37、遭遇−1
ベルナルド・キャスターは騎士訓練を受けながら、1人の女性のことを考えていた。
セシリア・ブライト、ブルームの妹について。
以前訓練場の近くの屋台で見かけたあの女が、ブルーム・ブライトとどう言う関係か気になったがその後会うこともなく忘れていた。その後、偶然ブルームの妹と知り、今はグラシオスからセシリアの魅力について色々聞かされている。そうすると、次第に見つけると目が追ってしまう。周りの女性たちは将来有望な男を漁っているように見えるが彼女は一切周りを見ない。サッサと移動して声をかけようとしている者たちにこれっぽっちも気づかない。
そして、従者と楽しそうに話をしている。
今までにいないタイプの女。
私を見たが、あの屋台でのことを持ち出して接触を図るかと思いきや、完全無視。
くそっ! 屈辱。
『剣術の天才』であったならば彼女も私に纏わりついたのだろうか?
そう言えば妙なことを聞いたな。
サンフォニウム宮殿でセシリア嬢が剣を持って模擬戦をしたと言うのだ。
あんな淑やかな女性が剣をまず振れると言うのか? あり得ない!! どうせ良い印象を与えようと周りの者が手を抜いたのだろう、しかも最後はブルームと楽しそうに打ち合うなど、茶番以外の何者でもないだろうに!! どうして誰も止めなかったんだか! 結局 顔に絆されたんだろう。
「くっ!がぁぁぁぁぁぁ!!」
「おい、大丈夫か!?」
「うっく……」
「ベルナルド! お前何に気を取られていたんだ!! 救護班! すぐに連れて行け!」
「すみません!!」
『あーーーーくそっ! 下手打った! 全然最近剣術に身が入っていなかった!
多分利き手が折れてる。このタイミングで! ……ついてない!!』
ベルナルドはまだ騎士ではない、よって王宮の高位魔術師から回復魔法や治癒魔法を受けられない。受けられるのは国防部の軍医局の抱えている魔術師の治療のみだ。そこにも回復魔法の使い手はいるが、レベルはさほど高くない。行軍であれば王宮魔術師が組まれるのが平時はない。日頃の訓練は回復魔法や治癒魔法のレベル上げの為に新米の魔術師が派遣されている、彼らもここで訓練しているのだ。そして才能が開花すれば王宮魔術師に引き上げられる。ここ最近回復魔法の使い手が減っていると聞く、つまり軍医が抱えている魔術師は軽傷しか治せないレベルなのだ。折れた骨を元通りにするほどの腕はない。
この夏季休暇中に実力上げするつもりが、1番後ろに下がってしまった。
バカヤロウ! 何やってんだ、俺!!
アシュレイ王子殿下は貴族からの要望を聞く会議に出席して、自分の執務室に帰るところだった。
「殿下、ディアナ様がお茶でもとお誘い頂いていますが?」
「何かあったか?」
「いえ、親密度アップと言ったところです」
「はぁ、私にも休息は必要だ。部屋でゆっくりしても良いと思わないか?」
「恐らくスケジュールを押さえられていると思われます」
「どこから情報が漏れているのだ?」
「…確定はしておりませんが、護衛騎士の中ではないかと…」
「シルヴェスタ公爵家に絡め取られていく気がするな…。
そうだ、部屋には戻らず魔獣舎に行く。そこであればついて来られまい。ついでに誰が連絡しに行くか見ておいてくれ」
「はっ」
セシリアは騎士訓練場に来ていた。
物凄い数の女性たちがお目当ての男性に黄色い声援を贈っている。
婚約者であったり憧れの人であったり様々。夏季休暇中は一般公開されている、と言うのも騎士を目指す多くの者は、爵位を継げず騎士として身を立てる者が多い、つまり出会いがないと結婚に結びつかない。良家の子息の場合は兎も角、爵位もない立身出世を夢見て頑張る者にとっては騎士として必死に頑張ったけど気づいた時はおじさんで誰にも見向きもされない、なんて事態を避けるべく特定期間だけ練習風景や模擬戦を一般公開し、出会いの場となっている。
女性たちにしても家に力がなければ良家との婚姻は難しい。それに次女、三女も条件は悪くなる一方、普通の生活をするにはせめて稼ぎの良い男を自力で見つけるしかないのだ。
家柄、容姿、才能、財力 みんな良いものから売れていく。
その他大勢には良縁は回って来ないのだ。だから必死で将来有望株の金の卵をリサーチ。
だが今年は男女ともについてない。
今年は『ブルーム・ブライト』がいるから、彼以外はどれもくすんで見える。
婚約者を見に来ているはずの者も視線はブルームに釘付け。愛しの婚約者もブルームの前には、残像にしか見えない。
