表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/104

33、幕間 玲美と言う女−4

影山さんへ


これを読んでいるということは、望愛に会う勇気を持ってくださったのですね。

私は以前にも言いましたが、玲美は望愛の母親になる事は出来ないでしょうが、影山さんはまだ間に合うと思うのです。ですから、こうして望愛に影山さんが会いにきたら渡して欲しいと手紙を託しました。


まずは玲美の母親としてあなたに謝罪いたします、申し訳ありませんでした。あなたの人生を台無しにしたのは全て私の責任です。本当にごめんなさい。


隼を犯罪まがいで手に入れ、父親のいない子にしたくないとあなたに背負わせたことが申し訳なくて、とんでもない事をしてしまいました。本来なら素敵な方と結婚し幸せな人生を送れたでしょうに、玲美と隼にあなたの人生を捧げさせるようなことをしてしまいました。

その上、あなたの子供である望愛と引き裂いてしまった。謝罪しかできない私をお許しください。この罪は私があの世でお返し申し上げます。


厚かましくもお願いがございます。

望愛のことです。あの子は自分は捨てられた不要な子だと思って生きています。

いくら私たちが大切で愛している、望愛は何も悪くないと言っても信じることが出来ないのです。誰にも必要とされない人間と自分にも他人にも期待できない。

ですからお金を稼ぐために一時的に悠馬に預けたのだと言ってあげて欲しいのです。愛していると伝えて抱きしめてあげて欲しい、望愛が怒ってもただ側にいて寄り添ってあげて欲しいのです。あの子に母親の愛はあげられなくても父親の愛を教えてあげたいのです。


それから玲美と結婚することで両親と縁を切らさせてしまい申し訳ありません。あなたのご両親から息子を奪ったこと取り返しもつかずお詫びのしようもありません。

血の繋がらない隼の為に必死に働いてくださり有難うございます。隼を見舞った時、嬉しそうにあなたの事を話すあの子を見て、隼はあなたからの愛を頂き素直な良い子に育っていたこと心から感謝申し上げます。


我儘な玲美の世話はとても大変でしょう? あなた1人に何もかもを背負わせてしまってごめんなさい。

あの子は誰かの手に負える人じゃない、もう、無理はしなくていいのですよ。


これからは望愛との時間を少しずつ持ってくださると嬉しいです。


それからこれは◯◯銀行の貸金庫の鍵です。玲美には何も相続させる事が出来ず申し訳ありません。ただ、資産の殆どは会社関係のもので残ったのは自宅位しかありませんでした、税金もなくお渡しできるお金がこう言う形でしかなく時間がかかってしまいごめんなさい。


貸金庫の中に6000万円入っています。隼の入院費と生活費の足しにしてください。

それから名義は望愛になっていますが、会社の株と、アパート、駐車場もあります。

これらのお金であなたの肩の荷が少しでも軽くなればと思います、そして影山さんが少しでも安らかな時間を過ごすことが出来ればと思います。

それと、玲美には言わないでください、知ればきっと望愛から何もかもを取り上げてしまうでしょう。

私は望愛が玲美にこれ以上傷つけられるのを見たくないのです。


私はこんな事くらいしか出来ませんが、どうか望愛も影山さんも幸せになってください。


追伸

先日 隼に会いに行った時、隼に望愛の話をしてしまい、隼は妹がいると知らないと知りました。余計なことをしてしまったみたいでごめんなさい。でも兄妹仲良くして欲しいと思っています。

恐らく私に残された時間は短いでしょう。生きているうちに望愛が父親と過ごせるようになる事を心から望みます。


                            辰巳容子




この手紙はいつからここにある?

私は望愛に会ってやって欲しいと奥様が生きていらっしゃる時に言われていた!!

なんて事だ!! 望愛は30年近く私が迎えに来るのを待っていたと言うのか!?

借金が返済できたらなんて言い訳だった!

私は怖かったのだ!

罵られるのが分かっていたから逃げていた!!

もしあの助言に従っていれば、望愛は父親の愛を感じて死んだのだろうか? いや、借金もなく、ゆとりある時間の中で望愛との時間を持てたのか?  望愛が1人病院で刺されて死ぬなんてこともなかったのか!!


ああああああ、望愛! すまない! 私のせいだ!! 望愛!! 私が勇気を持てなかったばかりにお前を失う事になってしまった!! ずっと傷つけ続けてしまった! 望愛!




