28、サンフォニウム宮殿−4
『国防部』は最も細かく分かれている。王宮騎士、王宮兵士、地方兵士、国境兵士、魔法騎士、魔法兵士、獣魔騎士、獣魔兵士、魔術師、魔獣管理局、魔道具管理局、武器・武具管理局、食糧管理部、軍医局など他にもあり、かなり多く別れる為、全ては連れてこられない。そこで今回は王宮騎士、獣魔騎士、魔獣管理局、魔道具管理局、魔術師が講義を行う。
1番の花形は『獣魔騎士』だが、ここにいるのは高位貴族の令息たち、故に王宮騎士を経て爵位を継ぐか、王宮騎士として生涯を終える者が多い。このサンフォニウムに来る優秀な者で、死の危険がある獣魔騎士になる者は滅多にいない。
魔獣管理局と魔道具管理局は自分たちの国を守っている存在を教える為の講義だが、毎年皆 殆ど興味を示さない。
アシュレイ王子殿下は王太子になると陛下に次ぐ軍の統括権を得る。故に日頃から騎士訓練にも顔を出している。そしてアシュレイ王子殿下は魔力もあるので魔法騎士を選択した。
国防部は最初に剣術の模擬戦をした後、王宮騎士や魔法騎士などに分かれて具体的な話に入る。全員合わせても50名なので少人数制、濃密な時間を過ごすことができる。事前にどの講義を受けるかは申請が必要だ、受講数0名であれば閉講し別に人員を割く。1人しかいなければそれだけ目をかけてもらう機会が大きくなる。
それぞれがこのチャンスを有効活用する。
エレンは王宮女官、外交部、国防部に申請した。ブルーム、セシリア、リアンは国防部のみ講義を取った。ブルームは普段から国務部で働いているし、魔法騎士も望めば叶うだからなんでも良かった、リアンはセシリアの望むことが全て、つまりセシリアが魔獣管理局が見たいと言うので、全員でお付き合いだ。エレンの外交部はルシアンの勤め先だから、ルシアンは公爵家で王家とも関わりが少なからずあるからだ、本格的に家を継ぐ年齢になるまでは文官として働く。王宮女官はしきたりなど情報の新旧の整理のためと、ルシアンの仕事がら王宮女官と繋ぎを作るため。
セシリアは基本的に講義に興味はない、故に魔獣に近くで会いたい、それだけだった。
セシリアもエレンも用意された簡易な騎士服に身を包み4人で国防部の集合場所である広場に集まった。それを見た周りのむさ苦しい男たちは掃き溜めに鶴、歓喜に震えた。4人以外には5人しかいない。というのも頭が良い令息たち、文官の道を選ぶ者たちが多い。3コマの内の1コマで取ったに過ぎない、その1コマでエレンとセシリアと一緒だった事にガッツポーズを決めていた。
最初は9人で準備運動の後、模擬戦だ。
エレンとセシリアにカッコいいところを見せたい、だけどブルームがいる。
魔獣討伐にも参加しているくらい実力は確かなものだ、だからせめてブルームと当たるまでは勝ち残りたかった。エレンとセシリアはキャッキャッと楽しそう!! あの輪の中に入りたい!!
だが、奇しくも自分の相手が麗しのセシリア嬢だった! ガッついた嫌な男に見られたくない!だけどダサいカッコ悪い姿も見せられない! こんな可愛い子に打ち込まなければならないなんて、なんて苦行!
「始め!」の合図の後、数十秒後 地面に伏し「止め!」の合図を聞いたのは私の方だった。
何が起きた!? 目の前の可憐な少女は屈託ない笑顔で、兄たちのいる場所に戻って行ってしまった。
エレン嬢も1人倒してる…えっ!? どういう事ですか!?
