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23、告白−2

彼女の話はこうだった。


ワイバーンから落下したであろう男の子を発見。

自分より体の大きい男の子を連れて帰ることも出来ず、近くの洞窟で看病をした。

知らない男の子を助けて欲しいとも言えず、食料を家から持ち出し世話をした。

酷い怪我をしていたので、近くにあった薬草を貼り、藁を体に乗せた。

高熱でうなされている男の子に小さく切ったフルーツを口の端から押し込んだ。

3日もすると男の子の熱は下がり始めた。軽食を運び5日目には意識を取り戻した。

だけど何も覚えていないし、食料を取りに行って戻ってみるといなくなっていた。

元気になって家に戻ったのだと、忘れていた。


男の子の服はボロボロで近くに住む者かと思った。だから自分も子供でまだ小さかったし殿下の事と結び付かなかったと。


「殿下、いえ その時の男の子の怪我の箇所を教えてください」

「はい、肩とお腹と足…左足の大きな怪我を負っていました」

「………出血の具合は どうでしたか?」

「顔も全身にも怪我を負っていてたくさん血は出ていました。左足は血がビタビタ出ていて服を真っ赤に染めていました」


正直言えば、アシュレイの足の怪我は怪我と言うより辛うじて皮と肉でついているだけの状態、それは確かなのだ。だから血がビタビタ出ていたなんて表せるものではなかった筈だ。足が1本ない状態の8歳児を足場の悪い山道を5歳女児が連れて行けるとも思えなかった。

しかも 小さい頃のプリメラはお姫様願望の強い我儘娘、父親が溺愛の少女。その少女が一人で山道に入るどころか外出できるとも考え難かった。だが、他の証言と違いプリメラは迷いがなく、魔術師たちも嘘を探知する魔法でも、嘘と断定することができなかった。


プリメラは殿下だと断定はしていなかった。

その『男の子』は実際にいたかも知れない…そう思わせた。


ただ気になるのは、アシュレイが落ちたのは実際にはハドソン伯爵領の隣のフォーガスト侯爵領だが、領境の山の中に落ちたのだ、当然大勢を投入してフォーガスト侯爵領だけではなくハドソン伯爵領も隈なく探したのだ、それが近場の洞窟に人がいて気づかない筈がない。95%嘘だと思った。若しくは別人の誰かで時期も子供の記憶、曖昧なのだろうとの結論が出ていた。だけど100%嘘とは言い切れなかった。


そこでハドソン伯爵を呼び出し、娘の証言について聞いてみたが やはり何も知らなかった。ハドソン伯爵は冷や汗が止まらない。

10年前の殿下が行方不明の時期といえば、色々と忘れられないことが多くあった。今更つついて欲しくない闇でもある。


領民と牛の暴走、娘の誘拐後 寝込み意識がなかった、その後別人のようになった事、水増し請求。

そんな中 うちの娘が山の中で1人で入って人助けをした? あり得ない。

自分の娘だ、そんな善良な人間ではないというだけではなく、侍女も護衛も連れずに1人で山の中を歩く体力などないのだ、1人で領境まで毎日 看病に行っていたなどあるわけがない。


「娘は何かと勘違いしているのだと思います。恐らく領民の誰かだと思います」

嘘だとバレればタダで済まない事は分かっている。何とか穏便に済ませたいと願っている父に対し、絶対の自信を見せる娘。そこで実際に洞窟を見に行く事になった。

急遽 予定が組まれハドソン伯爵領へ一行は向かった。


ハドソン伯爵領に到着し、山へ向かう準備をする。

顔色の悪い伯爵とは違い、プリメラはイキイキとして懸命に接待をしている。その温度差にも違和感。プリメラはアシュレイ王子殿下と懇意になるつもりかも知れないが、父親はことの重大さを認識し顔色が悪い、一行はプリメラの嘘を暴くつもりで冷めた目で見ていた。


実際に出発すると、プリメラの記憶は曖昧で道が分からなかった。

捜索隊は呆れて物が言えない。だが、洞窟については詳細を語る。詰めが甘いとしか言いようがない。歩き回り屋敷からはかなりの距離となった、5歳の少女が毎日往復で通うにも難しい位置、ここら辺は捜索隊も探し洞窟などなかった。検証を終了し帰ろうと言いかけた時、急にプリメラの足取りが軽くなった。

「こっち、こっちだわ!」


着いた場所には確かに気づきにくい場所に洞窟が存在した。

そこではプリメラがここにこう寝かせて、こんな物を食べさせて、こんな会話をしたなど、次々と滑らかに飛び出した。その様子は嘘ではないと誰もが思った。痕跡は何もなかったが既に10年も経っていた事で、プリメラの全てを嘘と断定する事は今回も出来なかった。

