15、別れ
セシリアは驚愕した。
庭でアシュレイはリアンと共にいた。それもリアンはドラゴンの姿で。
しかもアシュレイが甲斐甲斐しくリアンの世話を焼いている。
「あれ、どうしたの?」
「お帰りノア」
「お帰りノア!」
聞けばツリーハウスで冒険が過ぎたアシュレイが高い位置から落ちたと言うのだ。
放って置いても良かったが、死にそうなのをセシリアはわざわざ助けたのだ、それを見過ごすのもどうかと思った。そして助ける為にはドラゴンになる必要があったのだ。
獣化し背中で落ちてくるアシュレイを受け止めた。本当はセシリア以外乗せたくないけど、仕方なかった。
「うわぁぁぁぁぁ! あ? うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「煩い、黙れ!」
「へっ!? その声は…リアン? リアンなのか!?」
「ああ、そうだ。降りるぞ」
リアンは尻の方を下げ座る形でアシュレイを滑り台のように鱗を滑らせ地面に下ろした。
アシュレイは滑り落ちて頭と足が逆さになっていたがそれも気にならないほど目の前の立派なドラゴンの姿に魅入っていた。
「リアンはドラゴンなの?」
「ああ、そうだよ」
「えっと、まずは助けてくれて有難う。えっとー、ドラゴンである事隠していたんだよね? 私のためにすまない…。ノアは知っているんだよね?」
「知ってるに決まってる。ノアが卵の僕を拾ってくれたんだ。そしてずっと育ててくれている。寧ろ最近までずっとドラゴンだった、でも人化した方がノアの側にいる事ができるから人間の姿に成れるよう進化した」
「あっ! だからノアはナイフとフォークの使い方を教えていたのか!!」
「そうだよ。人間の生活を教えて貰ってる」
「そうだったのか…、いつからノアと一緒にいるの?」
「ノアが3歳の時もう2年だよ。ノアは自分で作ったリュックに僕を入れて、山で僕のご飯を獲って食べさせてくれた。僕にとってノアは何よりも大切な人だよ」
「そうだったのだね」
それからはノアがしていたようにアシュレイもリアンに何かを頼むのではなく、一緒にやりながら使い方などを教えた。そうすると、ここで抱いていた疎外感が和らいだ。
私が出来る事でリアンはまだ知らない事を、私もノアの様に教えてやりたい、それが私がここにいて返せる恩であろう。であるならば、私が手本となり教え導くべきだ。
アシュレイはやる気に満ちていた。
セシリアよりも下僕のようにリアンに尽くしていた。教師になるつもりが加減を間違え下僕になった。リアンはアシュレイに教わり今までできない事をマスターしてセシリアに褒めて欲しかった。2人の利害?が一致して一緒にセシリアがいない時間も多くのことを学んでいった。そして時々ドラゴンなってアシュレイを乗せて飛んであげたり、疲れれば庭で小さいサイズのドラゴンのまま寄り添って昼寝をしたりしていた。その頃になるとアシュレイもリアンが大好きになっていた。
そんな2人を見たセシリアは優しく微笑んだ。
「リアンー! 遅くなってごめんね」
「ノア! 僕ね、ナイフとフォークの使い方上手になったんだよ! アシュレイが教えてくれた!」
「そう、よく頑張ったのね、偉いわ。殿下、リアンが世話になったようで有難う存じます」
「いや、君の言った意味がやっと分かったよ、生まれたてのリアンが頑張っているんだ、私も与えてもらうばかりではいられない。何より私自身の成長に繋がった。とても有意義だった」
「そう言っていただけると嬉しく存じます」
人化したリアンと抱きしめ合って互いに愛しそうに見つめ合っている。
その間にアシュレイは決して入ることは出来ないと感じていた、でも今は寂しくない。
その後一緒にみんなで遊んだり、リアンが出来るようになった事を見て褒めて、一緒に食事を作り、食事を摂りセシリアはこう切り出した。
「殿下、そろそろ現実に戻らねばなりません」
ノアの顔を見れば何を言おうとしているか薄々感じていた。
ずっと楽しい夢の中のようなここにいたいけど、そうもいかない事も分かっていたが、出来れば先延ばしにしたかった。
「ああ、そうだな…そうしなければ、な」
酷く悲しそうな顔に頭を撫でてあげたくなるが、今のセシリアは5歳の子供だ、8歳の殿下の頭を不敬にも撫でることは出来ない。
「ここでの生活が気に入ってくださったようで何よりですが、殿下の捜索に更に範囲を広げ、かなりの人員が割かれています。これ以上長引けば戻る場所を失ってしまいます。
