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38、遭遇−2

セシリアは魔獣の墓場に転移のゲートのマーキング。

ふふ、これで夜中にこっそり来れるわね。いそいそと通い魔改造を施すのであった。



『ノア様、ブルーム様が何やらノア様をかけて試合に臨むようですよ』

『お兄様が!? 場所は?』

『訓練場です』

『分かったわ、有難う』

私をかけて試合ってどういうことかしら? ま、行ってみましょう。


大盛り上がりの訓練場、いつもの場所は人が多くて近寄れずにいた。

するとサンフォニウム宮殿に来ていた魔法騎士のサルヴァトス魔法騎士団長が気づいて側に呼んでくれた。男、男、男の中を護衛されながらサルヴァトス魔法騎士団長の元へ行くと美しい挨拶をした。


「お久しぶりですね、セシリア嬢 お元気にしていらっしゃいましたか?」

「サルヴァトス魔法騎士団長様、ご無沙汰しております。その節は貴重な体験をさせて頂き感謝申し上げます。また兄がいつもお世話になり重ねて感謝申し上げます」

「ふふ、今日は何故こちらに?」

サンフォニウム宮殿の時と違い、今は完璧な淑女であるセシリアに自然と笑みが溢れる。


「夏季休暇中ですので、いつも兄に昼食を届けておりますの。その後にいつも魔獣舎に寄らせて頂いております。帰る前にもう一度兄の顔を見てと思いましたら人だかりで何事かと思いまして立ち寄りましたの。ご迷惑でしたら申し訳ございません、すぐに失礼致しますわ」


「なるほど…、少しこちらで待っていてくれるかな?」

「はい、承知致しました」

「セシリア嬢をキチンと護衛しておくように」

「はっ!」


訓練場には既にコバックとブルームの姿はあるが、ウォーミングアップと言ったところでまだ試合にはなっていない。


1人の男が近づいてきてセシリアに一礼すると


「セシリア・ブライト嬢 騎士団総長のところにご案内致しますのでついてきてください」

「はい、承知致しました」


連れて行かれたその先にいたのは国防部を纏めているキャスター騎士団総長だった。

『ベルナルドの父親ね、ベルナルドと違ってナイスミドルで素敵なおじさまね』


「ようこそセシリア・ブライト嬢、私は騎士団総長のキャスターだ」

「初めてお目にかかります。ブライト伯爵家が息女 セシリアでございます。お見知り置き頂ければ感謝の念に耐えません。また、日頃 兄ブルームがお世話になり深く感謝申し上げます」

美しい正礼に家柄の良さが伺えた。

「ああ、丁寧な挨拶を有難う。さて早速だが、今回の経緯を聞いているかな?」

「経緯とは? 生憎何も存じません」

「そうか、訓練場には貴女の兄君とロニー・コバック小隊長がいる。あの2人は君をかけてこれから戦うのだ」

「わたくしをかけてとは? 兄がわたくしを商品の様に扱うとは思えません」

「ふっふっふ、まあそうだな。だが結果的にそうなった」

「私の方から説明致します。 騎士たちの中にはセシリア嬢に夢中な者がいてね、ブルームにセシリア嬢を紹介する様によく迫っていたのだ。そこで詳しい経緯は分からないが、ブルームが紹介するなら自分より強く頼れる者しかしない、と言ったことが発端になった。

結果、ブルームが負けたらコバック小隊長をセシリア嬢に紹介し、勝ったらコバック小隊長は騎士を辞めると言ったのだが、私闘で兵を失う訳にはいかないとブルームは丸坊主と『二度と妹を紹介して欲しいといいません』と書いたものを下げて1ヶ月過ごす事を提案した」


「まあ、お兄様ったら過保護なのだから。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「ブルームが負けたらな貴女はあの男と付き合うのかな?」

「そうはなりませんからも構いませんけど、ただコバック小隊長様がお兄様に今後意地悪しないか心配です…」

「ブルームが負けるとは思わないのか?」

「コバック小隊長はあちらの方ですわよね? …問題ないと思われます」


「ふむ。ところで質問だが、貴女はサンフォニウム宮殿で魔獣管理局を希望していたね、そして今も魔獣管理局へ通っているという。もしや、卒業後の進路を魔獣管理局と考えているのかな?」

「はい、ですが実際にそうなるかは分かりません」

「何故? 女性だから? 魔獣管理局は国防部所属となるため、ある程度の剣術と体力が必要になるからか?」

「いえ、それは問題ないと思っております。わたくしの進路は兄次第なのです。兄が王都で職につくと実家の仕事を手伝う余裕はないと思うのです。ですから兄が家を継ぐまではわたくしが少しでも役に立てれば、と思っております。ですから兄の進路によってわたくしの進路は変わるという事です」