貸金庫には本当に6000万円が入っていた。

それと一緒に望愛がクレヨンで描いた家族の絵があった。

パパ、ママ、お兄ちゃん、私

一度も会ったことのない兄を描き、望愛に笑いかけたこともない母親の口は弧を描いていた、私の絵だけが黒子などリアリティがあった。望愛が渇望した世界がそこにあった。

笑顔で一同が集う幸せそうな家族の絵、恐らく題材が『家族』だったのだろう。楽しそうな家族の様子に胸を抉られた。

許してくれ! お父さんを許してくれ!!




辰巳悠馬はまたも時間が止まってしまった。

1度目は妻と娘を突然の飛行機事故で失った時。


幸せの絶頂、細やかな幸せに心が満たされた。生まれて初めて家族を持てた気がした。

父は妹を溺愛し自分を顧みる事はなかった。歪んだ家に育ち、平凡を手に入れた時、やっと自分のコンプレックスを克服できた気がした。

親には内緒で勝手に結婚し連絡すらしなかった。いずれバレれば厄介なことになるとは分かっていたが、自分に興味のない父親を騙すことに良心は咎めなかった。そして突然の父の死、私の結婚はバレなかった為に、殆どの資産は母と私に引き継がれた。その時に母には結婚していることを告げた。


執念深い父はご丁寧に妹をあれほど溺愛していたくせに自分の思い通りにならないとすぐに切り捨てた。そして遺言書にまでキッチリ妹には何一つ遺さないと明記し、戸籍まで排除していた。

しかも異議申し立てをした場合に備えてダミーの資産まで作っている始末、恐ろしい執念だ。ネチこい性格は妹とそっくりだ。

私はサッサと辰巳物産を外部に託して同族経営を解消した。だが、株は半分以上保有している、外部と言いつつ私の代わりに会社を経営する者を用意した。それは玲美が後から文句を言ってきた時に身内だと制御できないと思ったから無関係を主張するための偽装だった。


順調だったその幸せはいきなり夢のように消えてしまった。

家のそこここに妻と娘の痕跡があるのに、まだ匂いもあると言うのに、愛する者たちだけがいない空虚な家、目を閉じると涙が溢れる。思い出があり過ぎて、手にしたものが幸せだっただけに失った時は苦しかった。食事をする気力もない、眠れない、何もやる気が起きない。

あの時は金がいくらあっても虚しいと思い知った。


そんな生活に現れた望愛、私と同じように孤独な目をしていた。

望愛の幸せを考えるようになって私の孤独は少しずつ埋まっていった。

そして気づけば、愛する妻子よりずっと長く望愛と暮らし、家族になっていた。

いつだったか

「なんでお父さんじゃないの?」

と『伯父さん』と呼ぶあの子に聞いてみた事があった。

まだ、本当のお父さんとお母さんに未練があるからかとか、両親を嫌いだからとか、心を開いてくれないからか考えたけど、望愛の答えはもっと優しいものだった。

「だって、私が伯父さんをお父さんって呼んだらいけない気がして…、蘭ちゃんの場所まで取りたくない。この温かい家と温かいご飯に、伯父さん特製の少し焦げたハンバーグも貰っちゃってるのに『お父さん』までは可哀想。蘭ちゃんのもの沢山貰っているのに私はお礼しか言えないから、『お父さん』だけは残しておいてあげたい」

蘭の事を忘れずに大切にしてくれる望愛が愛しかった。

私たちは間違いなく家族だった。名称は『伯父さん』だったけど、互いを思いやる事が出来る温かい家庭だった。


ただ、結婚をどう思っているか聞いた時の反応は微妙だった。

獣医になることにがむしゃらだったし、お金を返したいと思う気持ちでいっぱい、まあそれは分かる。だけど、人を好きになるのは理性では儘ならないものだ、妹玲美を狂わせたのも恋だった。男でも女でも人を好きになって恋愛して結婚したいと思わないのか聞いてみた。

その答えは胸を抉るものだった。


「うーん、今まで好きになった人もいないかな〜? 結婚はね…考えてない。実を言うと子供を産んでも愛せるかが分からないから。それに産みの母親だった人の話を聞くと怖い、思い込みが激しいと言うか、情熱的と言うか、そんな血が自分にも流れているかと思うと、人間には愛情が持てないっかな〜。あっ! 伯父さんは別だよ? すっごく愛してる、でもそれは結婚とか子供とかが絡まないからかも知れない」