ここは夢の中です、現実へお帰りください」
「ヒックヒック、分かった。 凄く世話になった、戻ったら出来るだけのことはしよう。そうだ! 偶にまた一緒に会いたい、そして一緒に遊ぼう!」
「いいえ、殿下はここでの生活は忘れてしまいます。何故ならばここは殿下の夢の中なのですから。殿下は大怪我をされ発見された者に治療をされていた。だけどずっと熱に浮かされその間のことはよく覚えていない、体が良くなったら、何故ここにいるかも分からず外の飛び出し、自分が何処にいるかも分からず彷徨っていたのです」
「何故そんなこと!私にとってここでの時間は何よりも幸せだった!それを忘れて生きるなどしたくない!! 私はノアとリアンと一緒の時間は何にも代え難い貴重な体験だった!それに私は必要な事を教わった、与えられる事を当たり前……、何だったかな?」
アシュレイは膝から落ち意識を失った。
そのままセシリアは捜索隊がいる近くにアシュレイを置いてそっとその場を離れた。
「あれ、私は何故ここにいる?」
「はっ!? いたぞー!! 殿下発見!! 殿下―! 殿下―!!」
こうしてアシュレイは元の場所に戻ったのだった。
王宮に戻ったアシュレイはここ数日間の事を殆ど覚えていなかった。
あの高さから落ちて五体満足で何処も怪我していない事は奇跡としか言いようがなかった。
宮廷魔術師が確認した際、高度な回復魔法が施されていることは分かったが、ここまでの高度な魔法を使える者がいる事も信じられなかった。
アシュレイ王子殿下はと言えば、覚えている事はごく僅か、ずっと世話をしてくれていた者がいた。だが名前も歳も何もかも覚えていなかった。そこで王宮は『アシュレイ第1王子殿下の治療をした者に褒美をとらせる』と発表し治療し世話をしてくれた者を探したが、申し出る者はいなかった。
アシュレイ第1王子殿下も数日間の記憶が曖昧なだけで他は問題がなかったため、次第にいつもの日常に戻っていった。ただ、とても大切な何かを失った気がしたが、それが何か思い出すことはなかった。
月日は流れセシリアは15歳になった。
兄ブルームもアリエルもエレンも皆王都にいる。王立学園に通っているからだ。
アリエルはと言えば結婚した。お相手はカリオス・ロンダートン公爵家のご令息だ。
と言うのも、アシュレイ第1王子殿下は15歳の時に予想通りディアナ・シルヴェスタ公爵家のご息女と婚約なさったからだ。アリエルは王立学園卒業後、ロンダートン公爵家に移り住み翌年結婚された。
そして私はと言えば、王都にレストラン『スターヴァ』を作った。
まあ、洋食屋さんだね、ブルーベル侯爵家で様々な事を学ばせて頂いて、多数の言語を習得し欲しいスパイスや食材を手に入れられる様になった。それをこの国に定着させるべく? 違うな、自分の自由になるお金がほしくて作った店だ。
アシュレイ第1王子殿下やルシアン様たち高貴な生まれの方達にもカレーやハンバーグと言ったものは受けが良かった、そこでイケる!とプランを立てていた。
実はブルーベル侯爵は私が動物たちの見回りをすることに対して報酬を支払ってくれていた。最初は勉強など教養を身につけさせて頂いているお礼で自主的にやっていたことだが、ブルーベル侯爵家の育てた馬が、王家に献上された馬の中で何か賞を獲ったとかで、私の功績を認めてくれたのだ。それに家畜についても品質が良いとしてブルーベル侯爵ブランドが確立した。そう言ったものも私が動物たちを見ていてくれたからだと、毎月報酬を下さる様になりそれを貯めていた。
ヨハン様、ローハン様、アリエル様、エレン様が王都に行く際に私も連れて行ってくれたりした。その度に私は入念な調査を行っていた。王都で店を開くならどこが良いか?研究と統計を取り、数年後、王都の中心地より外側だったが広くて品の良い店舗を見つけた。
そして同時進行で軽食屋・屋台もオープン。
これは店舗を持たずに販売してせっせと銭を稼いだ。騎士訓練場のホットドッグはバカ売れだった。そして店舗の改装に従業員教育を施し、品の良いレストラン『スターヴァ』を開業。
今までにない料理だったが、店は上質だった為、高位貴族にも受け入れられ大繁盛した。
そして儲けたお金を使って王都にタウンハウスを購入した。セシリアは15歳にして女実業家だ。勿論 素性は隠している、知っているのは兄ブルームだけだ。