逆を言えば地元の隠れた洞窟くらい知っていてもおかしくない、だがそれにしては辿り着くまでがあやふや過ぎて腑に落ちない。嘘をつくにももっと入念な準備をするべきだろう。プリメラの話はチグハグでどうにも判断が出来ないでいた。


「最後にプリメラ嬢は魔法はどうですか? 検査では何と出ていますか?」

「魔法ですか? 魔力はレベル2、火魔法がレベル3です。それが何か?」

「いえ、それはいつ発現しましたか?」

「プリメラは優秀だったので8歳くらいには発現していました」

鼻高々にハドソン伯爵が言う。


魔力はレベル1〜10、その上に特急が存在する。

魔法の種類は火、水、風、土、光、闇、雷、空間、時、創造の10種類があると文献にはある、詳細はあまり分かっていないものもある。

魔法の発現は個人差がありいつまでに発現するなどはないが、この世界は少なからず魔力を持って生まれることが多いので、高位貴族は家庭教師をつける時点で同じように魔法の発現を促す為に魔術師をつけたりする。個人差はあるが、10歳未満で魔法を発現させるのは優秀と言えた。


「ほう、そうですか…。現場は確認しました。続きは屋敷に帰ってから話しましょう」



アシュレイ王子殿下の体には回復魔法の痕跡があった、しかもかなり高度な魔法。火魔法レベル3如きではとても治療は出来ない、元より種類が違う。

アシュレイ王子殿下の行方不明の件は多くの者が知るところだが、具体的な内容は秘匿され知らない者が殆どだった。プリメラの内容も本人だけが知るような新たな発見はなかった。


「ハドソン伯爵、プリメラ嬢 残念ですがあの洞窟で看病したのは殿下ではありません。きっと他の子供でしょう。それにあの辺りは捜索範囲に入っており子供が歩いているのを見逃すはずはありません。ですから時期も違うと言わざるを得ません。それが今回の結論です」

「嘘よ! おかしいわ!! そんな筈ない!! 肩に獅子の痣があったわ! 間違いなんかない!!」


この発言はかなり動揺させた。

アシュレイや直系の王族にだけ刻まれる痣について知っている者はごく一部で秘匿されている、ここにいる大半の者は知らない。アシュレイの身近な者で言えば、知っているのはアシュレイの侍女1人と侍従1人だけ、この場でいる者ではアシュレイ本人と侍従のシリルのみ、つまりここにいる者たちはプリメラの証言が何の証拠になるのか分からず動揺していた。

ただ、アシュレイとシリルだけが、何故その事実を知っているのか疑念を持ち警戒をしていた。


「痣とは何のことか分かりませんが、もし本当に殿下であれば必ず口にする筈の言葉が出ていません。それに正直5歳の子供が毎日この道のりを荷物を持って往復できたとも思えない。プリメラ嬢は1人で山に入るような子供でしたか?」

「いえ! そのような事絶対にあり得ません! 常に5人は側に置いておりました。 それに殿下が不明の頃は具合が悪く寝込んでいたのです! 絶対に殿下をお助けしたのは娘である筈がありません! どうか、どうかご容赦くださいませ! 何かと勘違いしているだけなのです!! む、娘が自分の足であんな山の中に1人で往復出来るわけがないのです! 5歳の頃など馬車までも使用人に運ばせていたのです。屋敷の中だって抱き上げて歩いていて、本当に向かったとしたら山の手前で疲れて歩けなくなっていたと思います! 恐らくもっと大きくなってからの事と勘違いしているのです!!」

「お父様! 私は嘘なんて言っていないわ!! 本当に私はアシュレイ王子殿下を助けたの! そうだわ、外套には留め具が兎になっていて可愛かったわ! あれはアシュレイ王子殿下だもの!!」


まただ、誰も知らないであろう事実が明らかにされた。

外套の留め具は本来 蛇だったのだ、でもそれを怖がるのである時期だけ兎に替えていたのだ。それはシリルも知らないだろう。


ますます混乱していくアシュレイ、結論は先ほどの通りで終了し王都へ戻る事になった。 


王都に戻ると報告書を上げた。

プリメラ嬢が、普通では知り得ない情報を知っていたのも事実だった。

例えば痣や外套の留め具、ただ外套についてはワイバーンから落ちる過程で脱げて木に刺さった時には着ていなかった。それに痣は魔力を流さなければ浮き上がらない、脱いだだけでは痣を確認する事は出来ない筈だった。

