40、能力テスト−2
殺す気満々で醜悪に顔を歪ませるケイジャー小隊長に、見ていた騎士たちも、ヤバそうな雰囲気に止めるべきでは?と騒ついていた。
対するセシリアはフラットで鼻歌混じり、その様子に顔色を悪くしているのはブルームとクライブ元副団長だ。
ブライト伯爵家は伯爵家と言いながら小さい頃は、田舎のあまり裕福とは言えない家だった。爵位があるだけでブルームとセシリアの幼い頃はブルーベル侯爵領の領民の暮らしとさほど変わらないものだった。それを不満にも思ってはいなかった。ブルームは偶に父の商売について回る先では、伯爵家でありながら身なりが貧乏くさいと陰で馬鹿にされ暴力を振るわれた事も一度や二度じゃない。ブルームは出先で問題を起こすことは得策ではないとわかっていたので、じっと堪え忍んだ。ブライト伯爵家が貧乏なのは紛れもない事実だったし、それは今後も変わらないと知っていたから。それに外に出なければブルーベル侯爵領の人々は優しく生きる事に困ることはなかったから。
それが変わったのは妹と共に出掛けた時、セシリアは私たち2人が馬鹿にされたのに自分のことよりも私が馬鹿にされた事に憤っていた。それからの行動力は3歳とは思えぬほど凄かった。父の商売に同行しては訳の分からないモノを購入するよう勧めたり、ブルーベル侯爵家で動物の往診の報酬として頂いていたお金を貯めていた。折角お金があるなら可愛いリボンの一つでも買えばいいのにと思っていたがそうはしなかった。
ハドソン伯爵家であちらがお茶会用のドレスや服を用意すると言って普段着で出かけたあの日も、私には綺麗な服を着せてくれたが、セシリアは虫扱いされ恥をかかされた。その対応も冷静だった。ある程度貯まった金でセシリアはまた私の服を買ってきた、そしてそれにリメイクと言うモノを施した。『なんで自分の服じゃないの?』と聞いたが、『お兄様のことは私が守ると決めたから』と言う。守る?守るのは兄の役目では? 訳がわからなかったけど、ブルーベル侯爵領から出る時の服を毎回用意してくれていた。持ち物も刺繍の入った高級品、吃驚した私は『こんな高級品どうしたの?』と聞くと『自分で刺繍を刺した』と言う。セシリアはブルーベル侯爵家で学んだことを習得することが年頃の人間より明らかに早かった。それに関しては『手先は器用な方なの、手術も上手かったのよ』 何のことか分からなかったけど、私には特別の愛情を注いでいるように見えた。そしていつだってセシリアは1人で生きていくための術を学んでいるように見えた。
『今使わなくてもいつか必要になったり、助けになるかもしれないわ』
セシリアの未来には両親も私もまるでいないかのようだった。
守られているばかりではなく、自立心の強い妹を守りたくて必死に学んだ。それでもセシリアは一歩も二歩も先を進んでいく。その頃にはセシリアが仕入れるように言った商品がヒット商品となり、少しずつ家の暮らしは楽になっていった。そして外国に買い付けに行く時ついてきたセシリアは使い方も分からないようなモノを購入し、アレンジして世の中に流行を生み出していった。少しずつそして着実に金を貯める。ねえ、セシリア…それは何に使うお金? 聞きたいけど聞けなかった。でもある日我慢できずに聞いた。
「セシリア、どうして無理してお金を貯めているの?」
言えなかったけど、家を捨てて出て行くつもりなの? そう聞きたかった。
「お兄様…、私はお兄様とリアンを守りたいのです!」
曇りなき眼、思っていた回答とは違うモノだった。そして予想外の告白。
リアンはドラゴンだと言う。
信じ難いと思っている私の前でリアンはドラゴンになった。意識が若干飛んだのは私のせいではないと思う。聞けば卵だったリアンを拾って育てていたと言う、その時になってセシリアがリュックを肌身離さず持ち歩いていた事に納得が行った。そしてリアンを心から大切に守り育てていることも側で見ていれば分かった、それと同じように本気で兄の私を守ろうと、悪意からも悪ガキからも守ろうとしていることが分かった。お金を貯めるのはリアンの居場所を失わせないためだという。
