46、デート−5
「殿下、どうかなさいました?」
「いや、危ないところはないか見て回っていただけだよ。侵入者が来た時に子供ばかりでは危険だからね。それから壁などの補修も必要か気になってね」
「流石殿下でいらっしゃいます、細部にまで気を回されて勉強になります」
「ええ、こちらは殿下やシルヴェスタ公爵家のお力添えで他に比べると良い方なのですよ? 壁の修復はまだ後で構いません」
「ベッドや布団も問題ないか?」
「ええ、問題ございません」
「それは良かった」
「では殿下、 そろそろ次の予定に参りましょう」
「ああ、そうだね。院長何かあれば気軽に連絡するように」
「はい、承知致しました」
子供たちと別れ、次の予定へ向かう。
次の予定は陶磁器の店だ。
ここの店がこのバファローク王国の全ての陶磁器を牛耳っていると言っても過言ではない。
店名は『ヴェスタ』言わずと知れたシルヴェスタ公爵お抱えの店だ。
多くの貴族は屋敷の食器や美術品などはここから購入して揃える。
元は産地ごとつまり領地ごとの特色を見せ競っていたのだが、ある時からそれらの店を取り纏める『ヴェスタ』が出来、気づけば『ヴェスタ』に登録していない店は陶磁器を売ることが出来なくなってしまった。そして『ヴェスタ』に名を連ねると登録料を毎月払わなければならない。それを苦にこっそり販売するといつの間にかバレて商品も店も壊されてしまう。毎回シルヴェスタ公爵の差金ではと思ってはいるが証拠がない。相手は公爵と言うこともあり泣き寝入りだ。
だがこんな裏事情はアシュレイ王子殿下たちは知ることはない為、店内を見て回る。
相場は分からないが、かなり高価なものばかりが置かれている。
どれも高価なのだが、端に置かれている陶磁器は素朴で入ってすぐにある陶磁器より高価には見えないのに桁が1つ違う。当然売れている風はない。見劣りしているのに何故バカ高いのか不思議に思って聞いてみると、価格は店が決めていると言う。あれでは売れないのでは?と聞くと今はこちらの商品を売りたいからわざとだと言う。どこの産地のモノか聞いて『ヴェスタ』での視察を終えた。
売りたい物を売るのが店の権利か…、あれでは売れない産地はますます1つも売れないではないか。
「殿下、昼時ですので食事でも如何ですか?」
「ああ、そうしよう」
「ではスターヴァに向かいましょう」
「スターヴァは予約を取るのが難しいと聞いたがこんな短期間でよく取れたね?」
「はい、ソディックが頑張ってくれましたの」
「へぇー、どういう風に頑張ったの? 実は私も予約をとって欲しいと頼んだのだが、8ヶ月先までいっぱいだと言われたよ?」
「ソディック教えて差し上げて」
「はい。確かに予約は8ヶ月先まで取れないと言われてしまいました」
「まさか脅したの?」
「違いますよ、ふふ まあシルヴェスタ公爵家の名前にも首を縦に振らなかったので裏技です」
「勿体ぶらずに教えてくれ」
「今日の予約の者を調べて金で譲って貰ったのです。ですから問題ございません」
「そう、楽しみにしていただろうから悪いことをしたね」
「代わりに心ばかりの金と王都一の『シャンゼル』の予約も入れてやりましたので、泣いて喜んでおりました」
「それは喜んだでしょう! 『シャンゼル』と『スターヴァ』では格が違うもの! 流石ソディックね、ふふ 有難う」
「お喜び頂けてなによりです」
『はぁー、スターヴァを予約した者は本当に喜んでいたのだろうか…、確かにシャンゼルは高級レストランだが、スターヴァを予約したのは高級料理が食べたいからではないかもしれないと言うのに』
「こちらですわね、どこから入ったらいいのかしら?」
「以前来た時に予約の者はこちらからと言われたよ」
「まあ、来たことがお有りになるのですね? ではここではなくシャンゼルの方が良かったかしら?」
「いや、以前は…少し中で話を聞いただけでね」
おっと、藪蛇になる。
「そうでしたのね…、取り敢えず入りましょうか?」
「ああ、そうしよう。確か時間制限があったからな」
「ご心配なく、4組みの予約を買い取りましたので、ごゆっくりお食事をお楽しみ頂けると思います」
『何ということだ…、シルヴェスタ公爵の者たちは皆傲慢だな』
メニューを見てディアナは顔を顰めた。
