25、サンフォニウム宮殿−1
数日後、授業が終わると兄ブルームと待ち合わせをしたガゼボに行った。
因みに兄には従者はついていない。
「お兄様!」
「セシ!」
抱き合って挨拶。見つめ合って指を絡ませてセシリアはブルーム胸に頭をつけ、ブルームはセシリアの髪を手で梳く。恋人たちのように濃密だ。一通り挨拶を終わらせると、リアンに向き合い、
「リアンも学園生活は順調そうだね」
「ええ、お陰様で」
ブルームとセシリアは隣同士に座り手を繋いだまま話をする。
「お兄様、その後如何ですか? 彼女とは…?」
「ああ、会ってもいない。学年も違うから機会もない。 心配性だな」
「だってお兄様が不幸になるのは見たくないのですもの」
「私もセシの不幸は見たくない。何かあったら言うのだよ?」
「ええ。そうだ、お兄様にお知らせしたいことがあってお呼びしましたの」
「何だい?」
「わたくし学園側から避難場所を頂いておりますの。そこへご招待しようと思いまして」
「へぇー、個人の部屋を? いいね、安心だ」
早速作ったセシリアの部屋に案内した。
「へぇー、随分奥まったところにあるんだね。でもここで狙われたら誰にも気づいて貰えないんじゃない? 大丈夫? リアンだって常に側にいる訳じゃないんでしょう?」
「ふふ、その通りですわね。だからお兄様をお呼びしましたの。ここは結界でわたくしとリアンとお兄様しか入れません。入れないと言う表現は適切ではないわね、わたくし達3人以外がここに入室する時は別の部屋になるの、でも3人だけだと本当の部屋に入る仕掛けよ。見た目は同じなのに中身は違うの! 面白いでしょう?」
「へぇー、じゃあ、例えば私が友人を伴って来た場合はこの部屋じゃないって事だね、区別は出来る?」
「区別…か。バレないように寧ろ違いをないようにしたけど、区別ね。ではこれでどうかしら? 部屋の奥にある洗面所の取手が右に付いている時は普通の部屋、左についている時はこの奥に魔法空間がある。これでいいかしら?」
「ああ、いいね。どの道我々以外が入れば普通の部屋と言う事だ」
洗面所から魔法空間に入るとリビングや書庫や寝室それにキッチンもある。そして奥には扉が2つあった。1つはタウンハウスに繋がる扉、もう1つはハドソン伯爵領の隠れ家に繋がる扉が出来ていた。だがまだ愛する兄ブルームにも隠れ家の存在は教えていない。だから隠れ家に続く扉はブルーベル侯爵領の実家に繋がっている。正直セシリアとリアンは転移が出来るので扉の必要はないのだ。いずれ兄にも紹介するのだろう。
普通の部屋は殺風景な教室に机が2台とテーブルとソファーと洗面所があるだけだった。
「いいねぇ〜、これからはここで会えるね」
「はい、お兄様」
プリメラはイベントが起きる場所に行ってみても何も起きない。勿論、アシュレイ王子殿下から声が掛かることもない。また第4学年の校舎を突破しようとするも断固拒否。
そこへ1人の男が近づいてきた。そしてうっかりプリメラとぶつかった。
「痛―い! 何するのよ!」
「あ、す、すみません。前をよく見ていなくて…。お怪我はありませんか?」
プリメラがぶつかった相手を見上げるとイケメンだった。
「あ…はい。お尻が痛いですけど大丈夫…です」
「お尻…、あーコホン すみません、そこは確認が出来ないので、他は問題ありませんか?」
「えーっと、はい、掌が…」
「掌? 見せてください。あー、血が出ていますね。医務室で消毒しましょう」
「…はい」
あった! キタ! キターーーーーーーーーー!!
これよ、これ!! 運命の出会いってヤツ!!
出会いのイベント以外でもこう言うことって起きるんだねー。ついに来たのよ!
プリメラは男の顔を見つめポーッと上せていた。
医務室に着くとプリメラの手を取り優しく泥と血を洗い流してくれた。
「すみません、痛いですか? 本当に申し訳ありませんでした」
「い、いえ私もよく見ていなかったので、すみません」
「ふふ 優しい人…ですね。私はフェリス・カーライル第2学年です。良かったら名前を伺ってもいいですか?」
「はい! プリメラ・ハドソンです!第1学年です! 伯爵令嬢です!!」
あーこれよ! やっと来たのね!!
「はい、出来ました。私はこの後も授業なので別の日にでもお詫びさせてください!」
「はい! あー、いえ…お気になさらず大丈夫ですよ」
ここでもう一押しこーい!
「そう、言わずに ね! じゃあ今日はこれで失礼しますね! あの、また!」
「はい、また……」
うふ、うふふふふふふふふふふ!!