時にセシリアは私に対する悪意に報復することがあった。
旅の途中で平民服に身を包んだ私を馬鹿にし暴力で屈服させ鬱憤を晴らす者たちがいた。
普通の貴族であれば、『お前たちこんなことをしてタダで済むと思うなよ!』などと虚勢を張るだろう。従者もいない貴族なんてレベルが知れてる、結局暴力を振るわれ、金品を巻き上げられたりする。高位貴族であれば後日報復したりもするだろう。だが、私は死ななければ構わなかった、万が一セシリアたちが危険な目に遭うよりはずっとマシだったから。
ところがある時少年たちは刃物を持っていた。
他の貴族と違って暴力に屈服もせず、金品を差し出すこともしない私に腹を立てて刃物を振り回していた。『金を出せと言われても無いものは出せない…参ったな』そう思っていると、セシリアが走ってきた。
「きゃー! お兄様を助けて! あの子たちに殺される!!」
少し綺麗めな服を着て憲兵を連れてきていた。それに焦った子供たちは私に刃物を突きつけて脅そうとしたのだろう、だが、彼らの思う通りには何一つならなかった。
走ってきたセシリアは私を庇ってその少年の刃物の手にかかってしまった。
背中を斬られたセシリアはドレスから血を滲ませながらも私にしがみついて離れない。
その少年たちは憲兵たちによってすぐに捕まり、伯爵息女に手をかけたとして捕まった。
だが、少年たちは本当に刺すつもりはなかった、憲兵を見た瞬間逃げようとしたが足が動かなかった、脅そうとしたところにあの女が来て偶々刺さっただけだと主張したが通るはずもなく、その後の行方は知らない。
私は傷ついたセシリアの背中が恐ろしく切なく涙が溢れた。私がアイツらに捕まったばっかりのセシリアを傷物にしてしまった、後悔だけでは済まなかったが、神に祈りを捧げていた。
するとある日『お兄様の祈りが通じたみたい、傷が治ったわ』と言った。
その時全てはセシリアが仕組んだのではないかと思った。勿論あの少年たちは想定外の事態だったろうが、私に暴力を振るった事に怒ったセシリアは、奴らが逃げられぬように憲兵を連れて大勢の目の前でか弱い華奢でいたいけな少女セシリアが斬られたことにより、彼らを擁護する者たちはいなくなった。あの一帯は金持ちから少しくらい頂いても構わないだろうと言う風潮があったが見事に全員がセシリアに同情し味方となった。
別の日もセシリアは私より2つも下なのに私の身代わりになって怪我をする。それが堪らなく辛かった、ちっとも自分を厭わないセシリアが痛々しい傷を作り平気な顔をしている事が苦しい、まるで私の顔色を伺って嫌われないようにしているかのような姿が切なかった。何をしても何もしなくてもこの世に私の妹はセシリアただ1人だと言うのに、こんなにも愛しているのに!
セシリアは自分のことには無頓着なのに私のことには気を配り心を砕いた。
もう溺愛と言っても過言ではない、リアンと私のことは特別だと理解できた、だから私もセシリアが大切にするリアンとセシリアを守ると誓い溺愛した。
ある時から少しずつ秘密を打ち明けてくれるようになった。
リアンのことや魔法のことなど、そして知った事実、セシリアは私の身代わりに怪我を負っていたが、不思議と数日すると治っているように見えた。それも明かされた秘密の中にあった、あれはわざと傷を作っていたと言うのだ。それは回復魔法や治療魔法の精度を上げるためと、どの程度の怪我であれば魔法で治癒できるかを試していたと言うのだ。
避けることも出来たし、叩きのめすことも出来たけど、効果的に周囲の同情を得るためにやっていたと言うのだ。
私の妹へのイメージがガタガタと崩れていく。
我が妹は探究心が旺盛だった。そして、俯瞰して物事を見る事ができる。
