45、デート−4
『ゲン、そなたはどうしたい?』
『もう少し見ていたいです』
『そうか、ではそうするが良い。なあに、人の時間など刹那よ』
『はい、行って参ります』
『うむ、いつ戻っても良いぞ』
『有難うございます』
という事で、ゲンはセシリアと共にある事になった。
「それじゃあパールさん、息子くん元気でね」
「待ってください! セシリアさん出来ればこの子に名前をつけて頂けませんか? この子を救って下さったのはセシリアさんなので、是非お願いします」
「大切なお子様に宜しいのですか?」
「ええ、是非ともお願いします」
「んー、ではガネーシャで如何でしょうか? 夢を叶えるという意味でつけさせて頂きました」
「この子の名はガネーシャ…夢を叶える子、素敵な名前を有難うございます。
最後にもう一度お名前を伺っても宜しいですか?」
「はい、わたくしの名は セシリア・ブライトです。いつかどこかで会えたらいいですね、それでは、お元気で」
「はい、色々とお世話になり有難うございました」
セシリアとリアンはパールたちと別れ、この地を離れた。
大きな果物はマジックバッグにしまって、急ぎダディの元へと急いだのだった。
プリメラはフェリスとデートする為に王都のタウンハウスに留まっていたのだが、そこへ血相を変えた父親が領地から戻ってきた。
普段はプリメラを溺愛している為どこまでも温厚で、究極のイエスマンな父親がいつになく厳しい顔をしている。声をかけても耳には届いてはいないようだった。
そのまま執務室へ行くと金庫を漁り、乱暴に書類に目を通しては捲り次に手を伸ばす。額からは大粒の汗が流れ目を血走らせ、書類を机に叩きつけ頭を掻きむしっている。
どうやらあまり良くない事が起きているようだった。
「イーライ お父様に何があったの?」
プリメラは父の執事のイーライに聞いてみた。
イーライは少し難しい顔をした後、向き直ると真剣な顔で
「商売が上手くいってないのです。このハドソン伯爵家は多額の負債を抱えてしまいました。領地を手放さなければならないかも知れません」
「えっ!? そんな…どう言う事よ!」
「それだけではありません。返済を迫られ旦那様はソフマン侯爵に借金を申し入れてしまい…、返済出来なければお嬢様を差し出さなければならず…、旦那様も必死で金策に回っておりますが、最早焼石に水状態です」
「な、な、なんんで私が!? 差し出すって…結婚って事? 嫌よ! 嫌に決まってるじゃない!! どうして…お父様! お父様!!」
「もう、駄目だ…、もう…」
「お父様! 嫌よ! ソフマン侯爵って何! 何で私が人身売買みたいに売られなくちゃいけないのよ! 絶対!絶対嫌だからね!」
「何と言う口の聞き方をしているのだ! 黙りなさい、部屋に戻っていなさい!」
「黙っていられるわけないじゃない! 私の結婚がかかってるのよ!」
「煩い!! イーライ、プリメラを部屋に連れて行け」
「嫌よ! やめてよ! 絶対絶対私は好きな人と結婚するんだから!!」
暴れるプリメラを引きずるようにイーライが連れて行った。
残った部屋でハドソン伯爵は座り込み髪を振り乱し途方に暮れていた。
プリメラよりも何よりも自分こそがプリメラには幸せであって欲しい! 金の為に売られ辛い思いをさせるなど身を引きちぎられるより苦しかった。だから! ずっと必死に立て直しを図ってきた。だけどおかしいのだ! 誰かが私の邪魔をしているとしか思えないのだ! 私が考えた策を敢えて邪魔している、私を潰そうとしているとしか思えない!!
誰が私の邪魔をしているのか探らせているのだが尻尾を掴めない。
どうしたらいいのだ! プリメラ! プリメラ!