やったわ! やっぱりアシュレイに5歳の時の看病した事伝えて、ゲームのシナリオが回り始めたんだわ! あー、良かった!! これでゲームスタート!
あ、でもアシュレイじゃなくてさっきのフェリスでいいんだけど…、変更出来るかなぁ〜?
まあ、なんとかなるよね! ふんふんふーーーーん!
暫くすると食堂でブルームが共に食事を摂っている女性は誰か?と言う話で持ちきりになった。
今までもブルームが食事を共にしている女性はいた。それは2人、アリエル・ブルーベルとエレン・ブルーベルだけ。それも毎日と言う訳ではなかった、それが毎日一緒に食べている。2人きりではないが、あんなにも柔らかな表情を見せるのは初めてだった。
更にエレン・ブルーベルとも一緒に食事を摂る関係!
『あの女性ブルーム様のご令妹らしいわよ! かなり優秀でこんな時期なのに特待生で転入してらしたって!』
『妹がいたの!?』
『先日の社交界デビューの時も仲睦まじく踊ってらっしゃったって!』
『あー! あの噂になっていた方ね! そう、ご令妹だったのね…』
『何故、王立学園に入らなかったのかしら?』
『そうね…、ご都合があったのでしょうけど、ふふ 仲良くなりたいわね』
『うふふ そうね』
という事で後日 山のようなお茶会の招待状が届くようになった。
そんな折、ソレイユ・キャストレイ公爵令嬢からお茶会の誘いを受けた。これは断れないヤツ。ケイティア・ハービル曰く、ソレイユ様はお兄様に夢中でパパンにお兄様が欲しいとおねだりしているとかなんとか。
恐らくセシリアを味方のつけるつもりで今回のお茶会は組まれているのだ。今回逃げても次は逃げられない。大抵のことはブルーベル侯爵家の名前を出せば(お約束があるのですぅ〜)引き下がってくれたが、キャストレイ公爵家ではその程度は引き下がってくれない。
ここは腹を括って一度正面突破するしかなかった。
週末となりキャストレイ公爵家の門の前に来た。
「リアン、頭にくるようなことがあっても我慢して頂戴ね」
「…分かった。でもセシリアを馬鹿にされたら暴れちゃうかも?」
「だーめ、やめてね。洒落にならないから。ひいてはお兄様の結婚問題になってしまうかもしれないからね」
「はいはい」
全員で10名のお茶会だった。
当然ここへ集まった者たちはソレイユ様の派閥の者だろう、つまり今回は私にロックオン! 根掘り葉掘り聞く気満々ってところだ。あー、令嬢メンドクサイ。
あっでも セシ流貴族名鑑に書き加えられるわね。シメシメ
案の定、軽い挨拶に自己紹介に贈り物という名の貢ぎ物にお約束のやり取り…でもかなり巻きで進んでる、いや寧ろ本題に行くから邪魔すんじゃねーぞ感がプンプン。
お兄様のことかなりお熱なのね。
「セシリア様、不躾でごめんなさいね、何故 最初から王立学園に入学なさらなかったの?」
ほほう、本当はお兄様の事ガッツリ聞きたいのに、先延ばしとはなかなかの忍耐力。
「よく聞かれるのですが、大した理由でもないのですよ? わたくし達兄弟は幼い頃からブルーベル侯爵家で学ばせて頂いていました。ですから、ある程度の教養は身につけさせて頂きました。だからあとは兄の手伝いが出来れば良いと思っていたのです。
兄はとても才能豊かで文官にも騎士にもお声がけ頂いています。まだ今後については決定していない様ですが、皆さまの期待に応えるとなれば、どちらを選んでも、実家の仕事を一緒にする余裕はないと思うのです。ですから兄が戻ってくるまでわたくしが代わって差し上げられれば、兄の負担を少しに楽にしてあげられるか、と思ったのです。
カンザックル学園には動物学者のタイタス先生がいらっしゃり学ばせて頂ければ兄の役に立つかもと思いましたの。それで王立学園ではなくカンザックル学園を選びました。結婚にはあまり興味もなかったのでそれで良いと思っていましたの。ですけれど、お恥ずかしながらカンザックル学園より王立学園は動物学だけではなく多くの事を学べる場だと教えて頂き、この度転入する運びとなりましたの」
「まあ、そうでしたのね」
「それにしても…お兄様のブルーム様と仲がよろしいのね?」
「ええ、とても。 2人きりの兄妹ですので小さい頃から過保護なくらいに甘やかしてくださいますの、 ふふ」
「まあ、何かキッカケがございましたの?」
「強いて言うならば…幼い頃に初めてお呼ばれしたお茶会で…嫌な目に遭いましたの。子供でしたし何が起きたかよく理解もしていませんでしたけど、兄には幼い妹を守らなければと思う出来事だった様です」
「まあ、恐ろしい目に遭いましたの?」
「いえ、そうではなく…、んー お姫様ごっごに夢中だったご息女がわたくしをターゲットに意地悪をした、とかその程度のものだったのです。その後兄は…確か当時5歳位だったかと思いますが、ご当主様に毅然とした態度で物申して、その場からわたくしを連れ出してくださいましたから、本当に大した事はなかったのですよ? でもそれから剣術や勉学を励む様になったので、きっとわたくしを守ろうとして下さったのだと思います」
「「「まぁぁぁぁぁ、なんてお優しい!!」」」
令嬢たちの目がハートになってる。
お兄様がいかに素晴らしいかを植え付けつつ、妹に意地悪すると兄から敵認定される事もシッカリと植え付け。お兄様によく思われたいなら意地悪しないでね!
