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12、特訓−1

ルシアンは気持ちを新たに家に帰ろうとするも、お尻が腫れ上がり椅子にも馬車にも座れなかった。しまった、やり過ぎた…。そこまで強く打ってはいなかったけど正確無比に同じ場所を叩いたので綺麗な剣の形の痣になっていた、申し訳ない!

そこで今日はブルーベル侯爵家に泊まることになった。たはは


「ルシアン様もお泊まりになるからセシリアも泊まったらいいわ」

「い、いえ…そこまでお世話になるのは…申し訳なく…」

アシュレイの所行かなきゃいけないし。


「セシリア、今更そんな事気にする中ではないでしょう、ね?」

あははは、圧だ、無言の圧を感じる。

ルシアンをここに泊らせることになって気が休まらない、それはセシリアのせいでしょう? そうよね? 責任、あるわよねぇ〜? 

笑顔の下にそんな言葉が隠れている。


「エレン様、それでは動物たちの様子を見終わりましたらまたこちらへ戻ってくると言うことでも宜しいでしょうか?」

「ああ、そうね…。セシリアを待っている動物が多いものね」

「動物? セシリアは動物の世話をしているのか?」

「そうではありませんルシアン様、セシリアは動物の気持ちが分かるのですだから調子が悪い子たちにいち早く気づくことが出来るのです。それでこの領で飼われている動物たちを民の分も合わせて見回ってくれるのです」

「私も見に行きたいな」

不味い、くっついて来られるとアシュレイの所に行けない。


「ではわたくしが戻るまでにマナーと品位のある言葉遣いを覚えてください。それに合格できたら明日その時間を作りましょう。如何ですか?」

「よし! 分かった!」

「ブルーベル侯爵家のマナーの先生は厳しいですよ? ふふ ルシアン様が尊敬できる紳士になっているお姿を楽しみにしております」

「おお、楽しみにいているのだ!」

暗に今は尊敬できないと言われていることに気づいていない。


ふぅ〜、よしこれで時間が作れた。リアンも出してあげなきゃ。



リアンと共に隠れ家に行くとアシュレイは真剣に本を読んでいた。そっと近づくと

「戻ったのか」

「はい、只今戻りました」

アシュレイは読んでいた本を横に置き

「今までの不遜な態度を詫びる、それと命を助けて貰って有難う」

「はい、全てを受け入れます。お命が助かり良かったですね」

「…ああ、有難うノア、有難うリアン」

お礼をノアだけではなくリアンにまで言うとノアの態度が軟化した。


「殿下、私はもう少しで帰らねばなりませんが、何かしたい事はございますか?」

「んー、そうだな。少し体が鈍っている体を動かしたいのだが何かないだろうか?」

「例えば何をなさりたいですか?」

「あそこに置いてある木剣で素振りはしたのだが」

「では、大した腕もありませんが私と手合わせでもなさいますか?」

「やはりノアが使う為に置いてあったのか!? ああ、是非手合わせをしてみたい!」


自分より小さな少女相手に軽く体を動かせればいいと思っていた。言ってみればこれは恩返しのつもりだった。

『何だこれは!? 王宮の騎士との訓練のようではないか!』

握る手に力が入る。

世話になった礼に練習を見てやろうと思ったのに、こっちが見てもらう立場だった。

お遊びで剣を振っていると思っていたが、全く違っていた。

追い詰められ足がもつれて尻餅をつき、首には剣が当てられていた。


「参った」


手を差し出された。

「もう一回頼む!」

「はい」

今度は油断も先入観もなく真剣に向き合う。

誰かの評価でもなく、義務でもない、自分の心のままに剣を無心で振った。

久しぶりに楽しかった。勝敗すら気にならなくなった。今はひたすら目の前の少女から一本取りたい!それだけだった。


「かーー! くそー! 一本も取れなかった!!」

「無心になれたみたいですね、お疲れ様でした」

「ああ、久しぶりに純粋に強くなりたいと思った! 凄く楽しかったよ! ノア! 向こうに的があると言う事は弓も出来るのだろう? 今度は弓をやろう!」

「構いませんよ」


弓を構えて驚いた。

「ねえ、ノア…的と射る位置が遠すぎないか?」

「ああ、そうでしたね…どの辺が宜しいですか?」

「まさか、普段はここから射てるのか?」

「はい。私は獲物を獲る為に弓を覚えました。鳥や獣はあまり近づくと気配で気づかれてしまうので、ここから狙って当たるように練習しています」

「ノアは何者なの!? 普通の5歳児ではないね。全く何をやっても敵わないなどプライドがズタズタだ。 はぁー 了解、ここではノアのルールに従うよ」


そう言ったものの、アシュレイは的まで矢が届かなかった。

勝負にもならない。仕方なく結果は分かっていたがいつも王宮で訓練している距離から的当てだ。だけど結果はやらなくても解りきっていた。それでもこうして何のしがらみもなく夢中になれる事が楽しくて仕方なかった。アシュレイも王子とは言え8歳の子供なのだ。


