13、特訓−2
ブルームは所作も綺麗だし、アリエルやエレンを大切な淑女として扱う、正に小さな紳士。いや、小さなレディたちの騎士と言った感じだった。ブルームもここで共に学ぶ仲間らしい。
今回の遠征に7歳で共について行くなど異例のことだ、それもブルームの能力の高さを感じる。だが本人は至って謙虚で『私の甘さを気づかせる為に連れて行って下さっただけです』と言う。ブルームは7歳だと言うのに私より遥かに多くの経験を積み、また彼の話は凄く惹きつけられて面白い。不覚にも私自身が一番夢中になっている気がする。
ダンスレッスン、これは私に分がある! そう意気込んだが、多分これも完敗。
ブルームはダンスが上手いだけではなかった。パートナーが躍りやすい様に相手に合わせて自分を変えている。くっそー、上級者テク。ぐぬぬぬ。しかも笑顔で会話をする余裕を見せている。アリエルやエレンたちの寄せる信頼も見てとれた。
私はこれまで学んでいたつもりで日々をただなぞっていただけなのだな。学ぶとは何か、笑顔の意味とは、相手を思い遣るとは、高位貴族の品位とは。私はこれから自分で見て感じて答えを出し、自分という人間を形成していかねばならないのだ。
くだらないプライドなんて要らない、ここで得た経験を無駄にしない、貪欲に求めたい、彼らと肩を並べる為に!!
「ルシアン様、ピクニックにでも参りませんか?」
突然の誘いに固まった。折角やる気に満ちているのに! 少しでも差を縮めたいのに!!
「いや、私は残って復習でもしているよ、気にせず行ってきてくれ」
「ルシアン様、ここ最近 こんを詰めすぎです。偶には休息も必要ですよ?」
そう言われて無理やり連れ出される。
馬車にはルシアン、アリエル、エレン、ブルームが乗っている。セシリアはと言うと馬に乗っている!ポニーじゃない!?
「足も届いていないのに危なくないのか!?」
「はい、危なくありません。馬の名前はコパン、セシリアが取り上げた仔馬です。今はもう仔馬ではありませんが、コパンはセシリアが大好きでどこかへ行く時も、自分に乗っていかないととても機嫌が悪くなるのです。コパンは絶対にセシリアを落としたりしません」
「ねえ、セシリアが幾つの時の話?」
「3歳です」
「セシリアには驚かされてばかりだな」
「ふふ 本当に大丈夫なのですよ、以前なんてセシリアはもっと小さい時にコパンの上で眠って帰ってきたことがあります。くっくっく その時は手綱なんて持ってもいませんでした」
「なんだって!? セシリアは…豪快な子なのだね」
セシリアは大きなリュックを背負っている。
「セシリアはなんでリュックを背負っているの? 荷物ならこっちに乗せれば良いのに」
「ふふ アレも昔からです。わたくしも何度か言ったのですが構わないと」
「元はお友達が入っていたのですよ、ふふ。小さな小さなお友達が」
「小さなお友達?」
「セシリアが山に入った時、鳥の卵を拾ったのです。親元から離れた卵が生きているか分からなかったけど持ち帰って温めて世話をしていると雛が孵りました。その雛をあのリュックに入れて持ち歩いていたのです。因みにあのリュックも自分で縫ったので出来はあまり良くないのですが、ずっと使い続けています」
ブルームは優しげな目で妹の姿を追っている。
「セシリアは弓術も上手なのです。剣術も体術も弓術もその雛を育てる為に覚えたのですよ? 献身的で慈悲深い子です。わたくし達あの子が大好きですの」
「雛1羽の為に剣術、体術、弓術!? 少し大袈裟では!? 凄いな…」
「ふふ 私も聞いたことがあります。そうしたら雛が大きくなって自分のいない世界で生きる為に雛が本来口にするもので食事をさせてあげたいと言っていました。人間の食べ物で食べさせて大きくなってから人間の食べるものを欲しがらない様に。遠い未来の成長した雛の事を考えての行動です。我が妹ながら優しい子です」
実際は今やハンバーグとかガッツリ人間の食べ物で慣れさせてるけど。
「…そうなのだね。5歳の少女を人生の師と仰ぎたいよ」
「わたくしもです。最初はあの子の知らない事を教えてあげているつもりでしたが、今はわたくしがあの子から教わっているのだと思います」
侯爵令嬢である彼女が素直にセシリアを認める姿に目から鱗だった。