「はっはっは、剣術も体力も問題がないだと!? 言ってくれる! ではブルームの試合の後、ブルームが負ければコバック小隊長と、ブルームが勝ったらケイジャー小隊長と手合わせをしてみるか? 問題ないという実力を見せて貰おうじゃないか、どうだやるかい?」


「対戦するのは問題ありませんが、多くの人の目に晒さられるのは、あまり…。人の目がないところで有れば構いません」

ザワっ。

「ほう、随分な自信だな。サルヴァトス魔法騎士団長の目から見てどうだ?」

「私は先日 ブルームとの剣術しか見ておりませんが、かなりの技量でした。ブルームと合わせる剣はお遊びというには難しいものでした」

「そうか、では魔法訓練場で密かに行うとしよう」

キャスター騎士団総長は品定めをするかのような目で見下ろした。




ディアナ・シルヴェスタは苛立ちを隠せなかった。

「アシュレイ様に確かに伝えたの?」

「はい、ですが急遽魔獣舎へ行く事となりました」

「確か自室で次の予定までご休息となっていたではないの!」

「はい、自室へ向かう途中、ご自身の魔獣を見たいと仰られて向かわれました」

ディアナは持っていた扇を叩き折った。


「何故急に……。最近ちっとも思う通りにならないわね。アシュレイ様はどう言うおつもりなのかしら? まさか、シルヴェスタ公爵家を敵に回すおつもり? 今の王家は既に我がシルヴェスタ公爵家に取り込まれていると言うのに、無駄なことを」

「如何致しますか?」

「そのまま動向を押さえておいて頂戴」

「畏まりました」



アシュレイ王子殿下は魔獣舎で自分のグリフォンに会いにきた。

「サリュ! 元気だった?」

「グルルルル」

「会いたかったよ、少し散歩しようか?」

「グルルルル」

「殿下、ようこそおいでくださいました。サリュをお出ししますか?」

「ああ、頼む」


檻から出されたサリュとアシュレイ王子はグランドに出て走り回り、転げ回って遊んだ。

『あああーーー、癒される。サリュはシルヴェスタの者か、内容は適しているか気にせずに話すことが出来る』


「殿下、そろそろ次の予定でございます」

「分かった。サリュまた来るからな。ランクル局長 サリュを頼みます」

「承知致しました」

『サリュに色々と愚痴ってしまった。魔獣と走り回るなど誰かに見られたら文句を言われてしまう。だけど、今はシリル以外では唯一本音を話せる友人なのだ、サリュ 次来た時は楽しい話をするからね』



訓練場ではいよいよ試合が始まる。

コバック小隊長は闘志を燃やしオーラが炎のように揺らめき、今にも周りのものを溶かしそうなほど、熱く燃えていた。

対するブルームは凪いでいた。静かで平時と変わらぬ様子に、周りの者たちは緊張しているのでは?と心配したが、よく見ればそれは静かなる怒りに見えた。一定以上近づいたモノを噛み殺すような波動を感じた。


「ルールは『降参』か、審判の判断だ。戦闘不能と判断した場合は負けとする。時間は1時間、それでは始め!」


「行くぞ!  オリャーーーーー…………」

ゴロン

「判定を早くしないと死にます」

「あ? ああ、ブ、ブライトの勝ち!」


会場中が静まり返り、何が起きたかを考えていた。

ここにいる者は騎士だ。魔法騎士、魔獣騎士、王宮騎士 様々だが、騎士たちなのだ。それでも圧倒的な力の差を見せつけられて理解が追いつかない。


コバック小隊長は剣を持ち凄まじいスピードでブルームに近づいていった。対するブルームは1歩も動かなかった。では何が起きたかと言えばコバック小隊長は一瞬で凍ったのだ!燃えるように揺らめいていたにも拘らず、走ってくる姿のままに全身が凍りその勢いのまま地面に伏した。

あまりに一瞬のことで理解できなかったが、審判は「早くしないと死ぬ」の言葉で覚醒し判定した。判定後ブルームはコバック小隊長を解凍した。解凍されたコバック小隊長が1番状況を理解できなかったが。


「待ってください! 何故私が負けなのですか!! こんなの無効だ! だって、だって剣だって合わせていない、こ、こんなの試合じゃない!!」

ブルームは魔法陣を展開させるどころか、術式の詠唱もしていなかった。

自分だってブルームを業火で燃やす気満々だった。それでもこのままではいられないと、恥も外聞もなく再試合を要求する。

「コバック小隊長、これ以上は止めろ、実力の差がありすぎる、お前はブルームに解凍されなければあのまま死んでいた。試合で良かったよ、諦めろ」

「そんな訳ない! 俺が! 俺がこんな奴に負け…負ける訳、負ける訳ねー!!」


会場中が何となくコバック小隊長に同情した。

小隊長になるまで皆何かを犠牲にしながら這い上がってきた者たちばかりだ。魔法騎士に見出され、苦節15年で得た小隊長の座を、まだたった17歳の餓鬼に圧倒的な実力で負かされたのだ。努力では補えない天賦の差を今は認められなかった。