感情任せで爆発するような事がない、例えば、悪童を懲らしめたい、でもそれを自分の手で直接的には行わない。魔法の実験もしたい、だから悪童が自分に暴力を振っているところを目撃させ、邪魔者は大人に罰を与えさせるなど、割と周りを思い通りに動かす人間だと知った。
考えようによっては人を操る恐ろしい人間にも思う、だが決して自分の利のために人を貶めたり嵌めたりはしない。そう私とリアンのためのみにしか動いたりしない。私たちに危害を加えたと知ると徹底的に排除方向に能力を使う、困った子だ、私もリアンもそれほど弱くはないと言うのに。
だが私たち3人の結束力は強まった。互いが互いを強く守りたいと望んだ。
そして3人の秘密は増えていくことになった。
私たち3人は、例えどんなに他人に非難されようとも、3人を強く信じ守りたいと望むだろう。私たちは私たちの愛する者を傷つける存在を許さない。
そして今回 セシリアの逆鱗に触れた。それは私を馬鹿にして蔑んだから。
ケイジャー小隊長は魔法に自信があると聞いた事がある。
だからセシリアは剣術ではあの程度で済ませたのだ、自信のある魔法で伸びた鼻をバッキバキにへし折り二度と伸びないように躾をするのだ、ふふ きっとそうなるのだ。そして今回も恐らく新しい魔法の実験台にするつもりなのだ。今回はまた何が出てくるか楽しみだな。何にせよ、注目されてしまう、弱小伯爵家では太刀打ちできない問題がある、ふー、目をつけられるであろうセシリアを護るのは私の仕事だ。
「始め!」
ケイジャー小隊長は当然のように『始め』の合図の前に魔法を仕込んでいた。
何の躊躇もなくあちこちから爆炎が上がりセシリアはあっという間に炎に包まれ見えなくなった。
「おい! すぐにやめさせろ!!」
「いや、多分大丈夫だ、少し待て」
「生意気なこと言っているからこんな目に遭うのだ、炎で爛れた顔を見るたびに己の愚かさを知れー!! ガハハハハ!…ハ…ハハ…はぁ?」
炎が燃え盛る中バレエを踊りながら涼しい顔で出てくる。炎は相変わらず燃えている。ブルームは魔法陣も魔法も叩き切って消したが、セシリアはそのまま魔法を行使させていた。
勿論 魔法を使うと言うことは持っている魔力は消費されていくのだ。ケイジャー小隊長の魔力量は大きな魔力を伴う技を使えば使うほど減っていく、つまり一気に片をつけるつもりだった最大奥義は魔力消費量が激しい。ケイジャー小隊長 最大奥義を受けながらセシリアは涼しい顔で鼻歌混じりに笑顔で炎の中踊っている。
『これでおしまい? 大したことないのね』
皆には聞こえない声が頭の中に響いている。
「な、なんだよ! ふざけるな、ならこれで終わりだ!」
炎に風を追加させて炎の竜巻が何本も立ち上がる。四方にある炎の竜巻がゆらゆらとセシリアに向かって襲ってくる。セシリアは避けもせず両手を広げ笑顔で迎える。
6本の炎の竜巻はセシリアの元で1つの巨大な炎の竜巻となりセシリアを業火の中で焼き尽くしているはず、だがケイジャー小隊長は不安を拭えない。
そしてそれはすぐに現実のものとなる。熱がることもなくジャンプしてその中から出てきた。そしてその身は焦げの一つもない。既に実戦では試した事がない大技を行使しケイジャー小隊長は魔力を大量に消費している。目の前の少女に傷一つつけられずなす術がない、少女は悠然と微笑みながら近づいて来る。ケイジャー小隊長の心は絶望と恐怖に覆われ始めていた。このままでは魔力を枯渇して死ぬ、魔法を無効にしたいのに自分の意思では魔法を取り消せない。
セシリアは右手を前に出し2本指を立てている、それをクルリを掬い取るような仕草をした。すると燃え盛っていた炎と風が分解された。そして炎は火の鳥となり、風は青龍となってそこにいる。セシリアが優しく微笑み『いらっしゃい』と言うと2体は甘えるようにセシリアのそばに来て体を擦り付ける。
「うふふ いい子たちね、少しあの男と遊んであげて頂戴」
すると2体は絡み合うように縺れてまた炎の竜巻となり、ケイジャー小隊長を追いかけ始めた。
