2、モブに転生(まだ知らず)−2
夜中に病院の扉を叩く音。
飼っているペットに異変があると夜中に突然きてこう言った行為をする人間は偶にいる。
だけど 本当にいつも思うけど一回電話で聞こうよ、本当に今日、今じゃないとダメなのか、明日でもいいのか? こっちだって不眠不休は無理だって!
はぁぁぁ、常識持っている人でお願いします!!
「はい、どうしました?」
「お前のせいだ!!」
「はっ? 誰ですか? アレ、あー、やっと引き取りに来てくれたんですか? 日中にお願いしますよ望月さん。手続きがあるのでちょっと待ってください」
「お前のせいで彼女も仕事もダメになったんだぞ! ふざけんな!!」
後ろからいきなり刃物で刺されて…死んだ。殺す気だったので私はあっという間に殺され死んでしまった。その時私は自分の身に起きた事を認識する暇もなかった。背中から刺さった包丁は心臓に達していた。
望月さんはペットにワニを飼っていた。
ここはペットホテルじゃないって言っているのに、
「ワニを預かってくれる人がいなくて仕事で大阪に行かなくちゃいけないんだけど放置は可哀想でしょう? 頼みますよ!ね! ちゃんとお金は払うから!!」
頑なに無理だと断るスタッフに無理やり病院に『飛行機の時間がある』とか言って置いて行ってしまった。それから3ヶ月経っても一向に帰ってこないし連絡もない。やっと繋がったと思ったら、『こっちで生活することになったからもう飼えない。先生にあげるよすっごく可愛い子だから大丈夫!』全く理解に苦しむ。
ワニは飼育許可など申請が必要な生き物なので困ると言っているのに、『先生なら何とかなるでしょう?』と軽く答える。彼女が出来たらしいのだが、爬虫類などがお嫌いなんだと。
『警察に届けますよ?』と言っても『またまたまたー、先生は僕の幸せを奪うつもりですか? 人でなしですね、人の行為は素直に受け取りましょうよ。大切なあなたに僕の大切な友人を贈ります、大事にしてあげてくださいね』とか言いやがるから、録音して警察に届けてやった。
それでどうやら望月さんの幸せとやらを壊したらしい、知らんがなそんな事。
あーあ、伯父さんに何かしら返したかったな。貰った愛の半分も返せてない。
まあ、そんな訳で意識を失って寝込んでいる間に自分の前世を思い出した。
うぉー! 36歳のおばちゃんが3歳の幼女に転生とかって、申し訳なさでいっぱいです。
でも何で転生ものって分かったかと言えば、大学で実験していた時に1時間ごとに記録を取っていく。大半は仮眠室でタイマーかけて仮眠をとる。でも私は夕方まだ人がいる時に仮眠をとって夜中の観察を寝ないでやっていた、なぜかと言えばアルバイト。自分の以外の実験も代わりにやって小銭を稼いていた。それは勿論、あまり伯父さんのお金を使いたくなかったからだ。どうしたって家賃や光熱費はかかる、その他に食費だって、筆記用具だって実験道具だって、研修に行けばその費用もかかるし、交通費もかかる。現地集合であれば特急に乗らず、バスで時間がかかろうとも行くが、団体行動の場合はそれも出来ない。だから、ケチって切り詰め、あとはこう言う小銭を稼いで凌いでいた。最初の頃は本当に時間もお金もなかった。どうしてもの時は伯父さんのお金を使わせて貰ったが、なるべくは使いたくない。飲み会だって本当は行きたくないけど、いいアルバイトの転じる場合もある、だから鼻をきかせて行っていた。
おっと、つい昔を思い返して長くなった。
まあ、そんな訳で効率よく過ごす為には、研究室を出て仮眠室まで行くのは手間だったから。レポートがない時や眠い時は、研究室を出て、近場の備品室で乙女ゲームをして眠気を紛らわせていたり、ネット小説を読んだり、漫画を読んだりしていた。
あー今考えると生き急いでたな〜。
それにしても転生ってあるんだなぁ〜。純日本人の私が金髪ブルーアイとかってコスプレ感が拭えないが、なっちゃったものは仕方がない。
伯父さんが作ってくれたあの病院どうなったんだろうか、本当に何も返せなくてごめん。
一応 書類は1箇所に纏めてあるから分かりやすいと思うけど…、伯母さんと蘭ちゃんを失って辛い思いしてたのに、私まで先に死んで本当にごめんなさい。伯父さんのことだけが心残りだ。
熱が下がり始め、目覚めてからも今の両親は私を自由にさせてくれた。
転生して良かったのは、セシリアの親はちゃんといい親で、逆にこんなおばさんが娘になって申し訳ない、と言うこと。出来る事は手伝うからね!