ブルーベル侯爵家でのお勉強はエレン様が王都に向かうタイミングでブルームとセシリアも一緒に卒業した。そのまま続けてもいいと仰ってくださったが、流石に申し訳なく辞退した。恐らく最初にセシリアの才能を見出してくれたのはブルーベル侯爵だった。
セシリアは中身はアラフォーだし、勉強自体は嫌いじゃなかった。夢中になれば現実を忘れられたから。こうして好きなことができる様になったのは全てブルーベル侯爵のお陰だと分かっている。だから家庭教師を卒業した今でもブルーベル侯爵家の動物たちの巡回をしている。
自分の屋敷も出来たので王都にも度々行く様になった。
王都にある図書館にも行ける様になった。
魔獣の生態など詳しく知りたいからだ、だけど本当に知りたいことはが記載されているものはなかった。
そうそう、図書館でよく会う男の子がいた。なんかどこかで見かけた事がある気がするのだが思い出せない。私の横には今もリアンがいる。今のリアンは私の1つ上の16歳の設定だ。
リアンの身分をどうしようか悩んだのだが、本人が従者でいいと言うので今はセシリアの従者として傍にいる。12年も経った今ではリアンに出来ないことはないスーパー従者だ。
でも風格が王者のそれなので動物たちには恐れられてしまう。
今日は図書館でいつも見かけるあの男の子に話しかけられた。
「今日もいるんだな」
あら、こんな時なんて答えたらいいのかしら?
「はい、そちらもなのですね」
「邪魔をしてしまったかな?」
「いえ、とんでもございません」
「そう言えば、いつも難しそうな本を読んでいるけど…年齢を聞いてもいいかな?」
「あの〜、何故でございますか?」
「す、すまない! 私としたことが名も知らない者から不躾な質問、不審だったよな。ち、違うのだ! その、その本は私の好きな本なのだ、それを読んでいるのを知って、つ、つい嬉しくなって気づいたら声をかけてしまっていたのだ! それに若く見えるのに難しそうな本ばかり読むからつい気になって」
「ゴホン! お静かに願います!!」
「「……………。」」
「クスっ。宜しければカフェテラスにでも移動しませんか?」
「いいのか? コホン、是非にお願いしたい」
図書館に併設されているカフェテラスに着くと、真っ赤な顔をした男の子が後ろをついてきていた。
「あの〜、お顔は存じ上げていましたが、こうしてご挨拶させて頂くのは初めてですね。わたくしセシリア・ブライトと申します」
「ああ、まずは先程の非礼をお詫びします。私はグラシオス・バーナーです。
こちらでよくお見かけしていつも熱心に本を読んでいらっしゃるので、つい何を読んでいるか気になって本のタイトルを見たら、若い女性が興味を持ちそうにもない物だったので尚更気になる様になって、今日はとうとう声を掛けてしまいました。
言い訳になりますが、冷やかすとか邪魔をするつもりなどなかったのです。お許しください」
グラシオスと名乗る者は、先程より丁寧な口調で話しかけてくれた。
「顔を上げてください。不快になど思っておりません。お好きな本を私が手にしていたとしたら関心を持っても不思議ではございません。
ご質問にお答えするならば、15歳になりました。本は以前にこの方の別の著書を読んだ事があったので読んでみました。バーナー卿はお好きなのですか?」
「15歳…、あっはい。そうですか、氏の別の著作物を読んでいらっしゃったのか。
氏の書いたものは堅苦しく思えるが、物事には様々な見方捉え方があるといつも気付かされるのです。そうするといつも自分は偏った見方しか出来ていないと反省させられるのです」
「バーナー卿はとても真面目な方なのですね。でも書物1つからそこまで深く読み取るなんて、思慮深い方なんですね」
ニコッと微笑まれると、ドゥクン ドゥクン! 今までに聞いた事がない音で心臓が脈打った。
天使みたいだ。
「この著者は確かにどの書物でも物事には表と裏があり、苦悩が見てとれますよね。世間での評価と自分の直感でのズレを埋めるかの様に様々な角度で検証を重ねます。きっとバーナー卿と同じで気付いてしまった事を見てみぬふりが出来ない真面目な方なのでしょうね」
Fall in love 落ちた 好き。
「私はグラシオス・バーナー 18歳 王立学園に通っている」
「左様でございますか…、?」
「セシリア・ブライト嬢、王立学園で会えるのを待っている! じゃあ!!」
走って行ってしまった。
えーーーーーー!! 何? 何なの!?
えっとーーー、私、王立学園に通わないけど!?
ま、いっか。
「リアン、戻ろっか」
「ああ」