「プリメラを守ってやりたいのに………」
プリメラは部屋で号泣していた。それをイーライが優しく慰める。
「お嬢様、旦那様はお嬢様の為に寝る間を惜しんで様々な策を取ってらしたのですよ。ですが、上手くいかず…、旦那様も何とかソフマン侯爵に嫁がせるようなことだけは回避しようとなさっておいでです。どうか、あまり旦那様を責めないで差し上げてください。ソフマン侯爵とも縁談の前に何とか良縁を結ぼうと合わせて探していらっしゃいますから」
「良縁って?」
「貴族である限り婚姻を家のために結ぶことは義務でございます。ですが、旦那様はお嬢様を愛し幸せにしてくれる者と縁を結ばせたいと、方々を当たっておられました」
「ぐすん ぐすん、ソフマン侯爵と結婚はない?」
「まだ何とも申し上げられません」
「イーライ…ソフマン侯爵ってどんな人?」
「年齢は60歳とだいぶ離れていらっしゃいますが、身内には甘い事で有名でございます。既に孫もおり、子を産んだとしても後継者にはなれません、ですが何不自由ない生活は出来ると思われます」
「そうなのね。イーライ、私ね…物語に出てくるようなお姫様じゃなくてもいいから大好きな人と恋愛して結婚したかったんだ」
「お嬢様はだいぶ変わられましたね。お小さい頃はお姫様になるって仰っていたのに、幸せな花嫁になりたいと仰るなど、やはり変わらずお可愛らしいですね」
「だって、好きな人と結婚すればお父様みたいにきっと子供も愛せるわ、だからお父様みたいに優しい人と結婚したい」
「そうですね、愛するお嬢様の為に旦那様は懸命になられております。ですからお嬢様は心配せずにいつも通りいらっしゃってくださいまし。そうだ、休暇明けにはまたテストがあるのでございましょう? 前回の成績に旦那様は驚いていらっしゃいましたよ、『プリメラは可愛いだけではなく頭もいい、これでは嫁ぎ先が多くて選べない』などと仰って嬉しそうにしておいででした」
「そうなのね、でも本当はもっと上位を取るつもりだったのよ? お父様が喜んでくださるならまた頑張らなくっちゃ! イーライ…有難う」
「どう致しまして、マイ プリンセス」
「うふふ」
よし、まだ大丈夫! でも一応ソフマン侯爵がどんな人間か見てみようっと。
アシュレイ王子殿下とディアナは孤児院へ視察に訪れた。
サディカ孤児院ではお2人の来訪を心より歓迎し子供たちも笑顔に包まれていた。
「第1王子殿下、シルヴェスタ公爵家ご令嬢 本日はわざわざお運び頂きまして感謝申し上げます。私はサディカ孤児院の院長をしておりますシスター ヴァビロアと申します。本日は宜しくお願い致します」
「ああ、お邪魔をするよ、今日は宜しく頼む」
「シスターヴァビロア、お邪魔致しますわね」
和やかに定例通りの挨拶を済ませ早速 院内を回っていく。
「殿下、シルヴェスタ公爵家からはいつも多大な寄付金を頂き感謝しているのです」
「子供たちの役に立つならこんな嬉しいことはないわ」
「アシュレイ王子殿下、ディアナお嬢様、いつも 僕たちのために 美味しいご飯と 素敵な洋服を 有難う ございます」
10人位の子供たちが声を合わせて発表してくれる。
「何か困っていることはないか?」
「殿下やお嬢様のお陰で特にございません」
「そう、良かったわ」
「ここには子供たちが60人ほどいると聞いていたが他の子供たちはどこに?」
「ええ…、遊びに出かけている者もおりますが、それ以外には外に仕事を求める子もおります。ここには12歳までしかいられませんので、その後生きていく道を自分たちで見つけなければならないのです。ですから大きくなると孤児院を出て外との関係も持ち始めます」
「なるほど。どこに行くか何をしているか把握はしているか?」
「いえ、ここの職員だけでは…。ただ日雇いの仕事をしているようです」
「そうか、因みにここを出た後、子供たちはどうなっているのだ?」
「それが…、そのーキチンと挨拶をして卒業となる子供たちは60人いても1〜2人しかいないのです。いつの間にか消えて戻ってこない、そういった子たちが殆どです」
「何と言うことだ、では子供たちが人攫いにあったか、自分の意志で消えたか分からないのか?」