ああ、素晴らしい女性だ、私の周りには素晴らしい人間が多かったのだな。
見晴らしの良い丘の上でシートを広げて、人の目がないので走り回ったり川に足をつけて魚を追いかけたり子供らしい遊びを楽しんだ。アリエルもエレンも声を上げて笑っている、彼女たちも特別な人間ではなく同じ年頃の子供なのだと思えた。
楽しい時間はあっという間に過ぎて帰る時間になってしまった。帰る支度をしていると遠くの方が何やら騒がしい。護衛の者達が確認に行くと、
「暴走した牛が数頭いる様です。危険なので暫く近寄らない方がいいとの事です」
「暴走した牛? 何故それほど危険だと言うのだ?」
「さあ、詳しいことは分かっておりません。ですが…どうやらハドソン伯爵領から逃げ出した様です」
「まあ、またなの?」
「困ったわね。わたくし達だけならまだしもルシアン様もいらっしゃるのに…」
「では、我が家へ参りますか?」
「ブルームの家へ突然お邪魔してご迷惑ではない?」
「我が家はアリエル様のお屋敷のように大きくはないので、十分なおもてなしはできないかも知れませんが、落ち着くまでお寛ぎ頂ければと思います」
「では 甘えさせて頂くわね」
「はい、ではその様に致します。セシリア、少し食材を取っていこうか」
「はい、お兄様」
リュックの中から弓矢を取り出し、腰には剣もさした。
すると周囲を見回し獲物を探している。
「えっ!? 何してるの?」
「今、食材を取っていこうとか聞こえたけど?」
「あの子達ったら…ふふ」
「少し、様子を見てこようかな?」
「お待ち下さい! 様子が変です、ここから動かないでください」
セシリア達も合流して状況を確認すると、どうやら全ての原因はハドソン伯爵領で起きていた。
ハドソン伯爵領では家畜が次々死んでいく奇病にかかっていた。新しく仕入れても死んでしまう。その皺寄せは領民に来ていた。最近は食うに困る状況だと言うのに、アシュレイ第1王子捜索まで加わり、その寝床や食材まで調達しなければならなかった。動物たちの餌は二の次だった、その上最近は牛の調子も悪いと何度も訴えているのに何もしてくれない。そこへ『そんなの調子が悪いなら潰して兵に食べさせて王宮に料金を請求する』と言い始めた。騒ぐ牛から殺していくと、牛が暴れ出したと言うのだ。
「何と言うことでしょう!」
「領民も牛も気の毒だわ。まさか! あの質の悪い飼料をまだ使い続けているのかしら!?」
「何だい それは?」
「2〜3年前に安い馬の飼料をハドソン伯爵のご紹介でバンドーフ商会から購入しましたの。でもそれを食べると馬の調子が悪くなったのです、どうやらその飼料にカビの生えた残飯やゴミなどが混ぜられていてそれが害になっていた様なのです。それに気が付いたのがセシリアで、その縁で親しくなりましたの」
「セシリアにはいつも驚かされるな。でも可能性はあるかもね、恐らく馬で駄目だから今度は牛だ位の感じだったのかも」
「何と可哀想なことを」
「セシリア、可哀想でもあなたが余計な真似をしては駄目よ」
「そうだ、これは領が違うしハドソン伯爵は金に汚なさそうだ、下手に干渉すればその矛先をブライト伯爵家に向けてくるかもしれない」
「いいわね、ここは堪えて頂戴」
「そうよ、あなたはプリメラ様とも因縁があるのだから」
「因縁?」
「ええ、初めてのお茶会へ出席して、お姫様扱いされ自分を崇めさせたいが故にセシリアを虫扱いしましたの! 許し難いわ!」
「虫だと!?」
「ええ、その上ブルームの事はエスコート役にして王子様という名の下僕扱い、厚かましいにも程があるわ!」
「何とくだらない、ふざけたものだ!」
アリエル、エレンだけではなくルシアンからもハドソン伯爵家は敵認定。
まあ、そんな訳で領民も家畜達もハドソン伯爵領を脱走し始めた様なのだ。
『リアン、こっちでトラブルが起きたわ。今日はそちらには行けなさそうよ』
『うん、了解。まあ大丈夫だから心配しないで』
『有難う』
『セシリア、困ったことが有ればいつでも僕を呼んで、すぐに駆けつけるから』
『うん、そうする』
つまりは牛の暴走を領民が手助けしている節がある。他領にまで害が及ぶ様ならば隠し立てできなくなり、ハドソン伯爵は厳罰を受ける事態になるかも知れない。下手に近づけば、ハドソン伯爵領の領民に捕まることも最悪の事態を起こすかもしれない、と緊張が走っていた。