「キャーーーー! ブルーム様―! こっちを向いてー!!」
声が聞こえたのだろう、困った顔をして頭をかく。
それにみんな萌えて燃え尽きる。バタバタバタバタ 倒れて瀕死必須。
ベルナルドであれば、こっちを見て笑顔を振りまくが、ブルームは困った顔を浮かべる。
それが可愛くて仕方ない。その初心さが、乙女心をくすぐり また夢中になる。
「これから模擬戦だ! 観客席は静かにするように!」
ブーイングが起きる。
「ブライトが集中できずに怪我をしても良いのか!?」
シーーーーーーン
ここに秩序が生まれた。
普段は制御のきかないご令嬢たちもブルームの名前を出せば大人しくなるので、兵士たちも利用していた。
兵士たちとも毎日通えば顔見知りになる。
「なんとかブルーム様とお話しできないかしら?」
あの手この手で魔の手が迫る。
「ブルーム様の好みの女性はどんなタイプかしら?」
1番よく来る質問。答えすぎて張り紙にしておきたいくらいだ。
「ブライトの理想の女性像は妹のセシリア・ブライトだそうだ! 分かったら帰った、帰った」
1日に何度も答える質問にみんないい加減うんざりしていた。
「セシリア!セシリア!セシリア! もー!セシリア様は確かに素晴らしい方だけど…、所詮は妹よねーーーー」
その本人が登場した。
上品な振る舞いはどこぞの王族かと思うほど。
気づいた兵士たちに気合が入るので自然と誰が来たか分かる。そしていつだっていち早くブルームが気づくのだ。セシリアに向かって柔らかな微笑みを見せる。それにセシリアも同じように聖女のような微笑みと小さく振られた手と共に返す。
女性はブルームに、男性はセシリアにメロメロになる。
休憩時間になると2人は一緒に食事をする。
セシリアの従者がいる時は3人で和やかに食事をし会話を楽しんでいる。食事が終わるとセシリアは帰っていく。それがまた騎士たちからは好感を生んでいる。
令嬢たちはと言うと、妹とは結婚できないもんねーー!
そして令嬢は闘志を燃やした。
セシリアがいなくなるとブルームはまた無表情、そして声援に気づくと愛想程度に申し訳なさそうな顔をする。
訓練場に来るセシリアは騎士たちには有名人、ブルームにセシリアを紹介するように近づいてくる者もいる。
「おい、セシリア嬢を紹介してくれよ、少し手を抜いて彼女に良いところを見せれるようにしてくれれば、今後の訓練に手心を加えてやる」
「お戯を、勘弁してください。私はセシリアの相手は私より強い者しか認めません」
暗にお前は私より弱い、と言っている。
「おい、剣術の天才とか言われていい気になるなよ!」
「いい気とは何ですか?」
「ふっ、お前に本物の実力というものを見せてやる! 学生でちょっと強いからっていい気になっていると痛い目に遭うと知らしめないとな! お前も本物の騎士の実力を知ればお前にキャーキャー騒ぐ女も消えるってもんだ!!」
「いいでしょう。ただ許可を求めます。 隊長殿、彼との私闘をお認めください」
「隊長、私からもお願いします! この生意気な奴に騎士の実力を見せつけてやります!」
「コバックよ、ブライトがこれまで生意気だったことは一度もない、それでも私闘を望むか? ブライトに何を求めたのだ? この私闘の結果 コバックが勝った場合、ブライトが勝った場合何を得る? そして失うものは何だ?」
「ぐっ! そ、それは…」
「ブライトの何が生意気だと言うのだ?」
「目上に対する者に対する態度が…、下の者は黙って従えばいいのです! 口答えなど!」
「話にならないな。ブライト、お前は何を望む?」
「騒ぎを起こしたことにまずは謝罪致します。 妹を紹介しろとか、婚姻を迫られるのは私が下の立場としても安易に許容できず、こう言った事態になってしまい申し訳ございません。 私は妹に紹介できる人物は私より強く頼りになる者が望ましいと答えました。それが気に食わないとこう言った形になりましたが、私を叩きのめす事で納得して身をひいて頂けるならこの私闘お受け致します」
ガチだ、妹に対する溺愛はガチだ、
「コバック、まさか紹介して貰えない事に対し生意気などと言ったわけではあるまいな?」
「そ、それは…」
「ふー、まあ、この私闘はブライトにメリットがあるという事だな? ブライト、だがお前が負けたらどうする? 妹を紹介できるのか!?」
優等生のブルーム・ブライトにしてはあり得ない、心底嫌そうな歪んだ顔をした。
「交際も結婚も本人の意思ですのでお約束はできませんが、紹介だけは致します。ですが、そうならないよう本気で持てる力を出し惜しみする事なく全力で戦い勝ちます!」