「これがレストランと言うの? 期待はずれでしたわ、いくら庶民風と言っても、貴族も通う人気店というのでもっと格式高い店かと思ったのに…残念ですわ。アシュレイ様、今からでも店を変えましょう! こんなコース料理ではない店などアシュレイ様には相応しくございません!」
「申し訳ございません、下調べが足らずご不快な思いをさせてしまいました。急ぎ、シャンゼルに人を向かわせます」
「そう、ならばここで別れよう。私はこの店に視察に来たのだ、それに楽しみにもしていた。ディアナは気にせずシャンゼルへ行ってくれ、私はここで食事を摂る」
「アシュレイ様、なりません。差し出がましいようですが、アシュレイ様は王室の人間です。これまでの伝統と威厳を容易く破ってはなりません。この様な庶民の食事を喜んで召し上がるなど品位を落とします。わたくしを伴っていてこの様な店で食事を摂るなど恥ずかしくて表を歩けません!ですから相応しい場所に参りましょう!」
「訳が分からないな、ドレスを作るときはその伝統と威厳を古臭いと称して別の店に変えたのに、食事はしきたりを重んじるの? それに私たちの為に予約した者たちをどかしたのだろう? その者たちの気持ちは? 店側の損失は? 何も考えないのかい?
はぁー、兎に角 私はここで食事がしたいのだ、食事をしないなら出て行ってくれ」
「アシュレイ様あんまりです! わたくしはアシュレイ様のことを思って…」
アシュレイはディアナに声をかけずにメニューを手に取り見ていた。
「シリルも食事にしよう、それに護衛の者たちも半分ずつ交代で食事にしよう予約していた人たちの分は食事をしなければ申し訳ない」
「はい、承知致しました」
アシュレイは『少し焦げたハンバーグ』が気になって仕方なかった。
「シリル、悪いがトンカツを頼んでくれ、私はハンバーグというものを頼んでみたい」
「はい、承知致しました」
ディアナが泣いているのに放置するので、ディアナは次第に泣き顔から表情が抜け落ち、アシュレイを睨んでいた、そして怒りの様相で机を叩いた。
「アシュレイ様、わたくし涙を流して泣いておりますのよ?」
「それが?」
「それが? それが?ですって! 泣いて許しを乞うなら今ですわよ!」
周りが凍りついた。
「それは私に謝罪を強要しているのか?」
「お嬢様、落ち着いてください! 殿下 お嬢様は少々気が立っているようでして、本日はこれで失礼致します」
そういうと、ソディックがディアナを無理やり連れて帰った。
ディアナのいない部屋でアシュレイは態度を崩した。
『何様だと思っているのだ!?』
「何か仕掛けてくるつもりか?」
「恐らくそうでしょう」
「それにしても今日の視察は酷かった。私はシルヴェスタ公爵家の力を見せつけるための道具か?それとも飾りか? それに孤児院も裏がある。子供たちは3日に1度しか食事が摂れないし、服もボロボロのを着ていた。それに『ファーム』と言うところで働いているらしい。
シリルそこら辺も孤児院の内情も探ってくれ。
それからあの『ヴェスタ』も探ってくれ、何かありそうだ」
「はい、畏まりました。ですがこのまま続ければシルヴェスタ公爵家の裏の仕事が掴めたかもしれませんよ?」
「まあ、高利益を生んでいる糸口は掴めたかもしれないが、公爵は証拠を残してくれるタマではないだろう。何よりあの無神経な2人と一緒にいることが耐え難い」
「結婚相手ですよ?」
「はぁー、気が重い。なんだよ、『泣いて許しを乞うなら今だ』だと? 何故私が彼女に許しを乞うのだ?」
「それは当然シルヴェスタ公爵に告げ口して、殿下の邪魔をするからですよ」
「軽く言うな! 先日の捕らえた密偵の件はどうなった? やはりシルヴェスタ公爵家の者で間違いなかったか?」
「はい、確認をとったところ間違いなくシルヴェスタ公爵家の者でした。ただ対外的にはクビは危険でしたので、移動と言う形で発表しております」
「それから…あの封書は誰からものだったのだろうか?」
「探っては見ましたが分かりませんでした。ただ、正しい情報ではありました。
敵か味方かは分かりません。シルヴェスタ公爵家と敵対する者なのか、或いは殿下に取り入ろうとしている者なのか…」
「お待たせ致しました〜、トンカツとハンバーグでございます。ごゆっくりお召し上がりくださいませぇ〜」
「ふぅー、先に食べようか」
「はい」
パクっ。ムシャムシャ モグモグ ごっくん モグモグモグ
夢中になって食べる。
『なんだろう? 私はこの味を知っている。いつ? どこで? 誰と?