権力で従わせようとしないでね! お兄様によく思われたいなら、馬鹿な事しないでね!刷り込む。
それからもたわいもない話の中に皆が欲しがる兄の武勇伝を小出しにしながら場を支配。
ふふ〜ん、中身はアラフォーーーーーー! 経験値は高いのよ、これでも。
ふひぃぃ、乗り切ったわ。
セシリアのネタは翌日にはすぐ広まっていた。
『変な時期に急に入った特待生は、ブルーム様の溺愛の妹 セシリア様でとても優秀』
これにより周りの扱いは、女性は好意的、男性は…セシリアが美しいので好意的。
リアンに関してもブルームとセシリアと言う信頼の元に好意的。まあ、1番はリアンの神秘的で魔性の魅力に引き込まれてしまっていた。リアンは身分を持たない従者だと分かっていても、自分だけのものにしたいと連日女性が列をなしている。
まあ、そんなこんなで有名人となっていた。
そして今日は学校の図書館に来ている。
目を見張るほどの人人人。なんじゃーコリャー!!
普段はまばらな人影が今日は違う、机はビッシリと埋まり立ち読みをしているだけではなく、その場に座り込んで読んでいる者もいる。どこか血走っているような目でブツブツ呟いている。怖いんですけど、何これ!?
「セシリア、どうするの?」
「無理そうだから帰るわ」
「だね」
「やあ、ブライト嬢!」
「バーナー様、ごきげんよう」
「貴女もここへ勉強に?」
「いえ、少し調べ物をしようと思ったのですが、今日は無理そうなので諦めます」
「あれ、もしかして知らないのかな?」
「何をですか?」
「このように皆が必死になって勉強する理由だよ」
首を傾げると、図書館から出てグラシオスは説明してくれた。
皆が勉強する理由、それは次のテストの為だった。
まあ、テスト勉強は大切だよね。
だが、真の目的は褒賞だった。
次のテストでトップ10に入ると王家所有の別荘地に行けるのだ。しかも全学年一緒に!
各学年のトップ10、50名が一堂に会する。他学年との交流が少ない学園においてお泊まりの3泊4日はビッグチャンス!! しかも今回はアシュレイ王子殿下もいる。だがそれだと女性に限定されそうだ、それにいつも王族や高位貴族がいる訳でもない。では他のメリットはと言えば、職業適性案内という名の視察、ドラフト会議。
文官や騎士が実際に見に来て、唾をつけにくるのだ。その高官たちにの目に留まれば未来が拓けると言う訳だ。高官たちもここにいる者たちは紛れもなく成績優秀者、騎士などの場合もこれで技能が伴えば幹部候補生だ、学園生にしても実家にコネクションがなければ実力だけで名前を売ってのし上がれるチャンス。
互いにメリットがある。
そして女性も将来有望な人材と効果的に近づくことが出来て、エリート婿候補を物色できると言う訳だ。ロケーション、シチュエーションも最高、その上そこは王家所有の別荘、最高の食事に最高のもてなし、夢のひと時を得られるのだ。
今回のテストには全員目の色を変えて必死に取り組む。
お兄様はいつもどうしていたのかしら?
きっとトップ10には入っていらっしゃったわよね?
んんー?
「バーナー様もテスト勉強のためにいらっしゃったのですか?」
「いや、私は本を取り寄せてもらっていたのが届いたと連絡が来てね、それを取りに来たのだ。この時期はいつも図書館は避けているよ、毎回こんな状況だからね」
「そうなのですね。勉強になりました、有難う存じます」
「そうだ、ブライト嬢は元はこの学園ではなかったと言っていたね。最近噂の特待生がブライト嬢と知って驚いたよ、遅くなったけど入学おめでとう」
「まあ、ご丁寧に有難う存じます」
「貴女は優秀と聞くから、そのテスト後のサンフォニウム宮殿でも会えるのかな?」
「まあ、どうでしょう ふふ 皆さん優秀でらっしゃるので精一杯頑張らさせて頂きますわ」
「そうだね、初めてのテストか、頑張りたまえ」
「はい」
グラシオスと別れ、家に帰ることにした。