ケイジャー小隊長の魔力の消耗が激しい、目が霞み走る速度は次第に落ちて歩き出し足がもつれて転んだ。
「ふふふ ご自分の魔法の威力はいかが?」
「や、やめてくれ…やめてくれー!!」
「あら、わたくしを殺すおつもりだったのに自分が殺されるとなると殺す相手に助命するの? おかしなこと。さあ、テストしてくださるのでしょう? それとももうおしまいなの?」
完全に悪役のセリフだ。セリフだけじゃない、ほくそ笑む姿も既に悪役っぽい。
「ふー、仕方ないわね、有難う」
そういうと炎の竜巻はまた火の鳥と青嵐になってセシリアの側に控えている。
「ケイジャー小隊長、まだわたくしの魔法をお見せしてなかったかしら? この子たちはあなたの魔法ですものね。
では、これは如何かしら? シュバっ!」
セシリアがシュバっと言うといきなり空から氷の矢が降ってきた。それがシュバババババとケイジャー小隊長の周りを取り囲み檻を作った。次に
「ドカーン!」
とニコニコしながら言うと、今度は雷がケイジャーを狙いつつ微妙に外してすぐ横に落ちていく。
「ヒィィィィィィィ!! あ、助けて!ぬぁん 助けてください!」
「まずはお兄様の謝罪を要求します」
「そ、それは…俺は小隊長で、大した事は言ってな!」
セシリアが掌を上に向けると手の上には水で出来た弓矢が現れた。それを構えて放った。
バシュっ!
ケイジャー小隊長の肩に水の矢が刺さった。
「ぎゃーーーー!」
「謝罪、して頂けます?」
「こ、こんな事をしてただで済むと思っているのか!? 貴様もブルームも! 二度と騎士にはなれんぞ!!」
「あははははは、ふふふふ 面白い。 ええ、構いませんわよ? お兄様もわたくしもあなたを上官に持つ気なんてございませんから。
そんな事より ねえ、謝罪して下さいませ。お兄様が顔だけの男? 馬鹿言わないで頂戴。あなたと違ってお兄様は顔もいいけど、剣術でも魔法でも弓術でも体術でも勉学でもマナーでも性格でもダンスでも一流です! そしてとても努力のなさっているの! お兄様の足元にも及ばない存在でありながら顔だけなどと言ったことに謝罪をと申し上げているのです。まだご理解頂けないのかしら?」
「だーかーらー! 謝罪なんてしねーつーの!!」
「頭の悪い方」
水の矢で肩と足にも打ち抜き両肩、両足から血を流している、既に魔力も枯渇しかけ意識が朦朧としてきた。まだ火の鳥と青龍として存在している為、未だ強制的にケイジャー小隊長から魔力を奪っている。
「謝罪を!」
「あー、あー、うぅぅ」
「もう一度いいます。謝罪ができなかったら今度は頭を打ち抜きます。しゃ!ざ!い!!」
セシリアの様子に脅しではないと感じたケイジャー小隊長はとうとう
「すみませんでした」
「誰に対しての謝罪なの?」
「ブルーム・ブライト! 顔だけなどと言ってすみませんでした!」
「サッサと言えば、手間もかからないし、痛い思いもしないで済んだのに」
実はセシリアが規格外な事ばかりするので審判は止めるのを忘れてしまっていた。
「終わりでいいかしら?」
振り向いたセシリアは審判に尋ねると
「ああ?まあ、ああ。それまで! おい、急ぎ救護班を呼べ!!」
「それには及びませんわ」
そう言うと、全ての魔法を解除し、ケイジャー小隊長に回復魔法を施した。
「怪我は治しましたが、魔力の消耗は何もしておりません。もう少し反省していただかないといけませんから。
そうそう、わたくしの使った魔法については秘密にしてくださいます?
えーっと次は弓術だったかしら? どちらです?」
セシリアはケイジャー小隊長に振り向きもせず歩き出した。
騎士団総長たちは目の前で起きた事が未だ信じられなかった。ただの感想を言うことすら出来なかった。
「だから言っただろう? セシリアの前でブルームとリアンの悪口は禁句なんだ。痛い目に遭いたくなかったらそれだけは覚えておけよ!」
思わず素で頭をヘッドバンキングの様に振っている騎士団総長たちだった。