「そうか…、それで望愛は幸せか?」

「うん、伯父さんがいるし、動物もいる、仕事もある。十分だよ! 伯父さん長生きしてね!」

「うん、分かった。じゃあ老後の面倒は望愛にみてもらうか!」

「何言ってるの!? 当たり前じゃん!! 私の愛情は伯父さんだけにドパーっと注ぐからね!」

「お、おう、期待してる」

こんなにも愛情に飢えているのに望愛が本当に望む愛を与えてやれない事が切なかった。

私が与えられるものなら何でも与えてやりたかった。そしてその分、玲美に対する怒りが湧き上がってきた、影山さんに対しても! 借金だって私に言えばいいのに! その分望愛に会って愛してくれるなら金なんてくれてやっても良かった。でも影山さんの中で望愛は玲美の次、いや隼の次。どうして自分の子をおざなりに出来るんだ! いきなり失ってからでは遅いと言うのに!!


だが同時に愛する望愛を影山さんに奪われたくもなかった。

望愛に隠れて影山さんと連絡を取る、望愛に隠れて様子を見に来ることすら教えてはやらなかった。血が繋がっていると言うだけで簡単に許されるのは違うと思っていた。影山さんは望愛の為に何もしていない、やはり影山さんには望愛を幸せに出来るとは思えなかった。幼稚園の時からいつだって側にいたのは私だ、望愛が望んでもいないのに影山さんに渡す気にはならなかった。


そうして葛藤している間に、望愛は頭のおかしい奴に殺された。



こんな喪失感を再び味わうなんて!!

目の前から色が消えた。


気を失っていた。

意識を取り戻しても声が出なかった。『望愛』そう呼びたいのにそう呼べる人は もういなかった。望愛が死んだ、そう思い浮かべるだけでクラクラして嘔吐を繰り返した。胃液になっても嘔吐を繰り返した。匂いもしない耳鳴りもする、眩暈がしてフラフラになってまた倒れる。


もう生きていたくなかった。

望愛のところに行きたい。それしか考えられなくなっていた。

今、この世界に私を縛り付けるものはない。


望愛がいないと生きていけないのは私の方だった。


影山さんに望愛の部屋に案内した時、その間に私は動物病院の私室へ向かった。

望愛らしく今のペット事情に合わせて様々な動物の飼い方の本や、手術の論文などが所狭しと積み上げられていた。

「相変わらず自分のことには無頓着だな」

寝るか仕事しているかって部屋で、カロリーメイ◯みたいなものが何箱も置いてある。

「アイツめ、またこんなもんばかり食べて…」


まだ片付ける気にはならなかったけど、本を整えて本棚にしまう。そこに置かれていた大学ノートにふと手が伸びた。何の気なしにページを捲ると、私が望愛に作った料理のレシピノートだった。

『少し焦げたハンバーグ』『カリッとしていない唐揚げ』『上手く巻けてない卵焼き』『お牛肉じゃない肉じゃが』『苦いほうれん草を食べられるベーコンとのソテー』『斜めに切れ込みが入ってるウインナー』『少し甘めのコロッケ』


「なんだよ、このネーミングセンス! ひでーな。お牛肉ってなんだよ、うちは牛肉食べさせてないみたいじゃねーか。あははは、そうだそうだウインナーに切れ込み入れた時 望愛の奴凄く驚いてて目をまん丸にして……ふぅぅぅ、望愛…ああぁぁ望愛ぁぁぁぁ」


座り込んでまた泣いた。泣き過ぎてソファーに横になって目を腕で押さえた。

横を向くと涙が伝う。涙で霞んだその先に、棚の低い位置に写真があった。

私と望愛が一緒に映る写真が1つのボードに幼かったあの日から事あるごとに撮ってきたたわいもない日常が切り取られ2人の成長が一目で分かるもの。あの合理主義者の守銭奴が可愛らしくボードを飾り付けて飾っていた。このソファーに横になると目に入る家族写真、それを見れば望愛が私を大切に思ってくれている事が分かった。