護衛は3人、ルシアン様の護衛1人にアリエル様、エレン様それぞれ1人ずつ。ブライト伯爵家にはいない。子供が5人、侍女や侍従は置いてきていた。ブライト伯爵家へ続く道も封鎖されてしまった様だ。
さて、ここからどの位経てば動ける様になるのか…。
ハドソン伯爵家では王家からの兵も派遣されているのに、不味いタイミングで領民が騒ぎ始めた。
事の発端はやはりバンドーフ商会と開発した馬の餌だった。
バンドーフ商会のバートンはハドソン伯爵の子飼いの者、裏で金を管理させる為に作った会社だ。利益を上げる為の手段の一つが『家畜の餌』、金に困っている者を使い廃棄されたゴミを集めさせ粉砕し、馬の餌と混ぜて安価で売った。どうせ馬が食う物、バレやしない、そう高を括っていた。
順調に伯爵家の名前を使って販売先を拡大させていた。
馬の餌を1/3、残飯やゴミを2/3の割合でできた餌は従来のものより安いので飛ぶように売れた。最大の大口先 ブルーベル侯爵家とブライト伯爵家を失ったのは痛手だったが、小口ばかりとはいえ利益率は高いので問題なく裏金を溜め込んでいた。
それが半年経った頃からクレームが入るようになった。
『おたくの餌を使う様になってから馬達の調子が悪い』
バンドーフ商会には死んだ馬達の補償をしろ、と言ってくる。
『うちの餌のせいだと明確な証拠があるのですか!?』
こう言ってのらりくらりと躱していた。
私にも当然
『バンドーフ商会の餌にしてから動物の調子が悪い、酷いと死ぬ。ハドソン伯爵の紹介だから変えたのだ、補償してくれ』
と言い出した。
冗談じゃない! 何の為にバンドーフ商会を作ったと思っているのだ!
『我が領でも使っているが問題はない、別に要因があるのでは?』
こう言って誤魔化していたが、取引先は1つまた1つと減っていった。利益を生むどころか、このままでは大赤字だ。しかもバンドーフ商会と私との関係を知られたら大変なことになる。そう思っていたのにどこからともなく私とバンドーフ商会の関係を嗅ぎつけた者がいた。私の目論見では餌代が浮きバンドーフ商会の名声と紹介者の私の名声は高まり、更に私の懐が潤うはず、それがちっとも上手くいかない!!
1年も経つ頃には契約を打ち切られバンドーフ商会の倉庫には大量の在庫が溢れかえっていた。作るのは停止したが、売りつけた物まで戻ってきていた。仕方なく自領で消費していった。自領の動物も目が血走り泡を吹き落ち着きなくなり暴れる様になった。そして小遣い稼ぎのつもりが自領の財政まで圧迫し始めた。そこで牛の餌、羊の餌、山羊の餌、鶏の餌、豚の餌、全てを馬の餌で賄う様になった。良かったのは最初の数ヶ月分の金が浮いただけ。すぐに家畜は変調をきたし死ぬ、数ヶ月の餌代が抑えられたが、死んだ家畜を急ぎ売り飛ばし金に変えた。しかしどの家畜も臭い。痩せていると買い叩かれる、子供は育たず他所から買い入れるしかない。領民たちの中には餌が悪いのではと言い出す者もいたが力で黙らせた。収入は減るばかり、日毎膨れる不満は力で捻じ伏せ続けていた。
何もかもが空回りして、悪い方へ向かっていた。
そこへアシュレイ第1王子の捜索依頼。泣きっ面に蜂とはこの事と途方に暮れた、多くの王兵たちが雪崩込み隠すこともままならない、だがこれをチャンスと捉え死んだ家畜を捜索に携わっている兵たちの食事として出し、王宮に家畜を犠牲にして食事や宿を提供した事にして費用を上乗せすることにしたのだ。これで当面の資金の目処がついた、仕方ないから弱った家畜は兵や領民に食わせて餌は処分してリセットして、別の金儲けの方法を考えることにした。
だが、問題のある家畜を食べた領民たちが暴動を起こした。
『俺たちは家畜じゃねー! 腐ったもんなんか食わせるんじゃねー!!』
悪夢としか言いようがない。
事の発端は、家畜を食べた妊婦や子供に発疹が出来て熱を出して下痢が止まらなくなった事だ。実際に廃棄処分の家畜が原因か流行り病かは分からなかったが、領民たちの怒りはハドソン伯爵へ向かっていた。そして、家畜を放ち武器を持って暴れ出したのだ。
ハドソン伯爵にとっては最悪のタイミング、暴れる家畜は全て殺し、暴れる領民も痛めつけ始めた、その為あちこちで通行止めとなりセシリア達は動けなくなっていた。