リアンも一瞬で相手を倒してる、手加減という言葉を知らなかった、だって仲間じゃないから。リアンとブルームで当たるとリアンは手を抜いたふしがあった。恐らくセシリアがブルームとやりたいと望んだのだろう。
ブルームとセシリアはそれぞれの相手を30秒ほどで倒していたのに、セシリアとブルームはずっと楽しそうに剣を合わせ終わらないので、担当者が止めたのだ。
その後は仲良く手を繋いで魔獣管理局の担当者の方へ行ってしまった。
その場にいた者はブルームが手加減していたからだと思っていたが、騎士たちはセシリアのレベルの高さに驚きを隠せなかった。
魔獣が何頭も連れてこられていた。
「あっ!」
「あっ!」
そこにいたのは王立学園で会ったレンブラント・ランクルだった。
「ご無沙汰しています。あなた達にこんな所でお会いできるなんて…やはり優秀な方達だったのですね」
「とんでもありません。でもこうしてお会い出来て嬉しいです」
以前、王立学園でリアンが殺気を放った事で魔獣たちが暴れてしまったことがあった、まあ、それを言うわけにもいかないので何とか宥めて穏便に済ませたことがあったのだが、レンブラントにとってはプライドがズタズタになる出来事だった。
「今日は沢山の魔獣に会えると楽しみに来ました。宜しくお願い致します」
「はい、では早速 魔獣管理局で世話をしている魔獣の代表的なものたちを連れて来ましたので、ご案内します」
連れてきた魔獣はオルトロス(双頭の犬)、ユニコーン(一角獣)、フェンリル(狼犬)、グリフォン(鷲の顔と翼にライオンの体)、ワイバーン(小型ドラゴン)、ガリミムス(走る恐竜)などがいた。
オルトロスは犯人捜索などの臭いの嗅ぎ分けの時に活躍している。
ユニコーンは清純の象徴、イヤらしい話だが、王家に輿入れの際に儀式として面通しが行われている。因みにバイコーンと言う二角獣もいてこちらは不純の象徴、ユニコーンと共に放ちバイコーンが興味を示せば、警戒対象になるとか何とか。
フェンリルは大型犬?魔法を扱うことに長けているので、魔獣討伐の際はチームで連れて行くことが多い。
グリフォンは魔力量が大きく 大魔法を扱える、魔獣討伐には必ずと言っていいほど帯同している。
ワイバーンは基本的には空を飛ぶための交通手段、風魔法と尾っぽで攻撃をするが、基本的に魔法騎士を乗せてその者が攻撃することが多い。
ガリミムスは地上を走る馬代わりだ。80〜100km/h位で走ることが出来る。馬だと魔獣が強敵と感じ取り尻込みし前に進まなくなるので、魔獣がいる際は重宝されている。
ランクル局長の説明を聞きながら対面を果たす。
『ふぉーーー!! カッコいい!! みんなこんにちはー!! セシリアでーす!!』
『……………何故 ここにドラゴンが!? しかも希少個体が!!』
ん? 希少個体ってなんだ!? ま、いっか。
『こちらはドラゴンのリアンです! 私の大切な友達、家族よ! 仲良くしてくれると嬉しいわ!』
『ドラゴンと友達!? 家族? 頭がおかしいのか?』
『おい、口のきき方に気をつけろよ? セシリアを少しでも傷つけたら殺すよ?』
シーーーーーーーン
『もう、リアンったら過保護なんだから。みんな冗談よ、仲良くしてね!』
『『『『はい!』』』』
「ここにいる魔獣は卵の時から王宮で飼われてきたので、とても大人しいですが、魔獣は魔獣なので注意して近づくようにしてください」
「はーい!」
ご機嫌で返事をするセシリア、それを微笑ましく見守るブルームたち。
「ブライト嬢は魔獣に抵抗がないように感じますが、ブルーベル嬢も恐ろしくないのですか?」
「そうですね、1人で対面すればやはり恐ろしく感じたと思います。でもセシリアが嬉しそうに見ているので今は恐ろしくはありません」
「ふふ、ブライト嬢が大好きなのですね。普通の令嬢は魔獣を見ただけで絶叫し逃げ出すものですよ?」
「確かに、でもセシリアが大丈夫と言うなら大丈夫に感じるのです。
それと、絶叫はしないと思います。わたくしは自領で飼っている動物たちも慈しんで育てています、その中で大声を出すと動物は興奮して収拾がつかないと教わりましたから、取り敢えずは様子を見るところから始めるでしょうか…」
「素晴らしい、とても重要なことです。魔獣だけではなく動物は自分より弱いと感じれば格下と判断し、服従させようと狙ってきます。動物・魔獣は馬鹿ではありません、舐められないようにすることも重要です。そして良い関係を築けるよう努力が必要です。私もこの職に就き何年もかかってあの子たちと信頼関係が築けるよう努力してきました。そして子供のように慈しんできました!
ふふ、信頼関係が築けるようになると、手から餌を食べてくれるようになります。可愛いですよ〜! 警戒心の強い彼らが初めて手から餌を食べてくれた時 もうジーンとしちゃって! 抱きしめてキスを贈りたくなるほど! 堪えるのが大変でした! あははは
それ…から……あ……あれ?」
エレン嬢から魔獣に目をやるとセシリアの手から餌を食べていた。そして順番待ち!?
はぁーーー!?
なんだよ、あれ!!
「危険ですから勝手に餌をやらないでください! 何をやって……!!?」
セシリアの手に顔を擦り付けている魔獣。
ランクル局長ですら そこまで魔獣が心を開いた事はない! いや、心を開くどころか、アレは服従だ。何なんだよー!!
ランクルは激しく嫉妬の炎を激らせる。
「あのー、差し出がましいのですが、グリフォンは3日に一度位蛇が食べたいって言っています。今 食べている肉は体を動かさないからもたれるって。ガリミムスは梨とか林檎とか果物をもっと多く食べたいって、あとみんな大好きなのはホーンラビットなんですって。肉も柔らかく小さな魔力も心地よく美味しいって言っています。ランクル局長…何とか出来ますかしら?」
「な、な、何を言っているのですか!! 動物と会話が出来るとでも言うのですか!? 冗談なら怒りますよ!!」
興奮して魔獣たちを見ると皆が一斉に首を縦に振っていた。軽めのヘッドバンキング?