「もうー、泣かせるなよーーー、はーはーはー苦しいんだ、もう泣き過ぎて苦しいんだ! 望愛! お前がいない世界は辛すぎるよ!」


「あーーー、目が熱い」

訳もなく部屋を歩き回る。何かが足にぶつかる。

高級そうな紳士用品の紙袋があった。

「なんだ、アイツあんなこと言って好きな奴いたのか?」


手紙が入っていた、気がひけるが手に取ると宛名は『伯父さんへ』だった。

「はっ? 俺!?」


『伯父さんへ

伯父さんがお父さんになってくれて私は幸せです。

獣医になれて幸せです。

伯父さんは本当のお父さんと一緒にいる事が私の幸せだって思っているみたいだけど、私はそう思わないよ。一緒に生きてきた30年間は何にも代え難い宝物だよ。だから今更見捨てないでよ、ずっと一緒に生きてってよ、私のお父さんはこの世で伯父さんだけだと思ってるよ。大好き! 愛してるよ伯父さん!


プレゼントは財布! 伯父さんのくたびれていたから。毎年贈るからね! 

何でもない日に大切なお父さんに贈ります。 行き遅れの望愛より愛を込めて』


「望愛…望愛…! 望愛、俺も連れて行ってくれ望愛…」

望愛の白衣を握りしめて座り込んでまた咽び泣いた。



影山さんは、母からの手紙について話した。

「良かったですね、これで借金から解放されて自由になれますよ」

「ですが、あまりに大金で本当に私が貰ってしまっていいのか」

「母は玲美に渡すことも出来ましたが、娘ではなくあなたを選んだ。それが1番正しい使い方だと思ったからだと思います。血の繋がらない息子のために出来る唯一のこと、我儘な妹のためにあなたの人生を犠牲にさせてしまった、それに対する償いだと思ってください」

「お義兄さん、あなたは望愛を仕方なく育てましたか?」

「馬鹿な! 私は望愛を心から愛している、あの娘を失った今、後を追いたいと思うほどに愛している!!」

「ふっ、私も同じです。血の繋がりではなく長い時の中で私は隼の父親になったのです。

お義兄には申し訳ないが、私は玲美ではなく隼の為にこの25年を生きてきました。逃げ出したい時もありました、金銭感覚のない玲美はなにかと言うと離婚届を突きつけてくる。何度このまま出してしまおうかと思ったかしれない。でも私が逃げ出せば二度と隼に会わせては貰えない、そう思うと歯を食いしばるしかなかった。そして亡くなる前に私を救ってくれたのも隼でした。私はあの子が有難うと言ってくれたから自分のやって来た事が無駄じゃなかったと思えた。

償いなど不要です、私も隼を愛していましたから」


「そうですね…。では玲美の我儘に付き合わせたお詫びと、これからの未来への投資です。気兼ねなく受け取ってください。玲美に悪いと思う必要はありません、私も玲美に言うつもりはありません、その為に母もそれとは分からないようにあなたに金を遺したのですから。それにこれを言うとイヤらしいですが、同じ金額を玲美に強請られたとして渡せなくはない金額です。でも、大金を渡しても玲美はそれを活かして生きていくことは出来ない。

あればあるだけ使うでしょうし、誰かに騙されて奪われる。

玲美は我儘好き勝手に生きてきましたがその実、真綿で包んだ温室の中でしか生きる事が出来ない、自分では何も生きるための選択が出来ない。良い環境でも悪い環境でも誰かにコントロールされる必要がある。

まあ、つまり受け取った金を何にどう使おうと構いませんって事です。

ああ、1つだけ急に羽振りが良くなると目をつけられるので気をつけてくださいね」

「玲美は借金があるので支払った方がいいでしょうか?」


「思うところはあるでしょう。長年連れ添った情もあるかもしれない、でももう玲美の事は忘れた方がいい。あなたが情をかければ私と違いあなたは死ぬまで搾取され続ける人生となる。あなたは十分頑張った、これからは自分の人生を生きてください」

「お義兄さんも過去ではなく未来を生きてくださいね」

「……………。」

「ふっ、お元気で」

「ええ、お元気で」



悠馬は仕事を辞め、身辺を整理した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 玲美周辺の描写が細かくてリアル。実在じゃないですよね? 若くして亡くなったのは残念だけど玲美から逃げる事ができて良かった。財力と伯父さんのおかげですね。でもこんな毒母がリアルにいそうで怖い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