元気になったセシリアは今までと同じ生活をした。
セシリアの住んでいるブルーベル侯爵領はハッキリ言って田舎だ。だからどこの家でも少なからず家畜を飼っている。畜産も盛んだ、だから野犬や魔獣が侵入するのを警戒し領にはあちこちの魔獣避けの魔法陣が張られたりする。そういう意味では管理されていて危険がないのだ。
セシリアは家の馬小屋へ向かった。
前世を思い出したので、今の自分ができる事は何かって考えたら、やっぱり動物の世話をする事じゃないかなって思った。折角伯父さんが手に職をつけさせてくれたんだから、こっちの世界でも役に立てたらいいなって思う。
我が家の馬小屋には馬が12頭いる、他にも山羊や兎や豚、それに牛もいる。馬以外は基本全部食用だ、20〜30頭ほど飼育し繁殖させている。兎は50羽はいるか?もう正確には分からない。
「こんにちは、セシリアです。みんな元気ですか?」
うふふ、挨拶は今までもしていたかも知れないけどケジメとしてね。
『ああ、こんにちはセシリア、私は元気だよ』
はっ!? 今誰が喋った!?
「あの〜、今返事をしていただいたのは……あなたですか?」
『おや、これは珍しい! 私の声が聞こえるとは! セシリア 君を歓迎するよ、面白くなりそうだ!』
「私もお話しできると知ったのが今で…驚いています。えっとー、お名前を伺ってもいいですか?」
『ああ、私はダンだ』
『セシリア、私はマーサよ、宜しくね』
『私はケリーだ、これは今までにない発見だな』
次々に自己紹介してくれる。
「皆さん自己紹介有難うございます。折角こうしてお話し出来るので、何か困った事とかありますか?」
『おお、そうかそうか いや実は最近食事が変わったんだが美味しくないのだ』
『そうよねー、穀物の量が減ったみたいで代わりに増えたモノがあるの。それを食べるとお腹が重いのよねー』
『ああ、それは私も同感だ』
「変わってから消化が悪い…、では聞いてみます」
『ああ、頼むよ』
セシリアは早速、父レスターに馬の餌のことを聞いてみた。
「ああ、そうなんだ、よく知ってるね。実は最近スロークス商会からバンドーフ商会に変えたんだ。ハドソン伯爵のご紹介でね。同じ価格でも栄養価も高くて量も多い『ジャストン』と言う飼料がいい勧められたんだ。それがどうかしたのかい?」
「お馬さんがね、新しいご飯を食べるとお腹が重くて嫌なんだって」
「………セシリア? 誰が言ってたの?」
「お馬さん! 穀物に混じったモノが多くてそれがいつまでもお腹に残って嫌なんだって」
「……セシリア、いつからお馬さんとお話し出来るようになったの?」
「今日初めてお話ししたの。セシリアですって挨拶したらお返事してくれたの!」
「なんてお返事してくれたのかな?」
「お名前を教えてくれたの。えっとねー、ダンにケリーにマーサに…」
「待て待て待て! えっと、ダンたちが教えてくれたの?」
「そうよ、たくさんお話しして楽しかった!」
「そうか……、ではお父様はこれからお馬さんのご飯を確認に行って来るね。セシリア、お馬さんとお話し出来るのはお父様との秘密にしよう、他の人に知られてもいけない、分かる?」
セシリアは無邪気さを装って話してみたが、やはり動物と話せるのは特殊能力のようだ。
まず父に確認して良かった。
「はい、お父様」
ニコッと笑顔で答える。
「では、また後でな」
父レスターは早速飼料の中の手を突っ込み、一掴みした飼料を掌に乗せジッと見る。
数種類の雑穀に見せているが確かに一部が見たこともないモノが混ざっている。それだけを取り出しよく見ると、
ん? これはパンか? それにキャベツ? これは紙か!?