その気迫に周りの者はたじろいだ。
「コバック、お前も同僚の妹を紹介しろと私闘まで持ち出したのだ、負けた場合 責を負う覚悟はあるな?」
「勿論です! 負けることなどありませんが、負けた場合は騎士を辞める覚悟です」
「そういうの止めてください。死闘で一戦力を失わせる訳にいかないと、無かったことにされたら困ります。そうですね、丸坊主にして体の前と後ろに『二度と妹を紹介して欲しいと言いません』そう書いたものをつけて1ヶ月訓練を行なって頂きます、それでいいですか?」
「ああ? ふざけた事言ってんじゃねー! やってやろうじゃないか! 後悔すんじゃねーぞ!!」
礼儀正しいブルームの姿はそこにはなかった。
「ふー、30分後に始める。時間は1時間だ、決着がつかなかった場合は引き分けとし、それで終いだ、試合の再戦はしない、いいな!」
「「はい!」」
両者は闘志を燃やし試合に備えた。
そしてその噂は瞬く間に騎士の間に伝わった。コバックが前例を作ってくれたことに密かにほくそ笑んでいた者がいる。ブルームに勝ちさえすればセシリアを紹介してもらえると。それからいつも遠慮がちに実力を隠しているブルームの真の力が見れるかも?と上層部も乗り出した。
セシリアは帰りに魔獣舎に寄るのが日課だ。
最初はランクル局長を呼び出してから魔獣舎内を回っていたが、今では許可証を発行して貰ったので1人でも魔獣舎に行ける。檻の中には流石に責任者(ランクル局長、責任者という名の見て見ぬふりをする人)がいないと入れないので、檻の外から撫でるしかできない。
だが、セシリアが来ると魔獣たちが一斉に喉を鳴らして雄叫びを上げるので、室内にいるランクル局長にも聞こえる、だからセシリアが到着するといつも出て来てくれる。
サンフォニウム宮殿には代表の子たちを紹介する為に来ていたようなもので各種1頭ずつだったが、同種の魔獣も沢山いる。
セシリアは魔獣たちと会話をしながら個々のカルテを作っていった。
同種の魔獣でもよく見れば違いがある。模様も特徴も性格も、だからこっそり写真を撮り特徴を書き加えながら好みや大よその年齢、身長、体重、系列(親子関係)なども。やはり個体の成熟度により食べ物の好みも変わるようだ。
そして毎日通うようになって知ったのだが、生まれる個体が有れば死にゆく個体もある。戦力とならなくなった魔獣たちを管理している場所もあった。衛生的とは言えない場所で弱って死んでいく。
望愛であった時も、可愛いペットたちは元気にそばにいる時は可愛がる、だが歳をとり世話が大変になると放り出す人間は少なからずいた。食事の好みも変わり、排泄がうまく出来なくなりところ構わず粗相をする。病気になり手術代に通院費、睡眠も削られ精神も消耗する。ゲージに入れ仕事へ行く、帰って扉を開けると異様な臭い。疲れて帰ってきても掃除をしなければ自分もそこにいられない。隣近所から苦情、そして疲れた飼い主は見て見ぬふりをする。2〜3日友人の家に泊まり放置したり、ベランダで放置したり、そして予想通りの結果を迎える。待っていたかのようにペットを片付け引っ越しして全てをリセットする。
1人で面倒を見切れなかったのも事実だろう、仕事も大変だっただろうし、冷静な判断ができぬほど睡眠もとれてはいなかっただろう。病院に預けるのはお金がかかるし、最期を看取れない酷い人間と思われたくなかったのかも知れない。いずれにしても、私は切なくなった。
あのこは自分の望む形の最期が迎えられただろうか?
『捨てる』『棄てる』そんな言葉に敏感になってしまう。
私の身近な最初の死は祖母だった。私には弱っているところを見せなかったが、死んでしまう1週間前から入院した祖母は骨と皮になっていた。寝ている目は落ち窪み知っている顔とは別人に見えた。毎日毎日この世に繋ぎ止める糸が少しずつ切れて、凧のように飛んでいってしまいそうだった。だから必死で手を繋いだ。
死に目どころか1度も会えなかった兄、兄も自分が弱っていくのを感じて辛かっただろうし、あの母と父はそれを身近で見ていたのだ。私のことは置いておいても兄のことは最期まで面倒を見て辛かったと思う。愛しているが故に愛する者の死は辛いものだ。
伯父さん、親不孝でごめんね。
だから今 私は動物たちと折角話が出来るのだから、頑張って生きてきた彼らの最期の場所を快適にしてあげたい! 魔獣たちの墓場を魔改造することに決めたのだった。