「殿下、仕方ないのです。いくらわたくし達が支援をしたとしても親のいる子ほど十分には与えることは出来ませんもの。例え悪い者たちの口車に乗せられたとしても、現状より良いと思えばそちらを選んでしまっても責められません。12歳と言う期限もここの子供たちにとっては、遠く先のことでもないのだと思います」
「なるほどな。仕事を見つけて働けるのは僅かと言うことか…。まだまだ国の支援が行き届いていないな。本来は孤児院を出たその先も支援してやらねばならないと言うのに」
「宜しければ中もご覧ください」
「ああ、そうさせてもらう」
中の施設も古くはあるが、こざっぱりとしていて悪くない環境に思えた。
ただ見た感じ、子供たちはここで食べて寝るだけで他のことまで手が回っていないように思えた。だが、孤児院はここだけでもないし、正直手も回らない、支援もこれ以上は難しかった。食事の内容はメニュー表では取り敢えず栄養面も問題ないようだった。
「お嬢様! 絵本を読んで!」
「王子様、僕は騎士ごっこがしたい!」
子供たちの顔は楽しそうではないが笑顔で願い出てくる。
「では、わたくしはあちらで絵本を読むとします」
「ならば私は外で騎士ごっこだな」
男女に分かれて子供たちと遊ぶ。
『子供たちはセリフを言わされてる感が拭えないな、練習した言葉なのだろう』
庭に出て騎士ごっこをする為に道具を用意し、剣の持ち方を教える。
向こうの木の影で大人しく座っている子がいた。気になったので護衛にその場を任せて座っている子の方へ向かった。
「ここでどうしたのだ?」
声をかけて驚いたのはその痩せ方だった。
「向こうへ行って、僕叱られちゃうから、ここにいちゃ駄目なのに」
「ここにいちゃめ駄目とは何故だ?」
「痩せてる子とか病気の子は今日は部屋から出ちゃ駄目なの。だけど僕は部屋にもいちゃ駄目って追い出された。だからここでじっとしていなくちゃ駄目なの」
「そうか、ここでの生活は辛いか?」
「言ったら叱られる」
「そうか、でも誰にも言わないから教えてくれると嬉しいな」
「王子様なんでしょう? 言ったら駄目って…」
「そうか、そう言えばさっき挨拶をしてくれた子たちは綺麗な服を着ていたけど、何で君は…名前はなんて言うのだ?」
「ペック」
「ペック 何でこんなボロボロの服を着ているのだ? 食事や服は十分に賄えていると聞いたが?」
「嘘だよ、それ。さっきの選ばれた10人は痩せてないから選ばれたんだけど、みんな普段は僕と変わらない服を着ているよ」
「やはりな。食事はどうだ? ちゃんと食べられているか?」
「んー、3日に1度は薄いスープが出るよ。さっきの子たちは院長先生のお手伝いをしてオヤツを貰えるって言ってた」
「みんなここから出たがっている?」
「うん、ここにいても街にいても変わらないから。でも最近みんなファームに行ってるから…あっ!」
「ファームって何? そこが何なのだ?」
アシュレイはグイグイ聞いてしまった。
「大きいお兄ちゃんたちはそこで働いているって言ってた。ご飯も食べられるし、お風呂もあるんだって、それに文字とかも教えてくれるって。それに働いた分だけお金も貰えるって、だからみんなそこで働きたがる…僕も行きたいけど、審査があって…入館証がないと出入りできないんだ。だから僕は行けなかった」
犯罪ではないのだろうか?
「審査はいつもはないの?」
「うん」
「そこでは何をしているのかな?」
「野菜を作ったり、動物の世話をしているって言ってた」
「嫌なことはされていないんだな?」
これだけでは分からないか…。
「嫌なことどころかみんな行きたいって言ってたよ! 住みたいって! …でも僕はお兄ちゃんたちがいなくなったら寂しい」
「男の子だけが行っているのか?」
「ううん、お姉ちゃんも行ってるよ」
「女の子は何をしているのかな?」
「縫い物を習っていたり、野菜を収穫したりしているって言ってた」
「ペック、それは誰が責任者なのかな?」
「知らないけど…みんなは『ノア様』って呼んでた」
「ノア…それは、男か女か?」
「殿下こちらに来ます」
「ペック、色々教えてくれて有難う、これはクッキーだ、お礼だよ。またね」
そっとその場を離れアシュレイは騎士ごっこに加わった。