「もう一度だ! もう一度!! お願いです、もう一度!!」

兵士2名がかりで押さえつけているがどうにも止まらず食ってかかる。

審判は頭を掻きむしり、騎士団総長を見る。


「そうだな、では勝敗はブライトの勝ちで覆らない、ただ余興にもならない速さで終わってしまったのでもう一戦やらせてみるか、ブライトどうだ?」

「私は構いません」

「くっ! 生意気な奴め! 今度は息の根を止めてやる!!」


『お兄様の足元にも及ばない実力で何をほざいているのかしら?』

「セシリア嬢、すまないあのままではコバック小隊長が気持ちが消化不良で役に立たないから、少し付き合ってくれ」

「あら、恐らくお兄様は今度は氷漬けするような事はなさらないでしょうから、消化不良解消どころか、再起不能になりますわよ?」

「な、なに!?」


「始め!」

合図と共に今回も突っ込んでくるコバック小隊長、ブルームはそれを一撃一撃剣で受け止める。コバック小隊長は剣の重さよりスピードで相手を翻弄させるのを得意をしている。だがそれのそれも受け止められている。しかもブルームは煽るように片手を後ろに回したまま、全身全霊をかけた剣を片手で全ての攻撃を受け止めている。勿論、魔法は一切使用していない。


正直言って、ブルームの剣術の相手はセシリアとリアンだ、この程度のスピード子供の稽古の付き合いでしかない。コバック小隊長はその剣に炎を纏わせた。だが、その剣はブルームに擦りもしない、今度は全ての攻撃をブルームの剣が受け止めている。普通であれば剣は溶け攻撃に耐えることができないはず、それを易々受け止める。ブルームの剣は何を隠そう、セシリアが加護・強化・プロテクト加工を施している。だからコバック小隊長如きの炎の剣では折ることは出来ないのだ。いつもは剣の効果を最弱にしている、そうでないと皆の剣を叩き折ってしまうから。コバック小隊長が炎を纏わせたのでブルームも剣の効果を弱に変更、だから炎の剣を受け止めても問題なーし!


礼儀正しいブルーム君はずっとコバック小隊長を攻める事はせず、防戦一方。それは激しい攻撃に苦戦を強いられているのではなく、満足いくまで剣を振るわせてプライドをへし折るため。


コバック小隊長は少し距離を取って、魔法詠唱を始めた。

試合とは思えぬほど、ブルームの周りに爆炎の魔法陣を展開させ始めた。正直ここは一般の訓練場、魔法訓練場ではない為、周りに強い結界は張られていない、これほどの爆発が起これば被害も相当なものになる。

「あの馬鹿が! 頭に血が上ってやがる!」

「問題ないと思います」

セシリアは聖女のような清らかな笑みを湛える。


「これでお終いだー!!!」

だがブルームはニヒルに笑うと、魔法陣が発動するのを待ち、剣でその爆炎を叩き切っていった。炎が消えると、何事もなかったようにそこに立った。そして特に構える訳でもなく気負う訳でもなく、平然とそこに立っていた。

コバック小隊長の最高にして最大の技をいとも容易く無効化してしまった。

もっと言えば魔法陣を展開している間に邪魔をすればもっと簡単だっただろう、通常 一度発動してしまったら防ぎようがないはずの魔法を、まさかの斬ると言う力技で捩じ伏せた、わざわざ失敗なく完全体で発動させてから無効化した。

これにより、コバック小隊長は剣でブルームを斬る事も出来なければ、魔法を使っても傷一つ負わせることも出来ないと証明された。

それでもコバック小隊長は剣を持ち、ブルームに向かっていった。だが結果は見えている、打てる手もなく剣を振り回しているだけなのだから。

「ブライト! 引導を渡してやれ!」


その声に反応するとブルームは剣を鞘に戻し、素早くコバック小隊長の左頬にストレートをお見舞いし、腹に回し蹴りからの首に踵落とし、後ろに回り込み締め落とした。

力なく地面に落ちていくコバック小隊長を見下ろすブルーム。全てが終わったとばかりに審判を見る。

「そ、それまで!」

圧倒的な強さに、見ていた者は背筋が凍り何も反応が出来なかった。

ただ1人を除いて。

パチパチパチパチ

「お兄様! 素敵! 格好良い!!」

その声にブルームが顔を上げ、無表情で冷たい目をしていたブルームはいつもの柔和な笑顔を取り戻しセシリアに向かって手を振った。

その様子が余計に恐ろしく感じた。

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