リアンが何でも出来ると思わないで、もう現実に戻る時間です、リアンに教えてくれてくださり感謝します、背中乗る? あっちで遊ぼう!』
次々に言葉が浮かび上がって来る。そしてこの目の前の初めて食べる筈のハンバーグも記憶がある!! この店は出来てからどの位? いや私の記憶の中では今日初めて食べたのだ、それでも食べたことがあると言うなら私の記憶のない時! でもその時にはまだこの店はない…料理人が? イヤイヤ馬鹿な。
「どうかされたのですか? 浮かない顔をしています。もしや口に合わないとか? こちらと取り替えますか?」
「いや! いや そうではない。あまりの美味しさに感銘を受けていたのだ…料理人に会ってみたい、呼んでくれるか?」
「はい、承知致しました」
料理長はこれらの料理をどこで学んだか聞いてもレシピ帳通りに作っているだけだと言う、同行している魔術師も彼には魔力は感じられないと言う。念の為10年前は何処にいたか聞いてみたが私の事件とは全く関係ないところで料理人として暮らしており、私とは無関係だった。
「このレシピ帳の持ち主は誰ですか?」
「分かりません、私は雇われ料理人なので」
「では誰に聞けば分かりますか?」
「多分お教えできないと思いますよ? このレシピを狙って従業員も襲われたりしていますから」
『違う! そんな事ではないのだ!!』
「オーナーはどなたですか?」
「オーナーには直接会ったことがありませんが、確かバンダル・ゴールドバーグさんと言っていました。レシピ帳の主は知りませんが、調理指導をしてくださった方は確か…ノアさんと言ったと思います」
『ノア!! そうだ、ノア、ノア…やはり私の記憶にあるノアと同じ人間なのだろう! 繋がった!!』
「では代理人に会いたい。私はレシピに興味があるのではない、オーナーの手腕に感銘し話を聞きたいのだ。代理人を教えてくれ」
「はぁ、代理人はフリード・クラウン子爵様です」
「!!!」
まさか!
ここ最近調べた店にこのフリード・クラウン子爵の関与があった。
ノアがクラウン子爵なのか!?
「代理人と連絡をとってくれ」
「シリル、フリード・クラウン子爵について詳しく調べてくれ」
「承知致しました」
予定を変更し王宮へ戻った。
ハンバーグを食して以来、記憶が徐々に戻って来ていた、多少混乱するので帰ることにしたのだ。
私を助けてくれた者は2人、ノアとリアン。
広い敷地にこじんまりとした家。
見たこともない風呂、キッチン。
プール、ツリーハウス、滑り台、ハンモック、外で料理…
ありありと蘇ってくる幸せな記憶と時間。
思い出した…そうだ。
私を助けてくれたのは彼らだ。
私の1番幸せで温かい記憶、やっと取り戻した!!
ただ取り戻した記憶はこの世界ではあり得ないことが多かった。
王子を救ったのに何故名乗り出ず、私の記憶が無かったのかずっと気にかかっていた。
記憶を取り戻してその理由が分かった。
彼女が私に施した治療を知られたく無かった、彼らはその存在を知られず静かに暮らしたいのだろう。その中に入りたいがきっと入れては貰えないだろう…でもリアンなら? ふふ、もう心が沸き立つ、ああ 会いたいな。