パンにはカビ生えているものもある、これらはどうやら残飯を混ぜて作っているようだった。なるほど、これは馬も嫌がるか…。以前サンプルを見せられた餌とは別物であった。
父レスターは早速、バンドーフ商会からスロークス商会に取引を戻した。
バンドーフ商会からは
「ハドソン伯爵のご紹介なのでかなりお安くしましたのに、何故取引を止めるのですか!?」
と食い下がられたが、
「すまない、安いし私は気に入っていたのだが、馬たちは前の方が食べが良かったのだ、すまないな」
とすげなく断った。
その後昔のご飯に変わった馬たちは機嫌が良くなった。
「セシリア お馬さんたちは何か言っているかい?」
「うふふ やっぱりこっちのご飯の方が美味しいって。良かったね みんな!」
「「「「ヒヒィィィィン!!」」」」
一斉に馬たちが答えた。これはもう疑いようもなかった、セシリアは間違いなく馬と会話をしているのだと。
この日から父レスターはセシリアに動物たちとたくさん話をして、困っていることがあれば教えて欲しいと頼んだ。
ある日、ブルーベル侯爵の馬のお産が上手くいっていないと連絡があった。
以前ブルーベル侯爵もハドソン伯爵の紹介でバンドーフ商会から飼料を購入していたらしいのだが『馬の調子が最近悪いのだ』と聞いた。その時に我が家の飼料もバンドーフ商会から購入したものを与えると調子を崩すので調べてみたらカビの生えた残飯が入り良くないものだった、だからすぐに元のスロークス商会に変えた、などと話した事があった。ブルーベル侯爵も実際に自分に目で確かめて取引先を変更した。
その経緯や過程でブライト伯爵家の動物はとても元気で質が良いと聞いて、度々相談するようになった。家畜などの話から更に親しくなり今ではかなり懇意にしていただいている。
「やあ、レスター! よく来てくれた。馬の腹がずっと張っていて出血しているのだ、診てやってくれるか?」
「私は専門医ではないのでお役に立てるか分かりませんが、早速診てみます」
「ああ、頼む! ん? その子は?」
「ああ、私の娘です、この娘がいると動物の緊張が解れるらしく優しくなるのです。
さあ、セシリアご挨拶をして、ブルーベル侯爵だよ」
「初めましてセシリアです」
ニコッと挨拶しスカートの裾を持ち上げた。
切迫したはずの場だったのに、釣られて頬が緩んだ。
「なるほど、セシリアは周りの者を幸せにするようだ。それではレスター、小さなレディ我が家の馬を頼んだよ」
「「はい!」」
望愛は処世術を学んだ。
どうやら馬の赤ちゃんが正常位ではないようで苦しみなかなか取り出せない。
「お父様、腕を突っ込んで位置を戻してあげて欲しいのです」
「ええ!? な、何を言って!!」
この世界ではそう言った事はしないようで、自然に任せそれで駄目なら諦めてしまうようだった。
ああ、子供の私の手ではそんなに奥までは届かないし…困った。
「お父様、お馬さんを吊りたいの、あそこにロープを通して後ろ足を吊って! お願い!!」
「お、お前ぇぇぇぇ、そんなに事、お許しになる訳…、(チラッと侯爵を見ると)ブルーベル侯爵様、どうか娘を信じて頂けないでしょうか!!」
未だかつてない要望にすぐに返事は出来なかった。
「旦那様、このままでは死産でございます」
「うむむむ、分かった 言う通りにしよう!」
まずは準備が出来るまで腹の中の仔馬の位置を変える努力をする。
それから天井の梁にロープを通したいが万が一屋根が崩れるといけないので、支柱を入れ補強し、ロープを通し馬の後ろ足に結びつけて吊り始めた。
「そんなものでいいです!」
次に馬番がセシリアの言う通りに腕を突っ込んで中の仔馬の状態を確かめる。
「も、戻ってます! 仔馬の脚が掴めます!」
「何!? そうか、頼んだぞ!!」
『馬のお母さん頑張って! もう少しで赤ちゃんに会えるからね!!』
『うぅぅぅ、ああ、赤ちゃんもう少しよ、頑張って、頑張って頂戴!!』
ズルっ ズズズズズ ドサッ!
「「「うぉぉぉぉ!」」」
「生まれたわ!! 馬のお母さん、無事生まれたわよ!!」
『ああ、良かった、良かったわ わたしの赤ちゃん』
仔馬を取り出すと母馬のロープを解き摩ってやる。母馬は疲れている体に鞭打ち仔馬の元へ。白い膜と共に生まれ出てきた仔馬を母馬は舐めて綺麗にしていく。すぐに仔馬に反応があった、まだ起き上がれない仔馬の全身を舐めて慈しむ。少しずつ立ち上がる準備を始め何度もトライ。息を呑む時間が続く。立ち上がった!! 立ち上がるとすぐに母の乳を探す。
はぁー、生き物って凄いな!!
誰かに教わった訳じゃないのに、生命を繋ぎ、命を大切にしてる。DNAに刻み込まれてるのかな。
凄いなぁ〜。
ホッとしてどっと疲れを感じる。
「レスター! セシリア! 有難う! 本当に有難う!!」
「お馬のお母さん、可愛い赤ちゃんが生まれて良かったね! お母さんもお疲れ様! どこか痛いところとかある? 何か欲しいものはある? 美味しいご飯を用意してもらおうね! うふふ、凄いわね、よく頑張ったね」
セシリアの言葉に答えるかのように首を何度か振る、その様子を見ていたブルーベル侯爵はセシリアは馬に愛される子だなと思った。