その後は3人で追いかけっこもした。木登りもした。魚釣りもした。プールと言うもので泳ぐ(溺れて足のつくところでチャプチャプした)経験もした。


「殿下、それではそろそろ失礼致します」

「ああ…そうか」

楽しい時間だっただけに別れが寂しい。

「ノア、僕はここにいるよ。あそこでは…だから ここでアシュレイと遊んでる」

「リアン、アシュレイではダメよ、『殿下』って呼ぶのよ、 いい?」

「殿下…、アシュレイは殿下って名前なのか?」

「ノア! いいんだ、君たちにはアシュレイって呼んでほしい」

「ふーん じゃあ、アシュレイまた木登りしたい?」

「ああ、そうだな。木登りもいいし、ツリーハウスでのんびりするものいいかな?」

「木の家の何が楽しいんだ?」

「リアンは秘密基地とかワクワクしない?」

「別に、ただノアがいればどこでも心がポカポカする。だからノアが喜ぶ事ならなんでも構わない」

「あははは、そうなんだね」

きっと、ここに残ってくれるのもノアが気にしているからなのだろう。


「ふふ 仲良くなったのね、ではまた明日ね。何かあれば連絡を頂戴」

2人を残してセシリアは帰って行った。


セシリアは本当に5歳児なのかー? 可愛げがない。




セシリアは約束通りブルーベル侯爵邸に戻った。

ルシアンは今までになく真剣に勉強していた。教育係のコードリー夫人はとても厳しく些細なミス一つも見逃してはくれない人だった。

ルシアンは10歳、エヴァレット公爵家で最高の教育を受けてきたはずなのに、一々指摘される、最初はそれを腹立たしくも思っていたが、セシリアに褒められたいが為に真摯に取り込んだ。『変わるのは今』あの恐ろしい文献たちが自分に向かう刃物に感じる。

知らなければ今まで通り生きていけただろうが、知ってしまった今は、エヴァレット公爵家の後継者として、これまで通りに生きる事は出来なかった。そして私を正しく導いてくれるセシリアから見捨てられたくなかった。


セシリアがいなくなってから数時間マナーの学習しかしていない。それでもコードリー夫人からはまだ合格を貰えていない。

でも今までは何をやっても『素晴らしい!完璧です!』と言われていた時より、『ここがこう違う』と指摘され何度もやり直しさせられた上での『良くなりましたね』の一言は、今までとは違い、達成感もあり誇らしくなった。いつもは勉強の時間は面倒な時間だったが、今は充実した時間を過ごしていた。


「セシリア様がお見えです」

待っていた人が来た! 努力の成果をどう評価してくれるか気になって仕方なかった。


キチンとしたマナーを学んだ後、セシリア、エレン、アリエルを見ると、流石にコードリー夫人から指導を受けているだけあって美しい礼をしていた。ルシアンのレベルが上がり正しい判断が出来るようになった事に気がついた。

自分が1番身分が高いと鼻持ちならない態度だったと今なら理解できる。


「正式に謝罪致します。数々の無礼を働きすみませんでした。こうして生まれ変わる機会を頂き感謝します。ただ未だ未熟な為ご不快にさせる事があるかも知れませんがご容赦ください」

「承知致しました、ルシアン様。 セシリアが出した課題ですが、如何でしたか?」

「私が如何に無知で傲慢だったかを思い知りました。未だマナー一つ合格を貰えておりませんが、合格できるよう今後とも努力していく所存です」


前に進み出たセシリアは深く淑女の礼を取り首を下げる。

「ルシアン様、公爵家のご令息であられるルシアン様に無礼な口を聞き申し訳ございませんでした。この数時間でのお変わりようを見れば、ルシアン様が真面目な方であるとよく分かります。流石は伝統あるエヴァレット公爵家ご令息、素晴らしいお振る舞い、ルシアン様の直向きさ尊敬申し上げます。失礼な態度を取りました事お許しくださいませ」


セシリアがパフォーマンスとしてではなく心から称賛してくれていることが分かって心が沸き立った。努力が報われた瞬間だった。たった5歳、自分より5歳も若い少女の言葉がこれ程胸に突き刺さるとは思いもしなかった。心にあったくだらない虚栄心や血筋に対する自分至上主義の考え方も取り払い、素直に自分と向き合った。


