幸せなのです」


「セシリア、君がそう望むならそれでいいよ。でもね、愛の容量はコップ1杯と決まってはいないんだよ、1杯の愛をセシリアの周りにいる人に分け与えるのではなく、泉のように溢れてくるのだ。だから恐れなくてもいい。領にいたころ動物にも沢山の愛情を与えていたし、私たちにも多くの愛を与えてくれている、セシリアは愛情深い子だよ」

「ヨハンお兄様…」

『そうだ、セシリアは家族に中でもどこか遠慮しているところがある。まるで自分なんか愛される訳ないとでも思っているみたいだ、、だからその不安そうなセシリアを安心させる為に更に溺愛してしまう』

「セシ、セシの愛情は私とリアンだけのもので構わないよ? 私たちもいつまでもセシリアを1番に愛するからね」

「こらブルーム、それでは駄目だろう! セシリア、そこに私たちも入っているよね? 私たちも愛しているよな?」

「うふふふふ ヨハンお兄様ったら。勿論です! お兄様もリアンも大切で心から愛しておりますし、ヨハンお兄様もローハンお兄様もアリエルお姉様もエレンお姉様もルシアン様も皆大好きで愛しています! わたくしにとっては皆大切で失えない愛する存在です! 有難うございますヨハンお兄様、ブルームお兄様」


美味しい食事をした後は、蜂蜜レモンのシャーベットでさっぱりして、楽しいひと時を終了しセシリアとは別れた。


その足で魔獣舎へ向かう。


魔獣たちはセシリアに話すことによって不満に感じていた細かい事まで改善され、今では快適な生活が出来ていた。だからセシリアが来ると声を上げて歓迎する。

人間の中には身分という序列があるが、魔獣の中には『力』による序列がある。

ここにいる魔獣たちの中で頂点にいるドラゴンを従えるセシリアはここで実質頂点の存在。皆が揃って挨拶に来る。

魔獣舎の職員はその異様な光景も今では慣れた。


「さあ、ブラッシングをしましょう、いらっしゃい」

セシリアは最近 巻きスカートならぬ巻きドレス?を考案。騎士服のようなシャツとパンツスタイルの上にドレスを着ている。その巻きドレスを脱いでブラシを片手に立つと序列通りに皆が並ぶ。


「ふふ 時間がかかるから種族ごとでいいわ、まずはグリフォンからね、あとの子たちは自由にしていて」

その声に従ってそれぞれの居場所に戻って行った。


ここには国王陛下の魔獣もいる、因みに前陛下やその王弟など王族の魔獣もいる。

王族は望めば自分の魔獣を得る事ができる、だが王妃や王女などは手に余すので自分の魔獣を作らない事が多い。

通常国王陛下は王宮にいて死期が近くなり離宮に移ったとしても、王宮の魔獣舎で預かる事が多い。ただ王弟などは居を別に移した時に連れて行くケースが多い。と言うのも基本は地方に居を構える事が多いからだ。ただ主人である王弟や王子が死去した場合はまた王宮の魔獣舎に戻ってくる事が多い。王弟の息子たちが自分たちのものにしようとする事もあるが、主人と認められなければ魔獣は従わない。だから戻される。

そのまま放置して野に放ち魔獣を必要以上に増やすのも宜しくないが、1番は檻の中しか知らない魔獣は自分ひとりで生きていく事が難しいからだ。


魔獣は不死ではないが長い時を生き、死ぬ。

主人を失った誇り高き魔獣たちは檻の中から世の中を見つめている。魔獣と真なる契約を交わすと主人の死と共に魔獣も死ぬ事がある、だが真なる契約を結べている魔獣と人間はいないので、主人が死んだ後は、孤独な時間を過ごす魔獣が多い。

人間の人生が70年位だとしたら、王族を主人に持った魔獣は500〜600年は檻の中にいるのだ。代わり映えのない毎日、喪失感の拭えない毎日、狭い檻の中、刺激がなかった。

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