それから偶にふとした時に当時のことを映像で思い出すこともあるのだ。はっきりはしないが…。

自分を助けたのは2人だった、それに洞窟などではない、明るくて居心地のいい、見たこともない空間だった…気がする。

これからも偽物は現れるだろう、故に明らかにはしなかったが、確かに彼女はアシュレイの秘密を知っていた。その秘密はどこで手に入れたのか…? ハドソン伯爵は何も知らないようだった、プリメラの周りに注視し監視下に置かれた。




セシリアとリアンは王立学園に入学する事が決まった。

その手続きに学園に来ていた。すると騎竜兵と思われる人たちがゾロゾロと学園の門を潜っていた。


騎竜とは馬の代わりに魔獣討伐の際に赴く馬の代わりの魔獣だ。小さい頃から餌付けされて人に慣れているので、王宮で飼育している魔獣たちは襲ってくる事はない。

騎竜にも種類があり、今 王宮で主流になっているのがガリミムスだ。走るスピードが速く3人乗り位は出来るし、荷物も運べるので重宝されている。そのガリミムスの騎竜が今日は学園に来て騎士科選択の者たちの乗る練習をするのだ。やはり中には魔獣に拒否感を示す者もいる、その場合花形の魔獣騎士を諦め、騎兵隊や近衛騎士を目指す場合もある。選択し入団してからでは転属も難しく、いじめの対象にもなるので、事前にこう言った機会を作っているのだ。

一つの職業案内みたいなものだ。女性にはお茶会の仕切り方を勉強するため、王宮で行われるお茶会を取り仕切る課題などもある。


「あら! リアン見てあれは…ガリミムスね! 魔獣でも忌避されるばかりではないのね」

「そうだね。ワイバーンもたくさん飼われているみたいだし、魔力がある動物って認識なんじゃない?」

それはないだろう。

でも、討伐対象になる魔獣の定義って何だろう? どんな場合なんだろう?

リアンは本当はドラゴンですって言って受け入れられるんだろうか?


園庭に整列しているガリミムス、50頭ほどいるだろうか、うん圧巻。

頭が小さくて可愛いわね、あの子たちは草食なのかしら? 何を食べているのかしら?


「セシリア、ちょっと熱心にアイツらを見過ぎじゃない?」

「えっ?」

リアンが不機嫌になってしまった。すると園庭に整列していたガリミムスたちが慌てふためきパニックを起こし始めた。

あちゃー、やっちゃった。リアンの不機嫌が伝わっちゃった。

担当の魔獣を宥めている騎竜兵たち、今までにない事に戸惑いを見せていた。


「リアンったら。見た事がないから気になっただけよ。私は動物のお医者さんなりたいのですもの。本には載っていない事を知りたかっただけ」

「ふーん、ならいいよ。セシリアの隣は僕のものだからね」

「ふふ リアンったら可愛い子ね」


リアンの機嫌回復と共にガリミムスたちは落ち着きを取り戻したが、一斉にこちらを見ている。

嫌な予感。


やっぱり、ガリミムスたちはセシリア目掛けて走ってきた。ウギャーーーーーーー! 轢かれるー! ぶつかったら即死案件! あむあみだー あん? わーーお、取り囲まれてる。でも 当たらなくて良かった。


「こんにちは、セシリアです、こちらはリアンよ。仲良くしてね」

「「「「「ギィィィィィィ!」」」」」

『セシリア様、リアン様 宜しくお願いします』

『ねえ、口の中を見せて貰ってもいいかしら?』

『口の中ですか? はあ、どうぞ』

口を大きく開けて見せてくれる。

『あら、歯は尖ってないのね、人間で言うところの大臼歯って感じ。普段は何を食べているのかしら?』

『何でも食べますが、穀物や小動物や草や水の中の生物などです』

『なるほどねー。小動物は丸呑みするの?』

『はい、そうです、噛み砕くこともありますが、丸呑みすることが多いです』

『体に触ってもいいかしら?』

『はい! 勿論です!』


ふむふむ 象みたいな感じかと思ったけど、若干産毛が生えているのね。場所によって毛の硬さが違うのね。んー、保湿剤を塗ってあげたら喜びそうね。

全身をサワサワしていると、騎竜兵たちが走って割り込んできた。


「大丈夫ですか! お前たち何故 急に走り出したのだ! ご令嬢が驚くではないか」

そう言って来たのは魔獣たちの管理をしている男だった。

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