それにランクル局長は顎を外しそうなほど驚いていた。
「…彼女の言う事は正しいのか?」
うんうんと首を振る。
「えっ!? バッファローの肉が好きなんじゃないの?」
首が動かない。
えっ? えっ!? こんな風に意思疎通出来た事ないんですけど、なんで!?
「だって肉肉しい肉が野生味溢れ、元の世界の味なのではないの?」
首は止まったまま。
「あのー、そもそも王宮で育ったので外の味は知らないと…。バッファローの肉は硬くて肉より内臓の方が食べやすいと言っています」
「えーーー!! 今まで綺麗に取り除くよう指導…肉だけで食べさせてあげていたよ!!」
がっくりと項垂れている。
「ランクル局長が食事に気を遣ってくれているのはご存知のようですよ? だから…その…偶には そう言うものも食べたいなぁーって事みたいって言うか…」
「いや、この子たちの気持ちが分かって良かった。今後改善すべき事は改善するよ!」
魔獣たちが喜びの遠吠えをあげている。それにまたガックリ…。
『この男 変なやつだな。普通はセシリアが動物と話せることに意義を唱えそうなものだが、そこはスルーなんだ…。この男は…魔獣馬鹿なんだな』
その後はセシリアを否定せずにセシリアの話に真摯に向き合いメモをとっていた。
確かこの時間は魔獣を我々が勉強するはずだったのだが、ランクル局長が勉強している…。
「セシリア、わたくしも餌をあげてみたいわ?」
『エレン様が餌をあげたいと言うのだけれど食べてくれる子はいるかしら?』
『なら、私が頂こう』
「エレン様、ユニコーンが食べてくれるそうです」
「まあ、有難う存じます。何をご用意したらいいかしら?」
エレンも4人以外では完璧な淑女の仮面を被る。
「人参が食べたいようですわ」
「まあ、ではこれね。はい、美味しく召し上がってくださいませね」
差し出した人参を手から食べてくれた。
「まあ、まあ、まあ! 本当に可愛いわ! 先程ランクル局長が仰っていた意味が分かりますわ。わたくしも撫でたい気持ちでいっぱいです!」
『なら私がその役を担おう』
「エレン様、フェンリルが撫でさせてくれるそうです」
「宜しいの? 有難う存じます。宜しくお願い申し上げますわ」
檻の中へ手を伸ばし体をひと撫ですると、極上のもふもふ。
「はぁわぁん! なんて素晴らしい毛並みなのかしら? 繊細でありながら1本1本に張りがあり…若干の脂? これが御身と毛艶をお守りになっておりますのね! 失礼してこのもふもふ 指に絡ませても宜しいかしら?」
見ると頷いている。
「感謝申し上げますわ。失礼して… ああぁぁん! なんて気持ちがいいのかしら!」
尾っぽを振って喜んでいる。
ブルームも餌をあげてみたいと言うのでグリフォンが手から餌を食べてくれた。そしてその後 体を撫でさせてくれた。
ランクル局長にとってはあり得ない状況だった。
魔獣たちはプライドが高く人間を下に見ている、それがこうも気を許しリラックスした状態になるなど未だかつて見たことがない。しかもセシリアだけではなく全員に好意的だ、だがこの結果を齎したのは間違いなくセシリアなのだろう……。まあ、実際はリアンがいるからだが。
「ランクル局長、申し訳ないがセシリアが動物たちと言葉が交わせることに関しては秘匿して頂きたい」
ブルームの真剣な眼差しに事の重大さに我にかえって気づく。
「そうですね、希少で貴重な能力を欲する人間は多い。分かりました、私の胸に秘めると誓いましょう。ですが一つ条件があります」
4人に緊張が走る。セシリアがランクル局長に能力を見せたと言う事は信頼できる人物と判断したからに過ぎない、それが条件をつけてきた! ブルームは交渉の余地があるのか探り、リアンは記憶を消す算段をし始めていた。
「あの! 王宮の魔獣管理局にも来てみんなに会ってやってほしいのです!この子たちのように他にも困っている子がいたら教えて欲しい! 私に協力して頂けませんでしょうか!」
おう、やはり魔獣バカ。
「いいですよ! 私の夢は動物のお医者さんですから、往診だと思って対処します!」
おう、ここにも動物バカがいた。
次のコマ 2時間目はアシュレイ王子殿下も国防部を取っていた。
セシリアたちを見た瞬間 何かが過ぎった。
なんだ? 何を? どこかで見た気がする…何を? 何を見た!? いつ?どこで?
確かに知っている…そうだ、私は知っているのだ! 何を? とても大切な事な気がする。