「アリエル様、エレン様、今まで酷い態度を取りました事申し訳ありませんでした。まだ変われたとは言い難くありますが、これからも共に学ばせて頂きたいと思いますが、如何でしょうか?」

「ルシアン様が変化を望み、そのお手伝いが出来るのであれば嬉しく思います。どうぞこれからも宜しくお願い申し上げます」

「ふふふ、授業では堅苦しい言い回しが多いですが、ご一緒の時はもう少し気軽にお話しくださると嬉しく思います。あっ、でも高圧的に話されるのは少し怖いのでお許しくださいませね」

「は、恥ずかしいな、自分の幼稚さがなんとも情けない。そうですね、今はまだ注意が必要だと思いますが、良好な関係が築けた暁には是非親しみのある話し方をさせて頂きたく思います」


夕食を取った後も、4人で様々な学問の話をしたり、好きな本や花の話をしたりして距離を縮めた。ルシアンも両親は忙しくいつも一人きりの時間が多かった。話し相手は使用人しかいなかったのだ、だからこれまでルシアンに否定的な意見を言う者はいなかった。常に肯定されて生きてきた。

目の前の人物たちはそれぞれが自分の意見を持っており相手の意見を否定ではなく、受け止めた上で意見を言う、独自の見解でも自論でも言い合える友人を持ったのは初めてだった。こうした気の置けない仲間と楽しい時間をもつ事も始めて。

ルシアンにとって、初めて尽くしが続いている。

今まで周りにはいない存在、エレンやアリエルもこう言った人物だと今日初めて知った。如何に自分が何も見えていなかったが分かる。あのままの自分であったなら、政略結婚をして愛のないギスギスした上辺だけの結婚をしていただろう、相手を知る必要性も感じない、自分の意見が正しいと信じ相手の意見も聞かずに押しつけて満足していただろう。

考えれば考えるほど恐ろしい、結末はあの読んだ文献まっしぐら。今、自分は変わらなければならないと思うことが出来て幸せに思った。


翌日は家庭教師による勉強も剣術や馬術も共に過ごした。そのレベルの高さに恥じ入ったが今更だな、と開き直り共に真剣に学んだ。充実した時間、ルシアンは滞在を少し伸ばした。

セシリアは今日は帰ってしまう、それを少し寂しく思うが仕方がない。

馬に乗りに行く時、セシリアが馬に接するのを見て驚愕した。

話には聞いていたが、セシリアが厩舎に入った途端 どの馬も嘶いてセシリアの気を引こうとする。

「ふふ 順番ね」

そう言うとぴたりと止み、目の前の馬から頭を上下に振って何か話をしているようだった。


セシリアと言う人を知れば知るほど魅力的に感じ、もっと知りたくなる。

今なら彼女たちがセシリアを『天才』と評したことも素直に頷ける。

ここ数日間ブルーベル侯爵家での生活は、ルシアンを生まれ変わらせるほど得難いものだった。アリエルもエレンも今までここに来た時は、見下して婚約者だから仕方なく義務として同じテーブルについているだけのつもりだった。だが、自分の態度が変われば見えていたものが変わった。2人ともとても優秀で快活な性格をしていた。完璧な淑女の仮面を外すと好奇心旺盛なお転婆で年相応な女性でもあった。今までの自分は何と偏屈な人間であったか、それに気づくことができて視野が広がった事に感謝した。



セシリアやエレンやアリエルとすごーく親そうにしている、見たことのない同じ年頃の少年がいた。

かなりムッとした。

まだ自分はそこまで気安くなっていない、そこは私の場所だー!

敵対心を顕に近づくと、柔らかな笑顔で振り向くと丁寧な挨拶をされた。

お前は誰だ! あん? 誰だって!?

お気に入りを取られた気がして不機嫌を隠せずにいた。


「初めてお目にかかります。ブルーム・ブライトでございます。妹セシリアがご迷惑をお掛けしまして申し訳ございません」

「えっ!? あっ!? セシリアの!?…兄!!」

折角、やっとマナーを褒められたと言うのに格好良い姿がちっとも見せられない。


「失礼しました。私はルシアン・エヴァレットです。迷惑などではありません!寧ろ私が…、私はセシリアに大切な事を教わったのです。迷惑どころか恩人です、心から感謝しています」

「その様に言って頂けると有難く思います。今後とも宜しくお願いします」

「こちらこそ」


その後ブルームも交えてお茶を飲んだ。

ブルームもたかが地方の伯爵家の人間とは思えないマナーと教養を身につけていた。しかもここ数日も魔獣討伐隊に加えられ地方へ行っていたと言うのだ。7歳でありながら! 完全に敗北。だが、同じ年頃のライバルとして嫉妬の炎をメラメラ燃やしていた。

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